表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/70

33話 休日 その1 回想

「それじゃわたし、行ってくるね」


「あいあーい」


 朝、講義に出ていくソフィーをベッドに入ったまま手を振って見送る。

 本日俺は冒険者稼業を休業して朝から惰眠を貪ることにした。

 自己責任だが冒険者は休日を好き勝手に設けられるのが素晴らしい。

 うとうとしつつ昼から何をして過ごそうかぼんやりと考える。

 ショッピングにしようかな?

 ギルガルド随一のファッションブランド『クレセリア』の春の新作が見逃せない。

 もしくはコマちゃんと外でピクニックというのも悪くないな。

 日本じゃ都会暮らしだったから35年経った今でも自然豊かなこの世界の景色は目に楽しい。

 景色を肴に酒を飲むのも乙なものだ。

 この街はどこに行っても酒売ってくれないんだけどな。


 決めた。

 金ならたんとあるしショッピングにするか。

 かわいいの売ってるといいなあ……ぐぅ……。



 ――――


「美人のおねーさん、胡桃パンと人面水牛のチーズサラダ、山鳥のシチュー、大盛で」


 昼まで2度寝を満喫した俺は学院の食堂で腹ごしらえをすることにした。


「まあ、お世辞でも嬉しいねえ、育ち盛りのお嬢ちゃんにおばちゃんちょっとだけサービスしてあげるよ」


「サンキューおねーさん」


 料理の乗ったトレイを持って適当に空いた席へ。

 嬉々としててんこ盛りに盛られた温かいシチューを口に運ぶ。

 少し濃いめの味付けが淡白な味のパンによく合う。

 サラダもこの土地のものか俺の知らない香草が入っていてほどよい苦みとさっぱりとした後味で滋味深い。

 そこいらの定食屋よりも安くてうまくてボリューム満天だ。

 最近の学生はいいもん食ってる。

 思わず顔がほころんだ。

 当分の間休日の昼飯はここにしよう。



「なあ、あの娘の制服のリボン精霊科だよな?すっげぇ可愛い。

 あんな娘うちにいたっけ?」


「中途入学じゃね?俺も初めて見た。お前声かけてみろよ」


「かけてどうすんだよ?」


「声かけて印象よかったらお前を踏み台にしてあの娘とお近づきになりたい」


「きたねぇぞ!それでも男かよ!?」



 懐かしいな。ナンパの相談か。

 俺も日本にいた頃クラスの野郎どもと休日街をぶらついてたら、後姿のいけてる同年代と思しき女の子のグループを見かけてナンパするかどうかの流れになったことがあったな。

 じゃんけんで負けた俺が声をかける羽目になり、

 童貞らしいかみっかみの


『ね、ね、ねえ、き、君たち、たち暇かな、かな?よが、っだら、俺だぢと、ウヒェヘ!ゲェッヒェヒェヒェッヒェッ!』


 なんてキモさビッグバンの言葉で人生初のナンパをした。

 後半は緊張による過呼吸でもはや言語ですらなかったが。


 とにかく大きな声が出たので女の子達には気づいてもらえた。

 グループの中心になってる女の子が最初に振り向く。

 周りの男たちはその子のあまりの美少女っぷりに目を瞠り感嘆の声を漏らしたが、俺は恐怖で血の気がひいてしまっていた。

 美少女は俺の妹、霞澄(かすみ)だった。

 中心となっている娘が足を止めたことでお友達もこちらに振り向いた。

 女の子というのは容姿が近い子同士が集まる性質でもあるのか、妹ほどではないが皆なかなかの器量である。


「何?霞澄ちゃんの知り合い?」


「ナンパでしょ?霞澄ちゃんモテるもんねー」


「ナンパにしたって男のレベル低すぎなーい?マジあり得なーい」


「言えてるwていうか何なのこの人w生まれたての小鹿みたいにプルプル震えてるんですけどwww超ウケるwww」


 所詮男も顔か、彼女たちにボロクソにけなされた。

 女に抱いていた幻想を粉微塵に粉砕、玉砕、大喝采されるほどに。


