友達 2 「独占」
いつからだろう。
渚と一緒にいる時間が、息苦しく感じるようになったのは。
教室の窓際、昼休み。
みんなの笑い声が響く中で、りんはいつものように渚の隣に座っていた。
お弁当箱を開ける音。渚がスプーンを落として笑う声。
それなのに、心の奥ではざらりと砂を噛むような感覚が消えなかった。
「ねぇ、今日も一緒に帰ろうね?」
渚はいつもと同じ笑顔で言う。
「うん」
返事をするたびに、りんの胸の中で“なにか”が少しずつ小さくなる。
喜びや安堵みたいな温かいものが、静かに形を変えて、
やがて“怖さ”に近づいていくのがわかった。
◇
夜。スマホの画面が光る。
──渚。
『りん、今日の髪かわいかったね。』
『明日も隣いい?』
『返事ないの? 寝ちゃった?』
通知音が鳴るたびに、心臓が小さく跳ねた。
既読をつけるのが怖い。
無視すれば悲しませる。
返せば、また“なにか”が始まる。
どちらを選んでも、胸が痛い。
> 『ごめん、寝てた。わたしも楽しかったよ。』
送信。
すぐに返ってくるスタンプ。
「だいすき」
カラフルなハートの中で笑うキャラクター。
その笑顔が、まるで“監視”みたいに見えた。
──渚のこと、嫌いじゃない。
でも、この“好き”は、だんだん違う形に変わっていく。
◇
翌日、クラスの女子・詩織に声をかけられた。
「ねぇ星空さん、この前のノート、見せてもらっていい?」
ほんの些細な会話だった。
けれど、視線を感じた。
教室の入り口。渚がこちらを見ていた。
笑っている。
けれど、その笑顔の奥に“氷”があった。
放課後。
「りん、今日、楽しそうだったね。詩織ちゃんと。」
「うん、ちょっとノートの話してただけ。」
「ふうん。」
声のトーンが少し低い。
渚はりんの手を取った。
ぎゅっと、痛いほどに。
「わたしね、りんが他の子と笑ってるの、見るとね、胸が苦しくなるの。」
「……そんなの、変だよ。」
「変でもいい。りんはわたしの“友達”なんだから。」
その言葉が、鍵みたいに心の中に差し込まれて、
回らないうちに、もう抜けなくなっていた。
◇
夜。
スマホが震える。
着信:渚。
「りん……今、何してたの?」
「寝てたよ。」
「ほんと? 誰かといたんじゃない?」
息を呑む。
渚の声は涙で濡れていた。
「ごめんね……わたし、怖いの。りんがいなくなるの。」
「いなくならないよ。」
言葉が自動的に口から出る。
“そう言わなきゃ、壊れる”という予感が先にあった。
通話を切ると、りんは両手で顔を覆った。
泣いているのに、涙が自分のものじゃない気がした。
渚の涙が、電話越しに伝染してきたみたいに。
> 「わたしは渚を好きだ。
> でも、渚の“好き”は、わたしの形を壊していく。」
◇
朝。
いつものように渚は笑っていた。
昨日のことなんて、何もなかったかのように。
「おはよう、りん。」
その声に、安心する自分がいた。
──安心してしまうことが、いちばん怖かった。
窓の外で風がカーテンを揺らした。
光が差して、渚の髪が金色に透けた。
その瞬間、りんは思った。
“この人は綺麗すぎる。壊れても、仕方ないくらいに。”
笑い合いながら、りんは胸の奥で静かに呟いた。
> 「愛されるって、きっと、こういうことなんだね。」
◇
◇ ◇ ◇
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