44話 健全なお付き合いです
俺と霞澄が交際をスタートして一週間が経過した。
付き合ったからといって生活スタイルが急に変化するわけでもなく、二人でクエストに行ったり、買い物に行ったりというぐらいだ。
霞澄は時々意地悪で気になる女の子をいじめちゃう系男子になることがあるが、元男としては愛情の裏返しであることは理解できる。(本音としてはやめて欲しいのだが)
恥ずかしい思いをさせられることを除けば、傍にいて安心感を覚えるし、家族として暮らしていたが故に意思疎通の齟齬が少ないので戦闘だろうと買い物だろうと不便がない。
兄妹としての付き合い方にプラスアルファといった塩梅だな。
元男の女は元女の男を愛せるか?、兄は妹を異性として愛することができるか?といった葛藤は、もう俺は女なんだしあいつは男なんだし好きなものは好きだからしょうがないと圧殺してどこかに捨ててしまったので気ままに恋愛の日常を謳歌している。
だから本日もクエストから二人で帰ってきて、夕暮れの街を手を繋いで歩いているのも当たり前となった光景なのである。
自分よりも大きな手にきゅんとして、にぎにぎと感触を楽しんでにやにや。
完全に雌の顔をしてしまっているであろうと思う。
もはや隠す気もないが。
「なあ、霞澄」
「ん、何?お兄ちゃん」
「お前さ、今どこに住んでんの?」
幸せすぎて一週間付き合っていながら相手の住まいがどこなのか知らないという間の抜けた事態に陥っていたので遅ればせながら訊いてみることにした。
「学生寮じゃないよな?出入りするところ見かけたことないし」
「う、うん、まあね……この街のデルフィニウム家の別荘に住んでるよ。
こっちの世界の父さんと母さんは東部のランドーロスの屋敷で暮らしてる」
へえ、ランドーロスか。
ギルガルドに渡航した時に最初にやってきた港町だ。
霞澄にとっては第二の地元ということになるだろうか。
それよりも別荘に住んでるんだな。貴族の坊ちゃんだけのことはある。
「へー、ならこれから家にお邪魔してもいいか?」
「ええ!?何も面白いものはないよ?
そんなものより、ほら!そこのカフェで人面水牛ミルクパフェが流行ってるんだって!お兄ちゃん甘いもの好きでしょ?一服していこうよ。
私の家はまた今度でね?」
霞澄にしては珍しく狼狽して露骨に話題を逸らせた。
見られては困るものでも家にあるのだろうか。
「今は腹減ってないからいらん。俺は人面水牛ミルクパフェより霞澄の家が気になるんだ。いいじゃないか別に。エロ本がそこらに転がってたって俺は気にしないよ。男に生まれたなら健康、健康」
エロ本の一冊や二冊、十冊ぐらい俺だって持っていたんだ。
別に驚くには値しないし、気にしないって言ってしまったけど、もし持ってたら本の中の女に――多少は嫉妬するかな?
「いやいや、そんなものないから!
あるのは我が家の恥部だから!」
「何だよソレ?」
霞澄はハッと口元を手で覆い失言だったというような反応を見せた。
明らかに何かを隠している。
我が家の恥部とは何ぞや?
「そうだった。うちは使用人を雇っていないから屋敷の中は散らかっててね。
ウンウン、とてもじゃないけどお兄ちゃんをお招きできるような状態じゃないんだ。
だからさ、遊びに来るなら明日……じゃ厳しいか、来週にしない?」
咄嗟に言い訳を考えたのか目が泳いでいる。
だが完璧なポーカーフェイスであったとしても嘘を看破するのは容易であった。
明確な理由があるからだ。
「嘘だ。お前部屋の掃除や整理整頓きっちりやってたじゃん」
まあ、俺も部屋を散らかすような人間じゃないが霞澄は部屋のコーディネートが趣味みたいなところがあったので輪をかけてありえないのである。
幼い頃の霞澄は
『大人になったら私、お兄ちゃんと二人きりでこんな家に住みたい』
なんて色鉛筆で書いた家や部屋の内装の絵を見せてくれたっけ。
本気だったんだなあアレ。
惚れてまうやろ。
とっくに惚れてるけど。
……脱線するところだった。
話の道筋を戻すと我が家の恥部=散らかった屋敷というのに違和感を禁じ得ない。
先ほど挙げた理由に加え、もっとやばいものが潜んでいる気がする。
俺に備わっているかは怪しいが女の勘ってやつだ。
「あー、なんていうか男の子になったら掃除とか面倒くさくなっちゃってね?
