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15話 vsアンデッド

 

 こちらに気づいた一体に呼応してか、それまで食事に夢中だった騎士と冒険者の成れの果て達が緩慢な動作で立ち上がる。

 捕食されていた者までもが起き上がり、あるいは腕の力だけでそのままこちらに向かって這いずってくる。

 母の姿を探し求める赤子のように、ずりずり、ずりずりと腹の内容物の絵具で地面にアートを描きながら


 落ち窪んだ眼窩の濁った双眸は俺の姿が見えているのか見えていないのか。

 いずれにせよ新鮮で極上な魔力の塊である生者が近くにいるのだ。

 食いかけのものより食欲をそそられるのは間違いない。

 死して冷え切った内臓を、熱い血潮で潤せば元通りになれるという衝動に突き動かされているのだ。

 それがより呪いを深める行為だと知らずに。



 総勢15体の屍食鬼(グール)が俺を取り囲み、徐々に包囲を狭めていく。

 B級ゾンビ映画さながらの光景だ。

 ガキの頃の俺が遭遇していたら、リミッターの外れた怪力で瞬く間にミンチにされ、グールの仲間入りを果たしていただろう。

 モブDぐらいがいいところの俺はきっとハンドガンの弾すら惜しまれてスルーされるのがマシなレベルの扱いにでもなっていただろう。

 しかし、今の俺はモブDじゃない。

 ヒロイン(主人公)だ。

 だったら、この事態を解決してやるのが役割ってもんだよな?


「一応言っておく。

 お前達の意思じゃないのは百も承知なんだが、

 いい年した男の人がよってたかってか弱い女の子をいじめるのはどうかと思う!」


 コレ子供でも分かる理屈!


「ウー……」

「アァ……」


「……かゆ……うま」


「うーとかあーじゃわかんねーよ。

 会話のキャッチボールしようぜ」

 あと3人目実は正気じゃねーのか!?


「カエ……ナ……ケレバ…カゾク……」

「コロシテ……クレ……タノム……コロシテ……」


 やりづれえなあ……

 こういうことがあるからアンデッドと戦うのは嫌なんだ。

 頼まれなくてもやってやるよ。

 依頼の内だからな。

 何度も言うように俺は人と交わした約束は守る主義なんだ。

 それに依頼じゃなくたってこれぐらいのサービス残業ぐらい任されてやる。

 彼らが筆舌に尽くしがたい苦しみを味わっているのは見りゃ分かる。

 今こいつらを地獄から救って輪廻に戻してやれるのは俺だけだ。

 柄を握る手に再び力を籠める。

 彼らの歩みは遅い。仕掛けるならこちらからだ。


 包囲網に穴を開けるため、前方に(ましら)のごとくジャンプする。

 2体のグールの眼前に接近した瞬間、クロスさせた太刀と脇差を真横に走らせた。

 俺の四肢をバラバラにせんと伸ばしてきた腕の肘からから先が消失し、首が宙を舞う。

 主を無くした胴体は屠殺の過程で斬首された鶏のようにふらふらと足を進めるが、数秒後、どうっと倒れ動かなくなった。

 攻撃を兼ねた跳躍により、立ち位置は包囲の中心から外側へ。

 襲われる側から食い破りかき乱す側に盤面をひっくり返した。


 着地前に身を捻り、長い銀髪を振り乱しながら反転する。

 狙いは甲冑を身につけた2つの無防備な背中。

 一足のステップで距離を詰め、両手の刃を真っ直ぐ突き入れる。

 アダマンタインの切っ先は厚さ3ミリの鉄板を抵抗なく貫通した。

 アンデッドに触覚が存在するのかは疑問だが、異物が体内に侵入したことで、グールの体が震動する。

 体をこちらに向けようとする前に頭頂部まで一気に切り上げた。

 不死の呪いか、それとも既にほとんど流してしまったのか、切断面から血が溢れることはなかった。


 その直後、次の行動に移ろうとした俺に元冒険者のグールが折れた剣を振りかぶってくる。

 技のない力任せな斬撃など当たるはずもない。

 スウェーしてかわし、真ん中まで裂けたチーズになっている騎士の死体を蹴り飛ばしてぶつけた。

 鉄塊と化した死体の衝突で元冒険者のグールは剣を落とし、たたらを踏む。

 その隙を逃さず、太刀で死体ごと袈裟斬りにした。

 体を支える肉と背骨を斜めに両断され、上半身が重力に従ってぬるりと滑り落ちていく。

 刀にこびりついた血糊を払い、俺の脚に食らいつこうと這いずっていたグールの後頭部を踵で踏み潰す。

 脚フェチの気持ちは分からんでもないが、お触り禁止だ!

