表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/70

41話 お祭り後編

残業による長期間労働が続きそうなので、更新頻度は落ちそうです。

また、なかなか納得いく質に及ばず投稿に踏み切れないこともありました。

今更ながら書くことの難しさを痛感しております。


「ミリー、好きなもの選んでいいぞ。

 俺からのプレゼントだ」


 グリーンウッドの呉服屋で俺はミリーシャと浴衣を選んでいる。

 あれこれと華やかな浴衣を体に当ててみてはお互いの反応を確かめ、戻してを繰り返す。


 この手のショッピングは一人でするとどうにも味気なかったり、歯止めがきかず必要ないものまで買ってしまうのだが、友達が一緒ならあれこれ意見を交わしながら愛着のわきそうなものを絞り込めるので実に楽しい。


「ねえねえお姉ちゃん、このユカタに描かれてる魔物ってなあに?」


「そいつは金魚という魚だ」


「金魚?お魚なの?」


 そうそう、この世界には金魚がいないんだよな。

 ロリコン領主、エドが日本での記憶を頼りにデザイナーに作らせたものに違いない。

 しかし、金魚がどんな姿をしているか知っているという前提に立脚していたとしてもミリーシャの魔物という表現は正鵠を射ている。

 金魚がどんな姿をしていたのかうろ覚えだったためか尾やヒレの形がおかしかったりする。

 ひらひらしているのは確かだがカサゴやブラックバスみたいなトゲがついていて、金魚という儚い生物の印象を野蛮で好戦的なものに変えていた。

 おまけに正確なイメージをデザイナーに伝えられなかった腹いせで追加したと推測されるドリルみたいな角まで生えていて魔物らしさに一役買っている。


「遠い国で鑑賞用に売られている魚だよ。

 この刺繍のように同じ種類でも色が違ったりするんだ」


「へー、お魚なのに食べないの?」


 金魚って食えるのか?食おうと思えば食えるんだろうが不味そうだな。

 鯉みたいに大きなやつは金目鯛みたいだが、味はきっと雲泥の差だろう。

 思い出したら金目鯛の煮付け、刺身、寿司が恋しくなってきた。

 エドには焼鳥以外にも日本食の開発に励んでいただきたいものである。

 グリーンウッドから海は遠いので必然的に川の幸になるな。

 ミリーシャに会いに行く前に偶然エドに会ったんだが、流民の雇用政策として川魚の養殖事業の立ち上げで出資者を募っていると言っていた。

 いつか日本の魚料理を味わうため、スポンサーの話受けるとしよう。

 ミリーシャの宿にも魚を卸せるようになれば売上の向上に繋がることだろう。

 あ、そうだ大人のつまらん話よりミリーシャと会話をもたなければ。


「食べない。見た目はゴージャスだが多分美味しくないんだろう」


「そっかあ、でもお魚って分かると可愛いかも。

 あたしこれにする」


 ミリーシャは白地に反社会的な魔改造を施された金魚が刺繍されている浴衣を選んだ。

 あっさりと決められてしまい焦りを覚える。

 彼女が休める今日という一日は有限なのだ。

 俺のために時間を浪費しては本末転倒である。

 飾られている無数の商品から至高の一品を可能な限り急いで吟味していく。


「あ……」


 滑りそうな目で探していたのに一度で俺の視線を独占するものがあった。

 心の奥底で深い眠りについていたものが唐突に解凍されて呼び覚まされたような感覚に身震いする。

 デザインとしてはありふれた部類だと思う。

 紫を基調としていて淡い水色の朝顔が描かれた浴衣。

 しかし俺はその凡庸な一着に郷愁をそそられて迷わず手に取った。

 最後の日本の夏祭りで妹が着ていたものとそっくりだったからだ。


『ねえ、来年も再来年も一緒にお祭り行こうね』


 あの日から三十年以上も経過しているというのに妹の言葉が鮮明に甦ってきた。

 その記憶が色褪せていないのは自責の念が傍に根付いていたためであろうか。


 ……何が女の子に優しくだ。

 最も身近にいた女の子の願いすら叶えてやれないくせに。


 ごめんな霞澄。

 俺、兄貴として失格だよな……。

