53話 聖女の条件
本日もう一話投稿いたします。19時を予定しております。
ジュノンの治療をしてから俺達は3人で早めの昼食をとることにした。行き先は学院の食堂だ。
「アスカちゃん。会ったときからずっと気になっていたのだけど、私の胸をよく観察しているわね。何かついているかしら?」
ついてるよ。特大の肉まんがな。
ぶっちゃけ肩の上に乗っているカーさんの生態より気になります。
「そりゃあ、そんだけでかいのがついてたら誰でも見るだろ。後学のために聞いておきたいんだけどさ、胸を大きくする秘訣ってあるのか?」
俺が質問すると、妹であるソフィーが疑問を差し挟む。
「そういえばお姉ちゃん。実家に住んでた頃と比べてすごく大きくなったよね」
なんと。元から爆乳だったわけじゃないのか。
妹のソフィーはなかなかの大きさだが、常識の範囲内に収まる。その姉も元々は同じくらいだったと仮定すると急成長した要因があるとみていいだろう。
一つ仮説を挙げてみる。
「もしかして魔法の力で……でかくなったとか?」
自分で言っておいてなんだが、魔法に関しては既に頼った。
豊胸エンチャントがかかった5000万Gのブラだ。1ヶ月着用すれば目に見えて成長すると店の主人(巨乳)は太鼓判を押していたのだが、俺にはさっぱり効き目がなかった。
魔人族の身体が害意ある魔法効果だと判定しているらしく、レジストしてしまっているのだと気づいたのが、後の祭である。レジストしたのは剣を振るのに胸が邪魔だからとかそういう理由かもしれない。あるいは魔人族は貧乳好きだというくだらない理由なのかもしれん。さっぱり理解できんね。
俺の体質のことはさておき、下着としてのつけ心地は恐ろしく良いので無駄な買い物ではなかったと信じたい。
貧乳にブラは不要?おう言ったやつ後で屋上に来いや。
俺の問いに対してジュノンの返答はあっさりとしたものだった。
「特別なことは何もしていないわ。強いて挙げるのであれば食事かしら」
「食事?」
「食堂の山鳥のシチューが大好物で。毎日のように食べていたらいつの間にか足のつま先が見えないほどに大きくなっていたの」出張で学院を離れていた間これが恋しくて仕方がなかったわぁと続ける。
ジュノンはにこやかに件のシチューの大盛りを注文した。
ここのは人面水牛の乳を使ったホワイトシチューだ。具沢山で俺も結構頻繁に注文しているメニューである。
牛乳を飲めば胸が大きくなるなんて話はよく耳にするよな。昔霞澄のやつもよく飲んでたっけ。中1の時点でなかなかの成長っぷりだったから信じてみる価値はありそうだ。
「ここのシチューにそんな効果が……!?美人のおねーさん!俺も山鳥のシチュー大盛り!いや、メガ盛でください!」
顔なじみのおばちゃんに注文すると、「いつもよく食べる子だねえ。たんとおあがり」と大皿に1キロはあるんじゃないかってぐらい盛ってくれた。
「わ、わたしも!えっと量は普通で」
姦しくも揃って同じメニューになった。
――――
食後、お茶を飲みながらの話題はもっぱら俺のことである。
「――ご結婚されることになったと。それはおめでとうございます」
「ありがとう。これからの予定はまだ考え中なんだが、お姉さんも式に招待させてもらってもいいか?」
「もちろんよ。ラビリンシアン家の聖女様をお祝いできるなんて素晴らしいことだわ」
また聖女とか呼ばれた。
「来てくれるのは嬉しいんだけどさ。聖女様って呼ぶのはやめてくれよ。背中がむず痒くなる」
「聖女様はいや?」
「ああ。回復魔法を使える人間なんてごまんといるじゃないか。そもそも俺は聖職者じゃないし」
回復魔法の出来不出来に関わらず清く正しく献身的な女こそ聖女ってもんに相応しいだろう。俺の柄じゃない。
大酒をかっくらい美女をとっかえひっかえ抱ければハッピーなダメ男だったんだぞ。
そんな婆娑羅な聖職者がいたら典型的な生臭坊主、もとい生臭聖女とみなすのが正しい。
ただ、俺が思うところの聖女像と彼女の見解とは相違があるようだ。
