50話 女子会で報告
「うう……ひどい目にあった」
霞澄のくすぐり地獄から解放され、千鳥だけに千鳥足で敗戦落ち武者チックに刀を杖にしながら寮に帰還する。ここまで一度も転ばなかったことは驚嘆モノだ。
腰が抜けてよろよろの足に無慈悲で冷たいアダマンタインの重さはかえって頼もしい。
門をくぐるとロビーではソフィーを含め、顔見知りの精霊科の面々がテーブルを囲みおしゃべりに興じていた。
ソフィー他、3人に関しては講義こそ出席していないが部屋が近いので共同生活を送っているうち自然と会話するようになった仲である。
金髪ポニーテールの人族の子がエリン。さばさばとした性格で話しやすい子だ。
それと同じく人族のリリウム、こちらはほとんどピンク色に近い髪を三つ編みにしている。丁寧で律義な子だ。
そんで年頃の娘として平均身長の3人より頭一つ小さい栗色の髪をおかっぱにした人狼族の子がミア。彼女は無口クール系。
「でね、ヒューイくんがね、あ、お帰りなさいアスカちゃん」
席が出入口扉から正面に位置して対角線上にあるソフィーがいち早く俺の姿を認める。
「おう、ただいま……」
「フラフラだけど大丈夫?怪我はしてない?」
友情に篤いソフィーはすぐに席を立つと肩を貸してくれて椅子に座らせてくれる。
ナースから介護を受ける重傷者のような心持ちで背もたれに体重をいっぱいに預けた。
大股開きな姿勢では少々はしたないが淹れてもらったお茶をそのまま一口飲み、くたびれきった精神を芳しい香気で慰労しつつ息を吐いた。
「はあーー、サンキュ、彼氏って生き物を魔物に認定していいならもう満身創痍だよ。
帰りに滅茶苦茶セクハラされたわ。ソフィーも気をつけろよ。男ってほんとスケベなことしか考えてないんだからさ。ムードとかお構いなしだよ。やりたくなったらその場でやるとか動物かよ」
相手の内面が元々女であったとしても手心を加えてもらえると期待するのは浅はかという他ない。
いや、女だからこそ遠慮ってもんがないのか?
あるよな。中学ん時、休み時間の教室で女子同士で乳の揉み合いしてるの目撃したことあるわ。
男子もいるってのに堂々と遠慮なく鷲掴みしてさ。
うっかり鼻血噴いてクラスの笑い者(女子からは蔑み者)になっただろうが!
元々クラス内じゃオープンスケベ野郎な立ち位置だったからダメージ低かったけどって、怒りの矛先がずれとるがな。
まあ、ミリーシャの宿でバイトした時も女冒険者にたびたび尻触られたし、あれぐらいじゃれあいの範疇ってやつなのか。
女の間では挨拶代わりなのかしれん。
うちの鬼畜王子はじゃれあいから逸脱していたがな。
グレーゾーンな女子同士のセクハラを調律とか美化?違う違う言葉の響きが美しいだけ。悪化に決まっているだろう。そう表現する輩がまともであるはずがない。
触り方が執拗でいちいちいやらしいのでアンアン悲鳴を上げてぐったりするまで解放してくれなかった。
『悔しい……!でも感じちゃう』をリアルで言わされた俺の気持ち、皆は理解してくれるだろうか?
「あはは、人は見かけによらないね……。ヒューイくんは例外かも。女の子よりもアーティファクトの方が好きみたいだし。昔からなんだけどね」
「だよなあ。どっちかっていうとヒューイの坊主は草食系だし趣味に全力なオタクだもんなぁ」
あの天然ボーイならあり得そうな話だ。
俺は自己満足を求めて趣味の世界に没頭できる男の気持ちはあんまし共感できないんだよな。
若い頃は修業にしろ冒険者活動にしろ、金が欲しいとかモテたいって欲望を叶えるためにやっていたから戦うのは別に好きってわけじゃなかった。
今は彼氏と軽く手合わせするのが楽しいかな。
「アーティファクトは将来の仕事のためでもあるんだろうけど、構ってもらえないのはそれはそれで寂しいよな。
二人でできる共通の趣味を探してみたらどうだ?」
「二人でできる趣味?」
「ああ、俺らは剣の稽古をしてるんだがお勧めだぞ。体も絞れてダイエットにも効果的だ。戦いが専門じゃないって魔術師でも最低限自衛できるだけの剣術を身に着けといても損はないしな。なんならトレーナーやろうか?結果にコミットするよ俺」
袖をまくって細腕に力こぶをつくる。
さらに某トレーニングジムのCMのBGMも脳内で流しておく。
男の時の丸太のような腕であれば説得力はあるのだが、実際のパワーはこちらの方が比較にならないレベルで上なので、ソフィーには本質を見抜いていただきたい。
てかあのCMのBefore-Afterを俺で再現したらえらいことになってしまうな。
トレーニングジムに通っていたらマッチョなおっさんが美少女になってしまったなんてクレームどころか裁判沙汰になりかねない。
俺は女でいることに納得しているが、一般の人はそうではないだろう。
翌日から学校や会社にどんな顔して通えばいいか混乱は必至だ。
――とどうでもいい仮定はともかくとしてソフィーの返答はいかに。
「それならお休みの日ヒューイくんも誘って教えてもらってもいい?」
「いいとも。ただしヒューイにはソフィーを守れるよう俺の師匠直伝のイリアズブートキャンプでしごいてやるからな。何があってもソフィーは口出し無用だぞ」
泣いたり笑ったりできなくしてやる。
「気持ちはありがたいけどお手柔らかにしてくれると嬉しいな」
ソフィーは苦笑して頭を下げた。
そこで、
「イリア?」
俺が出した名前にミアが反応する。
「アスカの師匠ってアーランドの《牙狼のイリア》?」