 せめて妹のことをいくばくかでも思い出せるものを着よう。

 贖罪としては何の気休めにもならないが、ただそうしたかった。



 支払いを済ませたら早速着付けである。

 女の子の浴衣をどうやって着るのか知らないので店員にレクチャーしてもらいながらになる。



「お姉ちゃん、下着を脱がないとユカタは着れないよ」


 下着姿で袖を通そうとした俺をミリーシャがたしなめた。


 浴衣を着る場合下着は身に付けない。

 その慣習は俺も耳にしたことがある。

 しかしそれは下着の質が今ほど進歩していなかった時代のもので現代では下着の着用は当たり前である。

 むしろデリケートゾーンの保護に必須なのだが。

 それに丈が長いとはいえ階段を上るときはやはり気になってしまう。

 ミリーシャは知らないだろうが、男というのは階段を上る女性のスカートの中身を、視線は外しているのに常にロックオンし続けるという曲芸じみた絶技を習得しているのだ。

 身を守るため、娼婦と間違えられぬようにするため、せめてパンツだけでもはいてほしい。


 ミリーシャはさっさと服を脱ぎ捨て惜しげなもなく裸体を曝すと慣れた手つきで浴衣を羽織った。

 ブラジャーという軛から解き放たれた双丘は重力の影響を受けてぷるぷると揺れる。

 帯を締めて布の圧力が働いていてもなお自己主張が激しい。

 言わんこっちゃない。

 下着なしだとこぼれそうじゃないか。

 まったくけしからん。

 このままグリーンウッドの至宝を外に出してよいものなのか?

 否、これは姉である俺が独占すべきものだ。

 外の男どもの下劣な視線に晒してなるものか。

 自分のことは棚に上げて見た目は20代前半に見えるエルフの女性店員に助け船を求めた。


「店員さんも言ってやってくれよ。

 浴衣の下には下着を身に着けるものだって」


「いいえ、そちらのお嬢様の仰る通りでございますよ。

 私どもにユカタの開発を命じた領主様はユカタを着る際は下着を着用しないものだと仰せでした。

 領主様は国への特許申請の折、ユカタの下には下着を着用してはならないという国内全域で適用される法を制定すべきと陛下に求めたそうでございます。

 陛下もこいつ何を言っているのかさっぱり分からないが普段おとなしい男がぎらついた熱のある目でしつこく訴えてきてうっとおしいから、やってやるかという理由で既に法として発布されております。

 なお、下着着用が発覚した場合は1年に渡って氏名が公表されるという刑罰が盛り込まれてますね。

 これには身分に関係なく国民の通報義務を保証しているとのことです。

 衣類としては素晴らしいアイデアですのにあの変態、ユカタを広める気があるのでしょうか」


 女性として領主の横暴に憤りを隠せないのか慇懃無礼な態度で解説した。


 あんの変態めぇ、それだと俺までノーパンになるだろうが。

 だがどてっ腹に穴の空いた法律だな。

 下着なんて見せびらかすもんではないし、見られなきゃ済む話だ。


「変態が定めた法律なんて知ったことか」


 しかし店員は態度を崩さずに言う。


「勇ましいお言葉ですね。同じ女として尊敬します。

 ですが私は小さくて可愛い女の子が大好きです。

 その子達が浴衣の下にパンツをはいていないのは最高であると思います。

 私のような年増女では見苦しい限りですがパンツをはいていない少女の恥じらいの前にはいかなる国の財宝も輝きを失ってしまうことでしょう。

 私としましてはお客様を世間の晒し者にして悲しませてしまうのは心苦しいのですが」


 法を盾に邪悪な忖度を迫られた。


「ったく、はかなきゃいいんだろ。はかなきゃ」


 諦めて俺はパンツを脱ぐ。

 うう、解放感はあるがそれ以上に羞恥が勝るのは知恵の実を食べた人の原罪故か。

 こんな状態でスミカにうっかり遭遇したら最悪だ。

 ばれたらもうお嫁いけない。責任とってもらうしかない。

 新婚旅行は火山国ブッカラの湯けむり温泉ツアーがいいな……

 あれ?なんか脱線してないか?

 パンツを脱ぐ脱がないの話だったような。


「ああ!お客様のそのお顔、とても素敵です。

 いけない気持ちになってしまいそう!

