38話 お祭り前編 お誘いするのはあの人
ギルガルド全域で開催される祭りというのはおよそ700年前に勃発した内戦の終結後に王が国民の生活支援政策を始めたことに由来するのだとソフィーから聞いた。
王は夫を亡くして未亡人となった女性や身寄りのない子供にとりわけ手厚い支援をしたという。
戦争となれば前述した路頭に迷う人々が多くなるのは当然である。
人も物資も足りない状況で社会的な弱者は蔑ろにされがちだ。
しかし王は戦後の処理に忙殺されながらもそういった国民の救済を後回しにしなかった。
名も知らぬ遠い国からやってきた騎士の志を継ぎたかったからだ。
その騎士は王にとって戦後も重臣として頼みとしたかった男だったのだが、戦時中、戦後も援助してくれた国々に謝意を伝えるための外遊中に政争に巻き込まれ無実の罪を着せられて処刑されてしまったのだという。
自ら事件を糾明し彼を陥れた者達に1秒でも早く罪を償わせてやりたかったが、王は彼の気性を思い出し踏みとどまった。
戦時中彼は戦争を有利に進めることよりも女性と子供を守ることを優先した。
大のために小を切り捨てられない不器用な男だったがそのひたむきさは王を含め戦場にいる者達の心を打った。
真相糾明に時間を費やす間に弱者から先に飢えて死んでいってしまう。
彼の守った人々を死なせたくない。
王は事件の解決よりも彼の夢見た国の未来を実現すべく働くことにしたのだ。
政策の内容が決定し、国民への食料の配給、女性たちの就労支援、国営孤児院の設立などを宣言した日が記念日となった。
国が豊かになってくると福祉の必要性は薄れ、徐々に記念日は形骸化していき、騎士の理念だけが残って今では女性と子供のためのお祭りとなっている。
祭りの内容は神に感謝を捧げる儀礼的なものを除けば通りに屋台が並んで賑やかになる程度で、ソフィーの説明を噛み砕いて解釈してみると日本の祭りと大差なさそうである。
ただ、男女の恋愛にとって重要な日とされているそうで、この日男性から指輪を送られた女性は幸せになれるという。
送る指輪の質は何でも良い。
お金がかからない花輪でも構わないし、大人なら貴金属でもオーケーだ。
バレンタインのイベントに近いものがあると思う。
義理なら花輪を送り、本気ならば婚約指輪としてそれなりのものを。
前者の花輪は友人や家族にまた来年同じ花が咲く日まで、よろしくという意味を込めて。
後者は決して枯れることのない指輪によって永遠の愛を誓うものである。
ソフィーはいつか『枯れない』指輪をもらうのだと今日のデートに意気込みを見せていた。
俺は馬に蹴られるのは勘弁させていただきたいので他の友達を誘うことにしている。
そんなわけで行動開始だ。
「待たせたなミリー」
「お姉ちゃん、本当にいいの?
グリーンウッドもお祭りでウチも冒険者さん以外のお客さんでいっぱいなんだけど」
俺は数日前からミリーシャを誘うことにしていた。
竜の落とし子亭は家族経営の宿であるだけに子供といえど貴重な戦力に変わりなく、彼女が抜ければ営業に支障をきたすのだが心配ない。
「大丈夫だ。心強い助っ人を用意したからな」
背後にいる女性2人をミリーシャに紹介する。
以前に浴場でも会っているのでお互いにとって顔見知りである。
「ええ、わたくしどもにお任せください」
「宿の仕事を1日するだけで10万Gもくれるなんてアスカは気前がいいニャ。
喜んで手伝わせていただくニャ」
ミリーシャが抜けた穴を補うため俺はセレナとキッドを雇った。
セレナは二つ返事で引き受けてくれて、キッドは祭りで羽を伸ばしたかったのかしぶっていたが、破格の報酬を提示すればあっさりと陥落した。
ふん、資本主義の豚め。いや猫か。
とにかく働くがよい。
俺とミリーシャのために。
明日の労働英雄は君だ!
