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沈む光、残る想い 1

 夕暮れは、今日に限ってゆっくり沈む。


 交差点の白線がほどけ、帰宅ラッシュの足音が重なって、街路樹の葉が風に擦れる。

 紙袋の持ち手が手のひらに食い込んで、わたし――星空りんは、信号の赤を見上げたまま立ち尽くしていた。


 視線の先。向こう側の歩道に、見慣れた背中が二つ。

 ――茅ヶ崎渚。そして、かずまさこうき。

 渚は髪を耳にかけ、こうきは身を屈めて何か囁く。


 言葉は聞こえない。けれど、袖がふっと触れる距離。

 渚が驚いたように目を細めて、次の瞬間、二人の笑い声が風に転がった。


 「……え?」


 声は喉の奥でほどけ、外には出なかった。


 信号が青に変わり、周りの人たちが一斉に渡り始めても、わたしの足は床に打った釘みたいに動かない。

 こうきの手が渚の髪のクリップを直す。


 クリップは、去年の誕生日にわたしが渚へ贈った白い小花。

 渚は「ありがとう」と言ったみたいに唇を動かし、少しだけ、こうきの袖を引いた。


 世界の色が、そこだけ濃く見えた。


 わたしとこうきが並んで歩くとき、あんなふうに袖を引いたこと、あったっけ。

 指先で確かめるみたいに触れたのは、どちらだったっけ。


 胸の真ん中に針の先ほどの痛みが刺さって、抜けない。


 信号がまた赤になった。


 やっと足を動かす。横断歩道を渡りながら、二人の後ろ姿が角を曲がって消えるのを見送った。


 追いかければ、理由をひとつくらい見つけられるかもしれない。

 けれど、追いかけた先で――もし、見たくないものを見つけてしまったら。


 歩幅は崩れなかった。崩せなかった。



 家に帰ると、玄関の匂いは朝と同じなのに、部屋の空気は別物みたいに重かった。


 制服のままベッドに倒れ込み、天井の染みを見上げる。

 インカメラに映った自分は、笑ってもいないし、泣いてもいない。


 スマホの画面に固定ピン。「こうき」のアイコン。


 最後のトークは「また明日」。


 ――また明日、は、いつだって嘘になりうる。


 打ちかけた文字はすぐに消した。


 問い詰める言葉は、正義の顔で近づいて、簡単に刃に変わる。

 わたしの手に負える重さじゃない。


 画面を伏せると、天井の染みがじわりと広がった気がした。



 翌朝の教室は、蛍光灯の白さがやけに冷たくて、

 黒板の粉の匂いだけが生活の温度を保っていた。


 「おはよう」


 静かな声。久遠遼が、わたしの机の端に絆創膏を一枚置いた。


 「昨日、手。袋の跡、赤かった」


 「見てたの?」


 「たまたま。コンビニの前」


 観察、ほんとやめてほしい。

 けれど「ありがとう」と素直に言えた。


 彼は小さく頷き、席へ戻る背中のラインが、いつもより丁寧だった。


 扉が開いて、こうきが入ってくる。


 自然と視線が吸い寄せられる。


 彼は周囲と軽口を交わし、笑って、ふいにこちらを見る。


 目が合う。いつもなら手を振るのに、ほんの少しだけ眉が寄っていた。


 わたしも笑って見せる。


 大丈夫だよ、の顔。


 嘘は、きっと、こうやって覚える。


◇ ◇ ◇


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― 新着の感想 ―
ちょっとチクッとしました。
どこか切なく、リアルな文章の描写に思わず震えました。
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