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34話 休日その2

「ごめんね、驚かせちゃったかな?」


 俺が今年最も避けたい男No1にノミネートされている少年、スミカから水の注がれたグラスを受け取る。

 咳は治まっていたが緊張を鎮めたかったので一息に飲み干した。

 しばらく避けようと思っていた矢先に現れるとは。

 ていうかモテるんだから俺じゃなくてキミのファン達と食卓を囲みたまえよ。

 こいつの性癖にとっては苦痛だろうが、女の子の黄色い声をBGMに昼飯なんて俺が望んでも与えられなかったものだぞ。


 あ、スミカの乱入で忘れてた。

 ナンパボーイズはどうするんだ?



「あーだよなーそんなところだと思ったわー。

 彼氏ぐらいいるに決まってるよなー……

 あの娘もとっくにあのイケメンに食い散らかされてるんだろうなぁ……

 救われねえよぉ……」


 彼氏じゃねぇよ!(cv近藤〇奈)


「落ち着け。女はこの世に星の数ほどいるが決して手は届かない。

 だけどな、すぐ近くに男ならいるじゃないか」


「お前……まさか……」


「ああ、実は俺は両方イケる。そんでもってお前って結構俺のタイプなんだよね。

 まあ、なんだ。今夜俺と慰めッ〇ス、や ら な い か?」


「やめろ!来るな!」


「なぜ逃げる?傷心のお前を癒してやろうという尊い友情なのだが」


「俺の知ってる友情と違う!!近寄るなイカ臭い!」


「遠慮するなよ、励ましてやるからさ。ほら、がんばれ❤がんばれ❤」


 ナンパしようとしていた少年2人は俺の想像を超越する異次元の彼方で愛を育んでいくようだ。

 どうか末永くお幸せに。


 ホモって意外と多いもんなんだな。

 怖いなーとづまりすとこ。


「アスカちゃんもう一杯お水いる?」


「ん、もらう。こく……こく……」


「今日はメイクしてるんだね。

 三日月のヘアピンもよく似合ってる。

 もしかして午後の予定はデート――かな?」


「ぶーーーっ!!!!」


 アクア吹いた。


「な、な、な、な、なにをほざいてますのん!?」


 俺が噴射した水分をハンカチで慌てず丁寧に拭き取るスミカは憎たらしいぐらいのほほんとしている。

 シャーロックホームズみたいな服装をしてる癖にお粗末な推理だ。

 彼氏とか元男にはハードル高すぎるだろうが、どんだけイケメンでも無理無理!!

 推理小説のwhyダニットをないがしろにしすぎじゃないですかねえ探偵君。


「ハズレだった?気合の入ったおしゃれしてる女の子がすることといえばデートかなと」


 偽ホームズは的外れな推理にまだ固執していらっしゃるようだ。

 デートね……

 金で女と一時の偽物の逢瀬しか経験したことのない俺にとって恋愛とは謎の詰まったブラックボックスだ。


「いや、デートどころかそもそも恋愛ってどこから始めればいいか分からんし……」


「そっか、アスカちゃんはまだこれからなんだね。その内分かる日が来るよ。

 恋っていいものだから」


『恋』……ね。

 恋愛感情より先に性欲を満たすことを知ってしまった俺には違いが理解できない。

 肉欲のために恋愛という作業をこなすのか、恋愛のおまけとして肉欲を満たしているのか。

 みんなはどう思ってるんだ?

 俺は迷いなく前者だと断言できる。

 しかし、女がどちらなのかは今までに散々女を抱いておきながらさっぱり分からない。

 技術が向上して相手を悦ばせる方法が身についただけだ。

 一夜の付き合いにすぎないが故に踏み込もうとしなかった。

 女が語ろうとしない限り、詮索は無粋だという文化があったからだ。

 だから俺は女を知ったつもりでいて結局何も知らないのだ。


 俺自身が女になってみて、性欲がこの体にあることは知っている。

 ということは男も女も本質は同じなのかね?

