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友達 2 「独占」

 いつからだろう。

 渚と一緒にいる時間が、息苦しく感じるようになったのは。


 教室の窓際、昼休み。

 みんなの笑い声が響く中で、りんはいつものように渚の隣に座っていた。

 お弁当箱を開ける音。渚がスプーンを落として笑う声。

 それなのに、心の奥ではざらりと砂を噛むような感覚が消えなかった。


 「ねぇ、今日も一緒に帰ろうね?」


 渚はいつもと同じ笑顔で言う。


 「うん」


 返事をするたびに、りんの胸の中で“なにか”が少しずつ小さくなる。

 喜びや安堵みたいな温かいものが、静かに形を変えて、

 やがて“怖さ”に近づいていくのがわかった。



 夜。スマホの画面が光る。

 ──渚。


 『りん、今日の髪かわいかったね。』

 『明日も隣いい?』

 『返事ないの? 寝ちゃった?』


 通知音が鳴るたびに、心臓が小さく跳ねた。

 既読をつけるのが怖い。

 無視すれば悲しませる。

 返せば、また“なにか”が始まる。

 どちらを選んでも、胸が痛い。


 > 『ごめん、寝てた。わたしも楽しかったよ。』


 送信。

 すぐに返ってくるスタンプ。

 「だいすき」

 カラフルなハートの中で笑うキャラクター。

 その笑顔が、まるで“監視”みたいに見えた。


 ──渚のこと、嫌いじゃない。

 でも、この“好き”は、だんだん違う形に変わっていく。



 翌日、クラスの女子・詩織に声をかけられた。


 「ねぇ星空さん、この前のノート、見せてもらっていい?」


 ほんの些細な会話だった。

 けれど、視線を感じた。

 教室の入り口。渚がこちらを見ていた。

 笑っている。

 けれど、その笑顔の奥に“氷”があった。


 放課後。


 「りん、今日、楽しそうだったね。詩織ちゃんと。」


 「うん、ちょっとノートの話してただけ。」


 「ふうん。」


 声のトーンが少し低い。

 渚はりんの手を取った。

 ぎゅっと、痛いほどに。


 「わたしね、りんが他の子と笑ってるの、見るとね、胸が苦しくなるの。」


 「……そんなの、変だよ。」


 「変でもいい。りんはわたしの“友達”なんだから。」


 その言葉が、鍵みたいに心の中に差し込まれて、

 回らないうちに、もう抜けなくなっていた。



 夜。

 スマホが震える。

 着信:渚。


 「りん……今、何してたの?」


 「寝てたよ。」


 「ほんと? 誰かといたんじゃない?」


 息を呑む。

 渚の声は涙で濡れていた。


 「ごめんね……わたし、怖いの。りんがいなくなるの。」


 「いなくならないよ。」


 言葉が自動的に口から出る。

 “そう言わなきゃ、壊れる”という予感が先にあった。


 通話を切ると、りんは両手で顔を覆った。

 泣いているのに、涙が自分のものじゃない気がした。

 渚の涙が、電話越しに伝染してきたみたいに。


 > 「わたしは渚を好きだ。

 >  でも、渚の“好き”は、わたしの形を壊していく。」



 朝。

 いつものように渚は笑っていた。

 昨日のことなんて、何もなかったかのように。


 「おはよう、りん。」


 その声に、安心する自分がいた。

 ──安心してしまうことが、いちばん怖かった。


 窓の外で風がカーテンを揺らした。

 光が差して、渚の髪が金色に透けた。

 その瞬間、りんは思った。

 “この人は綺麗すぎる。壊れても、仕方ないくらいに。”


 笑い合いながら、りんは胸の奥で静かに呟いた。


 > 「愛されるって、きっと、こういうことなんだね。」


◇ ◇ ◇

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