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54話 お仕事デー

次話は明日日曜19時頃に投稿する予定でございます。

 ジュノンと初めて出会ってからの翌日。

 俺は学院に休学届を出した。

 もちろん休学の際には期間に応じて多額の事務手数料が発生する。

 さらにここ最近デルフィニウム家へ挨拶に行く準備としてドレスやら小物やらを買い込んで出費が激しかったので財布は随分と軽くなっていた。

 となれば失った分の金は取り戻さなければなるまい。

 お気に入りの大手ファッションブランド、クレセリアが来週発売予定と発表している新作も欲しいからがっつり稼いでおこう。


 そんなわけで俺はトールス樹海の奥地にやってきている。

 随行者としてヒューイの坊主を連れてきた。

 頼んでいたサイクロンマンティスとクロスアントリオンの素材を合成したアーティファクトがようやく完成し、性能の評価のためについてきているのだ。

 出発前はアーティファクトの性能を早く知りたくてしょうがないとわくわくしている様子だったが、今はキョロキョロとせわしなく視線を彷徨わせ、臆病な小動物のように縮こまって震えている。

 ヒューイが殊更臆病なわけではなく樹海の奥地はA~Sランク相当の魔物がうじゃうじゃと潜んでいるからだ。

 彼らが発散した魔力の残り香にあてられて本能的な恐怖を呼び覚まされているのだろう。


「ア、アスカさん!入口の方に戻りませんか?ほら、アーティファクトの性能試験はここじゃなくてもできるわけですし!」


「却下だ」


 ヒューイの提案を俺はすげなく切り捨てる。


「ええッ!なんでですかあッ!?」


「既に俺達は目をつけられている」


 木々の隙間を縫ってこちらに接近してくる魔物の姿を俺の目は捉えている。

 好戦的で執拗に追ってくるタイプの魔物だ。慌てて立ち去ったところで逃がしてはくれまい。


「数は――15体いるな。全部ローズドライアドだ」


 ローズドライアド。別名ソーンマン。体格は人間の成人男性ほど。

 ドライアドと言えば美女の姿をした樹木の精霊って認識が一般的だと思うが、この世界のは残念ながら丸太を繋ぎ合わせて作られた木人みたいなもので、寸胴体型の味気ない見た目をしている。

 ローズドライアドの場合は上位種族だけのことはあって、下位の種族よりずっと派手な見た目をしている。

 まず、腕から鞭のような蔓が数本伸びていてびっしりと鋭い棘が生えている。MSに例えるとアッグ〇イだな。そいつの腕にローズ〇ィップつけた感じ。

 そして棘は頭部にあたる部分から胸、腹、手足と全身を覆っており、表面が木目でのっぺりとしている下位種族より攻撃的で一層禍々しい。

 恐ろし気な外見に唯一釣り合いのとれてない部位がある。頭頂部に紅白の薔薇が咲いているのだ。

 薔薇は貴族の庭園で咲き誇っていてもおかしくないほどに儚げで匂い立つような美しさがある。繊細な美しさと残虐性が共存する対極的な特徴は底知れない不気味さを感性に訴えてくる。


「15!?そんなにいるんですか!?足手まといがいるのに無理ですよそんなの!アスカさん!逃げましょう!」


「心配するなよ坊主。お前には例えドラゴンに踏まれたってびくともしない障壁を張っておいたんだ。死ぬことはないんだからアーティファクトの出来具合をしっかり見てろ」


「障壁ってどれぐらいもつんです?」


 障壁はドーム状にヒューイを包んでいる。

 彼は半透明の薄い壁に触れ、不安げにぼやいた。


「今から24時間ってところだ。そこを動くなよ。うろちょろされて魔物に拐われたりしたら探すのが面倒だからな。ドライアドは生きたままの動物を苗床にして種を植え付けるのを好むっていうから捕まったら地獄が見られるぞ。股間の薔薇を本物の薔薇にしたくないよな?」


 脅してやるとヒューイは顔を青くして叫んだ。


「死んでも動きません!ちなみに勝算はいかほどで?」


「お前の作ったアーティファクトはあんな雑魚共も蹴散らせない情けない出来なのか?」


 ニヤリと口角を吊り上げ質問に質問で返してやるとヒューイははっとした表情を一瞬見せ、すぐに引き締めて男の顔になった。映像を記録するという彼自作のアーティファクト(レンズみたいなものがついてるしビデオカメラみたいなもんかな?)を構える。