 分からん。

 恋を知らないでこの年まで生きてしまったせいで余計に分からん。

 スミカの言うように分かる日が――来てしまったらやだなぁ……




「ところですごい量のシチューだね。

 そんなに食べきれるの?」


「食えるけど大食らいの女って変か?」



 冒険者はアスリート以上に体力を必要とする。

 装備と同じぐらい食事に気を遣えってのは姉御の教えだ。

 食事による体づくりのおかげでこの世界に来た頃の俺は身長165センチだったが、そこから15センチ伸びたんだよな。

 体格がよくなったことで大型の魔物相手でも踏ん張りがきくようになったし、大剣が扱えるだけの筋力もついた。

 食事とは俺の自身の経験もあっておろそかにできない要素なのだ。

 かつて帰宅部中学生だった俺がプロの野球選手やラグビー選手のように吐きそうになるまで食うのはかなりきつい体験だったが。

 別に今は背を伸ばす必要も筋力をつける必要もないのだが、この体がよく食べるのと、胸が大きくならないかなーなんて期待を込めて食事に励んでいるのである。


「成長期だからいいと思うけど、体重とか気にしない人?」


「この後運動するから平気平気」


 主にショッピングと日課の鍛錬で。

 会社帰りに買物してジムに行く意識高い系のOLみたいだな。


 そういった運動が日常生活に組み込まれている女性を除外すると世の女子というのは楽にダイエットをしたがるのが多いよな。

 うちのオカンなんかはチアシード、エゴマ、酵素、スムージーと次々にブームのダイエット食品に手を出しては


『あんなに高かったのになんで痩せないのよっ!』


 と嘆いていた。


 嘆け!

 失われた美しさを嘆け!

 己の怠惰を嘆け!

 ごろ寝と3時のおやつが趣味の女が痩せられるはずがないのだ。

 それとは対照的に妹は運動部で汗を流し理想的なプロポーションをキープしていると豪語していた。

 兄に体型自慢なんぞしてもしょうがないと思うけどな。


 ふむ、オカンがなんで痩せたいのかは知らないが、妹は自己満足だけでなく、承認欲求を満たすためにダイエットするのだろう。

 ソフィーは異性へのアピールのためにしているな。シンプルで、最も原始的な理由だと思う。


 俺としては女性には行き過ぎたダイエットはしてほしくない。

 痩せぎすのモデル体型よりは異性の魅力感じる部分にお肉のついたグラビア体型が好みだ。

 だから一般の女性であれば運動も食事量もほどほどが一番。


 しかしスミカは女の体重を気にするんだな。

 女に興味のない同性愛者なのに。

 こいつ自身スマートだからガリガリな人が好みなんだろうか。

 ちょっと興味が湧いてきた。


「スミカは仮にだが、お兄さんがトロルのように肥え太っていても好きなのか?」


「もちろん。

 そうだね、ドラゴンになっていても、スライムになっていても、例え女の子になっていたとしても、

 僕は兄さんが好きだよ――なんて、おかしなこと言っちゃったね」


 ドラゴンやスライムはHENTAIの領域だが、女の子は一周回ってノーマルだな!?

 こいつは『兄』という記号がついていれば見た目は些細なことでしかないのか。

 俺はスミカのことを誤解していたようだ。


「お兄さんが女の子でもいいって、スミカは同性愛者じゃないのか?」


「難しい質問だね。兄さんは兄さんの姿のままでいてくれた方が一番の理想なんだけど、

 もし兄さんが、『姉さん』だったらボクとの間に子供が作れるからそれはそれでいいね。

 意味のない仮定の話だけど」


 どうあがいても絶望。

 女になるなんてこの世界じゃ俺だけだろうが、もし同じ運命を辿っていたら弟に孕まされる未来しか見えない。

 お兄さんアンタ、どうやってこの弟の好感度をMAXまで育て上げたんや。


「そうそう体重の話に戻すけど、アスカちゃんは今ぐらいの方がちょうどいいかな。

 あ、でも多少顔が丸くなっても愛嬌があって可愛いと思うよ。

 ボクは男の子の一般的な好みとズレてるかもしれないけど」


「へ、へぇー、俺って可愛いんだな。

 知ってる知ってる。

 ボクはカワイイですからね!」


 いかん、鎮まれ俺の心臓!

 こいつに外見を褒められただけでなぜ緊張するのだ!?

 何なのだこれは!?どうすればいいというのだ!?

 シチューの味がしないんだけど!?


「カワイイカワイイ、アスカちゃんって照れ屋さんなんだね。

 その顔すごく素敵だよ。

 女の子には興味ないけど、アスカちゃんにはぐっとくるものがあるよ。

 素直なところはまるでお兄ちゃ、兄さんみたいだ」


 遭遇した時から予測できていたが、玩具にされ始めている。

 美少年が浮かべるドSな表情にどこかひっかかるというか既視感を覚えなくもないが、

 今はそれどころではない。

 早急にこの場を離脱しなくては。


「わ、悪い!用事思い出した!ごちそうさま!」


 俺はパンとサラダを猛然とかっこむと熱いシチューをスポーツドリンクのようにがぶ飲みして平らげる。

 おばちゃんにお礼を言ってトレイを返すと二階の窓からマグナム弾のように轟音を響かせて飛び出した。











昨日通勤中に見かけた工事作業中の上司のおっさんと部下の若い男性。

おっさんが部下にかけていた「がんばれ、がんばれ」のイントネーションが絶妙すぎて「がんばれ❤がんばれ❤」に勝手に脳内変換されてしまいました。


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