14話 クライモリ
サブタイトル通りグロ注意です。
お食事中の方には非推奨。
領主から依頼を受けた俺は穀倉地帯を抜け、森の中に入る。
探索にあたってエドから聞いたことを思い出す。
『参考になるかは分からないけど、森の入り口から10km程先の所に500年前の戦争で使われた基地があるんだ。
雨風をしのげるぐらいには原型を留めていた城だからゴブリンの巣になっていたかもしれない。
しかし、そこに新たな侵略者が現れ、彼らは追い出された。僕なりに辻褄の合いそうな考え方をするとこんなところかな?
侵略者の正体に全く心当たりがなくて申し訳ないんだけど』
そう言われて森の簡単な地図を渡された。
何を目安にしていいか不明の調査だ。廃城も探索しておくべきだろう。
敵の根城になっている可能性もあるし、誰も住んでいないならないで行方不明者が避難している場合も有り得る。
オーガのようなBランクの冒険者パーティでも対策立てていないと歯が立たない魔物が出た場合は避難している可能性が濃厚だ。
行き先は決まったが、正解とは限らないので冒険者と騎士団が通過した形跡がないか確認しながら歩を進める。
足跡、戦闘の痕跡、食べ残した食料などの遺留品がないか。
それらの小さな証拠を警察犬を凌駕する知覚能力で探っていく。
―――
偶然にも人が通過した跡と廃城へのルートは方角が合っていた。
道中、地面に放棄された鉄製の中盾を発見。
盾の表面には麦の穂を添えられた牛の顔が描かれている。
グリーンウッドの騎士のものだ。
どうやらエドの勘はドンピシャだったようだ。
それを裏付けてか城に近づけば近づくほど人のものと思しき血臭が強くなってきている。
同時に臓腑が腐敗したような悪臭も。
いつのまにか木々の植生が、枯れて節くれだった不気味な形容をしたものに変わっている。
かつての戦場跡だった名残だろうか、生に執着する怨嗟に満ちた魔力が植物までも呪っていたのだろう。
過去にこういった禍々しい空気を放つ場所に行ったことがある。
俺はこれまでの冒険の記憶の中から似た状況の戦場を思い出していた。
アーランドの辺境にあるディムホロウ墳墓がそうだ。
大昔アーランドでは、国力増強のため優れた魔物使いを多数雇い入れ、強力な従魔を使役しようという試みがあった。
打ち捨てられた古代の墓を増築し、巨大な魔法陣とすることで異界から魔物を呼び、契約するというものだ。
計画を聞いた時点で嫌な予感しないが、予想に違わず召喚魔法は大失敗した。
墓という特性から、眠れる死者の魂が呼び起こされ、膨大な量の呪詛を振りまいたのだ。
呪いは召喚魔法の性質を歪め、無数の大小様々なアンデッドを次々と無作為に召喚。
畑の異なる魔物使いにそれらを御する手段などなく撤退を迫られ、
墓周辺は人の往来すら憚れる危険地帯と化してしまったのである。
その後、とうとう人里にまでアンデッドが徘徊するようになり、地獄と化した村や街まで出てきてしまった。
事態を憂慮したアーランドの重鎮は大規模な討伐隊を結成。
長い時間をかけ、何千、何万という英雄の命を犠牲にして召喚魔法の弱体化に成功した。
祝福の結界がかけられ、外にアンデッドが出てくることはなくなったが、危険性はゼロになったわけではないので国は現在でも墓内部のアンデッドの討伐と召喚魔法陣の調査を奨励している。
また、異界から召喚されたアンデッドは滅ぶと肉体が消滅し、質のいい魔石(魔力が結晶化したもの)を残してくれるため、資源の供給源としてもそれなりに需要があった。
甚大な被害をもたらしてきた歴史がありながら現在では王国経済に寄与しているのは皮肉というべきか。
転んでもただでは起き上がらないあたり、アーランドはたくましい国なのかもな。
俺もアーランドの国策とやらに乗っかかって墳墓の討伐隊に参加したことがあるわけだが、そこは最低の掃き溜めだった。
