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9話 はいてない

「「いらっしゃいませー♪」」

 宿屋の玄関に可愛らしいエプロンドレスを着た二人の少女の声が響く。


「アスカお姉ちゃん表情固いよ。

 スマイルスマイル♪」

 今年で12歳になる『先輩』の少女に注意され、ぎこちない笑顔で挨拶をする。

「お、おう……すまんミリーシャ」

「あたしのことはミリーでいいって言ったでしょ。じゃあ、次はお客様をお部屋に案内してあげてね」

「ああ、分かった。

 お客様お部屋へご案内いたします」

 少女に指示され、『お客様』を宿泊先の部屋まで案内する。

 一通りの説明を行い、ロビーまで戻った俺はため息を吐いた。

 どうしてこうなってしまったのか。

 時は2時間前まで遡る。


 アクセサリーやメイク小物を衝動買いしてしまった俺は、手持ちの現金のほとんどを失った。

 消費の快楽に酔いしれながら街をぶらつき、宿に入る直前で財布を確認したところで宿泊費すらないことに愕然とした。

 不要品を売ろうと慌てて露店や商店の通りに戻ったのだが、時既に遅し、ほとんどが店じまいの準備をしていた。

 何でも領主の意向でこの街の店舗は日中、夜間どちらのスタイルも営業時間を定められているとのことだった。

 民に健康で豊かな暮らしを送って欲しいという願いを込めてのことだが、封建社会の多いこの世界では異質の制度である。

 貴族なんてのは領地の経営を有能な家臣に押し付けて放蕩三昧で仕事の苦労を知らない連中が大半なんだが。

 実は領主、転生者だったりしないよな?今まで他の転生者に会ったことはないが、

『ブラック企業に勤める俺が過労死したら領主の息子に転生してた件』

 なんてタイトルは結構多いので、実際にこの世界にいたとしてもおかしくない。

 領主の正体はさておき、彼のホワイト精神せいで、物を売って金を得る手段は断たれてしまったのである。

 150万Gの支払いは3日後だし、知り合いとは別れたばかりで金を借りにいくのも気がひける。

 となれば明日まで野宿を敢行するより他にない。

 ホームレス少女として道の隅っこで膝を抱えて座り込んでいたら、お使い帰りの宿屋の娘ミリーシャに拾われ今に至るわけだ。

 住み込み、まかない付き、制服支給、日給3000G(夜間のみの3時間労働)の条件で雇われることになった俺は宿屋『竜の落とし子亭』の看板娘2号として働いている。

 宿は父母娘の3人で切り盛りしており、体力的に大変じゃないかと思うだろうがそれは杞憂だった。

 彼らはリザードマンと祖先が枝分かれしたドラゴニュートという種族で、角と尻尾が生えていること以外は人族(ヒューマン)との外見の違いはない。

 ただし、スペックは別物で、祖先を同じくするリザードマンが技や敏捷性に長けているのに対し、ドラゴニュートは力と持久力に優れている。

 例えば、ミリーシャは肩口までの長さのライトブラウンの明るい髪に栗色の大きな瞳が特徴のキュートな少女だ。

 溌剌とした性格は年相応で一見してどこにでもいる子供に見える。

 しかし、細身ながら自分の体重を超える酒樽を両肩にひとつずつ軽々と担ぎ上げ、歩きまわる腕力と足腰はさすがドラゴニュートだと感嘆する。

 ミリーシャの一家は人手が不足している点を驚異的なパワーとスタミナで乗り切っているのである。

 まあ、いかに疲れ知らずとはいえ時間あたりにできる作業量には限りがある。

 彼らのペースについていける俺の能力は歓迎された。

 接客は初めてなのでミリーシャの注意が飛んでくるが。


 竜の落とし子亭は女性客限定の宿屋で、男性客がいないという安心感を求める女性や、サークルクラッシュを恐れる恋愛厳禁男女混成パーティが女性を隔離するために利用するなど理由は様々だが、冒険者が増加しているこの街では隙間産業な経営戦略がうまく噛みあい繁盛していた。

 本日もなかなかの盛況ぶりを発揮しているとのことで、俺は今客の最も多いピークの時間帯を忙しく立ち回っているわけだ。

 さて、次の客の案内をせんと。


 ――――

「お部屋の説明は以上でございます。

 ご不明な点がありましたらフロントまでお気軽にお問い合わせください」

「丁寧にありがとね、カワイイお手伝いさん」

「ひゃあ!?お、おやめ下さいお客様!」

 尻撫でられた!

