48話 やったか!?
「んぅ……ふにゅ……ん、」
瞼に光を受けてまどろみから覚めていく。
これは朝の日差し、1日の始まり。
あらかじめ2度寝をするとでも決めておかない限り寝起きはいい方だ。
長い冒険者生活で鍛えられたおかげで睡眠と覚醒の切り替えは機械のように正確に行える自信がある。
その際のルーチンは何でもいいので適当に発声すること。
「知らない天井だ」
どこかで聞いた何かの丸パクリのセリフを吐いて体を起こす。
純白のシーツが目前に映った。
どうやら俺はベッドで寝かされていたらしい。
寝かされていたらしいと判断が下せるのは自分でベッドに入った記憶がないからだ。
「この匂い、霞澄のベッドだな。
俺、何してたんだっけ?
霞澄の屋敷に遊びに来て、お姉さんに会って、晩飯作って……それから?」
そうだ、3人で食卓を囲んだ席でキリエがお義父さんのワインを出してきたんだった。
で、俺も一杯もらったんだったな。
味も思い出せないが何杯かおかわりしたような気がする。
しかし、そこからが虫食いどころか何もかもごっそりと抜け落ちていて回想を拒む。
いつから眠ってしまったのかも。
こんな経験は酔いつぶれて酒場の床で寝ちまった時以来だ。
いくら酒豪の俺でも泥酔するほど飲めば翌日は記憶の欠落と強烈な二日酔いに悩まされる。
その割に頭痛も吐き気もないのはこの体の解毒力が優れているためか。
「酒の飲み方ぐらい知ってるなんて大見得切ったのに寝落ちしちまったのか、情けないな」
とりあえず体調はすこぶるよい。
快眠によって意識は澄み渡った空のようにクリアで、しゃっきりポンだ。
ベッドの安らぐ匂いのおかげなのかもしれない。
昨日も少しだけ寝転がったが、全身が蕩けてお腹の下の辺りが切なくなるような甘美な体験だった。
またたびキメた猫みたいな状態になるなアレ。
あいつにはアロマディフューザー的機能が搭載されているのかもしれん。
汎用イケメン型アロマディフューザーか――人生に疲れた社畜独り身女性にいかがだろう?需要ある?
……アホなこと考えてないで起きるか。
「朝飯作ってやるとするかな。食材随分余ってるし」
毛布をどかしてベッドから降りようとする。
「う、寒っ。そういやお泊りにかわいい勝負パジャマ用意してきたのに見せる機会逃しちゃったな」
ストールでも肩に巻こうと思いアイテムボックスを発動しようとしたところ、とんでもない事態に直面していることに気づいて驚愕した。
「いっ!何で下着姿なんだよ俺!?」
パジャマどころかキャミソールとパンツしか着用していない。
最後はエプロンドレスを着ていたはずだが丸ごとどこかにおさらばしていて、脚を包んでいた白いニーソックスすら消え失せている。
前夜の酒、記憶の欠損、彼氏のベッドルーム、その寝台の上で寝ていた少女、行方不明の衣服、がっつきすぎな彼氏。
それら5つの要素を組み合わせて導き出される解答は?
「嘘だろ?まさか……俺は一線を越えちまったのか……?何にも覚えてないんだけど」
そもそも彼氏の家にお邪魔してお泊りというシチュエーション自体どうなってもオーケーだと意思表示してしまったようなもの――だよな?
それに酔った勢いでというのはあると言えばある話だ。
恥ずかしながら俺にも経験がある。
ただし20年前の男の頃の話だ。
冒険者としての才能に芽が出ず仲間から捨てられて酒場で泣き崩れていた新人の女の子を慰めていたら、流れでまあ……一夜限りの関係になった。
翌朝、その娘は酒に酔った勢いで好きでもない男に純潔を奪われてしまったことを悟ると宿への多額の弁償を心配するレベルで暴れた。
大切にしていたものを返せと泣き叫びながら胸を叩かれてひどくやるせない気持ちになったのを覚えている。
『容疑者は酒に酔っていて覚えていないと供述しており……』などと言い訳をする余地などない。
例え両者に合意があろうとだ。正常な思考を失っていたのだから無意味である。
その時は平身低頭土下座して、お詫びには到底足らないことを承知の上で彼女が一人でも戦えるようになるまで指導と盾役を請け負った。
俺の指導との相性が良かったのか、その娘は眠っていた才能を開花させてたった1年でAランクに昇格した。
彼女にはあの夜のことを水に流してくれるどころかこの恩は一生忘れないと嬉し涙で感謝されたんだが、10以上年の離れた娘にあっさり抜かれてヘコんだなぁ。
彼女はAランクになるとさらに上を目指すため仲間を集め始めた。
師弟関係を解消してからも彼女に会うたびにパーティーに加入しないか、私をこれからずっと支えて欲しいと熱心な勧誘を受けたがかえってお荷物になるのと鼻紙一枚の価値もない自尊心が傷つくのを恐れて断ってたっけ。
思えば恥の多い人生だったな。
相変わらず脱線事故を起こした俺の思い出を引き合いに出してしまって申し訳ない。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶというありがたいお言葉があるが、生憎と俺は愚者だ。
自身の経験から得た教訓は酒の力で安易に男女の関係にはなってはならないということ。
後で責められた時に味わう罪悪感は筆舌に尽くしがたいものがあるということだ。
しかし今回の場合立場を含めいくつかの事象が過去の例とは逆転している。
