26話 四つ巴
「アリだーーーーーーー!!!!!!!」
ギルド内に満身創痍になった冒険者の叫び声が轟く。
皮鎧のあちこちが浮浪者の方がまだまともな物を着ていると言えるほどズタボロになっており、焼け焦げていた。
ギルド内にいる全員が突然の大声に何事かと注目する。
「アリだ!!北部の荒野にファイヤーアントが連隊規模で出てきやがった!
それだけじゃない、クロスアントリオンとサイクロンマンティスが戦っていやがる!!
頼む、助けてくれ!まだ仲間たちが現場に取り残されているんだ!
奴等戦場をどんどん広げてる!都市まで流れ込むのも時間の問題だ!騎士団が駆けつけてはいるがもたないかもしれない!」
冒険者の言葉に呼応するかのようにギルドの支部長が奥から出てきて声を張り上げた。
「いましがた騎士団から通信が入った!大規模生物災害だ。この場にいるCランクの冒険者は北の城門の防衛へ、Bランク以上の冒険者は前線での討伐にあたってもらいたい!
Dランク以下の冒険者は市民の避難誘導にあたってくれ!」
矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。
ファイヤーアントはCランクの冒険者の討伐対象で1mほどの体長の蟻である。岩をも噛み砕く強靭な顎とその名の由来となる、体内で精製した可燃性の液体を用いた火炎放射が脅威の昆虫型モンスターだ。
基本的には引きこもりで、地中の魔石を餌とし、巣を開拓するのに熱心な魔物だ。
愚直なまでの勤勉さが仇となり個体数が最大に達すると無謀な巣の拡張でうっかり崩落させてほぼ全滅、死骸はやがて魔石となり、大人の甲殻よりも硬い卵殻によって生き残っていた子供達の餌になり、巣が作られるのが繰り返されるという、独特な生態をしている。
無限ループって怖くね?
なんてことを教えてくれる魔物だ。
普段俺たちが戦うファイヤーアントはどの蟻の社会にも存在する働かないで家を追い出されたニートである。
勘当ニートのファイヤーアントはぼっちなので冒険者にとってはカモである。単体では正面からの火に気をつけて側面に回り込めば安全なので討伐は簡単だからだ。
素材も使い道が多く、代表的なものでは魔力を投入すると可燃性の液体に変換する臓器が人気で、これを用いたアーティファクトは生活から戦闘にいたるまで幅広い分野で活躍している。
需要が絶えず発生しているため、稼ぎの効率の良いボーナスモンスターの位置付けだが、巣で働いているワーカーホリックどもは違う。
皆獰猛で統率のとれた動きを誇る。
外敵が巣に侵入しようものなら整然と隊列を組んで敵が炭屑になるまで火炎の集中砲火を浴びせる情け容赦のない集団と化すのだ。
単体ではCランクの魔物ではあるが、分隊ではBランク、小隊クラスになるとAランクとなる。
防衛とはいえCランクの冒険者をチームワークの成立しているファイヤーアントの前に出すなぞ自殺を強要しているのと同じことだ。
支部長の出した指示はもはや戦略とは呼べない。
この場の冒険者を使い捨ての肉の壁と見なした言葉だった。
それを察してやってられるかと怒声を上げる者達、黙ってギルドから逃げ出す者まで出始めた。
クロスアントリオンとサイクロンマンティスがファイヤーアント以上にヤバいからである。
一匹ずつしか出現していないが、単体でAランクの化け物だ。
俺はこいつらを見たことはあるが戦ったことはない。
単純に実力が及ばないことをわきまえていたからだ。
クロスアントリオン、恐らくこいつがファイヤーアントを巣から追い出した張本人だろう。