廊下すら足の踏み場もないからダメ。掃除するにも広い屋敷だから見積もりだのなんだので清掃業者の人の手配も時間がかかるからね、だから待ってて。お願いお兄ちゃん!」
霞澄は懇願するように手を合わせた。
オーケー、まず汚屋敷というのが真実だと仮定しよう。
しかし広い屋敷だろうと俺達の怪物じみた身体能力をもってすれば掃除なんて容易いことじゃないか。
今なら言える。
俺はハーレムや力を誇示して名声を得るためにあのアーティファクトを入手したのではない。
愛しい人に尽くすために力を手に入れたのだ!
「事情は分かった」
「じゃあ!諦めてくれるんだね!」
あからさまに安堵した表情を見せる霞澄。
だが、俺は恋人を地獄にでも落とすつもりで希望を断ち切った。
日頃の行いに対するささやかな仕返しでもある。
「問題ない、俺が手伝いにいってやるよ」
竜の落とし子亭ユニフォームの出番だな。
あれは俺のお気に入りなので、霞澄もきっと気に入ってくれることだろう。
「問題あるよ!お客さんに掃除を手伝わせる家主なんてありえないでしょ!?」
安堵から一転して絶望。
一切譲歩せず砦攻めもかくやの俺の勢いに冷静ではいられないようだ。
だがこういった場合、霞澄は態度が強硬になりやすい。
意固地になられる前に口説き落とすことにした。
「いいじゃないか。俺達つ、付き合ってるんだしさ。
こういうのは彼女に頼るもんだ。男ならさ押しかけ女房くらい受け入れろよな。
えーと……、あれだ……。
……ご主人様のためなら何でもご奉仕するにゃん♪」
自分で言って猛烈に赤面する。
調子に乗ってアニメか漫画で見たメイドさんのキャラクターを真似して『ご奉仕するにゃん♪』と発言してしまったのは俺を俺と知らない人ならともかく、知っている人にはほぼ確実にキモいとドン引きさせて以降一切口をきいてもらえなくなるだけの効果はあったに違いない。
しかし、
「お兄ちゃんのご奉仕!?こんなにも可愛いお兄ちゃんの……!?ここは手堅く制服?それとも裸エプロン?スクール水着?」
お兄ちゃん大好きっ子の霞澄にはクリティカルヒットしたようだ。
溢れ出すリビドーが魔力に反応したのか、実体化して黒い瘴気が背に漂った。
一体俺のどんな痴態を想像しているのであろうか?肩をわなわなと興奮に震わせている。
整った口角が歓喜に歪み、吸血鬼のシンボルたる尖った犬歯が覗いた。
学院の女子から黄色い声援と共に圧倒的支持を集める王子様とはとても結びつかない邪悪さだ。
これはやりすぎたと後悔した。
何でもとは言ったけど制服はともかく裸エプロンもスクール水着も流石にサービスできねぇよ!!
「はぁはぁ……お兄ちゃん」
霞澄は息を荒くして、紅い瞳を輝かせている。
無意識に魅了の魔眼が発動しているようだ。
効きはしないが、見つめられると力が抜ける。
「な、なに?」
「ホテル行こうか。お兄ちゃんが欲しい」
霞澄は決闘の時どうして披露しなかったのかと思えるほどの早業で俺を抱きかかえた。
っていうかホテル!?付き合って一週間でそれはまだ早いって、婚姻届けもまだだし!お義父さんとお義母さんにも挨拶していないのに!!
「……や、」
「や?」
「やだぁぁああああああ!!はじめてはもっとムードとか最高に高めて、記念日とかじゃないのとイヤなのおぉおおおおおおお!!あとせめてお風呂にはいらせてぇぇええええええ!!!!いやぁあああああああああああ!!!!!!」
俺の叫びに対してハイになって完全に目が逝ってしまっておられる霞澄は聞く耳を持たなかった。
高く鋭く跳躍して、屋根から屋根へ八艘跳び。
迷いは一切なく目的の建造物まで最短距離で。
夕焼けの街並みに少女の悲鳴が木霊した。
それでは霞澄さん家のお宅訪問はまた来週!
残業にアサシンに闇霊に小説と時間がいくらあっても足りないですね。




