27話 三竦み 前編
対峙するサイクロンマンティスとクロスアントリオン。
2体はそれぞれの生存の未来を賭けて激闘の最中にある。
サイクロンマンティス、体長15mに達する巨大蟷螂が先に動いた。
鎌から放たれる風の刃。
それをクロスアントリオンの天然の爆発反応装甲がほぼ無傷にまで抑える。
リアクティブアーマーとは2枚の装甲の間に爆発物を仕込んだ装甲のことで、攻撃を受けた際に間の爆発物を反応させることで装甲を浮き上がらせて衝撃を殺すことを目的としたものである。
クロスアントリオンの場合は食料から得られた可燃性の液体を自身の体内で爆発物に加工して甲殻に補給している。
これまでにたらふくエサを喰らった後なので、甲殻の再生も、リアクティブアーマーの性能も問題なかった。
かといって無駄なダメージを放置する必要はない。
クロスアントリオンは風の刃を受けながらも地属性魔法で土を砂に変え、地中に潜ることで完全に回避する。
風は大地を抉り続けるが既にアリジゴクの姿は無い。
姿を消した怨敵を警戒するサイクロンマンティス。
すぐさま足元の土が砂と化して崩れ始め、4枚の顎門が牙を剝いた。
クロスされた刃を蟷螂は風の鎧で勢いを弱めつつ羽ばたきと飛行魔法で逃れる。
再び地中に潜り隙を窺うアリジゴク。
互いに己の必殺の凶器を急所に食い込ませようと一進一退の攻防が続く。
何者も彼らの間に割って入ることはできない。
首を突っ込んだ命知らずのファイヤーアントの群れは2体の刃によって残らず解体された。
邪魔者はいない。
後は眼前の好敵手に集中力の全てを注ぐところであったのだが、伯仲していた均衡を破る新たな闖入者が斬り込んだ。
2体が互いの急所を狙って交錯しようとする瞬間、大剣の切っ先が轟音を伴って蟷螂の腹を風の鎧ごと斬り裂き、返す刀でアリジゴクの喉元に裂傷を作る。
傷は浅かったがこの戦いで初めて流血したことに驚愕する。
戦場に残っているのは逃げまどうファイヤーアントと迎撃にあたっていた人間だけだったはずだ。
一体何者が?
剣閃の通過した先を複眼で追跡する。
現れたのは緋色の衣に身を包んだ銀髪の人間。
己の爪先程しかない小さな姿だが、臓腑がざわめいて本能が警鐘を鳴らす。
ここは尻尾を巻いて逃げ出すべきだと。
路傍の石ころ程度にすぎない雑魚に傷を負わされた事実だけではない、この人間からは生物としてどこか異質なものを感じるのだ。
こいつはヒトの皮を被った何かだ。
生存本能が恐怖を訴える。
祖先から受け継いだあらゆる強敵の記憶が詰まったDNAが。
だが、食物連鎖の頂点に君臨し続けたことで昆虫からかけ離れて肥大したプライドが邪魔をする。
この人間が一生で最大最悪の脅威だと仮定し、勝負を捨てて逃げるとする。
それで生き延びたとして食料にすらならない子虫以下の存在である人間に敗北感を抱いたまま残りの生を送って我慢できるのかと。
許容できるわけがない。
理解不能で非効率なルールで自らを縛りつけて生きる下等生物と違って自分は自由だ。
今後も誰にも憚ることなくこの世界に君臨し続けるつもりである。
その自分がまたいずれ現れであろう生命を脅かす外敵にいつまでも怯え、逃げ回って暮らすことができるか?
否、断じて否、上位種の魔物がげっ歯類同然の生き方などできるものか。
ならばどうするか?
煩悶を片付ける手段は非常に簡単だ。
この場の敵を一匹残らず皆殺しにして勝者になればよい。
2体はそう結論づけた。
しかし、下手に動けない状況になった。
三竦みというのは厄介だ。
まず自身も含めどちらかが1匹を攻撃すれば、一時的な共闘もあり得るし、攻撃中に手の空いた一匹に無防備な姿を晒すことになる。
先に動いた者が著しく不利になるのだ。
相手の出方を観察し隙を窺うのが最もベターな選択肢と言える。
ただ、膠着状態が続くのも好ましくない。
生死を賭けた状況の中、緊張を維持し続けるというのは想像以上に精神力を消耗する。
わずかでも気を緩めた瞬間2匹は嬉々として自身を八つ裂きにしようとするだろう。
よってサイクロンマンティスは風の鎧を強化して距離をとって空に待機し、クロスアントリオンは地中に潜ることで漁夫の利を得るのが最適解だと判断した。
―――
なんだよさっきまで派手に喧嘩おっ始めてたってのに乱入してやったらやけに慎重になったな。
戦意を喪失したというよりもいかに他人に貧乏くじ引かせるか企んでる感じだ。
これはあれだな。
文化祭の実行委員を決めるときに希望者ゼロで誰も手を上げない状況に似てるな。
待ちに徹して知らん顔してればいずれ問題が解決すると思ってるやつだ。
まったく、遅延行為はあらゆる勝負事でマナー違反、ルール違反だってことを知らねえのかよ。
中学2年の時の文化祭の実行委員だって結局は立候補してくれるクラスメイトがいたぜ。
小原クンと関川クンだったかな?
すっげぇ仲のいい可愛い系美少年とスポーツ万能イケメンの2人で、一部の女子の間では話題の中心だったわ。
元気でやってるかなあの2人。俺が異世界で冒険者で女学生やっていると知ったらおったまげるだろうな、
いけね、脱線した。
とにかくあいつらを見習え。
守ったら負けるぞ、攻めろ。
勝負の大原則は先手必勝。
だったら俺から行かせてもらう。
「どちらにしようかな?」
少し考えて決めた。
隠れてこそこそしている姑息な奴から狩ろう。
クロスアントリオンのような隠密性に長けた魔物に奇襲されたり逃げられたりするのは面倒だからな。
地中に潜む敵を如何にして土俵に上げるか?