吐き気をもよおす臓物の腐敗臭、夏でさえ凍えてしまうような背筋を震わせる冷気。
戦場の環境が最低なら、出てくる魔物も最低だった。
痛みを感じずしぶとく群がってくる屍喰鬼。
動かぬ死体を偽装し背後から騙し打ちを企むスケルトン。
幻惑魔法で翻弄し、こちらを憑り殺す機会を虎視眈々と窺がう亡霊。
屍肉を漁り、体を麻痺させる毒を撒き散らす人の身の丈ほどの巨大ムカデまでいた。
深奥にはSランクの冒険者が総勢で挑んでも勝ち目があるか怪しいドラゴンゾンビやリッチまで。
生理的嫌悪感の極致ともいうべき世界があるとすればディムホロウ墳墓だとアーランドの冒険者は口を揃えて言うだろう。
俺も全くの同意見だ。
この森の淀んだ空気はディムホロウのものに近かった。
直に確認するまでは全て推測にすぎないが、廃城でアンデッドが大量発生したのならゴブリンが死に物狂いで人里まで逃げてきたのも納得がいく。
城の地下にでも閉じ込められていた怨霊を誤って解放してしまったか、それとも別の原因があるのか。
どのような敵と戦うことになるか、思考を続けながら城へ真っすぐ進んでいく。
朽ち果てた城門に入り、広場に出るとそこは謝肉祭の真っ最中だった。
本来、謝肉祭というのは肉断ちの祭りなのだが、これは間違った意味での肉に感謝する祭りだ。
しかし、ここで祝っているのは家畜の肉ではなく、同胞の。
会場に設営された飾りは本人達の体から漏れたものが原料となっている濡れたレッドカーペット。
ジョエルに似た意匠の甲冑を身に付けた者たちやBランクぐらいの冒険者に相応しい上質の防具を着た男達がそれぞれしゃがみ込み、人の形としか思えない肉塊に顔を埋めている。
しゃがんでいた内の一体が食欲を満たしのか、ゆっくりと立ち上がりこちらを振り返る。
そいつはお行儀悪くボロネーゼを食べた幼子のようにべっとりと口周りを真っ赤に汚しながら、荒い息を吐いた。
呼気に押されて肉片混じりのドロリとした粘液が口の端の歯間に挟まり糸を引く。
灰色に濁った虚ろな瞳、口腔からは陸に打ち上げられた深海魚のようにどす黒い舌が顎の関節の頸木を無視して飛び出してしまっている。
もはや『それ』は人とは言うには醜くなりすぎた。
他の男達の様子を観察する。
その内の誰一人として致命傷を負っていない者は存在しなかった。
皆必ずどこかに赤黒くなった肉と骨を露出させている。青白くなった皮膚は健康な生者のものではない。
首筋が食い破られ、内側のちぎれた頸動脈がぷらりと垂れ下がったまま立ちつくしている者。
自らの指を必死の形相でバリバリと噛み砕いている者。
返り討ちにした狼の魔物のはらわたに顔をつっこみ、喉を鳴らしながら血液を飲む者。
自らの腹からありったけの腸を溢しながらも仲間の腸を貪っている者。
もぎ取られかち割られた犠牲者の頭部に舌を伸ばしてかき回し、ココナッツジュースのように中身を味わう者。
仲間の火炎魔法が原因だろう、全身黒こげになりながらもマネキンのように硬い間接を動かしながらあてもなく彷徨う者。
地面にもつれ合って、お互いの頬肉を食いちぎり、クチャクチャと咀嚼しあう者達。
特にそれは一見して熱烈な愛の営みのように見えるだけに実態を知った時のおぞましさといったらないだろう。
アンデッドの気配を感じていたときから脳裏をよぎった光景。
否、この狂宴は想像していた以上に凄惨極まる。
日本にいた頃に見た地獄草子の内容を当人たちの意に沿わず強制されていることに俺は唇を噛みしめた。
「すまん、エド。手遅れだったわ」
アンデッドと化した被害者の人数は事前に知らされた数より少ないが、残りの生存は絶望的だろうな。
俺は彼らにせめてこれ以上の生き恥、いや死に恥を晒さないようにするため、
腰の鞘から太刀と脇差を抜き中段十字に構えた。




