23話 ガール(?)ミーツボーイ その1
前話にミスがありました。
属性魔法科→精霊科に直しました。
申し訳ございませんでした。
「ぎにゃあああああ!!!!!」
俺の発動した風属性上位魔法、ツインツイスターによって男性ダークエルフ試験官(バツイチ、子供の養育費を巡って元妻と係争中)が野太い悲鳴を上げて空高く打ち上げられる。
現在俺はラメイソン魔法学院の入学試験最後に課せられた実技の真っ最中だ。
内容はシンプルで受験生が最も自信を持っている魔法を試験官に披露するというもの。
属性魔法でありさえすれば攻撃魔法である必要はない。
グリーンウッドの浴場で働く火炎魔法の使い手のように火を一定の温度で長時間維持するというような集中力と精密さを売りにする魔法でアピールしても良いし、水流を自在に操作して衣類を洗う人間洗濯機なんてことをやっても良い。
力だけではなくて他にはない独創性があれば評価対象となるのだ。
学院のかがげる至上命題、世界で通用する魔術師を育成する。
それは何も戦闘だけでなく、生活を豊かにする魔術師でもいいのである。
俺?
冒険者は暴力で商売してナンボだろ?
クレバーな生き方なんて期待すんなって。
よって商売道具である攻撃魔法の品質を見てもらうことにした。
攻撃魔法を披露する際は試験官が障壁魔法で防御しながらこちらの採点を行う仕組みとなっている。
一歩間違えれば惨事になると思うが、未熟者の魔法程度では傷一負うことはないという自信があるのだろう。
散々警告をしたのだが、油断しきっていた試験官は俺の魔法によって守りを容易く砕かれ、空の旅をしていらっしゃるという状況なのである。
ツインツイスターの効果時間が終了して落下を始めた試験官はすんでのところで障壁魔法を張り直し、地面と衝突する難を逃れた。
暴風による回転で目を回していた試験官は、たっぷり時間をかけて息を整えると威厳を繕うためふんぞり返って告げた。
「威力、規模どちらも申し分のない風魔法だった。
合格だ。試験は以上となる。学院へようこそ新たな探究者よ。貴殿に魔術の神リュケイオンの加護があらんことを」
初めての受験は拍子抜けするほど簡単に終わった。時間ばかりかかっただけだ。
そうそう、前半に筆記試験あったけどさ、魔人化した際に与えられた魔法知識でカンニングしたからね。余裕だったよ。
というわけで明日から俺は晴れて学院生。
入学手続きを終えたら寮暮らしとなる。
寮は2人一部屋の相部屋になるので今日はちょっといい宿に泊まって一人寝を満喫するか。
学区を出た俺は商業区の方へ歩き始めた。
―――のだが、近道するため狭い路地に入ると、道の前後をごろつきの見本みたいな集団に挟まれた。
領主の手腕で治安が良すぎる地方都市グリーンウッド違い、ここは首都の近い大都会だ。
警備の人員不足と腐敗は起こり得ることだろうし、この手の反社会的な輩が各所でたむろするのは当然のことであると言えた。
「へっへっへ、お嬢ちゃんまずいところで道に迷ったみてえだな。
ここはオレ達のシマであり家なんだ。
都会じゃ余所様の家に無断で入るのはマナー違反って知ってるよな?
警吏に突き出されても文句は言えねえ。そこらのガキでも知ってるルールだ。
別にお嬢ちゃんを責めているわけじゃねえ。
人間誰しも間違えることはあらぁな。
田舎から来たよそ者なら尚更仕方ねえってもんだ。
おじさん達は寛大だからな、迷惑をかけたお詫びに通行料を払えば許してやるぜ。
良心的だろ?
ただよう、おじさん達は今ちょおおっとお金持ちでな。
多少のGなんぞいらないのさ。
だが、お嬢ちゃんは幸運だ。
この世に2人といねぇ別嬪だからなぁ。
100万G以上の価値がある。
体で払ってくれりゃ大満足だ。
なに、おじさん達も鬼じゃねぇ、その小さな手とお口で今後も癒してくれたらいつでもタダで通してやるぜぇ」
リーダー格の男の言葉に、他の男達が下卑た声で笑う。
典型的なヒロインイベントに自分が遭遇するとは思わず、俺の方は苦笑いだ。
んでこういう時は主役が颯爽と現れてごろつきを蹴散らすか、
将来有望そうな少年がヒロインの手を引いて街中を走らされるんですね。
あるある。
それなら台本どこだ?台本ー!
蹴散らすか、撒くかどっちがいいんだー?