 国民の義務を果たすことにならなくてよかったです!」


 女性店員は体をくねらせて満足げに微笑んだ。

 あまりに残念なその様子に冷静さを取り戻すことができた。


 とにかく確定的に明らかなことがある。

 ――ロリコンが大手を振って闊歩するグリーンウッドの未来は暗い。




 ――――


 ラメイソンは大都市だけあって人種、年齢、職業も様々な人々で賑わっていた。

 人の流れを制御するため、騎士やその指揮下で働く警備兵、雇われた冒険者が交通整理を行っている。

 それでも圧倒的に人手が足りていないらしく、誘導にあたっている人間が人の津波にのまれてもみくちゃにされている様子が所々で散見された。


「ミリー、はぐれないように手を繋ぐぞ」


「都会は人がいっぱいだね」


「そうだな無理せずゆっくり進もう」


 普段は渋滞と無縁の大通りも国内、国外問わず増加した旅人で人口過多となっている。

 手を繋いだ俺達は仲睦まじい姉妹のように寄り添って屋台を覗いたり、大道芸を見物するため足を止めた。

 人いきれとは無縁のミリーシャは田舎では珍しいものを目にするたびに大きな瞳を輝かせて俺に質問を浴びせた。

 初めて祭りに連れて行った時の妹に姿が重なって、頬が緩む。

 付き合っている俺もつい自分の年を忘れて本物の少女のようにはしゃいでしまって、その事実に気付いたとき少し恥ずかしくなった。


「あたしお姉ちゃんとお祭りに行けてよかった」


「俺もだよ」


 むしろ俺の方が救われているといってもいい。

 妹の期待に背いておきながら、無関係のミリーシャを代役にして浅ましくも幸福を享受している。

 神の如き力を持とうが情けなくて卑小な一人の人間であることだけは変わっていないのだ。


「来年も再来年も行くぞ。

 ミリーのスケジュールは俺が空けてやる」


 今度こそ隣にいる女の子を悲しませないように、俺から約束する。

 もう妹に直接謝ることもできない。

 ならばいっそ身勝手で恥知らずな生き方を貫いてやろう。


「気持ちは嬉しいけどあたしのために10万Gも使わないでね」


「ハハッ!俺は金持ちだからそれは約束しかねるな」


 今の俺は例え霞澄に何をねだられたとしても懐が痛むことはない。

 心の余裕ってもんが違う。


「あ、ねえねえお姉ちゃん」


「ん?」


「あそこ、ほらすごく綺麗な男の人がいるよ。

 王子さまみたい」


 ミリーシャの視線の先を追うと吸血鬼の美少年、スミカがいた。

 道行く男女、特に女性の多くは振り返って息を飲み、後ろ髪を引かれている様子であった。

 相変わらずの美形っぷりである。

 ミリーシャが発見できてしまうのも無理はなかった。


 スミカはお兄さんを探しているんだろうな。

 通り過ぎる男性の顔をつぶさに観察している。

 それは広大な砂漠に埋没した一粒の砂金を拾う行為に等しい。

 徒労に終わる可能性の方が高いだろう。

 だが成果として結実することがなくともその美貌に諦めの色はない。

 魅了の魔眼を発動せずとも学院の女子生徒たちを虜にする瞳で愛する肉親の姿を求めている。


 元同性である俺でも緊張を覚えずにはいられない眼差しが俺を捉えた。

 探し人が男でも、俺自体が人目を引く容姿をしているので発見は容易だったのだろう。

 顔をほころばせてこちらに歩み寄ってきた。

 久しく会っていなかったせいか、かーっと全身が沸騰したような錯覚に襲われて思考力が減退する。

 今度出会ったときは何を話そうか胸を高鳴らせて話題をいくつも用意していたのだが全て消え失せて白紙と化した。


「やあ、アスカちゃんこんにちは。久しぶりだね。

 今日も可愛……え…………?」


 珍しいことにスミカまでもが言葉を失った。

 驚愕に顔を凍り付かせて硬直している。

 俺の浴衣を一点に見つめて。


 特許が申請されたばかりの新しい衣類だからな。

 この世界の人間には奇異に映るのかもしれない。


「アスカちゃん……その浴衣どこで?」


 なんだ浴衣のこと知ってたのか。

 しかし男なら普通どこで買ったかよりも『似合うよ』とか『色っぽいね』とか言うもんだろう。

 あ、いやいや、俺が言ってほしいわけじゃなくてだな!

