36話 幸福な男 後編
プラント中枢に接近する生命及び魔力反応有。
スキャンモード起動。
データベース照会。
……所属作業員に該当なし。
接近する生命体は敵勢力の工作員であると判定。
ガーディアンの性能を点検開始。
……オールグリーン。
プラントへの魔力供給を中止。
肉体強化発動。
魔法攻撃に備え、魔力障壁を発動。
敵兵力の無力化を最優先に設定、交戦を至当と認める。
胸部に埋められた魔石の命令に肉体の支配が及び始め、老武者は面頬の内で悲痛な表情に顔を歪める。
「姫よ!退いてくだされ!
某には止められぬのだ!」
繋がれていたケーブルが甲冑から外れる。
彼の意思に反し、傷だらけの籠手に守られた掌が野太刀を抜きはらう。
防衛システムが被験者の戦闘技術、経験から現状に最も適した戦術を採用。
敵兵は長大な曲刀を肩部に担いでいる。
初手は上段からの切り下ろしを仕掛けてくるものと想定した。
現状の装備では互いの刃と打ち合った場合、得物の硬度は抜きにしても体積から概算される重量差、刀身の厚みから野太刀が破壊される可能性が高いと判断する。
従って太刀打ちを避けやすい刺突による殺傷が妥当。
敵戦力が未知数のため、回避に徹し、戦闘パターンを蓄積、行動の傾向を把握することが望ましい。
突きと防御、いずれの型にも移行しやすい正眼の構えをとる。
対して少女は大曲剣を担いだまま無造作に歩を進めた。
「悪いな爺さん。
今のところアンタのお眼鏡に叶いそうな野郎に心当たりがないんだ。
俺ぐらいしか思いつかなくてな。
諦めてくれないか?」
「姫には戦う理由がないではないか!」
「ないな。
けど退いてやらない」
「何故!?」
「同じ日本人の誼で……と最初は考えていたんだけどな。
爺さんのこと見ていられないんだよ。
人であることよりも英雄であることを選んだアンタが許せない。
だからこれは俺自身を納得させるための勝手。
単なる独善のわがままにすぎない。
だからアンタのことを知った俺に、アンタを人のまま送らせてくれ」
「……これも修羅道を歩みし罪人の咎か。
姫よ」
「ああ」
「必ずや某を殺し、生きて帰ってくだされ」
「約束する」
かくして傀儡と化した悲劇の老武者と魔人姫の死合が成立する。
空気の流れが停滞した広大な室内。
二者の静かな足運びに揺らぐ。
詰める少女に後退する武者。
先に仕掛けたのは予測に違わず少女であった。
反応不可能な速度による踏み込みからの稲妻のごとき打ち下ろしが甲冑ごと砕かんとする。
回避を最初から選択させられていた武者は背後に飛ぶことで間一髪で致命傷を避けた。
否、切っ先が僅かに鎧を抉っている。
胴鎧が裂け、胸部に埋め込まれた魔石が露になる。
大概魔石というものは拳大のサイズなのだが鎧の裂け目から察するに胸板の大半を占める規格外の大きさである。
姿を見せた急所を見逃す道理はない。
床石を瓦礫に変えた大曲剣を手放して即座に脇差、千鳥による抜き打ちが放たれる。
脇差の鋭鋒が隙間に潜り込み、魔石に突き立った瞬間――武者は初撃をかわしたことで下段に下げていた野太刀を斬り上げる。
魔石の支配下に置かれ、痛みを感じぬからこそ可能な芸当。
少女は脇差での止めを中断して半歩引き、背を反らすことで野太刀の軌跡から逃れる。
無手となった少女は距離をとっていない。間合いの内だ。
魔石の損傷を頓着することなく武者は柄に込めていた手首の力を上方から下方に込めることで少女の喉笛を狙って刃を振り下ろした。
老武者の勘がこのままでは少女にとって非常に危険であると告げる。
「いかん!姫!」
体の自由はきかずともせめて言葉だけでも。動作の直前に声を張り上げる。
少女は動かない。
腕を交差させて構える。
足腰の入らぬ肩と腕の力のみによる斬撃だが、寸鉄を帯びぬ少女の華奢な肉体を切り裂くには十分であった。
だが、それは現実のものとはならない。
虚空から召喚されたジャマダハルが太刀筋を受け止める。
鋼鉄同士が激突する甲高い金属音が響き、鍔迫り合った刃金が互いの光を反射して視野の隅を瞬く。
単純な力による押し合いを制したのは少女であった。
弾かれたたらを踏んだ武者の腹に蹴りが放たれ、靴底が食い込む。
轟と、火薬の炸裂音に匹敵する振動が空間に伝播して天井が軋みを上げた。
重さ30kgの具足を身に着けた、老境にさしかかっているとはいえ筋骨逞しい男が何かの冗句のように飛んでいく。
水切りで投げられた石のように床を跳ね、運動エネルギーが枯渇して失速するまで全身を打ち据える。
堅牢な鎧に守護されているとはいえ、衝撃を殺しきることはできず、既に損傷を負っていた魔石から情報処理能力が消失。
戦闘システムの復旧に時間を、敵兵が魔石を破壊するに十分な猶予を与えてしまっている。
いや、時間に猶予があろうとなかろうと同じだ。
天井を仰いだ武者の瞳には縄を切られた断頭台の刃のごとく大曲剣を下方に向けて落下する少女の姿が映っていたのだから。
防衛システムは辛うじて使用できる計算領域を働かせ、野太刀を盾にすることでダメージの軽減を試みたのだが、戦闘開始時の予測通り刀はたたき折られてそのまま鎧ごと魔石を両断した。
――――
俺が殺した人間が誰の目から捉えても悪人だったのならまだしも自分に言い訳がたった。
しかし、当人が死を望み、俺自身も希望を叶えてやりたいと思ったとはいえ、誰かの幸福な生活を守るために戦った男を斬った手応えは、命のやり取りを数え切れないほどしておきながら心を締めつけるものがあった。
「いやはや、とんでもない娘じゃの」
胴と下半身が分かたれるなど常人であれば即死に至るものだが、魔力の恩恵か老武者の意識を保っているようだ。
と言っても魔石は内蔵されている魔力を急激に流出させ、大気に還している。
ものの数分で彼には死が訪れることだろう。
「爺さん……」
「見事な介錯じゃった。
これでようやく真の地獄で某が殺めた者達に詫びることができる。
誠にかたじけない」
「はあ!?アンタどれだけクソ真面目なんだよ!
