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60話 ウナギと経済

 海老天と松茸天は素晴らしくうまかったが、やはり小ぶりで量が少ないだけに些か物足りない。

 地球におけるコース料理の順番はどうだったか。確か……、定石に則るならば魚料理の次はソルベか肉料理だったはずだ。

 メインディッシュが控えているならばテンプラの段階で腹を満たされては困るのだろう。

 空腹は最高の調味料っていうしな。


 厨房に向かっていたメイドがワゴン車を押して戻ってくる。

 優雅な所作で配膳された料理はソルベでも肉でもなかったが俺はすぐに目を輝かせた。


「ウナギのグリルでございます。こちらもテンプラと同じくグリーンウッドで新たに開発されました。正式にはシラヤキと呼びます。ウナギは独特の姿から遠慮されるお客様がいらっしゃいますので別のお料理に替えさせていただく用意がございますが、いかがなさいますか?」


 執事の提案に俺はぶんぶんと首を横に振った。


「ウナギがいいです。好きなんですウナギ」


 この異世界には鰻が存在する。

 見た目が気持ち悪いとか、血に毒があるからとかで食べない国もあるが、好んで食べる国もある。

 ギルガルドは元々前者の国だったはずだ。定食屋のメニューに載ってるのを見たことがないし。

 エドのやつ、それが面白くなくて鰻料理を広めたのかもしれない。

 俺が出資者(スポンサー)をしているグリーンウッド公営養殖場には鰻の養殖設備があるしな。

 国中に鰻食を普及させる気満々だ。


「かしこまりました。では」


「変更の必要はない。彼女が好む料理とあらば味を確かめておきたい」


 王子は初めて食べるみたいだ。


「ウナギは苦手ではありません。いただきましょう」


 毎年土用の丑に家族で食べる鰻重を楽しみにしていた霞澄はそもそも断る理由がない。


「お客様方は召し上がられた経験がおありなのですね。恐れ入りますが殿下にお出しするのは初めての料理でございますのでご説明をさせていただきます」


「頼む。見たところ魚料理のようだが」


「はい。仰るとおりウナギとは魚なのでございます。身に上質の脂がのっておりまして、召し上がりますとほどけるような食感とともに芳醇な旨味を味わうことのできる逸品でございます。食欲が活性化して脂肪を蓄えようとするのが冬と、寒期が旬の魚ではございますが、グリーンウッドでは年中味わうことができるよう、人の手で飼育する試みがなされております。こちらはグリーンウッドで稚魚の段階から育まれました品でして、至高とされております天然物にひけをとらない味に仕上がっております」


「ほう。人の手で魚を?」


 この世界、畜産は盛んだけども漁業は専ら獲るだけで、養殖するという発想が薄い。

 そんなことしなくても地球みたいに生態系を崩すほど獲っちゃいないという理由が一つ。

 後は単に金の問題で、生け簀なんかの設備投資に、餌代に人件費と費用がかかりすぎるのがネックだという理由がある。

 川や海から直接水を引いて養殖場を作るには水棲の魔物に対する備えがいるしな。せっかく育てた魚が魔物によって一網打尽では目も当てられない。

 エドはその辺の問題をどうにか解決して黒字路線に誘導しようと四苦八苦している最中だ。

 豊富な穀物資源に支えられた飼料の安さと公営浴場で培った水道技術のおかげでなんとか自転車操業をしないで済みそうだと話してたな。


「グリーンウッド卿肝煎りの事業と伺っております。学院よりマッギネス教授を引き抜き、日夜魚類の研究に勤しんでいると」

 

 そこでその名前が出てきたか。

 ギルガルドにおける魚類研究の権威、マッギネス教授は学院から支給される研究費が少なすぎる状況に不満を訴えていた。生物学の分野では魔物の調査が優先され、それ以外は研究する価値が低いと見做されているからだ。