なので逆になった部分を参考にしてみよう。
まず、酒を飲んで酔っぱらっていたのは俺の方だけで、俺から一方的に誘惑した可能性がある。
霞澄は据え膳に弱いのであり得る。ここは問題だよな。
ムードもへったくれもないノリでやってしまったらお互いに気まずい思いをするのは明らか。
次に俺は許嫁なので行きずりの関係ではない。
もちろん俺は彼氏を愛しているし、子供は絶対に欲しい(名前だって男の子の場合、女の子の場合両方とも毎日考えている)のでいつかはそういう行為に及ぶのを望んでいる。この点は倫理的におかしなところはないな。
ごく自然な夫婦の営みなのだから。
でも先に挙げた心神喪失状態だったという要素が加わるとよろしくない。
初めては思い出に残る一夜にしたいに決まってる。
忘れてしまうなんて嫌だ。愛があるからこそ初夜というのは一際大事なのだ。
あの娘のように過程が吹っ飛ばされて結果だけが残るというのはあまりに惨い。
結果に対して肯定的に捉えるべきか、否定的に捉えるべきか判断する材料すらないのは残酷極まる。
これは男の立場からしても同じで女にさっぱり記憶がないと知れば強引に関係を迫ってしまったと罪悪感を感じることになるだろう。
俺の女心からすればそれのせいで悲しげな顔をする恋人の姿なんて見たくなんてないのだ。
共に過ごした夜の時間を心の中に共有した上で『よかったよ』と言ってあげたい。
もし一線を越えてしまっていたのだとしたら嘘でもフォローはしよう。
そのためにも我が身のチェックが先決だ。
「股がズキズキするとかはないな……。この体じゃ何があってもすぐに治りそうだが。
シーツに赤い染みは……それもないか。
てことはセーフ?」
状況証拠からして俺も霞澄も早まった真似はしなかったらしい。
服がシワにならないよう脱がせてくれただけか。
でも念のためパンツを下ろして確かめてみよう。
「彼氏のベッドでっていうのはちょっとドキドキするな……」
「ドキドキ?……ん、おはようお兄ちゃん」
セルフ診察していると部屋の隅から朝の挨拶がかかった。
完全に不意をうたれて頭の中が隅まで真っ白に漂白されそうな緊張が疾走して肌が泡立ち、首から下が石化する。
「霞澄?」
油が切れて錆びたゼンマイみたいに操作のままならぬ首の関節に勇気という名のCRC5〇6を注入、ギギギと動かして声がした方向に横目で視線をやる。
椅子に腰かけたまま眠っていた霞澄と――目が合った。
俺同様快眠を経てバッチリお目覚めである。
そんでもってバッチリ見られている。
ベッドの上でパンツを下げて下半身を覗き込んでいる姿を。
霞澄にナニをしている真っ最中と受け取られるか推理して――
「んにゃあぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
猫耳生えてる少女みたいな悲鳴が出た。
ちょ、おま!?部屋にいたのかよ!?というかまじまじと見るなぁ!暗くしないと!なんか闇魔法的なものなかったっけ!?
あ、でも暗くてもこいつ吸血鬼だからはっきり見えちゃうんだった!いやあああああああ!!!!!!
「何!?どうしたのお兄ちゃん!?まさか姉さんがまた何かやらかしたの!?あ…………」
「違うんだ。これは違うんだ霞澄。見ないでぇ……」
女になった初日に女の悦びを探求することにためらいのなかった俺だが人様の家で、というか実の妹の前でソロプレイをいたすほど野獣になった覚えはない。
咄嗟に具体性皆無の言い訳を試みるが、わかっているのかわかっていないのか霞澄はウンウンと自身に言い聞かせるように頷いて言った。
「大丈夫だよ、女の子にもそういう日ってあるから。健康な証拠だから心配しないで。ね、私もそれぐらいの年の頃には経験してたからね」
理解のある言い方で同情される方が余計に傷つくわ!!
一番されたくない種類の誤解をされてるよおおおおおおおおお!!!!
ウワアアァァァアアアアアアンンンッッ!!!!
霞澄のアホーーーーーー!!!!バカーーーー!!!!スケベーーーーー!!!!ブラコーーーーーン(ブーメラン)!!!!
「や、だから違くて……これは……ぉ……なんかじゃ」
「むしろ安心したよ、お兄ちゃんも普通の女の子なんだって。お兄ちゃんがスッキリするまで散歩でもしてくるから。ごゆっくり」
「そうじゃない!行かないでくれ!ああ……」
霞澄は思春期迎えた娘を見守る父親のような眼差しで皆まで言うなと制して部屋から出ていった。
この日の霞澄は異様に気色の悪い優しさで接してきて誤解を解くのに丸一日かけたのは言うまでもない。
ある日の晩、輪の内壁で侵入した時のこと。
ホストさんのキャラクター名がD〇nald Trumpでコーラ吹きました。
プロフィールを後で確認するとやはりアメリカのお方。
さすがアメリカ、自由の国。国民のネーミングセンスも実にフリーダムだと感心しました。
まさかご本人ということはない……ですよね?
お忙しい方ですからゲームなんて非生産的な行為に時間を費やすはずがないですよね?
私闇霊として真面目にト〇ンプさん狩っちゃいましたけど、報復に狙われたりしませんよね?
おや?玄関のインターフォンの音が鳴りました。
こんな時間にお客さん?




