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18話 美しい娘よ泣いているのだろうか re

 

「アスカお姉ちゃん、あたし寂しいよ。

 仲良くなったばかりなのに……

 本当にもう行っちゃうの?」


 グリーンウッドを発つ当日の朝、ミリーシャが宿の前で見送りをしてくれた。

 彼女の目尻と頬には涙の川ができていて乾く暇がない。

 この街に来てから数日間、共に働き同じ部屋で暮らし、寝る前は姉妹のように語り合った仲だ。

 一人っ子のミリーシャにとって外見だけでも年の近い同性と友達感覚で過ごした日々は楽しかったんだろうな。


 ーーー俺もだよ。

 50のおっさんのままだったら一生できない経験をさせてもらった。

 拾ってくれたミリーシャには感謝している。

 だが、俺は流浪の冒険者。

 一所に留まれない性というものがある。

 ならば今俺は彼女に何をしてやれる?

 別れの寂しさをどうやって慰めればいい?

 俺にはナデポなんて恋愛チートの権化のようなスキルはない。

 だが、ミリーシャを安心させてやりたいと思うと自然にその頭に手が動いていた。

 梳るように指を絡めてやると少しだけ涙が流れるのが治まった。


「ミリーに看板娘の仕事があるように、俺にも冒険者の仕事があるからな。ここに泊まるお客さんだって皆いつかは出ていって別のお客さんがやってくるだろ?

 けどなこの宿が良かったって思ってもらえりゃ、また同じお客さんが来てくれる。

 俺も同じさ。ここは何度だって来たい宿だと思う。

 親父さんのまかないも旨かったしな。

 転移魔法で、時々ミリーの顔を見に行ってやるよ。

 そんときは臨時のバイトだって入るぜ。

 おばさんからこのドレスを餞別に貰ったからな。竜の落とし子亭で着てやらないと可哀想だろ?」


 今でも着たままのエプロンドレスの端をつまんでみせる。

 ぶっちゃけ普段着としてとても気に入っている。

 作ってくれたおばさんの母親としての愛情の成せる業か、動きやすくて軽くて丈夫なんだ。

 もちろん先程言ったように本来の職場でも活躍させてやりたかった。


「えへへ、お姉ちゃん優しい♪」


 ミリーシャが向日葵の咲いたような満開の笑顔で俺に抱きついた。

 背丈が同じぐらいなので、そのままキスができそうなぐらい顔が近い。

 せっけんと少女特有の香りがして頭がくらりときた。

 ロリコンではないはずなのに、俺の心臓がトクンと十代の初恋のように稼働してしまう。

 仕事から帰ってきた女冒険者のハートをも鷲掴みにする笑顔の破壊力も合わさって俺までメロメロのメロン状態のメルトダウンだ。

 メロン状態!!


 さすが看板娘初号機。

 ナデポで攻略を試みたらニコポでカウンターされてしまうとは。

 つい最近女になったばかりの俺では到底敵わない美少女の最高の笑顔。

 演技ではないそれはミリーシャが俺より遥か高みにいると理解させられてしまうだけのものがあった。

 美少女道の頂点への道のりがまだまだ険しいことを教えてくれる。

 俺では理性を維持しつつ肩を抱いてやるしかできない。


「お姉ちゃん……」

「何だ?」

「絶対に帰ってきてね。

 約束だよ」

「おう、魔法でひとっとびだからな。すぐだぞすぐ。

 けど、転移魔法で料理のデリバリーはできねえから勘弁な」

「?そういえばてんい魔法って何?デリバリーだから店屋魔法?の親戚?」

「店屋もの。いいギャグだ。惜しい90点!

 でもミリーが可愛いからプラス10点!

 やったな満点だ」

 ご褒美にまた、頭を撫でてやる。

「あはは……それは何か馬鹿にされてる気がする……」

 でもしっかり頭を差し出すミリーシャはホンマええ子や。



 ミリーシャは転移魔法を知らなかったようだ。

 ここらで説明しておこうか。

 今まで名前しか出てこなかったしな。

 この魔法は基本的に空間に干渉して指定した座標に瞬時に移動する魔法となっている。

 座標を指定するには現地で直接魔法陣に記録しておかなければならないので、初回は自ら足を運ぶ必要がある。

 概念自体はごく簡単なのだが、転移魔法はこの世界では稀少だ。

 名前ぐらいは知られているが一般人には特に馴染みがないので子供のミリーシャが知らないのも無理はない。

 と言うのもどこの国家も技術を秘匿していて一般人が利用する機会がないのと、経費がかかりすぎる魔法のため、緊急で重大な用件を抱えた国の要人にしか使用できない理由があるからだ。

 まず魔法の使用コストとして冒険者で言うBランク相当の魔術師およそ100人分の魔力が必要である。

 機密の漏洩を防ぐため、転移魔法のノウハウを知る魔術師は全てエリート公務員だ。

 情報漏洩のリスク軽減のため予備の人員など配備されないので使用できるのは1日に1回。

 この1回のために公務員に国に仕えるに価するだけの給与を与えていたら、どれだけ高価な魔法か理解していただけると思う。

 そして、頭の痛くなるような人件費をかけて移動できるのは一人がやっと。

 もし、こんな魔法が一人でほぼ無尽蔵に使える人間がいることをごうつくばりの為政者が知ったら適当な理由でもでっち上げて捕らえるか、穏便(強硬)な手段でも宮仕えにスカウトしようとするだろう。