 来世で欲求を満たしてくれ。

 ぱきゃっと湿った固いものが割れる音がして、脳が、欠けた歯が、破裂して飛び出した眼球が、血だまりに散らばった。


 俺が背後に移動していたことをようやく察知した9体。

 その内の3体が生前の得物である、グリーンウッドの旗のついたスピア、エストック、バスタードソードで串刺しにすべく刺突を繰り出してくる。

 それぞれの武器のリーチ、攻撃のタイミングは三者三様だが、攻撃の性質は同じ。

 彼らの顔のある位置までその場で跳躍すると左右の刃で2体の首を落とす。

 残った1体に右足で頭部に魔力を込めた蹴りをお見舞いした。

 華奢な細い足から繰り出されたとは思えないパイルバンカーに匹敵する一撃は頭があった場所を粉々に粉砕した。

 先程の蹴りで数フレームパンツが見えたかもしれない。冥土の土産にでもしてくれ。

 パンチラぐらいならおじさんサービスしちゃう。

 ただし見物料は払ってもらうけどな。

 命で。


 蹴りの後は通常地面に着地するしかないのだが、魔力で空中に足場を生成し、残った左足で踏みつけ地面と水平に風を切り裂いて飛び出した。


 宙に足場を生成する魔法は最近修得した。ワイバーンのような飛行する魔物を効率的に狩るためだ。

 空での自由度は飛行魔法に軍配が上がるが、こちらの方が足のバネを使える分、瞬発力で圧倒的に勝る。

 回避はもちろん、こうして突撃するのにも使用できる。攻防一体の魔法だ。足場の維持も一瞬で済むので省エネなのもポイントが高い。



 2本の刃を生やした銀の弾丸が強靭な脚力と膨大な魔力という火薬の炸裂を受けて音速を突破する。

 感覚が鈍化し、棒立ちになっていたグールに避ける術などなく―――


 直線上にいた残りの6体をバラバラの肉塊に変えた。

 深刻な損傷を負い、不死の呪いを維持できなくなった者から灰と化していく。

 生きていた証を示す装備品だけを残して……



 グールを全滅させた俺は死体漁りを行う。

 狩りの楽しみはその報酬を確認することにあるが、今回は目的を異にしていた。

 遺品を回収して待つ人の元へ届けてやりたかったのだ。

 あえて攻撃魔法を使用せず、身につけているものを消滅させないよう武器で戦ったのはそのためだ。

 ほんの短い間に過ぎないのに俺はグリーンウッドの人達が好きになっていた。

 だからせめて彼らの仲間や家族に形見だけでも残してやりたい。

 そう思ってはっとした。

 俺は今まで自分の利益のためにドライに生きてきたんじゃなかったのか?

 冒険者の世界は厳しい。非情な現実を前にして残酷な選択肢を選ばされることもある。

 それを納得した気になって、心を擦り減らすのが嫌で、人情というものから極力距離を置こうとしていた。

 心の整備のために金だけで片がつく娼婦を頼った。

 だからこそ所帯も持たず、特別な個人との付き合いもほとんどしてこなかった。

 仕事でどれだけ人に感謝されようと心を動かさないようにした。

 金のためだと言い訳した。

 しかし、魔人少女という境遇は俺の考え方を一変させるだけの価値があったらしい。

 俺の価値観を変えるだけの何かが。

 力か?スキルか?魔人族の特性か?若さか?それとも女の体が原因か?

 さっぱり分からないが、魔物狩りでも、宿屋の手伝いでも、誰かに喜んでもらうのが案外悪くないんじゃないかという自分がいることだけは事実だった。

 ティアナや、ミリーシャのようなお人好しのせいかもしれないな。

 まったく俺もチョロいもんだ。優しくされただけで簡単に人を好きになってしまうなんてな。


 ならば―――外道趣味のアンデッドを用意した親玉を許してやるわけにはいかねえよなぁ?

