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49話 少女のキスが上手い訳

 

 ラメイソン都市外の城壁、黄昏時で人気のないその場所で俺は霞澄によって壁に押し付けられて、唇を塞がれていた。

 それはもう脈絡もなく唐突に、強引に。

 最近割とマゾなんじゃないかと悩んでいる俺に拒絶する選択などあるわけもなく瞳の端に涙を浮かべながら自らも積極的にキスに応える。


「ん、んぅ、ふぁ、ん、ん」


 クエストで一暴れしてきたためか、霞澄の息づかいは昂っていて荒い。


「んぅ!んんっ!ん、ちゅ、ちゅ、」


 乱暴なキスだけど嫌じゃない。

 その方が愛されてるって感じられるし、頭を空っぽにして唇の感触を味わうことに没頭できる。


「ん、はぁ……かすみ……しゅきぃ……もっとしてぇ……」


 声が舌足らずなのはあざとく計算して可愛さをアピールするためではない。

 気持ちよすぎて頭の中が一面お花畑になっているためだ。

 脳内ビジョンは菜の花畑に揚羽蝶が舞っている感じ。


「お兄ちゃん……かわいい……」


 最初は男として妬心を抱いた美しい容貌は恋心に置き換わったことで見ているだけで切ない鼓動を刻む。

 霞澄に熱をあげる女学生の気持ちも分かろうというものだ。

 かつては女子のイケメン贔屓に世を儚んだことがあったが彼女たちを責められない。

 女としての本能が訴えるのだ。キスをするならイケメンの方が興奮するのだと。

 現金というか、俗物的な感性が介在するのは俺らしい。

 弁解するわけじゃないが、中身が霞澄なら樽みたいな体でオーク顔してても俺は好きになっただろう。

 その場合他人から見たら通報必至の犯罪的な組み合わせになるだろうけど、気にせずちゅーできる自信がある。



 30分?もしかすると一時間以上抱き合ってしていたかもしれない。

 どちらからともなく唇を離した。

 透明な糸が繋がっているのが見える。

 たかだかキスなのにとんでもなくエロいことをしてしまったのではないかと思えて背筋がゾクゾクする。

 もし、それ以上のことをしたら俺は失神してしまうのではないか?

 あながち冗談とも言い切れない。

 現状でも既に膝が崩れそうになっていて壁と霞澄の支えがないとへたり込んでしまいそうだ。

 その場合は前のめりに倒れよう。

 少女の俺にとっては広い胸板に顔を埋められるから。

 いっそもう倒れちゃう?

 甘えてもいいよな?

 人には寄るべき支えが必要だ(物理)


「はぁはぁ……ふぅ……」


 どんなに長距離を走っても息切れを起こしたことのない強靭な肉体は酸素を求めて喘ぐ。

 キスを終えても密着して至近距離で見つめ合う俺達。

 霞澄の瞳の中に佇む鏡像の少女は頬を桜色に上気させていて、とろんとろんに蕩けてしまっている。

 男だったらそのまま襲って裸にひん剥いてベッドの上で慰み者にしたくなるような無防備なエロさを醸し出している。

 男としての尊厳を残らず捨てた女の顔。

 前の俺がどんな顔をしていたか茫洋として思い出せなくなってきていて、遠い。

 写真なんてものはないが限りなく精巧な肖像を見せられても赤の他人か親戚の叔父さんくらいにしか見えなくて自分だったという実感はわかないだろう。


 もし力はそのままに元の姿に戻れたとしても俺は絶対に戻らない。

 容姿の優劣に関係なく戻りたくはない。

 男だった時よりも女として生きることの方が遥かに幸せだからだ。

 その根拠はどこにあるのかと問われれば、男と女、どちらの性も体験したからこそ、比較して言えるというもの。

 惚れた男に求められた瞬間に胸の内からじわりと広がる得体の知れない充足感。

 それに勝る快楽などこの世のどこにも存在しない。



「私ファーストキスはお兄ちゃんで、他の人としたらどんな感じなのか想像もできないけど、お兄ちゃん上手すぎない?最初は歯が当たったりしてぎこちないキスになるんじゃないかって思ってたんだよね」


