29話 鳥豪族
「「「「かんぱーい!」」」」
ラメイソンにある焼き鳥屋『鳥豪族』にて祝杯があげられる。
『鳥豪族』とはグリーンウッドに本店を構える焼き鳥と酒を提供する飲食店である。
暖簾分けされた店が王国の主要都市に点在していて、濃厚なタレや岩塩で味付けされたジューシィな焼き鳥が低価格で食べることができ、世のお父さんの絶大な支持を集めている。
なんでも海外進出も計画しているのだとか。
ラメイソンの店舗も例外なく盛況な様子で、さほど広いとは言えない店内を注文をさばくため忙しく駆け回るバイトの女の子達が8人、きっぷのよさそうなおばちゃんと娘と思しき二十代前半の姉ちゃんが自らも動きながら彼女達を勇ましく指揮している。
一方厨房では立派な体躯の親父さんがファイヤーアントの素材を用いたガスバーナーのようなアーティファクトで網の上の串に刺さった鶏肉を巧みに焼き上げている。
大量の注文を一人で休みなく猛烈な速さでこなしており、技量、体力といった肉体面はもちろんアーティファクトを扱う魔力量も大したものだと言える。
もともと冒険を生業とする魔術師だったのが、膝に矢を受けて引退した後、職業として選んだのが焼き鳥屋だというのが、客の世間話で聞こえてきた。
天職と言わんばかりにイキイキと仕事に励む親父の姿を眺めて物思いに耽る。
仮に俺が今、おっさんのままだったとしたらあの親父のように冒険者を引退した後第二の人生を未練なく歩むことができただろうか?
多分、無理だ。
俺は器用なやつじゃない。
貯金を切り崩してお迎えが来るまでをただ生きてるだけの孤独な晩年が容易に想像できる。
やることと言っても酒場で安酒をあおりながらくだをまくのが日課の情けない老人になっていただろうな。
俺の場合日本にいようとこの世界にいようと大差のない寂しい老後になっていたかもしれん。
……いけねえ、仮定の話だっていうのに涙でスープが塩辛くなっちまいそうだ。
まあ、一世一代の冒険の末、奇妙なセカンドライフを送ることになった俺だが、いまだに将来どこで落ち着くかなんて考えていない。
寿命の長い種族はどんな人生設計をして生きているのかいつかご教授いただきたいものである。
若返りで心持ちまで変化しつつある俺に、人生の先輩の意見を聞く耳があればだが。
いや、ないな、ないない。
今何聞いても右から左に流れていくわ。
だって俺の目下の関心は焼き鳥なんだもん。
食レポこそが俺の果たすべき天から与えられた使命である。
まずは焼き鳥の王道。
モモを一口。
「んまいっ!」
程よい弾力と噛みしめる度に溢れる肉汁。
とろける脂身。
素材の味もさることながら最も讃えるべきは香りである。
炭を用いて焼いていないのに炭焼きのような香ばしさが味わえるのはアーティファクトの性質か。
ファイヤーアントの体液から作られる火酒というのがあって、香りがよく非常に美味らしいので恐らく肉を焼く火にも香辛料のような効果があるのだろう。
タレの焦げる芳しい匂いに惹かれ、脂の滴る串焼きが並ぶ光景を目にしてしまったら最後、寄り道間違いなしだ。
お父さんホイホイである。
そうそう、タレの存在も忘れちゃいけない。
タレはグリーンウッドの領主がプロデュースしたもので日本の焼き鳥のタレをこの世界の食材で限りなく近い形で再現をしている。
思えばギルガルドに渡った時、別の都市でだが鳥豪族で食事をした時に転生者の存在を疑ってもよかったところだったのだが、その時は味に感動している余裕はなかった。
魔人族の遺跡のことが頭の中を占領していたからな。
今は日本のものと遜色のない焼き鳥の味に新鮮な感動を覚えている。
俺プリン体大好き!だっておじさんだもん!
でもみんなは痛風に気をつけるんだぞ!