 一般論ってやつだよ。そう一般論!


「グリーンウッドで買ったんだけど、変か?」


 のぼせ気味の頭をなんとかフル稼働させて答える。


 和装は黒髪に映えるものだからなぁ。

 俺みたいなチビ女趣味じゃないねって言われたらどうしよう?


「ううん、どちらの素材もいいからとても綺麗だと思うよ。

 アスカちゃんは何を着ても本当に可愛い。

 ボクが見てきた女の子の中では一番だよ。

 だけどこんなことって…………」


 え?女の子の中で一番可愛い?

 俺が?

 ええ!?えええええええええええええええ!?

 お、お世辞だよな!?お世辞に決まってる!

 どうせ他の娘にも同じことを言ってるんだろう?

 このスケコマシめ!

 他の女は騙せても俺は騙せないんだからな!

 お前が思っているよりチョロい女じゃないんだぞ!

 頬が火照ってる?

 それは褒められ慣れてないからだ。

 クールダウンの時間を要求する。

 差し当って地面にしゃがみ込み手のひらで頬を抑えて熱を緩和させていただく。


「 ……嘘でしょ。……私が着てたのとほとんど同じ……アスカちゃんが……?そんな偶然あるものなの……?」


 お世辞に翻弄されて悶えている間、スミカはスミカで俺への感想が小声の尻切れトンボになっている。

 褒め言葉に衒いのないスミカが歯切れが悪いなんて案外本気で見惚れてたりするのか?

 えへへ♪


「むむ!お姉ちゃんの反応からするにこの人は……。

 あの、お兄ちゃん」


「え?お兄ちゃん!?お兄ちゃん……。

 ああ、それボクのこと……?」


「はい、お兄ちゃんはもしかしてスミカさんですか?

 あたしはアスカお姉ちゃんの友達のミリーシャっていいます。

 気軽にミリーって呼んでください。」


「あ、ごめんね、えーとミリーちゃん、名乗りもしないで。

 知っての通りボクはスミカ。

 アスカちゃんと同じ学校で学生をしているよ。

 よろしくね。

 お祭りは楽しんでくれてるかな?」


「はい!お姉ちゃんのおかげで楽しいです♪

 ねー。

 ……あれ?お姉ちゃん?おーい」


「……えへへ、可愛いって言ってくれた……。可愛いって。

 しょうがないやつだなぁ……もう」


「あはは……お姉ちゃん壊れちゃった」


「みたいだね。ボクと接してると時々こういうことがあるんだ。

 アスカちゃんは不思議な女の子だよ」


「スミカお兄ちゃんは男の人だから分かんないと思います。

 女の子には不思議がいっぱい詰まっているんですよ♪

 お兄ちゃんにはお姉ちゃんの秘密、ぜひぜひ探検してもらいたいです」


「そう?女の子の気持ち、理解しているつもりなんだけど。

 分からないってことは私もまだまだなのかな。

 うん、考えておくよ。」


「はい♪

 そういえばお兄ちゃんはお一人ですか?」


「もしかしてボクを誘ってくれているのかな?」


「ですです。

 お姉ちゃんも喜ぶと思いますしどうでしょう?」


「いいよ。ボクの兄さんだったらきっとそうすると思うから。

 不肖ながらスミカ・デルフィニウム。

 お嬢様方のエスコートを務めさせていただきましょう」


 俺が心地の良い別世界にトリップしている目の前で何やら頷き合って意気投合する二人。


 おい、なんだよ二人ともいつの間にか仲良くなりやがって。

 スミカのことは俺が先に仲良くなったんだぞ。

 いくらミリーでも俺にだって譲れないものがあるんだ。

 スミカだってあれか?結局男はおっぱいか?

 女の子に興味ないからーとか言ったのは嘘なのか?

 本当は女の子も好きなんだろう?

 ぐぬぬぬ。

 俺だって少しはあるんだぞ!少しは!

 触って確かめればちゃんとあるんだからな!

 谷間だって寄せれば作れなくも!