爺さんが生きたのはいいヤツに悪行を強制させる時代だったんだ。
一人のちっぽけな人間に止められるわけねえよ
爺さんは頑張っただろうが、もう休んでいいんだよ。
あの世でぐらい休んだって誰も文句言わねえよ!
そんな連中いたら俺がとっちめてやる!」
「カカカッ、姫が嫁いでいったらかかあ天下になることじゃろうな。
夫を困らせる様が目に浮かぶようじゃ」
嫁ぐって、え?え?ええ!?、ど、ど、どど、どこへ!?
えっと、できれば年下で仕事に理解があって、息の合うパートナーがいいかなー……なんて。
知っている顔が一瞬脳裏をよぎって慌ててそれを打ち消した。
「バ、バカ!俺のことはどうだっていいだろうが!
最後にちゃんとした、言いたいことはないのかよ」
「ほほう、愛いのう、愛いのう。
飛鳥姫には懸想されている男子がおるようじゃな。
やはり女子には想い焦がれる様がよく似合うわい。
そうでなくてはな。
某も若かりし頃あれば飛鳥姫を放っておかんのじゃがなあ。
おう、妻と息子、娘、孫には申し訳がたたぬが、飛鳥姫のような天女のような女子と夫婦となってみたかったの。
未練といえばそれぐらいじゃ」
なあっ!?何言ってんのこのジジイ!!
『けそう』って何て意味だっけ?
日常で使わない言葉なんて最終学歴小学校卒業の俺が知ってるわけないだろー!!
文脈から類推できなくもないけど分かってしまったら負けな気がするっ!
あと爺さんはあの世に行ったら日本に置いていった奥さんに真っ先に謝れ!
「黙って聞いてりゃふざけるのもいい加減にしろよジジイ!!!!!」
「分かった分かった大声を出すでない。耳が遠なるじゃろ。
某は本懐を遂げた。故に遺言はない。
飛鳥姫とその子孫に幸あらんことを」
自分が死ぬ時まで他人の幸せを願うのかよ。
本当に馬鹿な男だ。
いまわの際ぐらい死にたくない、痛いって泣き言を言ってもいいじゃないか。
でも、男ってそういう生き物だったよな。
気づけばぽつぽつと雫のようなものが甲冑の面頬に落ちて染みを作っているのが見えた。
「これ、ほんの一時口をきいただけの爺に涙など流すでない」
「な、泣いてねぇよ!」
「ならば良い。姫に悲しまれてはおちおちとあの世に逝くこともできんからの」
「何でさ?」
「某の家の家訓は『女子には慈しみをもって尽くすべし』じゃ。
男子は戦に倒れようと女子さえ守り通せばお家は続く。
それは建前じゃが、某は愛する者の喜ぶ姿を見守っておるのが男の幸福と思うておる。
女子に泣かれるのは何よりも堪えるのじゃ」
またどこかで聞いたようなくだらない家訓だ……
「じゃから笑うて送ってくれぬか?」
でもその言葉にはどうしても無視できない何かが自分の中の根幹に根差していて、
爺さんの願いを聞いてやりたいと思った。
想像できる限りの慈愛の心を込め、微笑んで見つめる。
「そうじゃ、やはり女子は笑うておる顔が美しいのう……
感謝するぞ……飛鳥姫……」
……。
その日廃墟となった軍事施設は地上から姿を消した。
大規模な魔法による破壊と思しき爪痕を残して。
その事件に興味を示した者はいたが、証拠となる痕跡が何一つ残っておらず、施設の老朽化による暴走した魔力の爆発が原因と結論付けられた。
本格的に訪れるものがいなくなった施設の跡地。
その破壊の中心地にはいかにも素人が手作りした墓標が組まれており、神楽鈴のような花弁を咲かせた青い花が供えられていた。
――――――――――
<千鳥 雷蔵>
性別 男
種族 人族
クラス 侍
年齢 不明
転移した直後のステータス
VIT S
STR S
INT D
AGI B
DEX A
E 玉鋼の野太刀
E 鋼鉄の兜
E 鋼鉄の鎧
E 鋼鉄の籠手
E 鋼鉄の脛当て
次回からはラブコメでいきます。