さて食事の手は緩めずにいくが、都市に訪れた魔物による未曾有の大災害を解決した俺は現在ソフィーとヒューイ、スミカと飯を食っている。
ギルドはキッチリ報酬を払ってくれたので、最初は男らしく豪遊すべくキレイなお姉さんにちやほやしてもらえるキャ……飲み屋に赴いたのだが、コンパニオンの希望者と勘違いされたあげく、客だと主張したら未成年であることを理由に入店を拒否されてしまった。
正体がバレるのを防ぐためにギルドカードに14歳と登録してしまったのがまずかった。
身分証の提示を求められて一発アウトとなってしまったのである。
金はあるんだからちょっとぐらい融通をきかせてくれてもいいのに。
ギルガルドの風営法厳しすぎなのである。
都市を救ったヒーローに対してなんという塩対応か。
そんなわけで一度寮に帰った俺は気軽に飲み食いできる店に行くかと決めて、暇してたソフィーとヒューイを誘って街に繰り出した。
スミカは学院の中庭で女子に囲まれて困っているところを救出してやったらついてきた。
スミカレベルの美少年ともなると嫉妬すらわかん。
日本にいたら嫉妬マスクマンと化して天誅を下したかもしれないけどな。
――――
「お疲れ様アスカちゃん。生物災害から都市を守った英雄だって教授から聞いたよ。朝イチで街を離れる予定がなければボクも駆けつけられたんだけど……力になれなくてごめんね。
せめてここの食事代ぐらいはボクにもたせて欲しい。さ、飲んで」
対面に座っているスミカが俺を労いつつ、林檎の果汁を炭酸水で割ったノンアルコールカクテルを空になった俺のジョッキに注いだ。
イケメンにちやほや。
美人は美人でも方向性が違うがまあいいか。
ホストだったら速攻で花街NO1になれる逸材だよな。
ある意味夜の帝王といったところか。
「うまいけど、酒がいいなあ」
「駄目だよ。ギルガルドの法律じゃエルフ、ハーフエルフの飲酒は80歳からなんだから。
アスカちゃんはいくつなの?」
ホストが酒をすすめないのか(困惑)
すまん、ホストじゃなかったわ。
「……50」
身分詐称したので年齢確認されたら66年分足りない。
「あと30年我慢しようね。ヴァンパイアのボクも同じ80歳からであと63年待たないといけないんだから」
マジか。焼き鳥に酒がないとか拷問だぞ拷問。
でも、皆が酒を飲まないなか俺一人が飲んでもつまらない。
「しゃーないな。腹いっぱいになるまで食うので勘弁してやらあ。うーん、このなんこつすんばらしい!デリシャス!」
「美味しそうに食べるねアスカちゃん。
見てる方が癒されそうな顔。
なんだかボクのおに、兄さんによく似てるよ。
女の子に男の子に似てるって言うのは失礼だけど」
「いいよいいよ。全然気にしてない。
尊敬するお兄さんなんだろ?
人としてってことなら男も女も関係ないよ」
兄弟離れした愛情は別として。
「そう言ってもらえると嬉しいね。
あ、口元にタレがついているよ」
「へ? あ……」
スミカが美しい刺繍の施されたどこかで嗅いだことのあるようなフローラルな香りのするハンカチで俺の唇と頬を拭う。
子供扱いされて恥ずかしいというか絶世の美少年にハンカチ越しとはいえ顔を触られてドギマギするというか、ええい!説明がつかん!
国語の問題で主人公の気持ちを○○文字以内で書けと出題された時ぐらい難解だ。
自分のことなのに!
べ、別にイケメンに免疫がないだけなんだからね!
彼になんと返したものか口を金魚のようにぱくぱく。
とりあえず黙って手元の砂肝をぱくぱく。
「ごくん。えーと。その、
……ありがと」
「フフ、アスカちゃんはカワイイね。
仔猫みたいで見守ってあげたくなる感じ」
スミカが優しく微笑む。
「んにゃ……!?」
変な声出た!
あわあわっ!?カワイイって!?俺が!?
俺の人生でトップ10入り確実の未知の動揺が駆け巡る。
フルメタルでジャケットな軍曹殿にこの狼狽ぶりを見られたら教育的指導間違いなしの新兵ぶりだ。
なんの新兵だよ!