体長15mに達する4枚のノコギリのような鋭利な牙をもつ蟻地獄の魔物である。
いかにファイヤーアントといえど足元に火を吐くのは自身に危害が及ぶ上、砂を盾にされては効果が薄い。
攻撃を行う前に流砂に脚をとられ、4枚の刃にバラバラにされ、足の一本も残さず食べられてしまう。
ファイヤーアントにとって正しく天敵なのである。
サイクロンマンティスは、すまん、こいつは情報が殆どない。飛んでいるのを一瞬見たことがあるだけだ。
常時風魔法を発動していて攻撃にも防御にも用いるという話を酒の肴に聞いた程度。
持ち前の風の鎧で火に強く、ワイバーンもこいつの前では単なるご馳走にすぎないのだとか。
体長はクロスアントリオンと同じぐらい。
俺なりに推測するならばファイヤーアントはこの二大昆虫怪獣の決闘に巻き込まれたのだ。
クロスアントリオンがサイクロンマンティスに負わされた傷を癒すため餌の宝庫であるファイヤーアントの巣を襲ったのならばこの状況に納得がいく。
まあ、原因はともかくとして奴等を放置して街の中で暴れさせでもしたら250万Gも費やした寝床がパーだ。
断じて許すわけにはいかなかった。
それに初めてAランクの昆虫型の魔物と戦えるのだ。
報酬や素材はもちろん、冒険者として純粋に強敵と戦えることに心が踊った。
「姉ちゃん、俺を討伐隊に入れてくれ。
俺はCランクだが、前線の出撃を自分から志願するのはどうなんだ?」
「支部長!」
受付嬢は想定外の質問に自身の裁量を越えていると判断したようだ。
上司の顔色を窺う。
「逃亡した者よりはマシだ。許可する」
最初の指示からして無理を言っている自覚はあるのだろう。
顔面いっぱいに苦渋をにじませて答えた。
クエストを受注した俺は竜舎に預けていたコマちゃんを拾って戦場に赴いた。
――――
荒野は想像以上に大混戦の様相を呈していた。
激闘を繰り広げるサイクロンマンティスとクロスアントリオン。
その両者に果敢に脇から攻撃しては双方の鎌と牙に切り刻まれる抗戦組のファイヤーアント。
一方で冒険者と騎士団はというと新天地を目指して都市を抜けようとするファイヤーアントの別動隊と白兵戦の真っ只中だった。
学院の教師陣らしき者達も混じっていて、各々が得意とする魔法で進軍を食い止めていた。
魔法による広範囲かつ遠距離からの攻撃が数では劣っていながらも生存できている要因だろう。
その手の魔法は消費が大きい上連発が難しいため、いずれじり貧になってしまうだろうが。
ファイヤーアントの群れを接近戦のみで倒すのは極めて難しい。
隙間のない炎による面制圧で近づくこともままならないからだ。
一般的な戦士が剣や槍で対抗するには炎に強い素材の鎧を着るかエンチャントで耐性を付与するぐらいしかない。
そのため魔術師から火耐性エンチャントを受けた高ランクの冒険者と上級騎士が接近戦に臨み、それ以外の者が弓で援護する戦術を展開していた。
出来合いのチームとはいえうまく役割分担をこなしている。
だが、人間側が600人程度に対して蟻はその5倍以上の規模だ。
段々と圧されて後退しているのが分かる。
増援が来ることが分かっているとはいえ、気を抜けば一息に押し潰されてしまうだろう。
まずは彼らに加勢して都市に安全をもたらすのが先だな。
手数に長けた武器と魔法で一気に仕留める。
貴重な資源であるファイヤーアントの死体も回収できればなおよし。
アイテムボックスから二挺のクロスボウを取り出す。
本日武器屋で購入した品である。
一挺に三本の弓と弦の張られた構造、上部にマガジンが取り付けられており、撃鉄と引き金がついている。
