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37話 不明なユニット(乙女回路)が接続されました。システムに深刻な障害が発生しています。直ちに……

過労による衰弱のため、執筆できない、時間ない&何話かボツにした影響で遅くなりました。

もし待っていたという奇特な方がいらっしゃいましたら誠に申し訳ございません。


 

「アスカちゃん、キミを愛している。ボクと結婚しよう」


 高級ホテルのレストラン、煌々と光を灯す摩天楼の夜景を背景にスミカがプロポーズの言葉をはっきりと口にする。

 簡潔で無駄なく、誤解の余地のない提案。

 テレビや雑誌でしかお目にかかれない珍味の数々に夢中になっていた俺はナイフとフォークを動かす手を止め、きょとんとしてスミカの顔色をうかがう。

 プロポーズといえば男にとっては一世一代の大イベントだと思うのだが、いたって穏やかな表情で俺の返事を待っている。

 なんだろう?

 この状況に現実味が感じられないのだが。

 懐かしさを覚えるはずのビル群に疑問をもつことができない。

 違和感の正体が掴めず不思議と受け入れてしまっている自分が存在する。

 ――合点がいった。

 これは恐らく夢だ。まとまらぬ思考の隅でそう直感する。

 現代人はカラーテレビの普及に伴って色のついた夢を見るようになったというが、個人差はあるだろう。

 白黒の景色が虚構の世界であると物語っている。

 急に色盲になったとは考えにくいし。


 視線を外から目前のスミカに戻す。

 返事を返さないといけないよな。

 うーん、ヒント、何かヒントがないと答えるのにも窮する。

『はい』か『YES』かどちらかを選択するだけなんけどさ。

 選べるってとても素敵なこと。

 大きなつづらとか小さなつづらとか意地悪のない初めから幸福の約束された反対も否定もない児戯の選択肢。

 睡眠時に分泌される快楽物質が正常の思考能力を奪っていてシナリオのレールから外れることを拒否しているのだ。

 だから肯定だけ示される。

 それに文句はないが、せめて理由ぐらいは欲しい。

 すると夢の中故のご都合主義か、今の俺が置かれている状況、設定が自然と頭の中に流れ込んでくる。



 エリートビジネスマンであるスミカとどこにでもいる普通の少女の俺はひょんなことから知り合い、偶然の出会いを重ね、やがてお互いに惹かれあっていく。

 二人が交際を始めるのにそう長い時は必要としなかった。

 逢瀬のたびに絆を深めて週末を心待ちにする日々が続いた。

 そうしてスミカとのデートでプロポーズされる日がやってきた。

 住む世界の違う男女を結びつけるありふれた設定のシンデレラストーリー。

 妹の少女漫画にこんな展開があったなとどこか他人ごとのように感慨に耽る。


 スミカは一流であることを証明するに相応しい海外ブランドのお高そうなスーツを着こなし、貴公子然とした容姿に更なる魅力を乗算式に加えていた。

 人は見た目が全てではないが、異性として胸の高鳴りを抑えられない。


 俺はというと肩の露出した純白のパーティドレスに身を包んでいる。

 胸元が開いているがセックスアピールに有効な谷間は存在せず大人の色気はない。

 それでも少女ならではの清楚さ、溌剌さが代わりに詰められている。

 ほんのり膨らんだ乳房がドレスを少しだけ押し上げて自己主張していて愛らしい。

 この日のためにスミカが用意してくれたドレスだと架空の記憶が捏造されて絹の優しい肌触りに全身が熱くなった。


 なるほど、ラブストーリーの舞台に必要な要素は全て揃っている。

 例えまがい物の思い出であろうと断言可能だ。

 スミカを愛する気持ちに嘘偽りはなく、俺は今女として幸福の絶頂にあるのだと。

 何かがおかしい気がするが答えは決まっている。

 歓喜の鼓動に震え、瞳を潤ませて言葉を紡いだ。


「俺もスミカさんのこと愛しています。不束者ですがよろしくお願いします。

 あれ?おかしいな……嬉しいはずなのに涙が、どうして……?」


 とうとう決壊してしまった涙腺に戸惑う。

 ……あ?