「そこまでにしたまえ。
大の男がよってたかっていたいけな少女を取り囲むなんて感心しないね」
って出てきたよ主人公!
ご都合主義にも程があるだろ!!
現れたのはマジモンのイケメンだった。
仕立ての良いフロック・コートを着たスマートな長身の白皙の美少年。
俺とは色合いの異なる灰の強い銀髪に、すっきりと整いすぎるぐらいに整った甘い中性的なルックス。
紅玉のように真っ赤な瞳。
男性と断言できるのは顔と体つきに丸みがなくシャープに引き締まっているからだ。
口を開いた時に見せる美しい歯並びから覗く尖った犬歯が印象的である。
以上の情報を統合して判断するに彼の種族はヴァンパイアで間違いないだろう。
あまりにベストなタイミングで現れた貴公子然とした少年に一同は目を丸くする。
が、数の利に物を言わせて少年を威圧し始めた。
「おうおう、ヴァンパイアの貴族の坊っちゃんがいい度胸じゃねえか。
ちょっとつええからといって調子に乗っちゃいねえかい?
知ってるぜお前達はお天道様が昇ってる内は常人と同じぐらいしか力が出せねえんだってな?
それと人を誘惑する魔眼ってのも男同士、女同士じゃ効かねえんだろ?
なら勝ち目はねえよ。
詰んじまったなあ?ええ?
たかだか女一人のためにつまらねえ意地張ったばかりに痛い目にあうなんてよ。
悪いことは言わねえ、今すぐ金目の物を置いていきゃあ見逃してやるよ」
時刻は間もなく夕刻だが、日が沈むまでには大分余裕がある。
時間稼ぎをする暇をごろつき達が与えてくれるとも思えない。
「ふむ。
確かに魔眼は同性には効かないけどね。
けれど全力出せないというのは間違っているよ。
太陽があろうとなかろうとボクには関係ない。
なぜならボクはデイウォーカーなのだから」
男達が若干怯む。
「もうひとつ言わせてもらえば女の子には優しくがボクのモットーなんだ。これだけは譲るつもりはないよ。許しを請い、立ち去るのは君達の方だ」
少年はどこかで聞いたような信条を語った。
「チッ、後悔すんぞ!やっちまえ!野郎共!」
リーダー格の男が号令を下す。
俺の前後にいた男達が少年に殺到した。
狭い路地でありながら掴みかかる男達の手を、短刀を少年は貴人の舞踏会のごとき蝶の舞で華麗に回避する。
彼からは手を出さない。
暴漢の存在など意に介さず、ただ見つめるのは俺の姿だ。
ーー視線が合った。
魔力を感じないので、魅了の魔眼の効果は発動していないと思うが、郷愁に似た感情に襲われて胸がざわついた。
一切暴力を行使することなく全ての男をかわした少年は俺の元まで距離を詰める。
「ごめんね。少し手荒になるけどいいかな?」
世の女性の万人がとろけてしまいそうな極上のスマイルを浮かべると、気持ちに生じた違和感に気をとられていた俺を抱き抱えて跳躍した。
建物の屋根まで飛び上がった少年は、そのまま住宅や店舗の屋根を飛び越えて、みるみる路地から遠ざかって行く。
その姿は第三者の目から見たらお姫様を拐った怪盗のように見えることだろう。
ってオイオイ!これお姫様抱っこってやつじゃん!?
顔近っ!顔近いぞ!
わわ!こっち見んなっ!
あと脇!胸ちょっと触ってる!そこ弱いんだからやめろ!
俺の内心を知ってか知らずか、少年は安心させるように微笑む。
悪意0%、善意100%の男女問わず魅了する笑顔だ。
魔眼なんて全く必要のないレベル。
もう降りるまで黙って体を預けるか……
しかし偶然見かけたにしろ何で俺を助けたのかね?
まさかお礼に『穢れなき乙女である貴女の血を』とか言われやしないだろうか?
その発想に至ったがすぐに打ち消す。
吸血鬼という種族は、創作では人類と敵対するものが大半なのだが、こちらの世界では確たる地盤を築いて、市民権を得ている種族だ。
彼らは人の社会に溶け込んで生きている以上、人間から血を奪ったりはしない。
創作では人間の血しか受け入れないものばかりだが、この世界の吸血鬼は魔物や動物の血で代用がきく。
さらに通常の人の食事もエネルギーの変換効率が若干悪いものの摂取することが可能らしい。
食事の手段が豊富にあるのに犯罪のリスクを背負う必要がない。
俺の血を欲するのであればとっくに魔眼を使って魅了している。
人の多い広場に向かっていることからしてもこの少年は信用に値すると言えた。