 女性冒険者はなぜボディタッチしたがるのか。

 これで既に5回目だ。

 一狩りしてきて体が昂るのは分かるが、それは部屋のベッドでお1人で気兼ねなく慰めていただくか、外の男娼で鎮めてきて欲しい。

 俺は旅館のピンクコンパニオンではないのだ。

 女性専用車両で痴漢されるのと同じ不条理がここに存在した。

 痴女から逃れ、ホッとしたのも束の間、

「君、新人さん?よろしくねー」

 そう言って廊下ですれ違った別の女性は下着姿だった。

 長期滞在の冒険者らしい。一応公共のスペースなのだが、我が物顔で尻を掻きながらうろついている。

 底辺女子大の学生寮のような有り様にめまいを覚えた。

 俺にだって女性の花園に対する憧れ的なものはあったのだが……

 きっと過酷な冒険者稼業が彼女達の精神を荒ませているのだ。

 心を擦り減らして帰って来たところに可愛い天使がいたらイタズラしてやりたくなる気持ちは分からなくもない。

 女だけの空間で羽目を外したくなるのも理解できる。

 俺はベッドの上以外では女性に優しくがモットーの紳士だ。

 手荒な真似は決してしないし、軽いセクハラを許してやるだけの度量も持ち合わせている。

 しかし、尻、尻だけはやめていただきたい。

 なぜなら俺は今、はいていない(・・・・・)のだ。

 胸はご存知の通り貧乳なので軽くサラシを巻いているのだが、パンツは見つからなかったのでそのままズボンを履いていた。

 そしてここでは足首がチラッと出るだけのロングスカートに着替えている。

 はいてないので、スカートの布越しでも触られた時のダイレクト感が半端なかった。

 この体は感度がいいのだ。このままセクハラが継続し続ければスカートをまめに洗濯しなければならなくなる。

 明日必ずパンツを買わなければ。

 3000Gではまず足りない。

 確実に手っ取り早く金を得られる討伐クエストを受注する必要がある。

 異世界に転生したヤツの中でもパンツを買う金のためにギルドに行くなんてのは俺ぐらいだろうな。

 そう益体もないことを考えながら仕事に戻っていった。


 翌日、俺は宿を飛び出すと朝イチでギルドに向かった。

 初々しさのある新人受付嬢に案内され、登録手続きをする。

 その辺のウエイトレスみたいな格好をした俺が冒険者志願だと言い出して困惑しているようだ。

 新人だって最低限の皮鎧ぐらいは用意するものだからな。

 さらにノーパンだということを知れば彼女の混乱は加速して成層圏を突破するに違いない。

「それでは、こちらの書類にえーとお名前と出身国、生年月日をお願いします。代筆代読は確か300Gです。記入が済みましたらステータスを計測しますので水晶玉に手をかざして下さい。」

 たどたどしい説明を聞きながら必要事項を記入する。

 ステータスか……

 どれぐらいパワーアップを果たしのか楽しみだな。

 ゲームで効率の良いレベリングをした後や育成していたモンスターが進化した時、ステータスを見て悦に入るのは俺だけではないはずだ。

 35年前の計測は絶望でしかなかったが、今回はいかに!?



 〈アスカ〉

 性別 女

 クラス 月光姫


 VIT Er

 STR Er

 INT Er

 AGI Er

 DEX Er


 E ボルドウィンのクレイモア

 E 竜の落とし子ママ手縫いのエプロンドレス

 E 竜の落とし子ママ手縫いのロングスカート

 E はいてない

 E 人面水牛の革靴


 受付嬢の目が点になった。


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