ああもう、スミカみたいなヤツ苦手!
だって俺の身近にはいなかったタイプだし!
外面を取り繕ってる時の妹に多少似てなくもないけど!
家の外ではあいつ完璧なのです!
女ってこえぇ……こいつは男だけど。
とりあえず食べよ!食べてる間は喋らなくて済む。
オレカシコイ!
串を口に運ぶ。
無い!
串にお肉ついてない!
「クスッ」
ああああ!
やめてぇ!
スミカ笑わないでぇ!
それよりナンデ!?ナンデお肉ツイテナイ!
っておいヒューイ!串から肉を外して取り分けるのはマナー違反だぞ!塩にレモン汁をかけるのもだ!
それは親切ではない!
貴様は焼き鳥二等兵に降格だ!
ソフィーはわたしの旦那って気がきくでしょなんて感じで胸を張らないように!
「ところでアスカさん。生物災害っていったいどんな魔物が出たんですか?
とにかく学院に避難しろって言われただけで誰も教えてくれなかったんですよね」
串から外した肉を小皿に取り分けて疑問を口にする。
内心でヒートアップし続ける俺に対して空気読んでんだか読んでないんだか分からない発言なんだが、スミカのおもちゃにされてぼろを出すよりはマシ。
「ファ、ファイヤーアントおよそ3000匹とサイクロンマンティスとクロスアントリオンだな」
仕方なくフォークで小皿のハラミをぶっ刺してから答える。
「それ都市が崩壊するレベルじゃないですか!」
「まあな。Aランクって言っても強さはピンキリだがデカブツ2体は群を抜いてヤバいよな」
「でもアスカちゃんがほとんど討伐しちゃったんだよね。
今でも自分の目で見たものが信じられないって教授が頭を抱えていたよ」
「急な避難を余儀なくされた街の連中には災難だったかもしれんが、おかげで俺は今ちょっとした金持ちなんだよなー」
5000万Gのクレイモアを折られて赤字を嘆いていたのだが、サイクロンマンティスとクロスアントリオンの討伐報酬が1体8000万Gだったのだ。
素材はある程度俺がもらっていったが残りの買い取り額は総額5000万G。
庶民ならば博打ですったりしない限り一生遊んで暮らせる額である。
「だが、人に奢られる飯の味ほどうまいもんはない。ほらソフィーも遠慮せず食え食え。
スミカお兄ちゃんがいくらでも払ってくれるからな」
「あはは、ダイエット中だしほどほどにするね。
焼き鳥は太っちゃうし……好きだけど。すごく好きだけど」
ソフィーはヒューイをちらりと見た。
意識してるねー、それで食事量が控えめなのか。
俺?脂身いっぱいのモモとぼんじり食べちゃう。あと皮も。
冒険者の俺は運動量が多いので脂が必要なのだ。
「じゃあ俺が食べちゃうぞ?このコラーゲンは俺のもんだ」
「うう……」
ソフィーが焼き鳥とヒューイに激しく視線を往復させる。
「ソフィー食べる?ちゃんと栄養つけておかないと明日の講義で体力もたないよ?」
ヒューイが彼女の葛藤を知ってか知らずか、知ってるわけねえか。
皿を寄せる。
「食べる……美味しい。美味しいよ……」
ソフィーは罪悪感を顔に貼り付けたまま焼き鳥を口にした。
明日のカロリー計算に頭を悩ませながら。
「おねーさん、モモとレバー、ささみ、あとハツも10本ずつよろしく」
だが俺は弾けた。
体が小さくなったはずなのに以前より食うようになったんだよな俺。
ちょっと前まで油ものがキツイ年齢だったのに。
程なくして運ばれてきた焼き鳥をパクつく。
あ、スミカ、レバーばかり独り占めするのはよせ。
鉄分豊富だからヴァンパイア的には美味しく感じるのは分かるけど。
お前は俺の妹か。
あいつはレバーが好きだった。俺の分を横取りするぐらい。
『私貧血になりやすいんだから、お兄ちゃんの分けてよ。
代わりにお兄ちゃんが私をマッサージする権利をあげる』
何の得もない取引を持ちかけられて憤慨する心を必死に宥めながら、『貧血?なんだ?あの日か?』ってからかってやったら刺された。
串で。
ついでにマッサージもやらされた。
俺の部屋のベッドの上で。
居間のソファーでいいだろ?と言えば
『そこじゃリラックスできないでしょ!お兄ちゃんのバカッ!』と叱られ、
お前の部屋にするか?と提案すれば
『妹の部屋に入りたがるとか信じらんない!お兄ちゃんのスケベッ!』
ときたもんだ。
まったく理解できねえ妹だぜ。
……ん?
