19話 ○○○○○○より、ずっとはやい!!
エドから200万G。
ポルトガさんから150万G。
(ポルトガさんは食料問屋だが、卸だけでなく小売りもしていたのでついでに食料も購入しておいた。相場よりも大分安く販売してくれるあたり、本当に美少女というのはお得なもんである。
そのせいで奥さんに絞られていたが)
計350万Gを持って街の竜舎へ向かう。
目当ての買い物はロードバジリスクと呼ばれる2足歩行の騎乗用のモンスターである。
地球の恐竜でいうヴェロキラプトルのような外見で、馬よりも少し大きめ。
馬と比較すると大食漢だが、こちらの方が丈夫でスピードもスタミナもあり、勇敢だ。
自動車で例えれば馬が軽でロードバジリスクは普通車みたいなもんだな。
維持費が高く、エサを備蓄できるほどアイテムボックスの容量がなかったので一人旅には無用の代物だったのだが、今回購入を決意した。
ロードバジリスク以外にも選択肢はもちろんあるのだが、様々な理由で不採用となった。
単価の安い普通の馬、手間のかかる調教が施されているため値段は張るが空を飛べるグリフォンやワイバーンなどがいる。
後者の飛べるヤツは数千万単位の額になるのでそもそも買えない。
前者の普通の馬は足を骨折したら、その日の晩飯が桜ロースになってしまうので極力避けたいと思う。
(回復魔法は使えることには使えるが人間以外には効きづらい。)
馬でも魔物の分類に入るユニコーンはハイパワーだし、自然治癒能力も高いし、燃費も良いが却下だ。
ユニコーンとはなんとなくソリが合う気がしない。
仲良くできそうにないヤツとの旅なんぞご免被る。
そんなわけでここはロードバジリスク一択。
価格は一月分のエサ代込で一匹50万G。
ロードバジリスクには申し訳ないが、正直言って俺自身が走った方が早い。
それでも手綱を握ってのんびり景色を眺めながら旅をするのが夢だったのだ。
洋モノオープンワールドのゲームで大枚はたいてアッシー君を手に入れた時のワクワク感を現実でも味わってみたかった。
ロマンのためだけに50万Gもの大金を投じられるあたり、少年の魂がまだまだ現役だと教えてくれる。
昔は老後の不安からケチだったのだが、少女になってからというもの財布の紐が緩みっぱなしである。
さらに出費がかさむのが女という生き物の業。
スカートのままでは騎乗できないため丈夫で肌触りのよさそうな布のズボンも購入してきた。
ぶっちゃけ地味で可愛くない。
良いものをできるだけ安く買う。
冒険者としてこれだけは守っているが、見た目で厳選を始めたら日が暮れてしまうので、品質重視で地味なものを選ばざるを得なかった。
少々納得いかないながらも旅支度は整ったので気を取り直し、いざ騎乗用モンスター選びへ。
この手の商品を購入するのは初めてたが、ある程度目利きはできるという確信があった。
モンスターが優秀かどうかは体つきと目を見れば大体分かる。
実際に戦って厄介そうなヤツを選べばいいのだ。(屠殺者側視点)
性格の良し悪しは撫でたり、話しかけてみたりで反応を確かめていく。
数ある中から候補を絞っていくと、最後に一際筋肉の付き具合が立派で、鱗が黒曜石のように黒光りしている雄のロードバジリスクを発見した。
顔立ちは精悍で引き締まっており、無表情で何を考えているのか分かりにくい爬虫類にしては落ち着いた思慮深い瞳が印象的だ。
一目見ただけでこいつしかありえない。
そう直感した。
俺の見学に付き添っていた竜舎の主人に声をかける。
「親父、こいつを俺にくれ」
「えっ?申し訳ないのですがどのお客さんにもこのバジリスクはおすすめしていないんです。
見栄えがするんで、客寄せ代わりに置いているだけなんですよ。
竜舎にいる時こそ僧侶みたいに穏やかですが、人を乗せるとなると途端に気性が荒くなってしまって。
我こそはと挑戦した腕前自慢の男たちが何人大怪我をしたことか。
悪いことは言いません。他の子にしませんか?」
俺のような華奢な少女が怪我をする様が見るに堪えないのだろう。
本気で心配した口調で諦めるよう促してくる。
だが、俺は意思を曲げる気はない。
「いいや、こいつでなければ何も買わずに帰る。
売ってくれるなら試乗なしで買ってやる。
アンタのいないところなら俺が怪我しようが、こいつが野に逃げようが気にならないだろ?
