28話 三竦み 後編
魔剣の話をしよう。
サイクロンマンティスは思考する。
目の前の人間を打倒する手段を
敵は武器をひとつ失った以外は全くの無傷。
予備の武器を取り出してきた以上、戦力が低下したとは認めがたい。
さらに耐久性においては自身では足元にも及ばないクロスアントリオンに大ダメージを与えた魔法を使用してなお、感知しきれない膨大な魔力を秘めている。
楽観的に見ていい相手ではない。万全の状態だと考えるべきだ。
ならば自分のコンディションはどうか?
片足を失い、腹を破られ出血が止まらない。
攻撃力と機動性に特化しているため、回復力は高い部類ではないのだ。
徐々に体力を失ってきているのが分かる。
戦闘が長引くのは圧倒的に不利。
逃走する選択肢は無い。
自らの矜持に則って排除した。
従って短期決戦で決着をつけるより他ない。
相手は風の鎧を容易く打ち破ってくる化け物だ。
しかし、地を這う生物には違いない。
どの道こちらは片足を無くして地上での戦いなど到底望めない。
空に活路を見いだす他なかった。
鎌をクロスアントリオンの体から引き抜き、人間に向き直る。
小さい。
が、それはこちらにとっては不利な材料の一つだ。
複眼の死角である懐に敵を侵入させれば反撃さえ許されず殺されてしまうだろう。
それだけは何としてでも阻止しなければ。
接近させずに飛行する隙を作る方法。
――ある。
一度きりだがどうせ守りは無意味だ。
取り返しのつかない事態になることに比べれば安い。
風の鎧をパージし、全方位に圧縮した空気のハンマーを放つ。
雑魚共であればこれだけで骨が粉々になり、内臓を破裂させて死に至らしめることが可能だが、あの人間には通用するまい。
暴風が吹き荒れ、転がっていた岩が破壊されて礫を飛ばした。
読み通り人間は後ろに跳躍してこれをかわした。
接近の妨害に成功。
その隙に飛行魔法を発動させ、全速力で地上から離脱する。
飛行魔法の速度は衰えていない。
追撃はしてこないようだ。
様子見だろうか?
飛翔しながら地上に意識を割く。
一部の死角を除けば破格に広範囲の視野と視力をもつ複眼に凄まじい速度で猛然と迫る人間の姿が映っている。
飛行魔法で追ってきているのだ。
この化け物は制空権のアドバンテージまで侵してくるのか。
だが、羽のある分こちらの方が出力が高く、魔力消費の効率がよいので航続距離と速さで勝るはずだ。
鋼鉄の刃と魔法の届かぬ高度まで飛び、風の刃を回避不能な密度で撃ち込んで仕留める。
全力が出せる内に実行しなければ命はない。
速度落とさずに高度を上げていく。
一方的に攻められる間合いに達したと確信した瞬間、振り向き様に風の刃で攻撃した。
幾重にも重ねられた不可視の斬撃。
しかし敵は身を捻るだけで髪の毛一本散らすことなく回避する。
刃の軌道を読まれている。
巨体故に攻撃の予備動作が分かりやすすぎるのだ。
音速を突破した刃とはいえ、距離が開きすぎて回避に移るまでの余裕を与えてしまったのもある。
一時とはいえ攻撃のために静止したことで大幅に距離を詰められた。
焦りが生じた瞬間、敵から放たれた5つの光球が体をかすめ、羽に穴を空ける。
小さな穴だが飛行魔法の組成を崩して速度がわずかではあるが低下した。
拙い。
同じ戦術を繰り返せばこちらが消耗していく上、いずれ致命的なダメージをもらうことになるだろう。
敵を見誤った。
だが一度の失敗でそれが理解できたのは僥倖と言える。
現状で考えうる最も安全な戦術が破られことを受け入れよう。
そして次の作戦を練らなければ。
最高速度の飛行に戻しながら目まぐるしく考える。
幾多の攻撃手段を挙げていくなか、
ふと脳裏に疑問がよぎった。
なぜ自分は『安全』であることに固執しているのか?
これまでに自分はクロスアントリオンのような同格の異種の魔物や同族との縄張り争いで何度も命を落としかけている。
互角か格上の敵と戦い、死力を尽くすことで勝利を収めてきた。
全てだとは言わないが刺し違えることも覚悟で特攻したことも一度や二度ではきかない。
今がその時ではないのか?