「ミリーの両親も快く了承してくれたからな。
働くのが好きなのは知ってるがミリーは子供なんだから遊ぶべきだ」
「そうですわ。大人に甘えるのはミリーシャさんの正当な権利というものです。
今しか作れない思い出を残しておくべきですわ」
「うーん、いいのかなぁ」
両親が忙しく働いているのに自分だけ遊ぶのには罪悪感があるようだ。
「まあ、なんだ。こういうのも社会勉強ってやつだよ。
宿屋の娘なら観光情報にも目を光らせておかないといけないぜ。
それには祭りの雰囲気ってやつを肌で感じておかないとな。
というのは建前で俺がミリーと遊びたいだけだ。
ミリーの気持ちはどうだ?俺と祭りに行きたくないか?」
もっともらしい方便に加えてずるい言い方をしてしまったと思うがぼっちで祭りは面白くない。
「えーと、じゃあよろしくねお姉ちゃん」
邪気のかけらもないミリーシャの陽だまりのような暖かさを感じられる笑顔。
彼女にご褒美を与えたつもりでいてむしろこちらの方がご褒美をもらっているような心持ちである。
ああ、こんな素直な妹が欲しかったな。
やはり女の子は見てくれだけじゃいけない。
大事なのはハートだ。ハート。
あいつはあいつでいいところはあるんだけどさ。
――――
「そうだラメイソンに行く前に呉服屋に寄って行くぞ。
祭りならではの正装ってものがある。グリーンウッドでしか売っていない浴衣を着ていくべきだ」
「あ、ユカタって知ってる。領主様が考案された服なんだよね。
ウチでもお客さん用の寝間着としてお部屋に置き始めたら着心地がいいって好評で、下着姿で廊下を歩くお客さん少なくなったんだよ」
「確かに浴衣ってのは元々寝間着だからな。あった方が快適だろう。
冒険者はアイテムボックススキルの容量が厳しいとなかなか余分な荷物を持てないから部屋に寝間着を置くのはいいサービスだと思うぞ」
「お洗濯してくれるお店が大変になっちゃったけどね。そうだ、服といえばお姉ちゃんが着てるのすごく可愛いね」
「さすがミリーお目が高い。これはラメイソン魔法学院の制服なんだ」
褒められたのが嬉しくて見せびらかすように両手を広げてみせる。
広げた両手でそのままミリーシャをハグ。
柔らかい、相変わらずおっぱいでけぇ、いい匂いする。
もし俺に反応する敏感なボーイがついていたら三角比が変わる。
具体的には初動を1:1:√2するとそこから1:2:√3になるぐらい。
え?三角比は中学では習わない?
生命の神秘を解き明かすために自ら学んだのですよ。
痴的欲求を満たすためにね。
今では無用の長物と化してしまったが。
ぜひともミリーシャに実地で斜辺の長さと角度を求めていただく個人授業をさせていただきたいのだが、一身上の都合で実施できないのが残念でならない。
「学生さんになったの?」
「おう、成り行きでな」
「ねえ学校ってどんなところ?」
「ミリーは学校行ったことないのか?」
「うん、読み書き計算はお父さんとお母さんに教えてもらったよ」
グリーンウッドには庶民の子にも勉学を教える教室があるのだが、ミリーシャの場合は家の都合で難しかったか。
「勉強だけじゃなくて同い年の友達と色々馬鹿やったりするところかな。
ミリーには無駄な時間の使い方に見えるだろうが、今思えばその馬鹿も俺という人間を形成するにあたって重要だったのかもしれん」
お堅い言い方をすればコミュニケーション能力を育成する場だよな。
家庭環境にもよるが、子供の社会進出が早いこの世界では否応なく磨かれる能力である。
比較すればコミュニケーションの取り方なんて親や学校の道徳教育以外ではほとんど強制されない日本での何気ない日常はなんて贅沢なんだろう。
「学校での過ごし方は人それぞれだよ。友達とくだらねー話で盛り上がって、放課後一緒に遊んだりな。 恋愛に励むのもいる」
「へぇー、いいなぁ……」
魔法学院の授業を全て欠席しているのに胸を張って学校のPRなんてしているのでミリーシャの羨望の眼差しがくすぐったい。
小学校と中学は無遅刻無欠席の皆勤だったから説得力はなくもないか。
「学校は無理でも、ミリーには友達がいるだろ?俺とかさ。
また会いに来るからさ、来年も一緒に祭りに行こうぜ」
「うん!お金で解決するのはどうかと思うけど。
お姉ちゃんともっと一緒にいたい」
「くぅー、純真でいい子だなあミリーは。
