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35話 幸福な男 前編

 

 欠け月を模し、錆びた赤鉄の色合いをした刃渡り180センチに及ぶ長大な曲刀が弧を描き、俺の姿をした魔物、幻覚魔法による擬態をしていたシェイプシフターの首がはねられて宙を舞う。

 胴から分断された首はかかっていた魔法が解除されたことにより俺のものから何者でもない真っ黒なものに変わった。

『変わる』ではないな、戻ると言った方が正しいか。

 シェイプシフターとは魔導生物の一種で大昔に人間同士の戦争で製造された人型の兵器である。

 戦場での役割は擬態による敵陣の撹乱にあり、基本的には使い捨てだ。

 生物だが兵器なので生殖能力は与えられていない。

 元の外見は黒一色で体は子供、頭脳は大人な探偵漫画に出てくる犯人と言えばお分かりになるだろうか?

 彼らはおよそ700年前に遺棄された広大な軍事施設を指揮系統が存在しなくなった今も警備し続けているのである。


 擬態をするとはいえ変身した対象の能力をコピーする能力があるわけではなく、言葉を話すこともできないので、よく観察していれば区別がつくのだが、

 パーティーでの乱戦ともなればその能力を大いに発揮し、仲間に化けたシェイプシフターに騙されて攻撃を受けることになるなど危険性が大幅に増す。

 また、個々の戦闘能力についてはオークに迫る筋力を持ちながら、ロードバジリスクに匹敵する極めて高い敏捷性をもつ。

 擬態するまでもなく強力な魔物であるため、Aランク以上の冒険者のみがこの軍事施設の探索を許可されている。

 といっても上述した厄介な特性もあってここを訪れる冒険者は皆無だった。

 さらに閑古鳥になっている理由を補足していくと彼らは施設の敷地内に入らない限り人を襲わないのでギルドは討伐報酬を設定していない。

 前向きに捉えられる点を探すとすればシェイプシフターのコアとなっている魔石は魔力純度が高く品質が均一。

 人工的に生産されていた魔石だからだな。

 人の手で魔石を製造する技術は現在ロストテクノロジーとなっているので、魔術師ギルドと学院に研究対象として需要がある。

 商品価値が通常の魔石の相場より若干高いのが唯一の救いか。

 それでも戦闘で破壊してしまって価値を下げてしまうなど発生して当たり前で、リスクに見合わないことこの上ない魔物である。


 だが、独りで無心になって仕事がしたかった俺としては他人のいないこの狩場の存在はありがたかった。

 戦いを通して日常でたるみっぱなしの精神を研ぎ澄ますのだ。

 年下の男の発言にいちいち動揺したりしない不動の女になるために。

 鉄面皮のクール系美少女に俺はなる!

 男子?3日会わざれば刮目して見よ。

 俺が進歩する人間だと教えてやろう。

 首を洗って待っているがいいスミカよ。


 え?

 無駄な努力乙。

 それはそれで堕とされた時のギャップが楽しみだって?

 堕とされるって何のことだ?