人間を格上とは認めがたいが、時間は敵に味方している。
形勢を逆転するには少なくとも戦闘の続行に支障をきたすダメージを与えなければならない。
鎌を前面に構え、頭部の急所をカバーして突撃の態勢をとる。
自分にあって相手にはない武器、質量を用いた強襲。
膨大な魔力はそれすら覆すが、こちらには優れた飛行魔法による速度が上乗せされている。
単純極まりない戦術だが格上の敵を屠り続けてきた実績があるのだ。
あの矮躯なら体のどの部位に衝突しても助かるまい。
旋回と上昇を並行し、推力と高度、遠心力を獲得する。
突撃の威力を高めるのに必須の要素が全て揃った。
重力による加速を加えて追跡者に渾身のぶちかましを。
敵は得意の回避行動をとらない。
刃を十字に構えて直進してくる。
面白い――と思った。
逃げ回ってこちらの消耗を待つ方が有利だというのにこの敵は真正面から応じるつもりなのだから。
互いのもつ黒鉄色の刀と生きた鎌が激突する。
今度の人造の武器はまるで折れる様子がない。
それは鎌の方もだが。
竜の火球の炸裂のごとき火花が散り、つばぜり合う。
刃同士が軋んで生み出された運動エネルギーが行き場を求めて大気に轟音を轟かせた。
圧殺する抹殺する。土くれからできた武器などに遅れをとるものか。
高度を確保したことにより増した速度と重さが有効に働いた。
人間の方が弾かれる。
快挙ではあるが、生死を確認するまで油断はしない。
複眼が敵の行方を追う。
案の定生存していた。
無様に宙を舞う姿を期待していたが難なく空中に魔力の足場を生み出して体勢を整えている。
無傷であることに落胆するがこの化け物との競り合いに勝ったのだ。
もう一度仕掛け、今度こそ確実に仕留めるべきだ。
突撃の勢いのまま降下し、衝突で低下した速度を回復。
揚力に変換して飛翔し、二度目の準備にかかる。
敵は下方で静止し、迎撃に備えた。
「……?」
信じられないことに敵は武器であるはずの刃を二本とも鞘に納めた。
武器を変更する気かと思ったが違う。
長い方の刃の柄は握ったままだ。
妙である。
こちらの鎌をその武器で砕けないことは先程の衝突で悟ったはずだ。
構えを変えただけで威力が劇的に向上するとは思えない。
そのはずなのに本能的な恐怖が次の突撃を敢行することは危険だと訴える。
敵から漂うのはクロスアントリオンが向けてきたぎらついた殺気とは性質を異にする静かな波。
前者は感覚が麻痺しきっているため何も感じないが、後者はただただ不気味だった。
ハラワタを鷲掴みにされ四肢が凍りついたかのような錯覚を覚える。
しかし今さら本能に従って止まることはできなかった。
攻撃を中断すれば取り返しのつかない隙を生み、自分は死ぬ。
降りることのできない賭けに迷いは不要。
敵が奇策を用いないことは判明しているのだ。
こちらも劣らぬ殺意を込めて、
全生命力をこの一撃に捧げる。
―――――
「アダマンタインでも力がなけれ斬れない……か。」
サイクロンマンティスの鎌を正面から斬りつけてみたが手応えどころかこちらが弾き飛ばされる始末である。
手負いであれば必死になるのも当然のこと。
工夫も計算も排した突進だったが鬼気迫るものがあった。
侮っていたのは俺の方だったか。
つくづく修行が足りないなと思う。
この場で慢心だけは戒めることができた。
俺が、元が弱者であったことを忘れてはいけない。
弱さを克己しようとする者こそ最も手強い存在なのだ。
ならば俺も全身全霊をもって応えてやらなければ。
『刀』を手にしてから鍛練し続けていた魔剣でヤツを殺す。
魔人化で授かった戦闘論理の内、魔力と身体能力を極限にまで鍛練し、修練を重ねてようやく使用可能な異形の剣技。
一度両手の刀を鞘に納め、右手で太刀の柄を、左手で鯉口を切る。
居合いの型である。
形だけは。
ただし居合いの術理を徹底的に無視した剣技故に魔剣である。
居合いというのは日常生活の中で不意打ちにも咄嗟に刀を抜いて対処できるようにするのが目的で生まれた剣技だという。