「ねえ、霞澄ちゃんどうするの?」


「行きましょ。全然知らない人(・・・・・・・)に絡まれるなんて怖いじゃない」


 そうして固まって動けないでいる俺達、特に俺に対して霞澄は汚物でも見るような絶対零度の瞳でねめつけて去っていった。



 家に帰れば案の定詰問タイムである。

 リビングで俺はフローリングの硬い床に正座させられ、妹は親父の書斎にある豪華な革張りのリクライニングチェアに腰かけ脚を組んでふんぞり返っていた。

 片手には凍らせて2つに折って食べる夏の定番おやつが握られており、折れ目の先端に舌を這わせ、吸い付いて涼をとっている。


 この時点で俺達の力関係は把握していただけたと思う。

 ちなみにこのドキドキ妹裁判は偽証と黙秘、妹が気に入らない発言をした場合はその場で死刑が執行される司法制度となっている。

 君主制トンデモ独裁国家なのである。


「ねぇ、お兄ちゃんは今日街で何をするつもりで私達に気持ち悪い声をかけてきたのかしら?」


 霞澄は『余所行き』の声音と口調で俺に質問する。

 完全におかんむりだ。

 エアコンの電源も入っていないというのに室温が10℃を下回っているように感じた。

 暑さではなく、霞澄への怯えで冷や汗が分泌されて頬をつたった。

 迂闊な発言は命取りになるだろう。


『あの、パンツ見えてますよ?』


 などと指摘すれば俺は明日の朝日が拝めないかもしれない。


 では正直にナンパしようとしてましたなんて言ったらこいつはどうするのか?

 ――妹のお友達にされたようにこき下ろされるに決まっている。


『お兄ちゃんの分際で彼女とか頭おかしいんじゃない?』


 などと言われて俺は心に一生ものの傷を負うことになるだろう。

 誰にとってもそうだと思うが精神の死は肉体の死と同価値である。

 どちらも遠慮させていただきたい。

 ここは偽証のリスクを犯してでも誤魔化しにいくべきだ。


「それはですね……たまたまそういう歌詞の歌を罰ゲームで歌うことになっていてですね、偶然前にいた貴女方の耳に届いてしまいまして……」


「お兄ちゃんは死にたいのかしら?」


「ヒィィィッ!!」


 霞澄から放たれる冷気が一段と増した。

 彼女の存在は地球温暖化の抑止に一役買っているのではないだろうか?

 この寒さは一定の経済効果を認めてもよいレベルだと思う。

 ならばどこの企業でも国でもいい。

 妹を今すぐ引き取ってください。


「いつまで黙っているつもり?きりきり吐きなさい」


「全然知らない人って言われました。人違いなのでは?」


 ミシリッ!!


 肘掛けが握りつぶされて鈍い音が鳴った。


「ヒッ!」


「次はないわよ」


「……ナンパしようとしてました」


「それで?」


 妹は脚を組みかえてこちらの話を聞く姿勢になった。

 視界に映るパンツの面積が拡大した。

 あ、そうそう、色はピンク。

 シンプルながら王道の良いチョイスだと思う。


「それで?と言いますのは?」


「言わなければ分からないの?」


 靴下に包まれた足の指先が俺の頭を小突いた。

 屈辱的な扱いに噛みしめた奥歯がぎりりと音を立てる。

 心なしか霞澄は恍惚としたような表情を浮かべているように見えた。

 ドSが……


「無知蒙昧なわたくしめにどうかヒントだけでもお願いします。霞澄、様」


 床に額をこすりつけるようにして俺は懇願した。


「正直に答えなさい。お兄ちゃんは女の子なら妹でも構わずナンパするような変態なの?」


 たわけ!お前だと分かっていたら誰がナンパなんぞするか!

 と言いたいところだがそう返せばあいつの踵は俺の脳天を貫くことだろう。

 この場に残されるのは脳漿をぶちまけた一人の哀れな童貞の屍。

 嫌だ俺は死にたくない!

 童貞のまま異世界転生コースなんぞゴメンだ!