 正直言って広域殲滅魔法で城ごと消し飛ばしてやりたかったが、残りの冒険者パーティーと騎士団のメンバーの生死を確認できていない。

 城内に潜入するしかないだろう。

 方針を決定し、崩れて穴の開いた城門に入っていく。



 通路を風のように疾駆していくと、2体の動く鎧、リビングアーマーが立ちはだかった。

 錆びてボロボロの装甲はこの城で長年放置され風化した結果だろう。

 その手にもつ武器はまだ真新しさがうかがえるハルバードとバトルアクス。

 外の冒険者と騎士から奪ったものか。

 遺品の回収対象でないリビングアーマーなどまともに相手をする気も起きなかった。

 脇差を鞘に戻し左手から蒼白い崩壊の波動を放つ。

 新たに習得した月魔法のひとつ、彗星の尾。

 集束した崩壊の光の奔流をそのまま撃ち出すシンプルな攻撃魔法だ。


 光に飲みこまれたハルバードを持った1体が腕と脛から下を残して消失した。

 カランという渇いた音ともに残った部品が倒れ沈黙する。

 光の奔流をそのまま横にずらしてなぎ払い、バトルアクス持ちも塵一つ残さず始末した。

 射線上の城の壁に大穴が開く。

 いけねぇ城の倒壊の危険性を忘れるあたり俺は冷静さを失っているのかもしれん。

 体は熱く、心は常にクールにだ。

 心の褌を締め直し、城内の探索にかかる。

 アンデッドを操るようなヤツだ。

 暗く湿った怨嗟の魔力が籠りやすい場所を根城にしているに違いない。


 何体かのリビングアーマーを蹴散らし、

 部屋を徘徊していくと、地下への入り口を発見した。

 人と思しき魔力の気配をいくつか感じる。

 当たりのようだ。

 魔法陣で施錠のされた木製の扉をヤクザキックで遠慮なくぶっ飛ばす。


 ガラスの割れたような音をたて魔術障壁が破壊される。

 扉の蝶番がひしゃげ、部屋の中に粉々になった木片が散乱した。

 唐突に発生した轟音と暴力に何事かと部屋の主がこちらを振り向く。


 そいつは黒いローブを纏った二十歳前ぐらいの若い男だった。


「冒険者に騎士団のお客さんがやってきたと思ったら今度はエルフのかわいいお嬢さんか。

 ようこそ僕の城へ。歓迎するよ。

 ギルドも貴族も手回しが早いもんだねえ。こうも刺客を次々と刺し向けてくるとは。

 クックックッ……無駄だというのに」


 こいつは見た目だけならエドのような優男風だが、隠しもせず俺の肢体を舐めまわすように見る不躾な視線と醜く歪んだ笑みを浮かべる口元から真逆の性格だと窺がえた。


 注意を逸らさず部屋の隅に視線をやると冒険者パーティと騎士団のメンバーらしき6名が大きな怪我もない様子で拘束されている。

 全て若い女性で装備を剥ぎ取られ下着姿だ。

 そういうことかよ……

 ますますこの下種を生かしておくわけにはいかなかった。


「アンタが外にいたアンデッドの親玉か?」

 怒りを押し殺して問う。


「そうだよ。素晴らしいアンデッドだったろう?欲望に忠実で生物を自発的に襲い、体を動かすための魔力(燃料)を自分で補給する。これだけのアンデッドに変える魔法を使えるのは魔法学院ラメイソンで歴史上最高の天才である僕、ルーク・エンフィールドにしかできないからね。」


「ふーん、何でその天才が学校で天下とらねえで、こんなド田舎にいるわけ?

 留年して親から勘当された?

 それとも田舎のスローライフに憧れてんの?」


「口の聞き方がなっていないお嬢さんだなあ。でも君は僕の好みだから許してあげるよ。

 その減らず口もすぐにたたけなくなるから。

 これから君を従順で僕がいないと生きていけないような奴隷にしてあげる。

 冗談ではないよ?簡単なことだからね。

 それとね僕はもうすぐ誰もがひれ伏さざるを得ない力を手にするんだ。

 いずれ世界を支配する王に、神になる。

 君にはどこの王族や貴族も及ばない贅沢を、僕の隣という特等席を約束するよ」


「そうかい、下手くそなプロポーズをどうも。

 あいにく俺は興味無い。知っての通り依頼でやってきたんでな、お前を殺すわ」


 太刀と脇差を構え、死霊術師(ネクロマンサー)の前に切っ先を向ける。


「クックックッ……

 確かに君は強い戦士なのかもしれない。

 僕の配備したアンデッドを壊してやってきたんだからね。

 だけどね僕には魔眼があるんだ。オーガだろうとワイバーンだろうと意のままに支配できる眼がね。

 この眼はね元はジュノンという同級生のものだったんだ。

 気に食わない女でねえ、教師も他の学生も僕を見ないで、あいつばかりもてはやすんだ。

 ロクな魔法も使えず、家柄と魔眼の希少性だけで首席になりやがって!!

 だから本物の天才の僕が有効に使ってやろうともらってやったわけさ。 

 あのいつも澄まして僕を見下していた女が、目玉をくりぬかれて苦痛に歪む様は見ていて拍手喝采、愛と感動の一大スペクタクルショーだったよ!笑いすぎて涙が出るかと思った!

 映像記録用のアーティファクトを持っていかなかったことを後悔したぐらいだ!


 ――そんなわけでね。

 あの女はいけ好かないが、魔眼の力は本物だ。

 他人の眼を自分に移植するなんて他の魔術師なら無理な芸当も僕にはお手の物だからね。

 既にそこにいる女性たちは僕の支配下だよ。

 僕の足を舐めさせることも自害を命じることも、魔力を籠めただけですぐに実行してくれるのさ。

 まあ、人質がいようといまいと僕の勝ちは揺るがないがね。

 ―――宣言しよう。剣が届く前に君は陥落すると。


 と言っても既に魔眼は君に発動させてあるんだけどね」


 この下種野郎にしては不釣り合いに美しすぎる瞳に魔力の赤い光が灯り、仄暗い部屋を一瞬明るく染めた。















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