 よくわからんが上等だ、みんなに吠え面をかかせてやんよ。



 と に か く!戦闘に意識を戻そう。

 他の冒険者は存在せず俺は一人なので向ってくる者全てが敵。

 中にはかつて訪れたと思われる冒険者に擬態し油断を誘うのもいたが、人間らしさを感じない気配、匂い、技の拙さで偽者であると見抜くのは容易かった。


 行く手を阻むシェイプシフター2体を大曲剣の重量任せの横薙ぎで裁断。

 鍛冶工房の親父にヒューイへの依頼のついでで加工してもらったサイクロンマンティスの鎌からできたそれはアーティファクトではないものの、魔力を通せば微弱な風を纏い、

 剣の攻撃力を損なう血と脂を弾いて、水も溜まらぬ刃味を保持していた。


 通路に殺到してくる後続のシェイプシフター、(俺の姿を含め、様々な人間の姿をしている)を先頭から順に上段からの切り下ろしで斜めに裂く。

 剣を振る以上必ず生じる隙、振り下ろされた後のタイミングを逃すまいと仲間の死体を押しのけて進む連中には展開済みの5つの光弾を食らわせ、足止めを。

 翻した刃で確実にその命を刈り取った。

 光弾の当たり所が悪かった者はそのまま床の骸たちの一部となった。

 線にせよ、点にせよ、断面と穴からは元の体色と同じ黒いタールのような粘ついた人工の血液が漏れてきて象牙色の床を汚していく。

 わずか数分で元の床がどんな模様をしていたかなど屍の山で判別がつかないほどになっていた。


 700年もの間、生産プラントは警備に必要なだけのシェイプシフターを製造し続けていたのか数と質、いずれも高い水準であると思う。

 ここで働いていた錬金術師、魔術師の技術力の高さ、研究に対する執念がうんざりするほど感じられた。

 しかし、人族であれば10代以上に渡るであろう年月の積み重ねも圧倒的暴力による殺戮の前に踏みにじられていく。

 侵入者に一矢報いることもできずに。



 施設を徘徊している内に中枢の区画に到達した。


 球場の面積の半分程の広い空間に相変わらず個性に乏しい象牙色の床。

 壁には生き物の腸に似た無数の動力パイプがみっちりと通っていて、内部で魔力が運搬されているのか仄かに発光している。


 その空間の中央に魔法だの学究だのとは明らかに異質の存在がケーブルに繋がれ鎮座していた。


 黄金の鍬形が拵えられた兜。

 容貌を覆い隠す厳めしい髭が蓄えられた面頬。

 肩部と腰から膝までを覆う鉄板の草摺。

 分厚い胴鎧は漆黒の艶やかな漆塗であったが、無数の痛ましい刀傷が刻まれており、幾多もの戦場を駆け抜けていたことを証明していた。


 いつの時代の誰のものか知らないが断言できる。

 日本の、それも高い地位にあった武士の甲冑である。

 この世界のどこにも存在しないはずの鎧の意匠に驚きを隠せない。


「ほほ、蟻の子一匹入らぬかような地獄に異国の天女様とは長生きはしてみるもんじゃな」


 面頬からくぐもった声が聞こえてきた。

 まさか口をきかれるとは思わず少々面食らう。


「アンタ人間か?」


「一応生身の人間じゃよ。いつであったか心の臓の代わりに摩訶不思議な石を埋め込まれての。

 ここにいた呪い師どもは某を『工場』を動かす『核』と『防衛しすてむ』にすると言っておった」


 この武者はこの施設の動力源であると同時に最後のセキュリティであるわけか。

 異世界の人間であれば帰属する国がないが故に非人道的な実験の犠牲にしても比較的良心は痛まない。

 なおかつ武力の備わった被験者は実験の目的にうってつけだったと……


「その摩訶不思議な石ってやつを戴きに来たんだけどな。

 俺はこんな見てくれだがアンタと同郷だぜ。

 かなり後の時代からだけどな。

 それと俺は天女じゃなくて飛鳥って名前がある」


「なんと!日の本の女子(おなご)も随分と美しゅうなったもんじゃのう。

 善哉、善哉。

 鎌倉の幕府が残ろうと朝廷の天下になろうと我らの子孫が永らえておるのなら未練はないわい」


「鎌倉幕府ってえらい昔から来たんだな。

 その立派な鎧、アンタ一体何者だったんだ?」


「名などとうに忘れたわい。

 覚えておるのは民を苦しめる腐りきった幕府の行いを正さねばと立ち上がったことと、

 隠岐にて流刑に甘んじておられる帝をお救いせねばとかつての戦友に弓をひいたことじゃな」


 鎌倉時代の御家人だったのかこの爺さん。

 隠岐に流された後醍醐天皇の救出に関わってるとか日本の歴史にかなり影響を与えた人物じゃないか。


「帝をお救いし、楠殿と共に挙兵しいざ六波羅門をくぐろうとしたところで神隠しに遭うての。

 見知らぬ異国の地で途方に暮れておった。

 無念じゃったが帰る手段も見つからぬ。

 聞けばこの地も戦乱に罪なき民が犠牲になっておるという。

 ならばせめて故郷の民を救えなんだ代わりにぎるがるどの陛下に馳せ参じたのじゃ。

 数え切れぬ合戦の果てに戦は少しずつじゃが終結に向かいつつあった。

 某は立身出世なぞとうに捨てておったのじゃが、外様の手柄を快く思わぬ輩が湧くのは人の世の常じゃて。

 奸計に陥れられてこの様というわけじゃ。

 つまらぬ権謀をめぐらせた者共は欲を満たすためじゃったんだろうが、某には仏罰に思えてならぬ。

 大義があったとは申せ、某は人を殺めすぎた。

 大罪人には相応しき末路よ」


「なんだよそれ!