 テンプレ駄女神とかいたらあの世でいじられること不可避である。


「……いえ、後姿だけしか見えていなかったので、霞澄様だとは露とも知らず、失礼を働いてしまいました」


「お兄ちゃんは妹だとは気づかなかったわけね。

 いいでしょう、愚かなお兄ちゃんなら家族の区別なんてつかなくてもおかしなことじゃないものね。

 本当、見境のない駄犬」


「ぐ……」


「何か言いたいことでも?」


「意見など……滅相もございません……」


「妹だと気づかなかったとして、どうして私達にナンパしようと思ったのかしら?

 お兄ちゃんは彼女が作れるなら誰でもよかったのかしら?」


 周りの連中がナンパしようと言うから、じゃんけんで負けた俺が声をかけることになりました。

 駄目だ、馬鹿すぎて嘲笑される未来しか見えない。


「そのようなことはございません!霞澄様は後姿でもですね、後光が差してまして、

 こう俺の好みドンピシャの大和撫子のような清楚な美しさがあっててですね。

 わたくしめとしましてはそのお背中に一目惚れしたといいますか、この人しかいないと思ったというか」


 心にもない適当な美辞麗句を並べ立て、褒め殺して許しを請うことにした。

 褒めるのは脳科学的にいいって偉い人がテレビで言ってたからな。


「ふ、ふーん。…………他の女に色目を使うなら絶対に殺すつもりだったけど、一目惚れ……、この人しかいない……か、脈ありなんじゃない?……えへへ……」


 霞澄はにんまりと頬を緩ませて何やら小声でつぶやいている。

 言葉の内容はさっぱり聞き取れないが、明らかに機嫌が回復している。

 褒める効果絶大じゃん!

 ありがとう脳科学の権威のなんとかFラン大学のなんとか先生!!


「?、何かおっしゃいました?」


「なんでもないわ。部屋に戻っていいわよ」


「は?」


「2度も言わせるの?この愚図。

 これは素直に答えたご褒美よ」


「ははぁぁー、お許しいただきありがとうございます」


 逆転勝訴!褒めるだけでなぜ許してもらえたのか不明だが余計な質問を重ねてこの幸運を不意にすることはない。

 俺は妹の食べていたアイスをおしいただいて、法廷を後にした。



 ―――


 思い出せばトラウマとして保存されていた記憶が鮮明に甦ってきた。

 間違ってナンパしたぐらいであんなに怒ることないじゃないか。

 まあ、中の下の外見の俺が兄妹だとは友達には言いづらいと思うけどさ。

 自分のコミュニティに家族が侵入してきたら疎ましく感じるよな。

 年をとれば霞澄の怒りの原因が明快に理解できる。

 思春期特有の感情ってやつだな。

 ふむ、俺の本性は男として酸いも甘いも嚙み分けてきた50のおっさんだ。

 少年たちのセンシディブなチキンハートを許容するだけの懐の深さぐらいある。

 妹とそのお友達のようにナンパしてきた男を徹底的に言葉責めして再起不能にさせるような外道ではない。

 わさわざ教えてやる気はないが彼らにとってもナンパした相手が実はおっさんでしたーなんてのは手酷い裏切りのように思える。

 正直悪い気はしないのだが、二人とも俺のタイプじゃない。

 根気強く話を聞いてやって、やんわりと断るのがいいな。

 パンをお行儀よく咀嚼しながら彼らを極力傷つけぬ言葉を選んでおく。

 気の毒な少年2人は頷き合いこちらへ歩みだした。

 おや、結局2人で同時に行くことにしたのか。

 心の準備はオーケーだ。さあ来なさい。

 当方に迎撃の用意アリ。


「失礼、この席は空いてるかな?」


 唐突に背後から不意打ちが入った。

 完全に予想外の伏兵のせいでパンが気管のおかしなところに入りかける。


「けほっけほっ!ひゃ、ひゃい!ど、どうぞ!」


 聞き覚えのある声がして見上げると料理の乗ったトレイが見えた。

 その人物は俺の隣に腰かけると軽く会釈して微笑む。


「こんにちはアスカちゃん」


 そいつは何かと俺の心をかき乱してやまない美少年ヴァンパイア、スミカだった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