撃鉄を起こすことで専用の矢であるボルトが3本、各弓に装填され、弦を張ることができ、引き金を引くことで一度に3本のボルトを発射するクロスボウだ。
ちなみにこの擬似3点バーストからセミオートへの切り替えがシングルアクションで可能である。
中国の連射式クロスボウ、連弩に一手間加えた感じだろうか。
さて、クロスボウという武器。
この世界では有効な敵を選ばないと産業廃棄物、略して産廃と化す。
硬い鱗や甲殻に覆われた矢の通りにくい魔物がごろごろいるのと、それらの魔物の装甲を破壊する上では魔力による身体強化と筋力のステータスにものを言わせた近接攻撃の方が威力が出るからである。
弓ならば使い手次第で高い攻撃力を引き出せるが、クロスボウは誰が使っても威力が均一のため、全く効き目のない相手にはどう足掻いても使いようのない武器となってしまう。
弓よりも当てやすいことを生かして急所を狙ったり、飛行する魔物の翼を攻撃するための武器として運用せざるを得ない。
さらにクロスボウを使用する上で頭が痛いのが経費だ。
矢とて消耗品である。矢を大盤振る舞いして獲物に逃げられてしまったら赤字が確定してしまう。
そんなわけで牽制程度の価値でしか認められておらず、生産性も悪いので流通量は少ない。
扱いの習熟に長い訓練を必要とするが生産の容易な弓の方がクラスを問わずシェアの大半を占めている。
単発式に切り替え可能とはいえ三本同時発射などという使い手の財布に喧嘩を売ってるとしか思えない機能をもつこのクロスボウを開発した職人は相当に酔狂な人物だろう。
マガジンからボルトを装填する特性故、ジャムを起こさないよう複雑な機構を施してあるので簡単に壊れたりしないよう、鋼のフレームが採用され、細かな部品にアダマンタインが使用されている。
そのため牽制用の武器の癖に剣や斧より遥かに重い。
もはやこれで矢を射つよりクロスボウそのもので殴った方が強くね?と言える代物になっている。
二挺も作ってしまうあたり気に入っていたのは分かるのだが。
これを作った職人はよっぽどハッピートリガーに夢を見ていたに違いない。
叶えてやるよ、その夢。
コマちゃんを蟻の軍勢に突貫させつつ、5つの光弾を絶え間なく召喚し追撃する魔法、『女神の猟犬』を起動する。
同時に魔力で形作られた半透明の銀のボルトをマガジン内に召喚。
ファイヤーアントに対して特に有効な属性はないため、魔力のボルトは無属性のものだ。
ちなみに『魔法の矢』自体は別段珍しいものではない。
弓術士の派生上位クラス、マジックアーチャーが得意としている代表的な魔法だ。
弓と魔法、両方に適性のあるエルフに使い手が多いな。
この魔法のメリットは魔力を消費する代わりに、矢筒のデッドウエイトを無くし、素質と努力次第だが各属性の矢で攻撃できるため、敵に合わせて柔軟な対応ができることにある。
魔力次第で矢そのものの威力を向上させられるため攻撃力が不足しがちなクロスボウにとってはありがたい存在だ。
とりわけ魔力に優れた魔人の俺がそれを生かさない手はない。
魔法と矢の射程圏内に入る前に左右の親指でクロスボウの撃鉄を起こす。
一匹に一本、確実に急所を射ぬく、よって発射はセミオートで。
「敵はたかだか数が多いだけの蟻ん子だ。ビビんなよ!」
「ギャア!!」
コマちゃんが速度を上げ、有効射程距離に入る。
ファイヤーアントが牙をガチガチと鳴らした。
火炎放射は範囲に優れるが射程は短い。
単なる威嚇だ。
先手はこちらがいただいていく!
