55話 招待状
有無を言わせずヒューイを置き去りにして俺は木陰に向かって跳ぶ。
木々に身を潜めるようにしながら迂回してローズドライアドの背後に回った。
「そんな!?アスカさんヒドイですよぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!」
悲痛な嘆きが聞こえてくるが無視無視。
ローズドライアドにとって姿を晦ました俺より人畜無害そうな少年こそねらい目だと判じたのだろう。
60本の鞭が一斉にヒューイめがけて雪崩れこんできた。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!」
絶対に破れないバリアがあるとはいえ眼前には一本でも容易く人を殺せる凶器があらゆる角度から猛烈な勢いで叩きつけられてくる。
実際に怪我を負うことはなくとも視覚と音で受ける精神的ダメージは計り知れない。さながら臨場感あるモンスターパニック映画を映画館の最前列で見ているようなものだ。
理想的に囮役を全うしていることに感謝して俺は枝葉の屋根を突き破り、再び上空に飛んだ。
一カ所巻き込みに配慮しなくてもよい位置があることにさっき飛んだ時気づいたのだ。
上空から地に向けての攻撃である。少し斜めに傾けて風の刃を放てば頭部の花を極力傷つけずに済むだろう。
歴戦の勘と空間把握の補助によって敵の位置はバッチリ把握している。
「変形にちょっとコツがいるんだったな。こうか」
槍杵に魔力を通しつつ強めにスナップをきかせるとカシャンッと仕掛けが動作したような音がして、穂の部分に変化が起きた。
それは一言で言うならば『鎌』。
湾曲した刃が手前に向かって曲がり、水平に伸びていた高周波ブレードは槍の穂の代わりとでも言うかのように角度を変えて二股槍の形状となる。
少年が作り上げたアーティファクトは変形機構を備えた武器だったのだ。
この鎌の形態こそサイクロンマンティスの風刃を模倣する手段。
魔力の足場を生成して宙に静止すると眼下に何度も、何度も何度も繰り返し鎌を振り下ろす。
不可視の刃は樹海に鋭く切り込んで葉っぱを盛大に巻き上げた。
「うっし、全滅っと」
空間把握に映っていた10個の点は鎌を下ろす度にぽつぽつと消えていき、全てが消失したのを見届けて俺は着地した。
「よ。囮役ご苦労様」
機材を抱いたまま尻餅をついているヒューイに声をかけた。
どこにも怪我はないってのに顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「ヒドイですよアスカさん!死ぬかと思いました!!」
激しい剣幕で抗議してきたが、あんまりにみっともない顔なのでちっとも怖くない。
ここは僕に任せてアスカさんは逃げてくださいって言えないのかとか、男として情けなくないのかと煽ってやろうかと思ったが、彼の成長には繋がらないだろうな。
男子の沽券を保ちつつ、男の先輩としてアドバイスしてやった方がいい。
「よく頑張ったな坊主。お前が魔物を引き付けてくれたおかげでピンチを切り抜けられた。素人がAランクの魔物の猛攻を前にして仕事をやり抜くのは誰にでもできるもんじゃない。一人前の男に大きく一歩を踏み出せたと思うぞ。後は虚勢でもいい、例え何もできないにしても立ち向かうカッコいいとこ見せてやればソフィーが惚れ直すこと間違いなしだ」
泣き言をスルーしてそう言ってやると若干悔しそうに表情を歪めた後、瞳に落ち着きの色を取り戻して顔を手ぬぐいで拭いた。
「見苦しいところを見せてしまいました。僕はあの時からずっとソフィーを守れるよう強くならなきゃいけないって誓っていたのに……」
「戦う力がなくったって度胸ぐらいはついただろ?いざという時ビビって動けないのと冷静なのとでは生存率が全然違うからな」
「僕に試練を与えるつもりでの行動だったんですね。ありがとうございます」
「ん、まあな」
