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52話 回復魔法は完璧で有効な魔法学の分野です


本日もう一話更新いたします。

19時頃を予定しています。

 召喚魔法科の教授、ジュノン女史の研究室を訪れる。

 予想外の人物に出会って遅れた旨をソフィーが詫びた。


「お姉ちゃん遅れてごめんなさい。途中ユリアン様からお声をかけられたので」


「あら?王子様に?失礼はなかった?」


 やや間延びした柔らかな旋律の声。


 ソフィーの謝罪に応じたのはソフィーと同じ赤毛の黒い目隠しをした女性だった。この人がジュノンか。妹とはタイプの違う美人だな。

 飾り気のないパンツと、気持ち程度の女性らしさが覗く小さなレースで彩られた純白のブラウスを着ている。

 背丈は170前後か。女性にしては長身の部類だ。なのだが、長身の美女という特徴はある一点によって埋没していた。

 圧倒的なボリュームを誇る爆乳によってだ。

 ボタンが弾け飛びそうなぐらいぱつぱつに服を押し上げている。スリムな体型にも関わらず。

 ――奇跡。きっとこれは乳の神が地上に与えたもうた奇跡の片鱗に違いない。

 彼女は神の奇跡の体現者。すなわち神の子。

 俺は思わず手を合わせて拝んだ。

 ありがやありがたや。

 どうかわたくしめにも豊かな実りをお恵みください。


 そんな俺をソフィーはひきつった笑みで見ていた。


「隣のお友達、なぜ私に祈りを捧げているのかしら?神様になった覚えはないのだけど」


 ジュノンは小首を傾げた。

 ……妙だな?彼女は光を失っているはずなのにどうして俺の動作を言い当てることができるんだ?


「貴女のことは使い魔の目を通して見ているわ」


 俺の疑問に先回りしてジュノンがそう説明した。


「使い魔?」


 視覚情報を使い魔から経由して得ているらしい。

 流石教授だけあってかなり高度な魔法を使うな。

 普通使い魔からの視覚を受け入れたら確実に酔うぞ。視覚の情報と体の感覚の不一致で。

 原理はVR酔いに近い。

 魔法で感覚を鈍化させているのだろうか。

 歩き回るのは困難になるがじっと座っているだけなら問題ないからな。


「酔わないのか?」


「酔うわ。吐きそうよ」


 おい。


「酔いを抑えられないのか?」


「できるわ。でも魔力を余計に使ってしまうから研究のために温存しておきたいの」


 そのために我慢大会をしているのか。なんというチャレンジャー。


「だったら無理して見なくていい」


「気遣ってくれてありがとう。こうして目の前にいることが分かっているのですからね。使い魔との接続を切りましょう。カーさん。もう大丈夫よ」


「母さん?」


 母親が使い魔?んなわけないか。

 それらしいものは最初から室内にいる。

 部屋の隅に設置された長椅子。

 その上にちょこんと座る若草色の小動物が眠たげに「くあーっ」とあくびをかいている。

 見た目の印象はたれ耳のウサギ。ホーランド・ロップっていう品種に近いな。

 一見して無害な愛玩動物に見えるが、発散している魔力の濃度が桁違いだ。

 発生源は額に煌めく紅い宝玉。

 こいつは、この幻獣は、


「カーバンクルってやつか?」


「よくご存知で」


 カーバンクルだからカーさん。偉い先生にしてはずいぶんと安直なネーミングだ。

 カー様だと親しみづらいし、カーちゃんだと所帯じみてしまう。

 かといってカーくんだと大御所を敵に回す。完全にアウトだな。

 消去法でカーさんに定着したわけだ。


「驚いた。本当にいるんだな」


 元の世界じゃ16世紀、大航海時代に南米で目撃されたという未確認生物。UMA。

 額の石を手に入れた者は幸運や富を手に入れるという伝説がある。

 この世界でも発見して捕獲した例はない。

 見かけたという噂が一人歩きしているだけだ。


「そうですね。カーバンクルは文献上でしか目にすることのなかった伝説の幻獣です。私もこうしてこの子を召喚するまでは実在を疑っていました。カーさんはこちらの世界ではなく異界で生まれ育った子です。異界というものは私達の認識する世界よりずっと広いのでしょうね。未だ報告例はありませんが、カーバンクルがいるのならば人と同じ知的生命体――異世界人もいると私は推測しているわ。いると仮定した場合なぜ彼らを召喚することができないのか?魔法学の分野だけでなく文化、宗教、あらゆる側面から考察を試みていますが未だ真実は得られず――」