そこへエドから厚待遇を約束され雇用契約を結んだ話は教授本人から聞いていた。

 彼の独特な口調はちょっと真似したくなりマース。


 王子は耳聡いらしくマッギネス教授の事情を知っていたようだ。


「マッギネス教授か。惜しい人材をなくしたものだ。彼のような特異な着眼点をもつ研究者こそ学院が総力をあげて後押しすべきなのだがな。学院の運営費に口添えする権限がないのが悔やまれる。国外に引き抜かれなかっただけでも幸運と見るべきか」


 そうして冷めないうちに食べようということになり、各々白焼きを口に運ぶ。


 うまい。

 余所の国で鰻を食べたことがあるが、こっちの方が段違いにうまい。

 こんがりと炭火で焼いた伝統的調理法によって香ばしい風味を身の中に閉じ込め、噛めばくちどけのよい脂が舌の上でほどける。

 料理人がとんでもなく優秀なのは確認済みとして、食材を育て上げたマッギネス教授の情熱を自ずと推し量れる深い味わいだった。

 この脂と拮抗できる辛口の酒が欲しいところだ。

 ああ、飲みてえ。酒が飲みてえよ……

 飲酒が法的に許されず、そもそもご馳走されている以上ねだる立場にもないのでノンアルコールのシャンパンで舌を誤魔化すことにする。

 ギルガルドを出たら浴びるほど飲んでやろうと思いながら感想を述べた。


「大金を投じた甲斐がありました。とても、とても美味しいです」


 間違いなく養殖鰻は立派に売り物になる。料理人の腕を差し引いてもだ。

 この味のためならば少々高くても一般市民が買ってくれる。ビジネスとして成功するだろう。


 俺の発言に王子が物問いたげな表情を見せた。

 すぐさま「何のことを話しておられるのだ?」と口に出すと霞澄が俺に代わって説明してくれる。


「奇遇なことにアスカはかの事業で出資者をしている一人なのですよ」


「ならば商才にも恵まれているな。フレミングは食材の目利きにおいても達人だ。厳しい選定眼に適った食材ということはまず間違いなく売れるだろう。――素晴らしい。常勝を重ねる敏腕の投資家といえど前例のない事業には殊更慎重になるものだ。相手が領主といえど弱り目に金を出さないのはマネールーレットの鉄則という。君はどのような点に着目して資金を投じられたのかな?」


 成り行きを霞澄に任せようと思っていたら直接話を振られた。

 地球じゃ珍しくも何ともない事業がこっちじゃ環境の違いでベンチャービジネスだ。

 ベンチャーって言えば見通しが立てづらいから中途半端なところで計画が破綻するのがつきものだよな。

 投資家としちゃずぶのド素人なのに無謀な博打を打ったもんだ。


「夢のあるお話だったのです」


「夢?」


 うわ、自分で言っておきながらなんて地に足のついてねえ理由だ。

 頭の中お花畑で騙されてるやつ確定のセリフだぞ。

 まあ言ってしまったものはしゃあない。


「美味しいものを食べている時は誰もが幸せになれますよね。三大欲求の一つですから」


「そうだな」


「私、色々な街を訪ねて美味しいご飯を食べてその土地にしかない地酒を飲むのが好きなんです」


 酒を飲む時は綺麗なチャンネーにお酌してもらえれば言うことなしだ。

 都会なら一杯ひっかけた後、花街に繰り出すのが俺のジャスティス。

 こればかりは立場ってもんがある王子にゃできない贅沢だろ――って今の俺にもできねえな……。

 邪なことを考えていたら霞澄にジト目で睨まれた。

 昔から勘のいいやつだと思っていたが、今はさらに磨きがかかっているらしい。

 軽く咳払いを挟みシャンパンで喉を潤してから続ける。


「安くて美味しいものだって世の中にはたくさんありますけど、人気が高くて希少な品はどうしても値段が吊り上がってしまいますよね。鰻は国によっては大変高価な魚なんです。普段滅多に食べられない高価な食材でも安く食べられるようになったらと思ったんですよ。私は広い、広い世界を見て回りましたけど路銀には限りがありますから何でも手を出せるとまではいきませんでした。せっかく未知の土地を訪問しても限られた人しか口にできないものがあるのは悔しかったんです」