 ……嘘ついた。

 谷間はさすがに無理だった……。


「アスカちゃん?大丈夫?」


 少女になってから日常における俺の警戒心のなさは自分でも芸術レベルだと思う。

 どうして俺はスミカといる時だけ某スパイアクションゲームに登場するザル警備モブ兵士と化してしまうのか。

 いつぞやのように顔の位置が合うよう彼は膝を曲げて白皙の美貌を近づけていた。

 スミカにせよ、こちらにせよ、どちらかにその気があればキス、ハグ、ナデナデの射程圏内である。

 俺としたことがヤツにここまでの接近を許すとは。

 悲鳴をあげなかった自分を自分で褒めてやりたかった。


 しかし何だろう?

 これは一体どういう展開なんだろう?

 外界の情報を絶って自分の世界に閉じこもっていたので状況が掴めない。

 こう、接近されているということは、ミリーシャより俺を選んでくれたってこと?

 ……え、Aまでならいいよ。友達だし。友達ならそれぐらい普通だよな? ……Bはそのうちで

 アメリカじゃAなら同性でもそれぐらい当たり前だし。

 異文化コミュニケーションってやつだ。

 …………うう、駄目だ駄目!恥ずかしい!やっぱ無しだ無し!!

 日本人の俺に合衆国の礼法はそぐわない。


「どうしたの?顔が赤いよ、熱が出ちゃったのかな?

 一休みできそうなところに移動しようか。

 学院が休校日で静かだからそちらはどうかな?」


「学院ならあたしも見学してみたいです!」


「決まりだね。アスカちゃん失礼するよ」


 突然足元からふわりと体が浮く。

 正面にあったはずのスミカの顔が、横から見えている。

 お尻を触られた。

 浴衣の布1枚で隔てられているだけのはいてない(・・・・・)お尻を。

 それと左胸も。

 結構やばいところ触られてないだろうか?