 今更だが、男からのプロポーズを正当なものと受け入れてしまった自分自身に最も戸惑う。

 そもそも俺って誰だっけ?

 女だ。

 男性のプロポーズを受けるのになんら瑕疵のない性別。

 そこまでは間違いない。


 どこにでもいる普通の少女。

 違う。

 それは与えられた設定だ。

 欺瞞ではないか。

 俺は俺だ。

 やはりこの世界は何かおぞましい真実を俺に隠している。

 夢なのだから虚飾に満ちていて当然。

 俺は、俺は、

 ……。

 ………。

 …………!?

 気づいてはいけなかった。

 暴いてはいけなかった。

 夢は夢のまま居心地の良さに浸って目覚めを待つべきだったのだ。

 朝日を浴びて意識が覚醒した時にはなにもかも忘れてしまっているのだから。

 これは悪夢、凡百の恋物語の生皮を剥いで血も乾かぬ内に被ったとびきり質の悪い悪夢。


 おいおい、よりによってこいつと結婚とか冗談も大概にしろ!

 ブラコン男と同じ部屋にいられるか!俺は帰るぞ!

 だが、席を立とうとするも手足が鉛のように重くて動かない。

 水中にいるようなもどかしさを覚える。

 現実世界では規格外の強さを誇る身体能力も夢の中では非力な少女であった。


「アスカちゃん、どうしたの?」


 スミカは焦燥に駆られる俺の左手を取って握った。

 人を安心させる慈しみの手。

 あ、気持ちいいかも。

 ささくれだった心が急速に落ち着いていく。

 これって恋人つなぎってやつだよな。

 昔娼館の女に頼んでしてもらったことあるわー。

 いちゃいちゃを金で買う寂しい男だったよなー俺。

 それに比べて打算のない真心の込められた手指には真実の安らぎがあった。

 へへ、もうちょっとだけ堪能……。

 ってそうじゃねーよ!!

 俺達男同士じゃねーか!

 美少年とおっさんの恋人つなぎとかムーンライトな需要しかないっての!

 離せよ!

 言葉で拒絶をしようとするものの唇はもごもごと動くだけで発声の役目を果たさない。

 夢という意思が思い通りにならない空間に歯ぎしりする。


「いきなりプロポーズでびっくりさせちゃってごめんね。

 落ち着くまでこうしていようか」


 きゅっとスミカの指に力が入る。


「はぁぅ」


 いかなる手妻か、指同士の接触にすぎないのに心臓に負荷が加えられてとくんと跳ねた。

 決して不快な動悸ではなく、くすぐったくて心地の良い甘い痺れが脳髄を麻酔する。

 反骨心が砕かれて借りてきた猫のようにおとなしくなってしまう。

 ……もういいか。夢なんだから現実の俺が傷つくわけでもなし。

 朝になれば泡沫に消える。

 それまでこの三文芝居の成り行きを見守ることにしよう。


「忘れてた。アスカちゃん、これを受け取ってくれないかな」


 スミカは背広の内ポケットから掌に収まるサイズの小さなケースを取り出した。

 中から現れたのは俺の髪色と同じ白銀の輪。

 永遠の輝き、金剛石の婚約指輪、ブライダルリング、給料の三か月分。

 握られた俺の薬指に通っていく。


「きれい」


「気に入ってくれた?」


「うん、俺幸せだよ」


 解放された手を目の前にかざしてうっとりと見惚れる。

 言葉や約束だけで盲目的に他者を信じられるほど俺たち人は強くない。

 形のある愛情こそが弱き人の支えになることだってある。

 男の子の誠意。確かに受け取った。

 じゃあ女の俺は何を送ろうか。

 スミカみたいにお金で買ったものを?