「お姉ちゃん」


 言葉遣いを先生らしく改め饒舌に語りだしたジュノンをソフィーが止める。


「ごめんなさいソフィー。私の悪い癖ですね」


 妹に窘められたジュノンは咳ばらいを挟むと姿勢を正す。


「申し遅れました。ソフィーの姉、ジュノン・ラビリンシアンです。あなたが凄腕冒険者のアスカちゃんですね。この度は妹の危機を救っていただいたこと感謝に堪えません」


「どういたしまして。ソフィーには世話になっているからお互い様だよ」


「そうでしょうか?救われたのが命では一生を費やしても返しきれる恩ではありませんよ」


「それを言ったらキリがなくなるからやめといた方がいい。冒険者ってのは金に汚くがめついからつけあがるぞ」


「お金をとったのですか?」


「オークの分はとってないな。俺が勝手にやったことだから。請求したのは残りの道中の護衛代だけだ」


「冒険者は強欲なのでは?優しいのね」


「職業意識だよ。俺はその辺きちんと徹底してんだ。んで完遂してない依頼が一つだけあってな」


 あのクソ野郎から被害を受けた人を助ける。

 ジュノンはその最後の一人だからな。


「お姉さんの目玉を取り返してきた」


「まさかそのために学院に……」


 ソフィーが驚きに目を丸くした。

 ジュノンも目では表現できないが、同様に驚いた様子で疑問を発した。


「アスカちゃん。一つお聞きしても?」


「何だ?」


「彼は、エンフィールド君はどうなったのですか」


「俺が殺した」


「そう……ですか」


 端的に答えるとジュノンは肩を落とした。

 関わったことのある人物が死んだ。

 被害者の立場であってもその事実に衝撃を受けているらしい。


「では、私が殺したようなものですね」


「なぜそうなる?」


「エンフィールド君はプライドの高い人でした。論文の発表会の場で彼が編み出した術式に125箇所の綻びがあることを私が指摘しなければこうはならなかったのかもしれません。後でそっと伝えていればこんなことには……」


 罪悪感に苦しんでいる様子のジュノン。


 俺は彼女の罪を否定する。「それは違う」と。

 逆恨みもあるだろうが魔眼を手に入れるのはあの野郎の計画に必要だっただけだ。

 事件を解決した後グリーンウッドの騎士が現場検証をしたところ、ルーク・エンフィールドは不死の王リッチーロードに転生する秘術を行っていたことが明らかになった。

 その時点で最初から命を狙われる存在だったのだ。ジュノンがいようといまいと。


「その仮定は無意味だお姉さん。あの男ははなから不死の王を目指して行動していた。野放しにしておいたら大勢の人が死んでた。殺されるに足る理由があったんだ」


 慰めは口にせず事実だけを語る。

 そうした方が理性的な判断ができるこの人にはよいと思った。


「不死の王。彼は既に人に仇成す魔物と同じだったと?」


「そうだ。魔物と変わらない。殺した時はまだ人間のままだったが既に何人も生贄にしていたんだからな」


 死霊術で人の死体を扱うのはまともな国ならどこでも禁忌扱いで重罪だ。

 発覚すれば術者はいかなる理由があろうと例外なく処刑される。


「とっくに手遅れだったと。私がすべきだったのは彼が誤った道を進む前に引き返すよう説得することだったのでしょうか」


「ああ。だから生徒がそうならないようにお姉さんが導いてやってくれ」


 あれに限っては言い聞かせても無駄なやつの類だとは思うが黙っておく。


「はい。それが彼への手向けでしょうね」


「ま、俺はあんなロリコンクソ野郎忘れたほうがいいと思うけどな。んじゃ本題に入るけどさ。俺はあの野郎にとられた目玉を返すためにお姉さんに会いに来たんだ。俺の回復魔法で治すか?それとも自分でやる?」


「貴女にお願いしてもよろしいですか?どうせなら可愛い女の子にやってもらった方がお得というものです」


「オーケー。任せてくれ。じゃあ早速やるぞ」


 アイテムボックスからジュノンの瞳を保存した瓶を取り出し、回復魔法を発動する。

 ゲームみたいに派手な光のエフェクトを伴うこともなく治療はあっけなく一瞬で終わった。


「目、開けて大丈夫だぞ」


 目隠しの結び目をほどいてやってうながす。


「もう終わりなのですか?……素晴らしい発動速度ですね」


 半信半疑の面持ちでジュノンは瞼をゆっくりと開いた。


「見えます。アスカちゃん。ソフィー。貴女達の顔がはっきりと。自分の目で何かを見るというのはとても、とても心地の良いものなのですね」


傷を負い、一度は枯れた涙腺から涙があふれる。


「よかったお姉ちゃん……」


「ありがとうアスカちゃん。妹だけでなく私にまで世話を焼いてもらって」


「な、泣くほど喜ばなくてもいいだろ!ほら、ハンカチ。後遺症はないか?」


「ありません。それどころか以前よりもよく見えます。まるで御伽噺に出てくる聖女様の御業のよう。いえ、アスカちゃんは私にとって聖女様そのものですね。月の女神様に似ているので『月の聖女様』と呼びましょうか」


ええ!?聖女?俺が!?



リマスターの森。発売から間もないのに侵入先の10割が出待ち。相変わらずですね。ほとんど勝てないですけど楽しい。


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