「御武運を」


「ああ」


 短く返事を返してアイテムボックスから深緑の戦闘用アーティファクトを取り出し、肩に担いだ。


 ヒューイに作らせたアーティファクトは武器としての分類で言えば槍。その長さは石突きから穂先まで含めると2mに達する。

 穂の部分はサイクロンマンティスの鎌を使用しているため、やや湾曲しており、薙刀のようにも見える。

 槍のけら首の根元には左右にクロスアントリオンの素材である鋸状のブレードが。

 鉄錆色をしたこのブレードは穂に対して90度の角度で交わっている。つまりこいつは十字槍というやつなのだ。


 俺とローズドライアド。双方長大なリーチを誇る得物を持つ。

 射程距離のアドバンテージは伸縮自在な鞭の方にあった。

 先行して殺到してきたトゲトゲ野郎のうち3体が俺の間合いの外で足を止め、振りかぶるようにして棘鞭を猛烈な速度で打ち出す。

 片腕に3本。計18本。

 それらはうねりながらも鉄杭のような重さと硬さと鋭さを伴って迫ってきた。

 鞭の内、何本かはヒューイを狙っている。

 障壁がなければ皮肉を引き裂いておびただしい出血を促す。

 巻きつけば獲物を絞め殺す大蛇のような怪力で骨など簡単にへし折ってしまえるだろう。


「狙いがばればれなんだよ!おらあっ!」


 何の工夫もなく直進する蔓を一本一本残らず寸刻みの細切れに変える。

 ヒューイの目には18本同時に切り刻まれたように見えるだろう。

 実際には俺の槍さばきによるものに加え、槍の先端にまとわりついている風の刃が周囲にあるものを巻き込み切断しているのだ。


「すごい……」


「撮影忘れてるぞ。これでもお前の機材がついていけそうな速度で動いてるつもりなんだがな」


 ぽかんと口を半開きにして呆けているヒューイを注意する。


「す、す、すみません!」


「残り12体分頼むぞ」


「了解です!」


 鞭を半分以上失ったローズドライアドの内、2体は四肢を痙攣させ痺れたように動かない。

 クロスアントリオンの高周波ブレードの超振動が蔓を切断した時に伝播して本体を激しくシェイクしたのだ。

 この隙を逃がしてやる良心の持ち合わせは俺にはない。ハメ技や起き攻めの何が悪い!

 駆け出し距離を詰め、無防備な胴に穂先を突き刺す。

 槍杵に魔力を通すとローズドライアドの全身から切れ込みのような線が縦横無尽に走った。体内で発生した風の刃が出口を求めて暴れているのだ。すぐさま風圧が樹木でできたボディを吹き飛ばし後方に大量の木片をぶちまけた。


「思っていたより強力だなコレ。しかもお手軽だ」


 アーティファクトの最大の長所は魔法の初歩の初歩である魔力を操作する術さえ心得ていればどれだけ難解な魔法だろうと知識ゼロで瞬時に発動できる点にある。

 とびっきり高価でまめにメンテナンスをしなくてはならないが、魔力量は十分なものの魔法の勉強は苦手という戦士を即席でいっぱしの魔法戦士にグレードアップしてくれる。


「このアーティファクト。威力がありすぎて素材を必要以上に傷つけちまうのが難点か」


 ローズドライアドは花の部分に最も換金価値がある。今仕留めたやつは無事だろうか。

 パッと見問題なさそうである。

 ところどころ散ってしまっているが多少状態の悪い花びら一枚でも薬の材料として高額で取引されているから踏んづけたりしないように注意しよう。

 倒したやつのことはひとまず捨て置き、すかさず痙攣している2体目に槍を構える。

 先のと同じように串刺しにして内からバラバラにしてやろうと踏み込んだその時、


「……!!」


 高周波ブレードを蔓で受けなかった一体が特攻を敢行してきた。

 心のない植物系の魔物に仲間意識があるのかは知らないが味方を助けるために体をはるものだろうか……違う!

 頭部にあった花が無くなって、体が一回り膨張している。否!膨らみ続けている!