 爺さんが全然幸せになれていないじゃないか。

 多かれ少なかれ誰かのために手を汚すなんて生きていたら当たり前だろう!

 死んだやつは爺さんのことを決して許さないだろうけど、アンタは人のために戦った。

 贖罪だって必要だろうけど幸せになったっていいじゃないか……

 いいように利用されて最期には裏切られて未練がないなんて俺には信じられない。

 うまいものを食べたいとか、いい女と寝たいとか、せめて最後にそれぐらい叶えてからくたばれよ。

 幕府がどうなったか、この世界の今の状況とかもう気にならないのかよ」


「カカカッ!心根の優しい娘じゃ。

 この老骨のことなぞ打ち捨てておけばよいというのに。

 某は表舞台からお役御免となった身。

 日の本が、この國が、飛鳥姫のような美しく気立ての良い女子(おなご)がおる時代になった。

 その真こそが武士の誉れ。

 わけの分からぬまま散っていった兵卒を思えば生に意味を見出すことのできた某は果報者じゃ。

 あとはこの死にぞこないの命を繋いでおる魔力とやらが尽きれば朽ちていくだけよ。

 何千年かかるやら検討もつかぬがの」


 あ、飛鳥姫とか!ああ、もう!恥ずかしいセリフ禁止!

 男ってやつは頑固で勝手に納得して、やせ我慢して見栄を張ってさも満足したかのように人生を語りやがる。

 ちょっとは女に頼れよ!胸ぐらい貸してやるんだから!


「なあ、何かしてほしいことはないか?

 俺にできることなら、爺さんは……金もってないだろうからタダでいいよ」


「そうさな。某の望みは償い続けよと罰を与えたもうた神仏の導きに背いてしまうことになるじゃろう。

 孫以上の長生きに疲れてしもうた……

 戦場にて果てるが本望であったが、胸の石の力か自害することも叶わず、滅多な者では某を殺せぬようになってしまった。

 某を殺められる程の猛き益荒男との仕合を所望したいところじゃな」


 男って、武士ってやつは本当にバカだ。

 俺だったらどんなにみっともなくたって生きていたいって思うのに。

 終わりを自ら欲するなんて。

 でも何百年もこの無機質な空間に一人ぼっちは辛かっただろうな。 

 彼の味わった孤独という名の過酷な刑罰のむごさは察するにあまりある。


「分かった。

 俺が引導を渡してやる」


 短く言って俺はゆっくりと鎧武者に歩を進めた。


「待たれよ!

 それ以上近づけば某の意思とは無関係に人を斬ってしまう!

 某のところまで参られたということは姫は相当腕が立つ様子。

 されど某の力は既に人の範疇のものではない。

 どうか離れてくださらぬか。

 女子供を斬ってしまっては先祖に顔向けできぬのじゃ」


 俺が相手をすると言えば目に見えて狼狽する老人。

 俺だって女や子供を手にかけたことがない。

 幸運なことにな。

 冒険者なんて因果な商売をしていてもそれだけは今後も拒否し続けるだろう。

 すまねぇな爺さん。

 けどまあ、世の中うまくいかないことだらけなんだからさ。

 魂は男の俺で妥協しようぜ。



「人の範疇じゃない――か。

 それなら俺も条件は同じだ。

 剣の世界に男も女も名誉も不名誉もない。

 生か死かそれだけだ。

 魔人族の姫の剣の冴え、冥土の土産に馳走しよう」



 大曲剣を肩に担ぎ直し俺は『幸福な男』と立ち合った。






ハーラルドの大曲剣を使用するようになってから侵入の勝率がうなぎのぼりです。

流行の闇派生ではなく重厚派生ですが。

バクスタからの起き攻め戦技強すぎです。


以下使用者から寄せられた喜びの声。

大曲剣を使っていたら、彼女ができました。

大曲剣を使っていたら、宝くじに当選しました。

大曲剣を使っていたら、10kg痩せました。

大曲剣を使っていたら、芸能界からスカウトがきました。

大曲剣を使っていたら、ファンメがきました。


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