そんなつもりは皆無なのだが、こちらにとって都合のいい誤解なので適当に頷いておく。
「撮影はバッチリできたか?」
俺に言われて撮影用アーティファクトを操作するヒューイ。
「再生してみます。……はい、最後の空からの風刃、しっかり撮れています。検証には十分です」
「よし。なら帰り支度をするか。素材を回収していくぞ」
空間把握にひっかかる魔物がいないことを確認してローズドライアドの残骸に近づく。
よかった。ダメージが激しいのが1、2体あるが、ほとんどは値崩れしないレベルに収まっている。
「死体の数が合わない。坊主、俺が降りてくるまで他の魔物が接近したりしたか?」
自分で言っておいてあり得ないことだと思った。
空間把握に映っていた点は10から減る一方で増えたりはしていない。
「いえ、ローズドライアド以外何も見てません」
当然のごとくヒューイは首を横に振って否定した。
全ての死体から金になりそうな部位を回収していくと妙なものを見つけた。
それはヒューイも同じだった。
「アスカさんこんなところに魔石が落ちていますよ」
「おう、俺も見つけた」
握りこぶし大の濃紺の石を拾い上げる。
「ローズドライアドのいた場所に落ちていた気がするな」
「僕もそう思いました。ローズドライアドのものだとしたらまるでダンジョンの魔物みたいですね」
「奇遇だな。俺も同じことを考えていた」
この世界の大地には魔力が循環する龍脈と呼ばれるものが存在する。
龍脈は長年にわたる地盤の動きによって形を変え、魔力の吹き溜まりを形成することがある。
魔力の吹き溜まりはやがて深い地下洞穴を作り出し、疑似的な異界を構築する。
これがダンジョンと呼ばれるものだ。
元々あった人工の建築物がダンジョン化することもあるな。アーランドのディムホロウ墳墓なんかがそうだ。
昔ギルドのお偉いさんがたれていた講釈を思い出してみるか。
異界は魔力を貯蓄しようとする傾向があるらしく、さながら生き物の捕食のように魔力をもった生物を誘う。
そして異界の中には地上の魔物をそっくり写し取った疑似的な生命体が徘徊している。(これを以降異界の魔物と呼ぶことにする。)
異界の魔物については様々な説があって、ダンジョンに誘われた生物を殺して魔力を獲得する消化液の役割とみなす説もあれば、侵入者を排除する抗体とみなす説もあるんだったかな。
異界の魔物は肉体が魔力で構成されているため、死ぬと徐々に体が霧散していって消える。
すると、死体があったところに残るのは肉体を構成していたものの一部である魔石が残る。
ローズドライアドの死体消失と魔石の出現はダンジョンの魔物でなければ説明のつかないことだった。
「おかしいよな。ここはダンジョンでもなければ異界ですらない。ついでに言えばこの辺にダンジョンがあるとかいう話も聞かない」
首を捻って疑問を提示するとヒューイも難しい顔で呟いた。
「ダンジョンに住む魔物はダンジョンの外に出ることができません。異界によって存在を維持しているのですから出た瞬間に消滅します」
「そうなんだよ。なのに異界の魔物が外をうろついているとしかいえないんだよな。死体がそのまま残ってるやつがいるから全部が全部異界の魔物ってわけじゃない」
「そこも理解できないですよね。地上の魔物と異界の魔物は見た目こそ同族であっても仲間意識は持ちません。異界の魔物にとってダンジョンへの侵入者は何者であってもすべからく排除すべき敵なのですから」
「普通に考えて殺し合いに発展するよな。どういうことなんだこれは?」
「わかりません。ただ、特殊な現象だと思いますから冒険者ギルドに報告しておいた方が良さそうですね」
「ああ。そうするか」
俺達は怪訝に思いつつラメイソンに帰還した。
――――
ギルドへの報告を済ませ、素材を清算したら鍛冶工房にアーティファクトを預ける。
学生寮前で俺達は解散することになった。
「坊主、報酬を渡しておくぞ。これでソフィーにプレゼントでも買ってやれ」
「こんなにも!?僕は大したことはしてませんよ!」