積極的な攻撃のためのものではなく護身術として編み出されたのだ。
要するに活人剣というやつか。
もちろん刀身を鞘ごと体で隠すことで相手に間合いを読み間違えるよう誘導する攻めの側面もあると言えばあるが、鞘から抜くタイムロスを発生させてまでやる価値があるか疑問だし、俺が相手をしているのは全長15mの巨大な魔物。
ヤツにとっては爪楊枝程の長さもない刀に間合いなど大して意味を成さない。
俺自身の目的は護身ではなく殺害。
本来とは真逆の理論による居合いで――――斬る。
領主のこだわりだったんだろうが職人はいい仕事をしてくれたものだ。
魔力伝導性の高い霊木の鞘に、アダマンタインの刃。
鋼でも魔剣の行使は可能だが、アダマンタインはとりわけ魔剣と相性がいい。
通常は魔力に対して絶縁体の金属だが、過度の魔力あてられると遠ざけようとする反発力を示す。
不導体であることを頑なに維持しようとするために。
この特性にこそ俺の求める剣があった。
雷撃魔法のエンチャントを鞘から刀身の根元まで施していく。
正常なエンチャントではまず行わない過剰な魔力を流し込んで。
適切な魔力運用がされない魔法は暴発のリスクを伴うのは過去に説明した通り。
だが、この剣技は意図的に失敗前提の魔法を『正気』で実行しなければならない。
魔法の原則を踏みにじって。
アダマンタインの刃が魔力に反発しようと鞘を揺らした。
雷撃を纏った鞘からの電流により電磁誘導で刀身が震える。
幽獄の牢を破ろうとする悪鬼の凶刃を膂力で抑え、暴発寸前のエンチャントを結界魔法で無理矢理に封じ込める。
極小の結界内に押し込められた電流が飽和して放電現象を起こした。
それはまるで雷の鱗でできた毒蛇が絡みついているかのよう。
「やんちゃなやつだな。もう少し待ってろ。すぐに外に出してやるから」
制御を誤れば術者の命を喰らう魔力の奔流。
鞘を発射台に見立てた魔性のレールガン。
かつて栄華を極めた魔人族の剣士の狂気の片鱗が現代に甦る。
魔剣発動の術式の過程でサイクロンマンティスが獲物を追う猛禽のごとき急降下で接近する。
一度俺とのぶつかり合いに勝利しているためか、勢いは最初のものとは比べ物にならないほど鋭利。
研ぎ澄まされた感覚が敵の動きを静止画のように捕捉する。
初めて戦闘する魔物の決死の特攻だというに驚くほど心は穏やかだった。
当然か、後はイメージ通りに抜刀すればよいだけなのだから。
35年も剣を振ってきて緊張などするはずもない。
静かに、魔力の足場にじりじりと力を溜める。
静止画の中の蟷螂に死を夢想する。
パラパラと本の中から目当てのページを探し出す時のように。
彼我の距離と角度、速度、光速で移り変わる那由多の一コマの中から必殺の刹那を見出だす。
「魔剣――――雷桜」
雷光一閃。
剛の鎌が裂ける。
魔剣が蟷螂の体内を滑る。千切る。断裂する。
血と内臓が蒼穹を彩って咲ける。
開花は一瞬。
臟腑を赤熱した黒剣が灼きつくす。
血液が一滴残らず沸騰して暗い煙が立ち上る。
長大な翠の腹をすり抜けて切断面から炭化した肉が開帳される。
堅い炭となった中身は溢れることはない。
灰の雪をわずかに降らせるだけ。
空の暴君は飛行魔法の発動に必要な命の燃料を燃焼させられて墜落していった。
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刀に名前をつける気になったようです。
補足としてアダマンタインは電流に対しては導体。
直接雷をエンチャントできませんがエンチャントされた鞘からの電流は流れます。
E 無銘の太刀→雷切
E 無銘の脇差→千鳥
E 魔法学院のジャケット
E 魔法学院のブラウス
E 魔法学院のスカート
E 魔法学院のスパッツ
E 白金糸のパンツ(童貞を殺すパンツ)
E人面水牛の皮靴
アレンジを加えようと苦心したものの電磁抜刀“禍”(レールガン マガツ)ほとんどそのまま……