 そういうわけで人里を自由気ままにエンジョイしたい俺にとっては迂闊に使用できない魔法なのである。

 全く使用しないのはあまりにもったいないので、若干不便だが人目につかない場所を登録してある。

 ま、俺の身体能力なら多少の距離なんて余裕余裕。

 その年不相応にたわわに実ったおっぱい、いつか揉みに行ってやるので首を、いや胸を洗って待っているがよい。



 説明なげーからスルーしたわって方。


 安心してください。要約すると

『転移魔法は金のなる木なので欲深い人に見られると厄ネタもついてくるよ』

 そんだけです。


「簡単に言うとだな。どれだけ遠くにいても俺が会いたいと思えばすぐにミリーに会いに行ける魔法があるのさ。

 俺自身を貴女のお宅へデリバリー。君の心の隙間をディスカバリー。

 本番は無しなのであらかじめご了承の上お楽しみください。

 どぅーゆーあんだーすたん?

 ただし、この事は俺とミリーだけの秘密だぞ。

 魔法の秘密を知りたくてしょうがない悪いおじさん、おばさん達が世の中にはいっぱいいるからな」


「宿屋の従業員はお客様から知り得たことはたとえ領主様でもしゃべるなってお父さんとお母さんからしつけられてるから安心してよ♪

 あたしお姉ちゃんを困らせたりしないもん」

 ボリューミーな胸を叩いて秘密の共有を請け負ってくれた。

「それと『本番』って何?それも魔法の秘密なの?」


 ボブはいぶかしんだ。

 男子禁制だもんなこの宿。

 知らなくて当然か。

 とはいえ12歳の無垢な少女に教えるわけにはいかない。

 彼女が自ら時間をかけて学びとってゆくものだからだ。

「そ、それも魔法の秘密だ。

 き、きっと高度な魔法陣なんだろうな。

 うん、うん、そういうことにしておこう」


「わかった。『本番』は秘密の魔法。覚えたよ」

 ある意味間違ってねえな……

 密かに行われる生命誕生の儀式は『魔法』と言ってもいいよな?

「物分かりのいい子だ。俺の一族の秘伝だから口外無用。問答無用、。天地無用。そこんとこ今後ともヨロシク」

 適当に誤魔化すしかない俺を許してくれ。


「っとそろそろ取り引きの時間になるな。

 すまん、もう少し話していたかったんだが」

「うん、あたしお姉ちゃんのことずっと待って……るからね。

 次に来てくれた時はもっと……立派な先輩になってるか……ら。

 ……う……ぐす……」

 ミリーシャの瞳に再び涙が溜まってきた。


「ああ、後輩としてビシバシ指導を受けてやんよ。

 ーーじゃあ、またな」

「いってらっしゃいお姉ちゃん」



 ミリーシャの名残惜しげな視線を背に受けつつ宿を去る。

 その時冷たい滴が頬をつたった。

 雨は降っていない。今日は雲ひとつない快晴。気持ちのよいお出掛け日和だ。

 触れてみてそれが自分の涙なのだと理解して動揺した。

 嘘だろ!?何で!?

 道行く人にとめどなく溢れてきた透明の粒を見られまいと、俯いて目尻をぐしぐしと擦る。


 若い頃、思うように強くなれなくて、後輩の冒険者に追い抜かされ、悔し涙を流したことがある。

 臨時のパーティーで短い付き合いであるとはいえ、仲間の死に目にあって、自分の力のなさを嘆いて一晩中枕を濡らしたことも。

 街から街へ、村から村へ、旅をして出会いと別れを数え切れないほど繰り返してきた。

 気づけば泣くなんて情動すっかり忘れていた。

 涙なんてとっくの昔に枯れ果てたものだと思っていた。

 これはあれか?

 年を取ると涙もろくなっていけねぇやと江戸っ子みたいにふるまうのが正解だろうか?

 それなら何を理由に泣けばいい?

 これは悔し涙でも後悔の涙でもない。

 性質が違いすぎる。


 考えるまでもなく惜別の涙だ。

 多分好きなヤツと離れ離れになるのが辛いから泣いているんだろうなあ……

 ミリーシャが寂しくて泣いているから俺も泣きたくなっている。

 人として当たり前の感覚じゃないか。

 貰い泣きするとか何十年ぶりだろう。


 ーーミリーシャはすごい娘だな。

 俺なんかよりずっと。

 チートなんてなくても俺が失ったものを蘇らせたのだから。


 決めた。

 やりたいことやって暇になったら1ヶ月ぐらい竜の落とし子亭でバイト漬けの日々を送ってやろう。

 ミリーシャの『お姉ちゃん』らしいことをまだ何もしてないからな。


 新たにできた妹分のことを想いながら俺は次の街へ向かうべく、歩みを進めた。










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