今回の狩りの成果は全部で1000万Gになった。
それを二人で山分けして500万Gずつだ。
「アーティファクトの代金も含まれてる。直すべき点はあるが、これでも安いぐらいだぞ」
俺は相手が若造であれ、職人の仕事には敬意を払うことにしている。
将来有望な職人とのコネクションなら望むところだ。
「僕はお金を払ってでもあのアーティファクトを作ってみたかったんですが……」
「納得できないなら改良の経費にでも回してくれ。新機能がつけられるならそうしてくれてもいい」
「新機能ッ!新機能ですかッ!!いいですねえ!それ!任せてくださいよ。どこか物足りないと感じていたところなんです!ああッ!いいなあ、新機能。次から次へとアイデアが湧いてきますよ!アスカさん!早速徹夜で設計にとりかかりたいと思いますので失礼しますね。お疲れさまでした!」
「お、おう。お疲れ」
俺の発言はヒューイを著しく興奮させるものだったらしい。
樹海への慣れない移動で心身ともに疲れきっているはずだろうにギンギンと精力に満ちた血走った目で学生寮に走っていった。
「さて、後の予定は晩飯にしてゆっくりするかな。ちょうど霞澄が講義終わる頃だし、中庭で待つとするか」
晩飯ならキリエ義姉さんも一緒だと賑やかになる。それなら今日は霞澄の屋敷にお泊りしようかな。
前回見せられなかった可愛いパジャマで悩殺してやるのだ。
新しいヘアスタイルを教えてもらうのもいいかもなあ。
などと妄想に浸っていると講義を終えた霞澄が校舎から出てきた。
胸が幸せに高鳴る。
「お疲れ!スミカ」
「アスカちゃんこそお疲れ。元気いっぱいだけど、何かいいことでもあったの?」
「別に。お前の顔を見るとなんか嬉しくなるんだよ」
俺は霞澄と手を繋いで隣を歩く。
学院を出たところで今夜の過ごし方について切り出す。
「なあなあ、今日は一緒に晩飯食べようぜ。腕を振るうからさ」
「本当?お兄ちゃんの料理美味しかったから楽しみだな」
「今日は俺が昔旅した南の国の海鮮煮込みを作ってやるよ。辛いけど後味がさっぱりしていて旨いんだ。酒にもよく合うんだぜ」
「はは……お酒はやめとこうね。ダメ、ゼッタイ」
酒の話に霞澄は苦笑いする。
「なんだよ。俺、前に酒飲んだ時に何かしたか?」
すると霞澄の目が泳いだ。
「ううん!何にも!いきなり服を脱ぎだしたりとか、女豹のポーズとかとったりしてないから!ところでお兄ちゃんはお茶会って興味ない?」
強引に話題を変える霞澄。
脱いで女豹のポーズって、欠落した記憶の中で俺はいったいどんな破廉恥な行為をやらかしたんだ……。
お互いにとって触れない方がいい話題だと判断し、そらされた方の話に食いつくことにする。
「貴族同士の社交か。興味はないんだけどさ、最近基本的な作法は一通り心得ておいた方がいいかなとは思ってる」
「それなら練習の機会だと思ってこのお茶会に参加してみない?今朝、招待状が届いたんだよ。心を許せる同伴者を一名連れて来て欲しいって書いてある」
霞澄はそう言うと懐から便箋を取り出す。
中身に目を通すと俺は眉をしかめた。
「王子主催のお茶会?練習の舞台にしちゃハードル高すぎないか?」
「大丈夫。このお茶会は色々な身分の人を招待しているから厳格に作法を守る必要はないみたいだよ。立食パーティみたいなものだと思っていいんじゃないかな」
「庶民とも気さくに交流しますってか。懐の深い王子様だことで」
「来てくれる?」
「どうしてもって言うなら行くけどさ、何で俺に出席させたいんだ?」
「デルフィニウム家の長男として婚約者を紹介して回りたいっていう思惑はあるんだけど」
「けど?」
「思いっきりおめかししたお兄ちゃんが見たい」
そっちが本音だな。
「オーケーわかったよ。ドレスに似合いそうなヘアスタイル後で教えてくれよな」
その晩のお泊りはとても楽しかった。
異界についての説明は女神転生に近いものがありますね。
悪魔の存在維持にMAGが必要みたいな。