蝶……、超簡単。
地面ごと高火力の魔法でぶっ飛ばす。
スマートじゃないが元々脳筋の戦士の俺に高度な工夫を求めないでいただきたい。
ゲームでも初見のボス戦は1ターン目は開幕ぶっぱ。
場合によってはバフデバフよりも耐性を見極めていくのが俺のスタイル。
空間把握の魔法によるとクロスアントリオンはちょうど俺の真下に位置している。
流砂を起こす魔法を停止させてこちらに気取られないようにしているな。
俺かサイクロンマンティスが動いたらハイエナ行為する気満々だ。
その魂胆が透けて見える。
実にくだらない野郎だ。
極大爆裂魔法で死ぬがよい。
MPさえ足りていれば就職面接でも大活躍間違いなしのあれだ。
イ○ナズンである。
今はさらにグレードアップしたイ○グランデがあるんだっけ?
魔法も日進月歩しているな。
俺も進歩しているよ。
最近は魔法を実際に使って練習せずともイメージトレーニングだけで使えるようになったのだ。
大分この体に馴染んできたと思う。
「えー、一応相談しておく。クロスアントリオンくん大人しく出てきなさい。当方には決闘に応じる用意がある。上の蟷螂くんだってきっとそう思ってるって。な、俺達友達だろ?一生のお願いだからさ。それぐらいいいじゃん。
もし出てこなかったら、生きたまま解体の刑にしちゃうぞ♪」
「…………」
だめかー、言語理解のスキル効果範囲が人語だけだからなー仕方ないよなー
ギルガルドの国土交通省?の皆様、申し訳ありませんがこちらの地形、変えさせていただきたいと存じます。
人的被害についてはご安心ください。効果範囲を限定する結界の準備がございます。
じゃあ、いっちょ犯ってみるか。極大爆裂魔法。
「くらえ!イオ……じゃなかった!フレアインパクトォ!!」
疑似的な核融合を起こす魔力の結晶を地面に叩きつけ、効果範囲から飛んで離れる。
結晶はしばし制止した後、爆縮して閃光を撒き散らし、熱線で大気を、大地を焼いた。
爆風が結界内の無機物有機物問わず一切合財を粉砕する。
範囲外にいたはずのサイクロンマンティスが爆風にあおられて体勢を崩した。
「ペンペン草も生えないとはこういうことなんだな。反省」
爆心地を覗きこむと半径およそ100mの巨大なクレーターとなっていた。
クロスアントリオンの姿は……ある。
クレーターの中心で身を縮こまらせて生きていた。
甲殻の大半が吹き飛び背中の肉が裂け、内臓が露出しているが間違いなく生きている。
幾重にも重ねられた玉葱のような装甲がギリギリのところで彼の命を繋いだのだ。
そして耐久性だけでなく、回復力にも優れるようだ。
傷が塞がり始め、甲殻が再び盛り上がっていく。
しかし、回復の時間を見逃してくれるほど俺もサイクロンマンティスもお人好しではない。
止めを刺すため中心部に下降していく。
俺はクレイモアを、サイクロンマンティスはご自慢の鎌を振り上げる。
が、鎌はクロスアントリオンではなく、俺に向かって降ろされた。
「お前らでかい図体してるくせに揃いも揃って卑怯な奴らだな!」
なんとなく展開が読めていたので鎌をクレイモアで受ける。
大剣と鎌は激しい衝突で火花を散らした。
膂力で拮抗されると思っていなかったサイクロンマンティスがたたらを踏む。
その瞬間を好機と判断した俺は身体強化のブーストを加速。
そのまま押し込んでやろうとその時、25年使い続けた愛剣が真ん中から真っ二つに折れた。
気難し屋のドワーフの名工を説き伏せて、オーダーメイドで打ってもらったクレイモア。
鋼とミスリルの合金製。味方の魔術師の属性エンチャントとの相性が良く、大型の魔物に長らく活躍してきた逸品。
10年のローンを組んで5000万Gで購入した。
王国の都心の一等地に家が1軒建つ値段なんだぞ!!!!
「おま!?これ高かったんだぞ!絶対に許さねえ!絶対にだ!絶許っ!!
ボルドウィンの爺さんにどやされるじゃねえか!!」
クレイモアの柄をアイテムボックスに収納、太刀と脇差を抜いて構える。
サイクロンマンティスもまた人間のちんけな武器なぞいくらでもへし折ってやると言うかの如くもう片方の鎌を振り被った。
しかし、巨大蟷螂はそこで油断を突かれることになる。
クロスアントリオンが全身から血液を噴出しながら跳びかかり、4本の牙で食らいついたのだ。
サイクロンマンティスの右脚が切断力に乏しいはずのノコギリのような刃に何の抵抗もなく切断される。
刃が振動している様子から見ると高周波ブレードか。
なるほど、一撃必殺の可能性があるなら無理をしてでも突貫するわけだ。
クロスアントリオンは激痛を堪えながらもバランスを崩した蟷螂の腹を狙う。
黙って殺られるサイクロンマンティスではない。
死に損ないから不意打ちをもらったことで激昂し、無慈悲な死神の鎌の切っ先を露出している内臓に食い込ませ、風の刃を体内で走らせた。
極めて堅牢な外殻とは違い、柔らかい内臓をズタズタに引き裂かれてクロスアントリオンはバトルロイヤルから退場した。
しかし、最後に好敵手の腹を牙で抉って。