展開していた光弾が発射されるのと同時に両手の引き金を引いた。
瞬く間の内に11体のファイヤーアントの朱色の甲殻に守られた頭蓋が砕かれ、青い血を流す。
否、魔力のボルトにとって蟻の頭は脆すぎた。
貫通して後続の仲間に食らいついた。
攻撃は最大の防御が座右の銘の密集している蟻たちに避ける術はない。
自ら当たりに行っているとしか思えない気安さで命を落としていく。
空から見れば長方形の絨毯のど真ん中に楔形の裂け目が入ったように見えるだろう。
破れた穴を補修しようと集まり、仲間の死骸を踏み越えて進んだ。
最前線で生き延びたファイヤーアントが俺達を追い立て、囲もうとするが引きこもりの足で地上での走りに特化したロードバジリスクに勝てる道理はない。
容易く抜けられてしまう。
見え透いた作戦だ。
密集することが俺に対してどれ程危険なことか未だに飲み込めていないらしい。
数にものを言わせた戦術に慣れすぎて思考放棄したか。
ならばその慢心あの世で後悔させてやるのが親切というものだろう。
魔力強化された五感が、空間把握の魔法が無数のファイヤーアントの急所を正確に捕捉する。その時点で彼らにとっては死神の鎌を首筋に当てられたに等しい。
蟻達が選択すべきは脇目もふらず散り散りになって逃げることだった。
あるいは荒野の岩影や起伏に身を寄せるのが正しかったのかもしれない。
これから起こる惨劇に逃げ場が存在するか怪しいところだったが。
銃把を握り直し、身体強化のランクを上昇させる。
溢れた魔力が砂嵐を起こして周辺を覆いつくした。
お互いの姿が砂埃に隠れた刹那、暴風のごとき風切り音が周辺の音を消しとばす。
砂のカーテンから出現したのは視界を埋め尽くす無数のボルト。
ファイヤーアントの複眼が最後に映すのは既に己の体に到達した銀の凶器。
着弾したボルトが、矢とは思えぬ爆裂音を轟かせる。
魔力のボルトが効果時間に達してその形を失う前に破裂して獲物の中身をシェイクさせたためだ。
ロードバジリスクを縦横無尽に走らせ、自身を装填と射撃を繰り返すのみの1個の機械と為す。
撃鉄を起こしては3回引き金を引く。
それだけの動作を最速という至上命題のために突き詰めて突き詰めて突き詰めて、もはや前後に発射されたボルトが同一タイミングで射たれたとしか思えない速度で連射する。
人力でフルオートのマシンガンやアサルトライフルの域に到達を試みる。
体感にして毎秒120発のボルトが空を切り裂いて飛び、戦場の命あるもの全てをことごとく喰らい尽くし、錆びた銅色の荒野を青い絵の具で染めたような湖に変えて塗り潰す。
眉間を、複眼を、口腔を、ボルトが命中した箇所は多少のばらつきはあるものの例外なく脳髄を破壊して生命活動を停止させた。
掃射からものの10秒で3分の1が息絶え、離れた場所で戦闘している冒険者と騎士団、学院の魔術師の混成チームが瞠目する。
20秒で3分の2が死滅。
5秒後、酷使に耐えかねたクロスボウの弦が摩擦と熱による高温によって断線した。
クロスボウのフレームの各所から煙が上がる。
暴虐の限りをつくした死の嵐はあっけない程の短い時間で止んだ。
荒野に一時の静寂がもたらされた。
ーー
全滅させるまでにはいかなかったが、数の有利を失い烏合の衆と化したファイヤーアントなど前線にいるチームの敵ではない。
十八番である包囲の戦術を人間側から仕掛けられ、狩り尽くされた。
討伐数計測アーティファクトを確認すると俺が仕留めたのは2965匹をカウントしている。
ファイヤーアントの討伐単価は6000G。
計1779万Gか……ギルドに支払い能力あんのかね?
もし支払いを渋られたら受付嬢のおっぱいと引き換えにさせてもらおう。
1日揉み放題10万Gのご奉仕メイドとして寮で飼育するのだ。
懲役およそ6ヶ月で借金がチャラですぜ。
たった一人の人身御供で済む。
いい話でやんしょ?
ゲッヘッヘ……。
愉しい想像に夢が膨らむ。
チートってやっぱり自分の欲望のために使わんとな?
ついでに人から感謝されるならそれも良し。
偽善大いに結構。
おっと、いけねえや。
今は仕事中。
アフターファイブを謳歌するのは精算を済ませてから。
「コマちゃん、竜舎に帰っててくれ、さすがにあの2体の化け物からお前を守れるか分からん」
俺はさらにギルドに借金を重ねてやるため、激闘を繰り広げる怪獣昆虫2体の間に飛び込んだ。
クロスボウのイメージはアヴェリンでございます。
ご存知ない方は画像検索していただければ。
ゲール爺の連射クロスボウを産廃にしたの許すまじ……