「私は学徒ですから貴女を聖女とする論拠は観測した事実に基づいて構築するわ。貴女がしたのに近い治療を私が行おうとすれば魔法を使うための高価な触媒をいくつも犠牲にする上、長時間の詠唱がいります。それだけではないわね。術後、視力が元通りに戻るまでさらに3~4日は要するでしょう。貴女の魔法は即効性で、痛みも後遺症も一切残らなかった。触媒もなしにこれは奇跡としか言いようがないわ。本職の達人級回復術師でもそこまでは無理よ。貴女の魔法は現代の回復魔法の常識から考えると再現不可能な領域にあるわ。聖女の御業としか説明がつかないことを貴女は成し遂げたのよ」
つまり、人格の善し悪しは別として伝承にあった『聖女』でもなければ不可能な回復魔法を行使できるから俺を『聖女』だと主張したいわけか。
内面がどうとかではなく技能で客観的に見極めをするのは学者らしいが、証明方法がヘンペルのカラスと三段論法だ。
聖女は現代では再現不能な回復魔法を使う。
対偶をとると現代で再現不能な回復魔法を使えるものは聖女である。
俺は現代では再現不能な回復魔法を使う。すなわち俺は聖女である。
なんという暴論。
「俺は冒険者だぜ?そこらのごろつきと一緒だ。聖女が務まるような立派な人格者じゃないぞ」
「そうかしら?先程の治療を受けようとすれば消費した触媒の経費を含めて報酬額は軽く7桁に届くはずよ。契約を重んじ、お金に厳しいという貴女が金額も提示しないで治してあげようと申し出てくれた理由は優しさ以外にあるというの?」
「そういえばアスカちゃん、お姉ちゃんに会うためにこの学院に入学して入学金も自分のお財布から出したって……」
二人からかけがえのない美しいものを見るような視線が集まる。
「…………」
否定したいのだが、返す言葉が見つからなくて口を噤む。
そうだよな。前の俺だったら見返りを約束させてから施しをするよな……。
ましてや利益が保証されず赤字になる選択肢など論外だ。職業意識なんて儲けが約束されていることが前提の心構えだ。進んで損をするなんてイカれているにもほどがある。
俺の人生で天秤の皿に金をのせた時、対になる皿に金より重みのあるものがのっていたことがあったか?
35年間の孤独において金は絶対の価値基準だった。
それが一年にも満たない月日で覆ってしまった。
きっかけはティアナかな。次いでミリーシャだ。
人に親切にされたら嬉しいなんて当たり前の感情を俺は忘れてしまっていた。
あの二人は飾ることのない純朴さで思い出させてくれたのだ。損得勘定なんて抜きにして誰かに無償の愛を捧げていた少年時代が俺にもあったことを。
俺は三つ編みをいじりながら照れくさそうに言う。
「俺のことを何にも知らないのに優しくしてくれた子がいてさ、影響を受けちまったのかもな……。俺ももう一度誰かに優しくしてみたいって思えるようになったんだ。安っぽい動機だけど不思議と悪くないって感じてる。この気持ちはなんて言葉にしたらいいんだろうな……?」
少年時代、霞澄に振り回されて世話を焼いていたことを懐かしんで。その記憶は俺にとって最高の宝物だったんだと改めて認識したんだ。
「愛でしょうね。御伽噺では聖女様の魔法の源泉だそうよ」
「愛が?」
「魔力という元素を限界まで細かく、細かく分解していった時、これ以上分解できない元となるものを感情の力、精神エネルギーだと提唱した学者がいるわ。あくまで仮説であって証明には至っていないのですけどね。仮説が正しいと仮定した場合、最も安定して強い精神エネルギーは愛であると私は推察します。そして貴女のような愛に満ち溢れた優しい子が聖女様の御業を再現している実例がある。仮説の信憑性はあるのかもしれないわ」
並外れた治癒能力を発揮する回復魔法の正体は魔人族の高度な魔法知識と肉体が保有する途方もなく強大な魔力による力技なんだが、これは黙っておくべきことだ。
俺は抗弁を諦めて聖女扱いを受け入れることにした。
「そっすか。もう聖女でも魔女でもなんでも好きなように呼んでくれ」
ジュノンだけに呼ばれる程度なら聖女様なんて恥ずかしい呼び名もスルーしようと思っていたのだが、のちにギルガルド全土から聖女と認定されることになるとはこの時の俺は知る由もなかった。




