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56話 開幕

次話の予定決まりましたらこちらの前書きに追記します。

※9日かもしくは10日に投稿予定です。

 ユリアン王子の私邸はラメイソンの高級住宅街でも堅牢な城壁を背にした最北端に位置している。

 ラメイソンの統治を担う行政区に隣接した立地だ。

 都市の内部には王族が所有する贅をこらした別荘が何軒も建っているが、ユリアンはあえて行政区の屋敷を選択して住んでいる。

 学生の身分ではあるもののユリアンは都市の運営に強い発言権をもつからである。

 彼の言葉の重みは行政の最高責任者である太守、デルマイユ公爵及び、議会であっても無視できないほどに強大だ。

 時に彼らから相談を求められることもある。

 数カ月前、サイクロンマンティス、クロスアントリオン、ファイヤーアントの群れが出現した事件ではユリアンは王都に帰還中で、都市に不在の状況だった。

 議会は混乱し、迅速に避難すべきか相談のためユリアンと連絡を取り、呼び戻すべきか意見が真っ二つにわかれ右往左往していた。

 彼らの名誉のために言わせてもらうならば都市崩壊の責任をなすりつけるためにユリアンを呼び戻そうとしていたわけではない。

 どうしようもなくなった時、頼れるものがユリアンの政治手腕しかなかったからだ。

 ユリアンは権限を認められるだけの信頼を彼らから勝ち得ているのである。

 議会から度々意見を求められる事情から必然的に行政区近くに住むようになったというわけだ。


 しかし、茶会の当日ユリアンは居を構える屋敷を間違ってしまったのではないかと後悔していた。

 無論行政区の屋敷は王族の所有物件だけあって立派な外観と内装をしている。

 国賓をもてなすことだってけして少なくない。


 それでもこの日ばかりは他の屋敷の方が招待客に相応しいのではないかと手遅れの吟味をしている有様である。


(駄目だな。アルティミシアの娘をもてなすにはどこか見劣りしている気がしてならない)


 ホコリ一つなく清められ光沢を放つ床を目にしても。芸術的価値で一体いくらの値がつくのか見当もつかない煌びやかな調度品の数々を視界に収めても。


(あの、黄金の瞳には遠く及ばない。あの圧倒的な美に比べれば何もかもがガラクタだ)


 遠くを見つめるように物思いに耽るユリアン。

 隣から控えめな声が彼の意識に割り込んだ。


「ユリアン様。ジャンペール子爵の嫡子オランド様、マランタ商会のゲナー様がお見えになっております」


「報告ありがとうアローラ。丁重にもてなしてくれるか」


「かしこまりました」


 続々と広間に集まる招待客。それぞれ身分に違いがあるといえど、誰もが優れた才覚をもつ将来を嘱望された若者たちだ。また、若者に限らず学院で教職にある者や、ラメイソンの有力者の姿もある。

 ドレスコードは厳しくなく学院の制服でも問題ないのだが、男も女もその場に相応しい正装を身に纏っている。

 招待客が増えてくると黙ってつっ立っているわけにはいかない。

 アローラだけに任せず、王子も茶会のホストとして各テーブルを巡り談笑する。


(彼女はまだ来ないのだろうか)


 如才なく会話をしながらもユリアンの意識は常に出入り口の扉にあった。

 扉が開くたび、現れた招待客が待ち焦がれている少女でないと知るや深く落胆するが、そんな焦燥など王子の誇りにかけておくびにも出さない。


「おお、殿下。ラビリンシアン家のご令嬢がいらしたようですよ」


 招待客の一人がユリアンにそう囁いた。

 当然王子は横目に把握していた。


(ようやく来てくれたか)


 彼女と早く言葉を交わしてみたいと浮足立つユリアン。


「お隣はラビリンシアン教授ですな。姉妹揃って実にお美しい。いやはやまさに目の保養というものです」


 ラビリンシアン姉妹もまた他の招待客同様華やかなドレスを纏っている。

 男性陣は二人の美しさに息を飲み、誰が先に声をかけるかで牽制しあっている様子である。

 しかしながら王子だけはサファイアブルーの瞳に落胆の色を隠せなかった。

 彼にあるまじき醜態だ。


(どういうことだ?まさか彼女は出席を辞退したのだろうか)