 それも悪くないが俺とスミカでしか得られないものがいい。

 形ある愛の結晶。


「スミカ」


 万感の想いを込めてその名を呟く。


「なにかな?」


「こどもいっぱいつくろ♪

 スミカ、ううん、アナタ」



 場面が唐突に変わる。

 見回すとホテルの一室だった。

 自分の体から蒸気が立ち昇っている。

 少々肌寒いのは湯上りだからか。

 クローゼットの傍の姿見に自分の姿が映った。

 !?

 濡髪を垂らしたバスタオル1枚の少女がそこにいる。

 短い時間しか経っていないが既に見慣れた顔が俺であると教えてくれた。

 改めてみると凹凸の少ない貧相なボディだが、露出している太ももは瑞々しくておいしそうだ。


「どう見ても私を食べてって状態にしか見えないぞ」


 俺処女なんだけど!?

 心の準備とかそういうの全然できてない。

『こどもいっぱいつくろ♪』なんて言ったけどまだ先の話だ。

 男として処女のお相手を仕ったことはあっても、逆の立場になった場合の心構えなんて知らない。

 男は童貞だろうが百戦錬磨だろうが快楽を伴う。

 しかし女は違う。

 知っているのは初めては痛いということだけ。

 怖かった。

 でも愛する人のためなら我慢できると思った。

 意を決してベッドルームへ向かう。


 部屋の中央にガウンを纏った背中を発見する。

 頬を朱に染めて俯きがちに俺は言った。


「その、俺……初めてだから優しくしろよな」


 ガウンを着た背中が振り返った。


「分かったお兄ちゃん。私に任せて♪」


「は……?」

 釣鐘を全力でスマッシュしたように特大の疑問符が大脳皮質に叩きつけられる。

 スミカだと思っていたそいつは俺の妹、霞澄であった。

 最後に会った中学生から数年、高校生になって成長したと思しき妹の姿。

 トリートメントを欠かさない黒髪は艶やかに、女としてバランスのとれたまさに理想のプロポーションに発育している。

 嫉妬心を抱くのは俺が女になったせいだろうか。

 そんなことはどうでもいい。


「なんでこんなところに霞澄が!?

 スミカは!?スミカはどこ!?」


 恋人の、俺の未来の夫の名を呼ぶ。


「ふっふっふ。いつからヤツがスミカだと錯覚していた?」


 霞澄はシャンパングラスを片手にふんぞり返り、杯の中身をあおった。


「スミカとは世を忍ぶ私の仮の姿。その正体はお前の妹、霞澄なのだァ!」


 パリィィン!


 グラスが霞澄の手の中で握りつぶされて割れた。

 ケガはないかとツッコミたいが驚くべきはそこではない。


「なんだってぇぇぇぇぇ!?」


「お兄ちゃんを手に入れた今、スミカなどという仮面は必要ない。

 さぁ、お兄ちゃん。いや、アスカよ。

 今宵私の夜伽を命じる」


 なんなんだこれ!あまりの超展開に俺ついていけないんだけど!?

 妹よキャラ崩壊起こしすぎぃ!!

 ああ、夢だよ。だったら超展開もお約束だよな!畜生!

 大体お前ら名前が似てるだけじゃねぇか!

 ふざけたこじつけにもほどがあるだろう!


「駄目だ!俺たちは血のつながった兄妹なんだぞ!」


「馬鹿なお兄ちゃん。夢の中に倫理も法律もあるもんですか。

 あるのは私の布いた私の私による私のための憲法よ。

 第一条、アスカお兄ちゃん(以降甲と称する)は妹、霞澄(以降乙と称する)の所有物である。

 第二条、甲は乙に対し、奉仕の義務を負う。

 第三条、乙は甲に対し、不断の愛を注がなければならない。

 お兄ちゃん、愛してあげる」


 霞澄がガウンを脱ぎ捨てる。

 一糸まとわぬ裸体が露になる。

 美乳と表現するのが相応しい適切なサイズのお椀型のバスト、くびれた腰に、形のよいお尻。

 他人であったのなら拍手喝采で迎えよう。

 しかし、妹、この世で一人きりの実妹なのだこいつは。

 禁忌に触れられるほど俺は強くない。


「うわぁぁぁぁぁ!!!!」


「はぁはぁ……お兄ちゃん可愛い」


 吐息を荒くして霞澄が裸のまま迫ってくる。

 夢補正で外見通りかそれ以下の身体能力しかない俺はじりじりと後退するしかない。

 いかに広さ自慢の高級ホテルの部屋も限界はある。

 ものの数秒で背中が壁に阻まれる。


 ドンッ!