「ええ!?な、何でそんなことが気になるんだよ?」


 どきりと心臓が跳ねた。

 それはさっきまでの恋に由来する鼓動ではなく、真逆に後ろ暗い気持ちで。

 初めて霞澄に唇を奪われたあの夜に同じことを言われたが、特に追及はしてこなかった。

 だから問題とも思わず放置していたわけで――。

 嫌な予感がすんな。


「お兄ちゃんのことを想うと抑えがきかなくて激しくしてるのにお兄ちゃん、ちゃんと合わせてくるんだもん。キスする前は別人の女の子みたいに初々しいというか、照れがあるのに始まったらもう凄い吸いつきようだよ。私の知らないお兄ちゃんの35年にキスが上達する秘密があるとみた」


「秘密なんてあるわけないだろ。才能だよ、才能。俺はキスの天才なんだ。うん、今言われて知ったわ」


「才能ねえ」


 ひぃ、探られてるよ俺。

 俺が今までに抱いた女の数は優に3桁に達している。

 キスの回数なんて数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいこなしてきた。

 色んな女を抱いていればどんな凡才でも相手の癖や呼吸のタイミングなんかを見抜いて最高に気持ちのいいキスを提供できるようになる。

 身についてしまった技が仇となってしまったか。


 かつての日常を振り返ってみれば、

 狩り→休息(娼館)→物資の補給と装備のメンテナンス→狩り――以下エンドレス。


 休息()のことだけは知られてはならない。絶対に。

 もしバレてしまえば独占欲の強い霞澄のことだ、お仕置きに何をされるかわかったものではない。

 少年時代に受けた恥辱に満ちたお仕置きの内容の数々を前もって走馬灯して身震いする。


「前に言ったと思うが、しがない独り身冒険者人生だからな。浮いた話なんて別になかったぞ。

 毎日同じことの繰り返しだった」


「ふーん、そうなんだ。ふーん」


 口ぶりと同じで全く得心がいっていない表情を見せる霞澄。

 退屈しのぎか猫を愛でるように俺の顎と喉の境目を指先で弄んでくる。

 ピアニストのように美しい指にいじられて緊張と官能が入り雑じり、やめて欲しいのにもっと触れてと望む矛盾した欲求が渦を巻く。

 くらくらとめまいに似た感覚がやってきて頭が回らなくなってきた。

 どうにかして俺の過去への詮索を避けなければいけないのに。


「わひゃあ!」


 話題を変える妙案はないかと考えを巡らせていると霞澄が首筋に顔を埋めてきた。

 男の髪質とは思えないサラサラの感触が頬をくすぐる。


「お兄ちゃんから他の女(雌犬)の匂いがする。これは一人じゃないね」


「そんなことないもん。やあ、匂い嗅がないでぇ……」


 一体どういう嗅覚をしているんだ。

 体臭で人の血縁の判別までついてしまう人狼族ほどではないにせよ吸血鬼は鼻が利くそうなのだが、最後に女と寝てから1年以上経つ。

 肌を重ねた女の残り香がするなどあり得ないことだった。

 あるいは鎌をかけられているのかもしれないが。


「ねえ、お兄ちゃんは今までに何人の女の子と仲良くしたのかなー?怒らないから教えてくれると嬉しいな」


 ひんやりと懐かしい冷気が首筋を撫でた。

 いや、怒ってるだろソレ。

 こちらが霞澄の変態行為を咎めるべき立場のはずなのに俺の劣勢は覆らない。

 少年期に刻み込まれた条件反射で詰問から逃れるための言い分けをしてしまう。


「知らない!知らない!!異世界来たところで俺は俺。モテるわけないだろ!

 男女のお付き合いをしたのはお前が初めてだよ!」


 一応ほとんど嘘偽りのない事実である。

 商売で一夜限りのお相手をしてくれた女性や酒のせいで一夜の過ちに走ってしまった女性は数に含めないはずだ。

 別に浮気じゃないよな……?

 付き合う前のことだし、そもそも男だった時にしたことなんだから。

 ノーカウントだ!ノーカウント!


「実はさ、お兄ちゃんだって知らなかった頃に歓楽街をうろうろしてるのを見かけたことがあるんだよね。小さな女の子が入っちゃいけないお店に入ろうとしてるところだったよ。どういうことかな?」