 一刻も早く確かめなくてはならなかった。

 目論見が失敗に終わったならせっかく招いた招待客だ。実りある関係を築くのに時間を費やすべきである。


 ユリアンは足早に姉妹の元へ向かう。

 恭しい淑女の礼で迎える2人に対し、挨拶もそこそこに本題を切り出した。


「ようこそソフィー。よく来てくれたね。先日一緒だったご友人の姿が見えないのだが」


 招待状で催促はしたが本人が出席を拒否するならば無理強いはするまいと思っていた。

 また別の機会を設けるだけのことだ。それに同じ学科に在籍しているなら再び邂逅する可能性は十分にあり得た。


 ソフィーへの問いかけには姉のジュノンが応じた。


「ソフィーの友人とは『月の聖女様』のことですか?殿下」


「月の聖女?教授、貴女は失明されたはずでは?その目は」


 ジュノンの紅い瞳に遅ればせながら疑問を覚えるユリアン。

 魔力を帯びた双眸は彼女が生まれながらに有している支配の魔眼である。

 とある学生の暴走で失われたことは知っていた。

 義眼かと思ったが、とてもそのようには見えない。


「聖女様の御業ですわ。彼女が奪われた私の瞳を取り返し、治癒してくれたのです」


(聖女とは彼女のことを指しているのか。確かに彼女を聖女と形容するのに異論はない。それだけの美しさが彼女には備わっている。しかし、狼藉者から奪われた瞳を取り返し、あまつさえ治癒まで施す?)


 それはまるで古代、たった一人で万の軍勢を破り竜を打ち倒した勇者のようではないか。

 少女の身でありながら武勇に秀で、回復魔法まで使いこなすなど。


(純粋なアダマンタイン製の刀剣を扱う筋力。並外れた治癒能力を誇る回復魔法。彼女は一体何者なんだ?)


「殿下、聖女様です」


 静かに来客を伝える声。

 広間がざわめきに満たされた。

 といっても反応は様々だ。

 口々にその容姿の美しさを褒めたたえる者。

 ここは天上の神界か?現実の世界なのか?とお互いの正気を確かめ合う者達。

 目にしたものに陶酔して呼吸を忘れ、ティーカップを床に落として呆然と立ちつくす者。


 王子もまた例外ではなかった。

 ゴルゴンの(まなこ)に呪われて石化したように少女を見ていることしかできなかった。


 月の女神が纏うとされている白銀のドレスに身を包み、粛々と広間の中央に歩を進めていく。

 実際に女神の所有物ではないにせよ、ドレスは森林の奥地に生息し滅多に人前に姿を現すことのない孤高の魔獣、銀狐の毛皮を編んで仕立てられたものだろう。

 妖しいまでに人を魅了するそのドレスは、着る者のことごとくをみすぼらしく見せ、自尊心を殺す魔性である。

 これを編んだ職人は偏屈者として知られていた。人如きが銀狐の美しさに比肩しようとするなどおこがましいと、人間に身の程を知らせるためにこの衣装を仕立てた。

 職人は釣り合う者などいるはずがないと商人の倉庫で永遠に在庫となるだろうと高を括ってほくそ笑んでいた。


 はたして職人の愉悦は件のドレスを仕立て直すよう依頼が来て驚愕と敗北の屈辱に染まることになる。

 現れてしまったのだ。釣り合うどころかドレスの方に調和を強いる美貌の少女が。


 白銀の生地より一層輝かしい銀髪が見る者の視線を奪う。

 ドレスに映えるよう美しく結い上げられたそれは、芸術の神ムーザの手による品だと吹聴しても疑うものは誰もいないだろう。


 黄金に輝く瞳に魅せられる者がいる。

 彼女が瞬きを繰り返す一瞬一瞬ですら見られないのが惜しいと嘆き、瞼の開く瞬間を渇望する。

 そして、少女の視線に捉われた者は歓喜に打ち震えた。


「アスカさん。ドレスがよくお似合いです。とても綺麗ですよ」


 ジュノンが少女に賛辞を贈る。


 少女は照れたように愛らしくはにかみ、


「ありがとな。結構気に入ってんだコレ」


 荒々しい口調ながらも聴くものの耳を癒す音色でジュノンに返事を返した。


「スミカ、お茶の飲み方を教えてくれよ。お前が頼みなんだからさ」


 少女の傍らに美しい少年が親し気に立つ。

 少年はユリアンの目から見ても彼女からの親愛を一身に受けているように見えた。

 ユリアンの胸が激しくざわめく。

 これまでに一度も経験することのなかった得体の知れない感情が心を揺さぶる。


 ただ、少女と話をするために催した茶会だったが、その行方は王子自身にもわからなくなっていた。

















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