お婿さんになる人は幸せ者や」
「お婿さんはまだ早いよー。
ね、お姉ちゃん。学校って好きな人を見つけるところでもあるんだよね」
「そういう目的のヤツもいるってだけだぞ。異性が身近にいるからな。その気があれば自然とくっつきやすくなる。これに関しては格差の大きい社会だから俺にはうまく説明できん」
そう言って自嘲した。
モテないグループ、恋愛における格差の底辺に属していた俺は一体何なのだろう?と
分かってる。やる気の問題だ。
いつか可愛い子から告白されたらいいなーなんて妄想しつつ、俺自身はヘタレで行動を起こすこともできなくて、結局野郎どもと馬鹿をする方向に逃げていただけだ。
行動したからといって成否に関しては絶望的なんだろうけどな。
最後にモノを言うのはルックスなんだろうなあ……。
容姿は中の下、成績も運動も平凡な俺が好きだなんて言ってくれる女の子が俺の周囲にいたとは思えない。
「ミリーみたいな美少女ならいくらでもよりどりみどりだけどな。
うらやましいね。このこの」
二の腕をつついてみた。
成人男性二人分は余裕で担げる怪力を発揮しているとは想像もつかない女の子特有の柔らかさ。
二の腕の柔らかさはおっぱいの柔らかさと同質と言われるが、さて。
脱線したが先ほどの発言は偽らざる本心である。
男子禁制の宿の子だから出会いは少ないだろうが、あと何年かすれば男の方からたかってくるだろう。
俺も彼女と年の近い男だったらノックアウトされている。
それぐらいたまらなくそそる少女である。
ミリーシャが可愛いので褒め殺していこうと考えていたのだが、彼女はここで話の流れとしては妥当だが、俺の予期せぬ爆弾を投下してきた。
「そうかな?ねえ、お姉ちゃんは学校で好きな男の人見つかった?」
す、好きなおとこぉ!?
恋愛対象ってことか!?
言われて真っ先に脳裏に浮かぶのは行きつけの娼館のお気に入りの嬢ではなく、少年の姿。
あやややや!?あいつじゃない!違う!
一狩りいこうぜライクな清い交際をしております!!
そうライクなのです!
朝ギルドで会わない日は寝坊したのかなってクエストの出発をギリギリまで遅らせることがあるけど、ただ同業者として心配してるだけなんだからな!
勘違いするなよな!!
「おやおやぁ♪その様子はもしてかして♪わくわく♪」
「ち、ちがっ!スミカとはそういう関係じゃなくて、あれだ!狩り友的な?」
「スミカさんって言うんだぁ♪お姉ちゃんの気になる人。
その人にラメイソンで会えるかな?
あたし会ってみたい♪」
『お姉ちゃんの気になる人』って語弊がある表現だが、まあ変わったヤツだから気にはなるよ?
ヴァンパイアの知り合いって今までにいなかったし。
スミカって会える日は急に出てくるし、会えない日は続くことがあるんだよなあ。
「どうだろう?ギルドにいなかった日は講義に出席してるのかと思って、中庭で教員全員が帰宅するまでずっと待ってても校舎から出てこなくてどこにいるんだよっていう神出鬼没なヤツだぞ。
クエストに誘おうかって時にいないんだからちょっとは俺の気持ちも考えてほしいもんだぜ」
「へ、へぇー……そうなんだ、あはは……。ますます会ってみたくなっちゃったナー。楽しみが増えちゃったよ」
「性格は善良だし見てくれはいいけど変わり者だから気を付けた方がいいぞ。
ミリーにはオススメしかねるな」
「えへへお姉ちゃんが時間を忘れられる人だもん、大丈夫だと思うな。
あたし応援するよ。
スミカさんから『枯れない』指輪もらえるといいね♪」
指輪?
そういやアクセサリーは色々買ったが、指輪はもってないな。
女性は男性から指輪をもらえる日なんだったな。
もしもらえるならダイヤモンドの指輪がいいよなー。
どこかで見て欲しいなって思ってたんだよ。
永遠の輝きのダイヤこそ、まさに『枯れない』指輪。
ん?そもそも『枯れない』指輪ってなんのことだったったけ?
……?
……………。
………………///。
「わぁ♪お姉ちゃんが、お姉ちゃんが今までに見たことのない顔してる」
「バ、バカ!バカ!ミリーのおませさんめ!それは誤解だ誤解。つまらない話をしていたら日が暮れるぞ!
せっかくの休みなんだから呉服屋に急ごうぜ!!なっ!」
俺は火照る頬をぴしゃりと叩くとミリーシャの手を引いて歩調を速めた。