そうなったとしても俺はアンタを責める気は一切ない。
従魔にだって器量不足の主人を見限る権利があると俺は思っているからな」
「―――」
竜舎の主人は腕を組んで考えに耽り始めた。
厄介者を処分できるという商人としての打算と客の身を案じる人としての良心との間で懊悩しているようだ。
「……分かりました。お譲りしましょう。
ただし、試乗だけは必ずして下さい。
貴女が怪我をしないように調教師も待機させましょう。
と言ってもうちの腕利きの調教師でも手を焼いている子です。
くれぐれもご注意を。
無理そうであれば諦めてもらいますよ」
「無理を言って悪かったな。
早速乗せてくれ」
話がまとまると調教師がやってきて柵を開けた。
寝そべってリラックスしていた様子のバジリスクが気だるげに首をのそりと持ち上げる。
今度の命知らずのチャレンジャーはどこのどいつだと目線を移動させ、俺と目が合うと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
寝たまま立ち上がろうともしない。
『お嬢さん、主人の言う通りだ。そんな細腕で陸地最速の王たるロードバジリスクを御そうなんて片腹痛い。
痛い目を見る前に諦めてさっさとお家に帰りな』
そう言っているように見えた。
完全に無謀な小娘と侮られているようだ。
「テメー、ただ飯ぐらいのニートの分際でいい度胸じゃねえか。
ちょっと他よりかけっこが早いだけで一人前を気取りやがって。
小卒の俺でも働かざるもの食うべからずって格言を知ってるんだぜ。
第一お前らより足の速い種族なんぞこの世にごまんといるわ。
そいつらと勝ち負けを競ったことも無いくせに王とは笑わせる。
引き籠ってて負けを知らないからプライドだけは高いんですねw
分かりますww
あー、残念だなあ。俺ならお前を外に出してやって陸の覇権を握らせてやれるのになあ」
ロードバジリスクは人間の簡単な言葉ならある程度理解するだけの知能がある。
俺の安い挑発が届いたのか怒気を迸らせながらゆっくり体を起こした。
どうせ暇なんだから最初からそうしろっての。面倒くさい。
チンピラの喧嘩前のような演技させないでもらいたいな。
『小娘、吐いた唾は飲みこめんぞ。
後悔しても知らんからな』
そんなニュアンスの視線をよこしてきたバジリスクは肩を怒らせながら調教師の手も借りず、試乗用のコースに向かっていった。
コースに出ると調教師から不服そうに鞍を装備させられる黒いバジリスク。
イライラしているのが素人でも分かるぐらい小刻みに足踏みしている。
調教師は彼の怒りを買って蹴られやしないかと緊張の面持ちで手を動かした。
ーー今さら告白するが、俺は乗馬をしたことが一度もない。
馬とは勝手の違うであろうロードバジリスクに乗ったことも当然ながらない。
馬の乗り方の知識はせいぜい漫画で読んだ程度。
大陸横断レースの漫画だったのだが、
乗馬の腕前というよりは乗り手の超能力で激しく火花を散らすバトルものにシフトしていった漫画だったので参考になるかは怪しかった。
その漫画のように武力でねじ伏せるなんて筋違いの手段でアピールしたところでこいつは納得するまい。
乗り手と走者という土俵に立って初めて互いが認め合う関係が成立するのだ。
俺とヤツの本質は漢。
生きている以上決して引き下がれない勝負があることは重々承知している。
既に啖呵をきってしまったので、俺にできるのは力を尽くすのみ。
それはヤツとて同じ。
真正面から打倒する以外に優劣を、主従を決める手段はない。
「準備できました。お気をつけて」
調教師の言葉に従い、跳躍して鞍に跨り鐙に足を置いた。
その瞬間、俺が手綱を握る前にバジリスクが前傾姿勢をとり、間髪いれずにコースに駆け出した。
調教師が突然の挙動に慌ててコースの端に退避する。
並の人間だったらとっくに振り落とされて首でも折りそうな速度で駆ける。
ったく、男のクセに女の扱いが分かっちゃいない。
こいつ多分童貞だな。童貞。
自分だけ満足することしか考えてやがらねえ。
だから買い手のつかない永久名誉ヒキニートなんだよ。
乗り手に妥協しないところは気に入ったがな。
思った通り走りのセンスは悪くない。
無駄のない洗練されたフォームだ。
騎乗したまま大剣や槍で戦えそうだな。
罵倒と乗り心地の感想を織り交ぜた思考にリソースを割きつつ、素早く手綱を握る。