 2回目のお姫様抱っこ。

 ただし今回ははいてない。

 はいていないのだ。

 下手に暴れたらそれがバレてしまいかねない。

 スミカにだけは知られたくなかった。

 我に返って抗議する。


「ひゃん!?ス、スミカ!?」


「何かな?」


 娼婦でもない女の体を触るのは高くつくんだぞ。

 だから、


「その…………責任とれよな」


 下ろせよ!って心の声とは別の言葉が口をついて出た。


「うん?ボクにとれる責任ならとるよ?」


「……分かったならいい。

 落とすなよ」


 首に腕を回してそのまま体重を預けることにした。


「あ、そうだ忘れるところだった。

 アスカちゃん、よかったらこれを受け取ってくれないかな?」


 俺を抱いたまま外套のポケットから掌に収まるサイズの小箱を片手で器用に取り出す。

 箱を受け取って中身を検めると指輪が入っていた。

 銀製のリングに彼の瞳と同色の紅の魔石が拵えられている。

 このお祭りで男性が女性に贈るとされているものだ。

 いつか枯れてしまう義理の花輪ではなく金属製である。


「冒険者なら実用的なものがいいと思って、魔物からの攻撃を軽減する障壁を張ってくれるものだよ。

 魔力がなくなると壊れちゃうんだけどね。

 付き合いのある人用に余分に持ってるからミリーちゃんにもどうぞ」


「わぁ、ありがとうございます」


 ミリーシャはすぐに指輪を指に通してかざし、紅い石の美しさに魅了されている。


 俺は嬉しいはずなのに同時に落胆の混ざった複雑な胸中にあった。

 これは壊れてしまうのか……。

 せっかく綺麗なのにもったいない。

 指に通す気になれなくてアイテムボックスに大切にしまい込むと、スミカの服にしがみつく。


「指輪、好きじゃなかった?」


 俺の行為を、贈り物が気に入ってくれなかったものだと誤解されてしまった。

 それは本意ではないので咄嗟に言い訳を試みる。


「身に着けたら……永遠じゃ……なくなるだろ?」


「消耗品だからね。

 壊しちゃってもまた来年新しいのをあげるよ?」


 欲していたのとはずれた返答にほんの少しだけ苛立ちをぶつけることにする。



「…………ばか」





 ――――


 大通りとはうってかわり学院は休校のため、閑散としていた。

 中庭のベンチに、スミカにとっては両手に花状態で腰を下ろす。


「ね、2人ともせっかく浴衣なんだからお団子を作ってみない?」


「お団子?」


 団子を知らないミリーシャが首を傾げる。


「ヘアスタイルのひとつだよ。

 浴衣の女の子が髪を結い上げるとより魅力的になれるんだよ」


「お姉ちゃんやってもらおうよ」


「お、おう……。

 ミリーからやってもらいな」


 スミカの抱っこで腰が砕けてしまっているので妹分に先を譲る。

 尻を触られただけで半身不随になった人間は人類史上でも俺だけだろうな……。


「アスカちゃん、ヘアアクセサリーを貸してもらえるかな?」


「好きなの使ってくれ」


 スミカは俺のアイテムボックスから提供したアクセサリーの中から無造作に選んで手際よく髪を纏めていく。

 ドラゴニュート故、角が生えているミリーシャは人族よりもやり辛いとは思うが、彼の手先は止まることがない。

 膨大な時間を費やし何度も何度も同じ作業を反復して当たり前になっている人の指先の冴えで髪を編んでいる。

 スミカ自身は髪を結えるような長さがないのに。


「はい、出来上がり」


 俺の私物の手鏡でミリーシャに映して見せた。


「わあ、スミカお兄ちゃんすごい!」


「それほどでもないよ。

 ミリーちゃんも練習すれば必ずできるようになるから。

 さて、次はアスカちゃんだね」


「カリスマ美容師さんの腕前見せてもらおうか」


「うーん、美容師さん扱いは勘弁してほしいかな。

 あまりいい記憶がないから」


「そうなのか?俺の知ってる誰かさんみたいだ」


「話しても面白くないから気にしないで。

 それにしても見事なプラチナブロンドだね。

 ちょっと悔しいかな」


 お前が言うなよ。

 そっちだって世の女子達が自信喪失して嫉妬するレベルの髪じゃないか。


「男と女の髪質は違うだろう?」


「そうだけどね。

 アスカちゃんは髪が長いから余ったところは垂らしていこうか。」


 スミカの指先が髪に触れた。

 あまりごつごつしてなくてしなやかで細いけれど弱々しさはない。


「んっ」


 本人は否定しているが美容師のような繊細な指使いに気持ちよくて声が出てしまうのは

 無理のないことだろう。


 美容師といえば日本にいた頃近所で床屋を営んでいたお兄さんを思い出す。

 背が高くひょろりとした体型に中性的な容姿、お洒落な銀縁の眼鏡に口元の黒子が良いアクセントになっているイケメンなのだが、束ねた長髪の美しさで一見して女性と見間違えてしまうことのある人だった。