 状況証拠を握られていた。

 正直に理由を話しても、副業を探していたなどと欺いてもお仕置きされることだろう。

 経験上、真実を語ることの方が被害は抑えられると理解している。

 だが、風俗通いが趣味でしたーなんて実の妹に言えるか?普通。

 霞澄は確信をもって俺に質問してきている。

 追及から逃れる詭弁の用意などない。

 下手な嘘をついてはボロを出すだけだ。

 万事休すか。


「見間違いじゃないのか?世の中同じ顔が3人はいるっていうし」


 もう苦し紛れにありきたりな弁解ではぐらかすしかなかった。


「そうだったんだ?お兄ちゃんみたいな絶世の美少女が少なくとももう一人ラメイソンにいるんだ?へぇー」


 仰る通りですね。俺みたいな美少女なんてそうそうお目にかかれませんものね。

 霞澄の声音は穏やかで薔薇を添えたらさぞ似合いそうな華やかな微笑を浮かべているが目は笑っていない。


「おう!そうだな!広い都市だし旅行者も多いからな!いてもおかしくないと思うぞ!」


「腰に刀を二本佩いた美少女がもう一人ね。その子“狐耳娘の休憩所”ってお店に入ろうとしてたねえ」


「おお、そうなのか!その子(・・・)もお目が高いな!狐耳娘かー、いいよな!俺ああいうの憧れるよ。もふもふしてみたいよなアレ。気持ちは分かるぜ。俺の初めての人もさ、ケモ耳の姐さんだったからな。あ……」


「ケモ耳の姐さん?」


 俺としたことがやらかした。

 なぜ俺は妹の前で積極的に墓穴を掘ってしまうのか。

 どうやら白を切るのもここらが限界らしい。

 茜色に染まった空を仰いでどう告白したものか迷った挙げ句腹を決めた。


「しょうがないですやん……。

 寂しかったんやもん。

 心の隙間を埋めてくれる人が欲しかったんだよ。

 俺、お前以外にモテなかったし、金で解決するしか他に方法なんてなかったんだよ。

 みんな優しかったんだよ。ドはまりするしかないじゃん。

 もう百人から先は数えてないな……」


 サスペンスドラマラスト5分の断崖絶壁に追い込まれた犯人のように哀愁を漂わせて語る。

 今の心境を端的に言い表すならば『くっ!殺せ!』と申し上げたいところ。


「お兄ちゃんのビッチ」


 短く非難された。

 処女なのにビッチなのか俺は。

 元おっさんで今は女の子の処女ビッチ、わけわかんねえな。


「でもね、お兄ちゃん大好き、愛してる。

 だから男の頃の浮気は大目に見てあげる」


 ひしと抱きしめられた。

 あっさり赦してくれたな。俺が女の子だからか、霞澄が丸くなったのか。


「そっか、ありがとな。俺の気持ちも理解してくれて」


「お礼を言うようなことじゃないよ。もうあんなえっちなお店には金輪際近づかないこと。私がいるんだから」


「もちろんだとも。俺にもお前しかいないんだ」


 それは固く約束できる。

 霞澄と付き合いだしてから女の子に性欲湧かなくなってきたんだよな。

 なのだが、


「うーん、お兄ちゃんはすぐに他の女の子に目移りするからなぁ。ここは私専用にお兄ちゃんを調律しておこうかな」


「調律って?」


「ふふ、お兄ちゃん、くすぐり拷問って知ってる?」


「何だよソレ……?」


 霞澄が俺を抱いた手で背中をまさぐってきた。

 安心感を感じるはずの手に一片の邪気が混入する。


「昔のスペインにね、犯罪者をひたすらくすぐって発狂させる拷問があったんだって。

 お兄ちゃんはいつまで耐えられるかな?」


 手が腋に潜り込んできた。


「ひゃん!や、俺、わき弱……ほんと、ダメだからやめ、やん!」


「くぅ、カワイイ!極上の音色を奏でる楽器だね、さあもっといくよ。頑張ってお兄ちゃん」


 本格的に巧みな指使いを披露してきた。

 霞澄は俺のくすぐったく感じるツボを捉えるのがうまく、たちどころに理性を奪っていく。


「いや、ひゃ、うひゃ、うひゃひゃ、あはははは、やめて、そこ、しゃれになんな、あっはははっはっはハハハハハハハ!!!!!」


 余すことなく体をくすぐられ、どさくさ紛れに胸を揉まれ、尻を撫でられ、俺は従順な性奴隷の如く霞澄の調律に身を委ねることになるのであった。









俗に言うスランプしてました。

過労で頭が回らないのもありましたが原因は主人公に私自身が感情移入できず……といったところです。

弐号機とのシンクロ率が0%になったアスカぐらい落ち込みました。

アスカだけに。



それはそうと祝ダークソウル無印リマスター版5月発売決定!

これは最初の侵入用キャラビルド考えておかないといけませんね!

人口増加で闇霊ライフが捗りますよ!

森が私を待っている!!!!(亡者脳)

あ、残光、仮面巨人が闊歩する環境だけは勘弁でお願いします。



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