腕と太ももの両方にガッチリホールドされたことで安定感が増した。
ここまでついてこれた乗り手がいなかったのだろう。
手綱から黒いバジリスクの驚愕が伝わってくる。
乗り手として当たり前のことをされただけで動揺するとは腑抜けてしまっているようだな。
慢心に喝を入れるため、腹を遠慮なく蹴りつける。
「失望したぞ。お前の根性はその程度かよ。
王が聞いて呆れるな。
まだまだ序の口だぞ。
挫折を知らない若者におじさんが世間の厳しさってもんを調教してやんよ」
ビクリと体を震わせた黒いバジリスクが呆けていた表情を引き締め、目前に迫っていた障害物のハードルをギリギリのところで飛び越え、速度を落とさず疾駆した。
プライドは高いが現実を受け入れるだけの精神力は持ち合わせているらしい。
機転を利かせジャンプの際、再び振り落とそうと身をよじってきた。
しかし、それは俺にとっては追い詰められたゴブリンの悪あがき程度のものにすぎない。
太ももを万力のように締め付け、地下深くにまで根を張る大樹のごとき不動の姿勢を見せつけてやることで苦し紛れの抵抗などムダであると教育してやる。
それでもめげない程に持ち直したのか今度はさらに速度を上げようとしてきたので、手綱を手前に引くことで足を鈍らせてやった。
少女とは思えない膂力に2度目の驚愕が黒いバジリスクの脳を占拠する。
心の迷いが脚の動きに見え始め、あからさまに速度が低下した。
どのコースを攻めるべきか逡巡してしまい、俺の先読みを許してしまう。
黒いバジリスクはもはや俺のコントロール下に置かれていると言っても良かった。
乗馬テクニックをさわり程度しか知らない俺が考えた力づくの作戦。
戦士として磨き上げた感性を駆使してバジリスクの行動を先読みし、魔人族の身体能力で動きについていく。
ヤツが力尽きるか、心が折れるまで。
ただのそれだけ。
この作戦としての体を成していない作戦に命名するのならそうだな、
『だいしゅきホールド』と名付けようか。
こいつが今までに溜め込んできた不満を慈母さながらに受け入れてやるしかないと思ったのだ。
作戦の根幹は『愛』、愛は世界を救う。
わりとマジで。
己に釣り合うだけの乗り手に恵まれなかった不幸を俺の愛で救ってやろうじゃないか。
手綱を緩めてやり、全力疾走したがっている黒いバジリスクの動きにとことんまで付き合ってやることにした。
―――
俺が操作をものにし、走るべきコースを自分の意志とは関係なく決定させられていると、そう悟らされた段階で、バジリスクは足を止めた。
鞍から降りて、目を合わせると
「キエェ…………」
走る前とは打って変わって意気消沈した鳴き声をあげて頭を垂れた。
翻訳すると
『降参だお嬢さん。いや、我が主よ』
といったところか。
終始冷や汗を流しながら見守っていた竜舎の主人と調教師がもつれそうな足を叱咤して駆け寄ってきた。
「合格か?」
「は、はい、大変お見事でした。約束通りお売りしましょう。
いやはや驚きましたよ。まさかウチの問題児を引き取れる方が現れようとは……」
主人の手汗で湿ってよれよれの売買契約書にサインを交わす。
「そういやこいつに名前はあるのか?」
「ありませんよ。ウチは愛着を持ちすぎないように名前だけは通し番号で呼んでます。
どうぞお好きなように」
じゃあ、名前をつけてやるか―――
なんとなく領主の言葉が頭をよぎった。
「そうだな、俺の名前にちなんで黒駒と名付けてやろう」
飛鳥時代、聖徳太子縁の名馬『甲斐の黒駒』からとってみた。
「―――と言いたいところだが、初対面で俺を侮ったのでマイナス50点。
女心が分かっていないのでマイナス50点。真っ赤っかの赤点の落第生でドロップアウトボーイだ。
よってお前の名前はコマちゃんだ。
よろしくなコマちゃん」
「キェッ!?」
勇ましそうな名前から一転、可愛らしい名前に改造され、ショックを受けたコマちゃん。
コマちゃんと名付けられた黒いロードバジリスクは救いを求めて主人を見るが、肩を竦めるだけだ。
味方はどこにもいない。これまで好き勝手振舞ってきたツケを払わされているな。
自業自得だ。
「なんだよ番号で呼ばれるよりは上等だろ?
いい名前をつけて欲しかったらこれからの働きで俺に認めさせろよな。
コマちゃん♪」
新たな旅の道連れを伴って、ようやく俺はグリーンウッドを出発した。