「希少性がなくなれば価格が下がるのは自明の理だな。そのために出資したと?」


「はい。お金の使いどころとしては正しいと思ったんです。良いものを今より安く買える世の中になればと。もちろん慈善事業じゃありませんから利益を出さなくていいわけではないです。競争相手どころか先駆者のいない分野ですから儲かると見込んで投資しましたよ。人と設備を得るために多額の債務を抱えていますので失敗したら水の泡になる不安がありますけどね」


 ちなみに株主優待?みたいなもんで養殖場で魚を買う場合割引してもらえる。

 定期的に配当がもらえて家計にも優しいなんて夢みたいだろ?

 先刻言った通り破綻したら投資した金は全てパーになるがな。ベンチャーへの投資で元本の保証など期待してはいけない。エドと交わした契約書にだって保証されないことが明記してある。

 領主主導とはいえ倒産の危機に陥った時、経営再建に公的資金が投入されることがないので安定して収益を出すようになるまではまめに様子を見に行く必要がある。

ま、ミリーシャに会えるから面倒だとは思ってないけどな。


「リスクは承知の上ということか。では卿の事業のどこに信を置かれたのかな?貴族といえど恥知らずな輩がいないわけではない。事業資金を集める名目で金を騙し取られた事例があるんだ。訴訟に発展するが大半は泣き寝入りになっている」


 それなら問題なく説明可能だ。


「人です。エドワードさんとマッギネス教授はへんた、個性的な紳士ですけど、こと仕事に関しては人一倍誠実でした。学のない私に帳簿の読み方を丁寧に教えてくれましたし、学術的なお話を専門用語を交えながらも私の理解を確認しながら噛み砕いて説明してくれました。私が詐欺師なら腹を探られるのは避けたいですからね。彼らは信用に値すると判断したんです」


 特にマッギネス教授は半端ない魚好きで1を質問すると10で返ってくる。2時間3時間と延々と講義されかねないので余計な質問はしてはいけない。

 ヒューイと似たタイプの自分の世界にどっぷり浸かってるオタクだ。


「なるほどな。だが大金が動くとなれば詐術の仕掛けも大掛かりになるものだ。偽の帳簿を用意し、親身な態度を装うなど安い労力ではないかな?」


 どうして俺のことを心配してくるんだか。別に事業が失敗したり騙されていたりしたところで損をするわけでもあるまいに。

 (かぶり)を振って反論する。


「信用という言葉ほどマネーゲームであてにしてはならないものはないと言いますが、信用なくしてはどんな話も始まりません。それに詐欺をする方にだって大きなリスクがあるんですよ。うかつには仕掛けられません」


「何故かな?」


 そんなの簡単だ。俺は冒険者なんだぞ。


「誰だってお金と引き換えに剣の錆になるのは嫌でしょう?お金は生きている人にしか使えないんですから」


 今は帯刀してないが、腰のあたりの空間を指で撫でてみせながらそう言うと、


「フフ、そうか、そうだったな。くく、容赦ない。はっ……ははっ、はははは」


 王子はこの日初めて声を出して笑った。霞澄と顔を見合わせると俺と同様面食らって目を丸くしている。

 ひとしきり笑った後、「これは失敬した」と謝意を示す。


「可憐な外見に騙されるのは詐欺師の方ということか。それはいい。喉笛に刃を突きつけられてなお欺こうとする二枚舌の持ち主はいるまい。舌が二枚あるなら一枚刈り取られても困らないのが道理だからな。すまない。君を侮っていたようだ。アダマンタインの剣士は伊達ではないな」


「はあ……、アダマンタインの剣士……?」


また何か変な呼び名が増えた。


予定よりだいぶ時間がかかってしまいました。大変申し訳ございません。


PS4にDestiny2がフリープレイで出てました。

FPS遊ぶの久しぶりなので楽しみです。


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