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31話 ナデポ(被)



 

 樹海の暗殺者ブラッディロア。

 頑丈な深紅の甲殻を持ち、鋭い漆黒の脚爪と牙で攻撃する蜘蛛型の魔物である。

 毒々しい見た目とは裏腹に無毒だが、その分をフィジカル面に割いているといってもよい程高い攻撃力と機動力(アジリティ)を誇る。

 また、ファイヤーアント同様群体行動を得意としており、繊細かつ鋼鉄よりも強靭な糸による拘束からの蹂躙を受けた獲物は悲惨な最期を迎えるだろう。


 だが、強力な魔物というのは往々にして優れた武器や防具、アーティファクトの素材になる。

 俺達以外にも樹海の恵みを得ようと命知らずの冒険者パーティーが激闘を繰り広げている気配が伝わってきた。



「一匹目」

 血のような深紅の甲殻の隙間、頭部と胴体の間に鋼鉄が差し込まれる。

 すかさず断面から緑がかった紫色の血液がゴポッと音をたてて漏れた。


 仕留めたブラッディロアから新たに購入してきた武器、ジャマダハルを引き抜く。

 一般的な直剣よりは短く、短剣よりは長い、幅広の刃。

 斬撃よりは突き刺すことを目的としており使い手に的確に急所を狙う技量を要求する。

 力を手に入れたことで大きくなってしまった慢心を戒めるために購入したのだが、セルフハンディキャップの魔法で以前の俺と同程度のランクのステータスまで下げてもよく戦えている。