 俺より頭一つは背の高い霞澄が掌で俺の頭部の真横の壁を叩いた。


「ヒッ!」


 そうして霞澄は俺の首筋に指を這わせ、顎の先端を人指し指と親指でつまんだ。

 強引か、ソフトか不快に感じさせない微妙なさじ加減によって目線を上に寄せられる。

 顎クイ、壁ドン。フルコンボだドン。

 さらにむにゅっとハリのある柔らかな弾力がバスタオル越しだが俺の貧乳に押し付けられる。

 俺の心身を蹂躙する三位一体の暴力。

 抵抗など無意味に等しい。


「動け!動けよ俺の無敵の体!

 やめろ!やめろォォォォォォ!!!!

 助けて、助けてぇスミカぁ!」


 武力を取り上げられた俺など所詮はこんなもの。

 嘆いて、助けを請うしかできないのだ。


「クスクスクス、スミカも好かれたものね。

 演じた甲斐があったかなー

 でも、ざーんねん。

 さっきも言ったけど実は私なのでしたー。

 王子様の助けはこないねー、お に い ちゃん♪」


「いやだ、俺が何をしたっていうんだ。

 お前からもらったバレンタインチョコを競売にかけたことか?

 許してくれ、ほんの出来心だったんだ!

 その証拠に後悔して売って得た金は使ってない」


「へぇ、それはいくらお兄ちゃんでも絶対に許せないなぁ。

 でもお兄ちゃんが貞操を捧げるなら考えなくもないかな」


「許そうが許すまいが、俺の貞操を奪う気だろう!?」


 エロ同人みたいに!!


「正解。じゃ忘れられない夜にしよっか。

 お兄ちゃんキスしよ。

 ん~~」


 少女のファーストキスが凌辱されてしまう。

 他でもない妹の唇によって。


「おい、マジかよ!夢なら覚め……」


 ――――


「アスカちゃん!アスカちゃん!」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 体を強く揺すられて、俺は現実世界に帰還した。

 俺の顔を覗き込むソフィーと目が合う。


「ハァハァハァ……」


「大丈夫?うなされてたみたいだから起こしちゃった」


「いや、助かった。起こしてくれてありがとな。

 悪い夢を見ていた気がする」


 どんな夢だったのか何も覚えていないが、禁忌の世界に足を突っ込みかけていたことだけは恐怖の余韻から判断がつく。

 そのまま放置されていたらどうなっていたことか想像するだに恐ろしい。

 ともすると記憶が甦ってしまうかもしれないので話題を提起することにした。


「そういえば今日はギルガルドのお祭りの日だったよな?」


 お祭りの日当日に悪夢を見るなんて縁起の悪いことだ。


「うん、ヒューイくんとの距離を縮めるチャンスだからわたし頑張るよ」


 お祭りか……。

 よく妹と夏祭り行ったよな。

 俺の仕事は妹から財布の中身を徹底的に絞られる係だ。

 妹?うっ!頭が!

 何かを思い出しかけて頭痛がした。


「アスカちゃん本当に大丈夫?

 お医者さんのところに行こうか?」


「心配してくれてありがとな。しばらくすれば治る」


 こんな縁起の悪い日は思いっきり遊んで忘れるに限る。

 この世界のお祭りなんて男だったときは楽しむ余裕はなかった。

 けれど今は違う。

 友達と一緒に祭りを楽しめば嫌なことだって忘れることができるだろう。

 まずは不快指数が閾値をとっくに超した寝汗を流すため、ベッドから立ち上がることにした。



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