「懐かしい呼び名を聞いたな。駆け出しの頃の師匠だったんだ。ミアの知り合いか?」
「私の叔母。魔法の才能があるからってこの学校に通うお金を出してくれた」
知り合いどころか親戚だった。霞澄との出会いといい、世間は意外と狭いな。
「師匠は、姉御は元気してるか?」
「元気どころか村で叔母に勝てる人はどこにもいない。
去年は女の子の水浴びを覗いてた村の男20人を一人残らず殴り倒して頭を丸坊主にした挙句、村中の草むしりをさせてたりした」
「ハハッ、姉御らしいや。アーランドはいつか行くつもりだからあの人の好きだった酒でも土産に挨拶に寄るよ」
このなりで弟子のアスカだとは名乗れないので正体を偽って接触することになる。
寂しくはあるが顔を見て礼さえ言えればそれで十分だ。
「きっと喜ぶと思う。むこうに行くことになったら両親に私は進級に問題もなく、壮健だと伝えてほしい」
「それくらいお安い御用だ。ミアにいい人ができたぞと伝えてみるか?」
「嘘はよくないからいい。でも、アスカみたいに気の合う恋人ができたら、その……よろしく」
ミアがいつも無表情にしている顔をほんのりと赤らめて答えた。
恋人ができた時のことを想像したのか頭頂に一対生えた狼耳がくにゃりと垂れていてピンク色の恥ずかしいですオーラを漂わせている。
仔犬系の魅力にノックアウトされる男子学生が出てもおかしくない。
それは女子にとってもお茶の味に彩りを添える格好の茶菓で、皆でひとしきりミアの反応をいじった。
この学院に入学した当初、年の離れた女の子たちと会話するのは気後れしないでもなかったが、今や彼女らと同族意識が芽生えている。
男と女の間に友情は成立しないというお言葉があるが、女になった男と女の間には成立するものであるらしい。
ミアをいじった後はクッキーをつまんでお茶をすすって和やかな談笑をしていると、
「あ、ねえねえ、アスカっちの彼氏ってスミカ先輩でしょ?セクハラって何があったの?」
他人の色恋に目がないというエリンがそんなことを口にした。
「何って体のあちこちをくすぐられたんだよ」
思い出し、触られた箇所がうずいて熱をもったような気がした。
そんな気配を女の勘ってやつで察知したのか、エリン、他2人の好奇の視線が矢雨となって体に降り注ぐ。
俺は咄嗟に腕で体を隠し、開いていた足を閉じて身を守った。
「あちこちってどこよ?あたしら友達っしょ。遠慮しなくていいんだから教えてみ?」
「アスカちゃんがスミカ先輩とどんな不純異性交遊をしているのか気になるのです。うふふふ」
「右に同じ」
女子も猥談をするものなのだと知った今日この頃。
「あちこちはあちこちだろ。細かいところなんかどうだっていいじゃないか」
セクハラされたのを告白したのは彼氏はいたらいたで大変だねって同情をひきたかったためだ。
追及は望んでいない。
「ミア、どこ触られたのか判る?」
「任せて。匂いが残ってるから近くで嗅げば一発」
ミアが席を立って俺の背中に組み付いた。
嗅覚に優れた人狼族の特性を如何なく発揮して霞澄が触れた箇所を秒速でつきとめる。
「女の子の赤ちゃんつくる大事なとこ以外は全部」
あっさりと暴露してくれた。
恥辱に悶える俺とは対照的に空気が色めき立つ。
「一番触られてるのはお尻。パン生地をこねるくらいに揉みしだかれてる。アスカはお尻が弱いの?」
さっきいじられた仕返しのつもりか答えたくもないことを堂々と訊いてくれる。
「「おぉー」」とエリン&リリウムが感嘆の声を上げたが黙殺して批難の視線をくれてやった。
ソフィーだけは同室の情けか表情を曖昧な笑みにして同情の念を送ってくれているようだ。
「次は胸。アスカの胸はぺったんこなのに丁寧に優しく包み込むように揉んでる。スミカ先輩の人柄が窺える。実に紳士的」
問答無用で胸を揉むやつのどこが紳士的なのか。スミカ先輩なんて敬称で呼ぶべきではないだろう。
一片の名誉とて相応しくない。野獣先輩で結構だ。
あとどいつもこいつもぺったんこ言うなや。それだけは気にしてるんだぞ。
「いやー、アスカちゃん愛されてんね。ていうかさ、あのスミカ先輩でも女の子の体に関心あるんだね。いっがーい!」
「そうなのです。スミカ先輩の女の子を見る目はどこか他の男の子と違う気がするのです。間近に綺麗な女の子を何人も侍らしていても自然に溶け込んでいるというか……」
意外というエリンの感想にリリウムが頷いて言う。
「それわかる!男って大抵胸か足ばかり見てくるけどスミカ先輩ってさ、女の子にいやらしい視線を向けたりしないよね。きっと厳選厨だからアスカっちぐらいのレベルじゃないと見向きもしないんじゃない?」
みんな霞澄のことをよく観察しているな。
いや、腰巾着になりたがっている女子たちの方が盲目というべきか。
「厳選厨て……ある意味正しいな」
世界にただ一人、俺だけを半生かけて探し求めていたという点において。
その一途さは本当にいつ思い出してもきゅんとくるんだよな。
しかし、それで数々の蛮行を帳消しにしてやれるかっていうと別のお話しだ。
俺はあいつの恋人である前に兄であるわけだし、今後は毅然とした態度で交際に臨み、関係の主導権を握るべく邁進すべきであろう。
あ、そうだった今後のこと。
皆には報告しないといけないよな。
俺の寿退学について。
寿退学ってスゲー字面だな。
冒険者パーティーで女冒険者が抜ける時は寿――なんて呼ぶんだろうな?