 拳の延長として扱うことができ、リーチが長すぎず短すぎないため障害物の多い樹海での使い勝手が良いからだろう。


 ちなみに今のステータスを試しに計測してみたら以下の通り。


 VIT E

 STR C

 INT C

 AGI A

 DEX B



 総合力では同程度でも前の俺とは真逆のタイプ。

 当然戦い方も変わってくる。

 防御を固めてカウンターを狙うスタイルからフットワークを生かして確実に回避しながらダメージを与えていくスタイルへ。

 幸い後者の戦闘スタイルに関して俺には師匠がいた。

 ジャマダハルや双刀を得物としていた人狼族(ワーウルフ)の姉御--イリア。

 駆け出しの頃数年間世話になった人で、体の動かし方の基本から人狼族流の戦い方を教わった。

 100の理屈を重ねるよりも1の実戦を重んじる人で訓練は模擬戦が大半。

 一方的にボコボコに叩きのめされてのスパルタ指導だったが、彼女の教育のおかげで今日まで生きてこれたのは間違いない。(あと筆おろしも彼女にさせていただきました。


 そして俺は今彼女と同じ武器を使って、彼女の動きを模倣して戦っている。

 人狼族流は基礎固めには役に立ったが敏捷性の低かった俺には戦闘理論が頭では理解できていても体がついていかず1割も再現できなかった。

 だが想像していた通りAGIとDEXのランクが高ければ再現が難しくないことに安堵する。

 素早く正確無比にブラッディロアの急所を突きながら屠っていく。


「2匹目!」


 真横の木の陰から糸を発射しようとしてきたブラッディロアの顎を蹴り上げ浮いた拍子に口腔内にジャマダハルの刃を突っ込ませ、脳天まで貫通を確認したら切り下げる。

 敵にとどめを刺しながらも仲間のサポートは忘れない。


「スミカ!上だ!」


 空間把握(エリアサーチ)の魔法で樹上から機会をうかがっていた3匹のブラッディロアの情報を相方であるスミカに伝える。

 俺の声に存在がばれていると判断した3匹はやむなしと落下してきた。


「大丈夫、任せて」


 スミカは腰に佩いていたサーベルを鞘から抜く。

 儀礼用にしか施されぬはずの優美な装飾、透き通るような細身の銀の刀身。

 その趣は誰もが美術品と評するだろう。

 一見して貴族の成金趣味の象徴にも見えるサーベルだが、鋼など容易に断ち切る完全ミスリル製の刃が己を武器だと肯定する。

 実用と鑑賞どちらにも堪えうる贅をこらした逸品だが、それだけではない。

 スミカはサーベルを片手で正眼に構えると間合いの『外』からブラッディロアに対して斬撃を繰り出した。

 その瞬間サーベルに数十個の節が生じて本来ではあり得ない距離にまで小さな刃が群れを形成する鳥のように飛翔する。

 分割された各刃の中心にはワイヤーのようなものが通っており、サーベルが鞭に化けたのだということが理解できた。

 剣と鞭、この特異な構造を兼ね備えた剣を蛇の腹に似ていることから蛇腹剣と呼ばれている。

 サーベルのままなら素人でも扱えるが、鞭の状態となるとよほどの達人であっても僅かに手元が狂えば自傷しかねない危険な武器である。

 それをスミカはまるで体の一部であるかのように扱って3匹とも甲殻ごと切り裂いて殺害してみせた。

 宙でバラバラに切断された蜘蛛の脚が頭部が腹部が大地に降り注ぐ。

 意思をもった生き物のようにうねる剣の姿にさすがの俺も感嘆した。


 スミカは討伐に行く前の打ち合わせで土魔法と雷撃魔法の応用で磁気を操作して蛇腹剣の鞭の動きをイメージ通りに動かせるようにしていると説明していた。

 樹海で鞭を振り回すなど自殺行為でしかないが完全にコントロール可能であればその限りではない。

 むしろ障害物や木の間を縫って離れた場所から一方的に攻撃できる分非常に優秀である。

 こうして実際に見せてもらって分かることは彼の魔法の応用力と戦闘センスが非常に優れていることだ。

 流石ソロでAランクに上り詰めただけのことはあると感心する。

 俺も負けてはいられないな。

 次々と群れをなして集まってきたブラッディロアにジャマダハルの切っ先を向ける。


 俺が駆け回り1体ずつ丁寧に仕留めながら前線のヘイトを集め隙を作る。

 すかさずスミカが蛇腹剣で薙ぎ払い、屍の山を築いていく。


「やるな、スミカ」


「アスカちゃんも。パーティを組むのは初めてだけどここまで息が合うとは思わなかったよ」


 それについては同感だった。

 時間をかけて入念な打ち合わせこそしたものの、最悪お互いに自分の身を守れる程度であれば御の字だと思っていた。

 俺の経験上よくあることだったからだ。

 しかしスミカとは半生を共にした仲間であるかのように相方の呼吸が読めて、攻撃、防御、回避ともに自由自在。

 短い言葉とほんの目配せだけで戦闘のコミュニケーションがとれている。

 35年の冒険者人生の中でもここまで阿吽の呼吸が実現できた相手はいなかった。

 今は俺よりもステータスが高いであろうスミカが合わせてくれているのかとも思ったが違う。

 彼はいたって自然体で戦っているし、俺と同じように的確な連携がとれていることに感動している様子である。

 性格、体格、戦闘スタイル、武器。

 いずれも共通点があるとは言えないのに同じ作業に取り組んだ時、なんとなく意図が読めるのだ。

 まるで家族だとかそういった次元で。


 やがて数を順調に減らしていったブラッディロアの群れは戦ってはいけない類の敵と交戦していることを認識して空間把握(エリアサーチ)の範囲外まで撤退していった。

 他に魔物の存在が感じられないためひとまず休憩をとる。


「長いこと冒険者をやってきたが、スミカが一番相性がいいな。

 本当にパーティを組むのが初めてなのか?」


「嘘は言ってないよ。ボクはアスカちゃんが数をこなしているからこその連携だと思うけど。

 豊富な経験と元々の強さによるものじゃないかな」


「いいや、俺は20年ほど前にAランクの冒険者とコンビでクエストに行ったことがあったが、そいつが無双するばかりで全くついていけなかった。

 向こうも合わせようとしなかったからパーティーの体をなしていなかったな。

 個人の戦闘能力と団体での戦闘の才能は全く別物だとその時に学ばされたよ。

 だからスミカと一緒に戦えたことは正に奇跡だ。

 千人に一人、いや、万に一人いるかどうか」


 率直な感想である。


「へえ、それは光栄かな。

 じゃあボクとアスカちゃんはお互いに運命の人ってことなんだね」


「そうだな。色んな奴と組んできたがスミカは……え?」


 あれ?今こいつ何て言った?

 ……なんだっけ?

 えーと

『運命の人』だって言った。

 それって赤い糸で結ばれてる的な……?

 俺とスミカが……?

 はわわわっ!?

 ……おかしい!?なにかヘン!?

 なんだよコレ!?

 違う!違う!

 待て待て待て!!

 そこ慌てるポイントとちゃう!

 意味わかんない!

 アイツは実の兄に恋慕するような変態のホモ野郎だぞ!!

 心こそ男だが女の俺には興味ないはずだ!

 ってそうじゃなくてスミカはパーティーメンバーとして最高のパートナーだって俺を賞賛してくれたところじゃないか!?

 俺のバカッ!

 スミカのバカッ!

 でもとにかくスミカが全部悪い!悪い!邪悪!有罪!鬼!悪魔!妹!

 誤解を招くような表現は謹んでください!

 もうなんなんだようこいつ……


「アスカちゃんどうしたの?おーい」


 気づけばスミカがギルドでしていたようにかがんで俺の顔を覗き込んでいる。


「大丈夫?疲れたなら帰ろうか?無理は良くないからね」


「ふぇっ!?」


 我に返った俺はスミカとばっちり目があって。

 理由もなく背筋が震えて。

 それでスミカの瞳孔の中に俺だけが映ってて、きっと俺の瞳孔にもスミカだけが映ってて。

 鏡合わせの2人だけの世界。


 どうしてそんなにも俺を凝視してるのか。

 本人に問うわけにもいかなくて。


「アスカちゃんはいつも可愛いね」


 俺の頭に手を置いて、白くて細いけれど弱々しさのない、はっきり男性であると分かる指で髪を梳る。

 女の髪の扱いを昔から心得ているような繊細な手つきで。


「ふあ……ん……」


 指が額に触れて、前髪をかきあげる。

 そのまま登っていって頭を撫でるように髪をすく。

 寮で暇な時間を過ごすとき、手入れを欠かしていない自慢の銀髪はスミカの手ぐしを痛みなく受け入れた。

 さらさらとした感触を楽しんでいるのが優し気な色をたたえるスミカの瞳から読み取れる。

 けれどそれはほんのひと時の時間。


「これからどうしようか?アスカちゃんに判断を任せるよ」


「……」


 スミカが今何を言ってるのかなんて頭に入ってこなくて。

 離れていく指を名残惜し気に目で追った。






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