 他に客がいない日なんかはなぜか俺をその日最後のお客さん扱いして勝手に(といっても彼個人の店で店舗兼自宅だが)店を閉めてお茶に誘いたがるんだよな。

 男同士で何が楽しいのか分からんが二人きりのお茶会を過ごしたことが何度かある。

 話上手な人で紅茶の茶葉の解説とか興味のない話題でもついつい聞き入ってしまって帰りが遅くなることがあった。

 家には連絡しておくから泊まっていかないかと誘われたこともあったな。

 両親は海外で働いており、一人暮らしで寂しいからという理由だった。

 彼の希望が叶ったことはない。

 その都度妹が迎えにやってきてお流れになったからだ。

 そうそう、いいお兄さんだと俺は思うんだけど霞澄とは壊滅的に相性が悪いんだよな。

 ……少し語弊があるか。

 霞澄が一方的に蛇蠍のごとく嫌っているだけだ。

 兄妹で散髪に行くと必ずといっていいほど霞澄の方から喧嘩を売る。

 もちろんお兄さんは小娘のモンキートークにいちいち取り合わないで大人の貫禄を発揮してうまくかわしていたが、眼鏡越しの瞳の奥には闘志のようなものが宿っていたと思う。

 お兄さんの方は接客のプロとして妹とのスパイシーな会話を楽しんでいたのだろう。

 後で霞澄の失礼な態度を叱ると、『お兄ちゃんを守るためだったのに、ひどい』と泣き出す始末だった。

 俺の妹はたまに兄である俺にも理解のできない動機で行動するのである。


「アスカちゃんお待たせ」


 思い出に思考を割いている間に終わったらしい。


「お姉ちゃんきれい……

 月の女神様みたい」


 ミリーシャから手鏡を受け取ってその出来栄えに感心する。

 霞澄が夏祭りでしていたヘアスタイルと同じものだ。


「大したもんだな。

 女の髪の結い方なんてどこで覚えたんだ?」


「言っても笑わない?」


「内容による」


「……そうだね、アスカちゃんには教えてもいいかな。

 ボクの前世が女の子だったって言ったら信じる?」


 無表情で暴露されたその話は口調からは冗談なのか真実なのか判別はつかない。

 だが、既に剣と魔法の世界にいて、荒唐無稽な話だと決めつけるつもりはなかった。

 前例が存在するからだ。

 グリーンウッドの領主は前世と性別は変わらなかったものの、以前の記憶を持ったまま別人としての生を歩んでいる。

 俺やあの爺さんみたいな別世界からやってくるイレギュラーまでいる。

 どんな奇跡が起きたとしてもおかしなことではない。


「あり得ない話ではないと思う。

 俺には妹がいてさ、この髪の結い方なんかそっくりだよ。

 そりゃ手順の決まった手先の技だから誰でも練習さえすればできるんだろうが、男のスミカがわざわざ覚える必要はないよな。

 前世が女の子なら自然なことだろう」


 心が女の子のままならお兄さんが好きであることに合点がいく。

 体はともかく内面においては異性に違いないのだから。


「アスカちゃんは妹がいるの?」


 スミカは顔を蒼白にさせて問うた。


「ああ、もう何十年も会ってないが、どんなやつだったかぐらい家族だからよく覚えてる。

 普段やたらとつっかかってきてさ、ケンカはそれなりにあった。

 わがままにも随分と付き合わされた。

 甘え上手なやつだったから祭りの日なんて小遣いを残らずむしり取られたもんだ。

 けどさ、あいつにもいいところがあるんだよ。

 目標があると迷わないんだ。

 俺みたいな普通の人間じゃとても追いつけないような集中力を発揮するんだよ。

 そこは素直に尊敬してる。」


 他人に家族のことを語るのはなんだか面映ゆい。

 この世界に来てから身寄りのない人間として扱われ続けてきたせいなのかもしれない。

 数少ない友達である2人には俺と家族のことを共有してもらいたくなった。

 その名に温かみを込めて、大切に、聞き漏らすことのないように告げる。





「俺の妹は霞澄っていうんだ。

 元気でやってるかな」



 俺の口にしたその名がもたらした変化は劇的だった。

 常に余裕のある目の前の少年から顔色を喪失させてのけたのだ。


「…………けた」


「?」


 スミカがぼそぼそと唇を震わせ、ふらついた幽鬼の足どりで歩を進める。

 無色の相貌だったが、とてつもなく大きな感情の波を堰き止めているように見えた。

 一体どうしたのだろうと呼びかける。


「スミカ?

 きゃあっ!?」


 女の子のような悲鳴が俺の口内から発せられる。

 無防備だった体をいきなり強く、強く抱きしめられた。

 胸板に顔が埋まって、スミカの鼓動を感じる。

 突然の出来事に理解が追い付かなくて吸血鬼の鼓動も人間と同じなんだと横道にそれた感想を抱いた。


「…………つけた」


 耳元で囁く言葉を聞き取ろうと胸板から顔を起こして見上げると頬に一粒の水滴が落ちた。

 そうして次々にぽつぽつと小さく叩いては頬を濡らしていく。

 それは快晴の青空から降り注いだものではなく少年の雫であった。

 スミカが大粒の涙を滲ませて、俺を抱擁する。

 決して離すことのように。



「やっと……」


 どこかに行ってしまうことのないよう繋ぎとめるために。



「見つけたよ!お兄ちゃん!!!!」



 少年(少女)の想いが世界を越えてついに到達した。




どうでもよいことですがTS前の主人公はちょっと変わった男にモテます。

日本だろうと異世界だろうと理由なくモテます。

とっさに考えた設定ですが、主人公が狙ってくる男に対して清い体を守ってこれたのは神様も注目した悪運体質と妹の涙ぐましい尽力によるものです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