っとそんなことはどうでもいいとして。
いざ話すとなると緊張する。
それもそうか、友達に結婚の報告をするなんて長い人生でも初めてのことなのだから。
「あのさ、真剣に話したいことがあるんだけどいいか?」
頷いて8つの目が俺に集中する。
もったいぶると余計に心拍数が跳ね上がりそうだ。
あえて頭を真っ白にして機械的に言った。
「スミカと結婚することになったんだ」
一拍置いてから4人の顔に喜色が浮かぶ。
こんな時反応なんて誰だって同じに決まってる。
祝福だった。
「おめでとうアスカちゃん!」
と一番に言ってくれたのはソフィー。
「おお♪おめでとう!」
「おめでとうなのです」
「おめでとうアスカ」
エリン、リリウム、ミアからもお祝いの言葉が。
たった一言、言おうと思えば誰だって言える言葉が温かいのはなぜなのだろう。
そう思いながら俺は続けた。
「式の日取りが決まったらさ、みんなを招待したいんだけど」
「わたしは絶対に行くよ。ラビリンシアン家の一員として、アスカちゃんの友達として準備に協力させて」
「もっちろん!あたしだって行く!すっごい楽しみ!」
「アスカちゃんに花嫁衣装は似合うに決まっているのです。見逃すわけにはいかないのです」
「私も準備の手伝いがしたい。友達の門出は最初から最後まで付き合うのが人狼族の流儀」
「みんな……」
胸が熱くなった。
この世界で少女になってからいい友人に恵まれたと思う。
男のままでは一生得られなかったであろう友情。
そして恋人からの愛情。
これらこそが、真に俺が欲してやまなかったものなのだろう。
思い返せば女になる以前に交流を持った人々とも仲を深めるチャンスはいくらでもあったに違いない。
全ては夢や欲望のために犠牲にしてしまったものだ。
力と金があればどんな願いでも叶えられると勘違いして。
俺にはゼロから再出発して人生やり直すことが重要だったんだろう。
願望を成就させるために力を追い求めてきたが、その副産物についてきた少女の肉体こそ俺に必要なものだったのだ。
夢を叶えるのに必須のパーツが力ではなくて、愛らしい少女の容姿の方だったとはなんという皮肉か。
「ありがとう」
年のせいか、少女の感性のせいか、緩くなっている涙腺を抑えてただお礼を口にした。
それ以上何かを言おうとすれば落涙を堪えられないから。
――――
無尽蔵におしゃべりがいつまでも続きそうな女子会がお開きになって床に就く時間になるとソフィーが思い出したように言った。
「そうだ、アスカちゃん。来週あたりにお姉ちゃんが帰ってくるって連絡があってね。道中助けてくれたことを返信したら是非お礼を言わせてほしいって。時間のある時でいいんだけどお姉ちゃんに会ってくれる?」
「お礼はいいけど、ソフィーの姉ちゃんがどんな人かは気になるから話してみたいな。同じ学院の人なんだっけか?」
「うん、お姉ちゃんは召喚魔法科の教授をしているよ。異界について研究してるんだって」
「へえ、名前は何て言うんだ?」
まさかと思うが、俺の中で符合するものがあった。
「ジュノン・ラビリンシアン」
ソフィーが出したその名は俺の捜し人だった。
書きたいことはまだまだ探っていきたいと思いますが、最終話とエピローグの用意をしておりました。
MHW楽しいですね。
シリーズ通してランスメインでやってまして今作は特に使いやすくなったのですが、使用率を古代竜人に聞けば11位。
なぜなのか……
と思いきやランスで相性の悪かったネルギガンテとバゼルギウスで弓で狩って、火力差に愕然。