 これはまさか、


「野郎!」


 何をするのか察したと同時にローズドライアドは自爆した。


 破片手榴弾のごとく爆発と共に無数の棘を四方八方に炸裂させる。

 木々を破砕し、地を抉り、付随した衝撃波が草を薙ぎ。まだ生きている仲間を巻き込んで。――同じ棘の鎧で守られていても隙間をかいくぐり食い込んで貫いてしまう。

 巻きぞえになったローズドライアドはぐらりと背中から倒れこんで完全に動かなくなった。

 俺は障壁を張っており傷ひとつなく爆発をやり過ごしていた。


「植物系の魔物はやっぱフレンドリーファイア気にしないのな。元の世界で人間だったらFPSゲーで絶対に味方にしたくないやつだわ。花はどこ行ったんだ?あれか」


 獣系の魔物と違い、個としての生命に執着しない無機質さに薄気味悪さを感じながら頭上を見上げると空色の薄い膜のような魔力に包まれ宙を漂う薔薇の姿があった。

 自爆前にあらかじめ射出しておいて子孫を残せるように保険をかける仕組みなのだろう。花はさしずめ手榴弾のピンみたいなもんか。

 花そのものに戦闘能力がないため敵性なしと判断されているのか空間把握(エリアサーチ)の魔法にひっかからない。

 腰のベルトからダガーを抜いて投げつけてやると膜はシャボン玉みたいにあっさりと割れて中身を落とす。


 ひったくるようにしてアイテムボックスにしまうと状勢は包囲の局面に推移していた。

 ローズドライアドの群が半円状に俺とヒューイをとり囲んでいる。俺達との距離は7、8mぐらいだ。

 それぞれが俺が避けられないように鞭を飛ばすタイミングを探っているようだった。


「なあ、坊主」


 縁側でお茶でも啜ってる時のようなのんびりとした口調で、冷や汗をだらだら流しながらも気丈に撮影に励む戦場カメラマンに話しかける。


「……何でしょう?」


「このアーティファクトさ。風の刃を本物のサイクロンマンティスみたいに横一閃で遠くに飛ばすことが可能だって完成した時熱心に語ってくれたよな」


「はい。それが何か?」


「最小だとどこまで届く?」


「試算では2km先までだったかと」


「長すぎるな。もっと射程を短く調節できないのか?」


 トールス樹海は稼ぎが安定していて冒険者パーティーの数がそれなりに多い。

 ローズドライアドと違って俺は巻き込みに配慮しなくてはならないのだから無闇に範囲の広い攻撃が出来ない。


「すみませんッ!そこまで考えてませんでしたッ!帰ったら調節できるように改良します!」

「でも高火力は正義ですよねッ!」と同意を求められたが俺は黙殺した。


「頼んだぞ。んじゃ一体ずつ始末するか。できるだけ自爆させないように丁寧に立ち回らないとな」


 自爆されると厄介だ。花を探すのに無駄な時間をくってしまう。

 どのような行動が自爆を誘発させるのか?

 さっきのことを振り返ってみる。


「間違いなく俺が他に注意を向けた時だったな」


 といっても現在の状況は180度ほぼ等間隔に12体が立っている。

 あわよくばワンチャンと企んでいるやつがいてもおかしくないだろう。

 むこうにとって犠牲を払いつつも確実に俺を仕留められそうな戦術を考えてみる。


「何体かが陽動で鞭を使って攻撃。死角にいるやつが突撃して自爆ってのがありえそうだな」


 その予測は正しいとすぐに証明された。正面にいる10体が一斉に蔓を打ち出す。

 それと同時に左右から2体が俺達を挟み込むようにして駆けてきた。その頭部には既に薔薇の姿はない。大した思い切りのよさだと呆れを通り越して感心する。

 障壁で防御できるとはいえ、敵の作戦に付き合ってやるのは癪に触るので回避してやろう。


「坊主!舌噛むなよ!」


「え!?何を!?」


 俺はヒューイに張った障壁を一時的に解除し、強引に左脇に抱えて跳躍した。


「うわああああッ!!!!アスカさァーーーーん!!!!これ落ちたらどうなるんですかあああああ!!!!」

 

 突然の紐なしフリーフォールに絶叫するヒューイ。

 空を飛べない人間が恐怖するのは無理もない。

 樹海の一面に広がる緑の絨毯が遥か遠くに見えるのだから。

 

 「どうやら空までは追ってこられないようだな」


 蔓の追尾は途中で中断していた。

 樹海側からは緑に視界を遮られているのだろう。

 そのまま重力に任せて落下していくと数は10体に減少していた。

 数体が自爆したローズドライアドの棘を受けているが、距離をとっていたため軽傷の模様。

 そこまでを観察しながら着地してヒューイを下ろすと障壁を張りなおしてやる。

 荒い息を吐いてへたりこんではいるが機材は手放していない。

 なかなかのカメラマン魂だ。


「うう……、上下運動でも人は目が回るものなんですね……」


「必要ならもう一回やるかもしれないから覚悟しとけ。今のジャンプであいつらを一掃する手段を思いついた」


「何ですか?」


「坊主、囮になれ」


 囮に攻撃を集中させ、自爆をさせないように誘導するのが簡単そうだと判断しての発言だった。


「…………は?…………囮って!?はいぃぃぃぃぃぃぃッ!?」


 ヒューイは酸素に飢えた金魚のようにパクパクと唇を動かすと目玉をひんむいて信じられないといった様子で叫んだ。



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