あの日って俺にくるのか?
きたらどどど、ど、どうしよう!?
こないでくれたらいいな。うん。
残念ながら魔人知識の中に生理がきたらどうするか?といった疑問に対する答えはない。
常識だからだ。
その内ソフィーに聞いみよう。
年頃の娘に質問する難易度の方が高い気がするので勇気を絞り出せるようになったらだが。
なのでこの件につきましては社に持ち帰り前向きに検討させていただきたいと存じます。
「赤くなったり、青くなったり、アスカちゃんは忙しいね」
俺の顔をしっかり観察していたスミカがニコニコと小動物を愛でる時のような表情で指摘する。
誰のせいで信号機みたいな百面相してると思ってるんだよう……
お肉を頬張りながら恥ずかしそうにうつむく。
こういう時長い髪は表情を隠せるのでありがたい。
あられもない顔になっているはずたから。
「そうだアスカさん。サイクロンマンティスとクロスアントリオンの素材を持っていたりします?」
本人は無自覚だろうがヒューイが助け船を出してくれた。
サンキュー天然ボーイ。
「あるよ。大剣折られちまったから武器にでも加工してもらおうと思ってな。全部じゃないが武器素材になりそうなものを引き取ってきた」
「よかったら今度見せてもらえませんか?それだけ希少な魔物の素材だと直に目にする機会は滅多にありませんし。高ランクのモンスターの素材でアーティファクトを作るのが僕の夢なんですよ」
ヒューイが目を輝かせて語る。
魔道具店の息子だけに魔物の素材には目がないようだ。
「アーティファクトの素材になるのか?」
「はい。まず間違いなく強力なアーティファクトに化けます。
その分使い手に要求される魔力消費が大きくなりますけど」
「へえ、アーティファクトに加工するのもありなんだな」
検討しておくか。
同時に興味がわいたことがひとつ。
「坊主がこの2つの素材でアーティファクトを、そうだな武器として製造するならどういう工夫をつける?俺が持ってるのはあの2匹の鎌と牙なんだが」
「現物を見てみないことにはなんとも言えませんが。
アスカさんは魔法を使いますけど戦士なんですよね?
でしたら剣や槍のような接近戦で使える武器にします。
もし、貴重な素材が遠慮なく使えるならこの2つを組み合わせたアーティファクトにしますよ。
うわあ、その想像だけで設計図を書くのに1週間は徹夜できそうです。状況に応じてワンタッチで形を変形できる機構にしよう。どちらにも魔力供給可能なバイパスをつないで……」
ヒューイの目がキラキラしてきた。
遠くを見つめる純粋さ100パーセントの少年の瞳だ。
完全に自分の固有結界に入ってしまっている。
「ヒューイくん興奮しすぎ。
ごめん、アスカちゃん。
ヒューイくんってアーティファクトのことになるといつもこうだから。
魔道具科の入試一位の成績で合格するぐらい凄い才能の持ち主なんだけど……」
「へえ、なら坊主。
素材は売るほどあるから何か作ってみるか?
好きなように設計してくれて構わん。
ただしちゃんと使えるものを頼むぞ」
俺の提案にヒューイは興奮で鼻血を噴射した。
アーティファクト馬鹿というか……
どうして俺が最近出会う男に変態が多いのだろう?
当然のことだが疑問に答える者はいなかった。




