8話 到着 TSしたらやりたいことその2
突然だがこの世界の簡単な地理の話をさせていただきたいと思う。
といっても俺が実際に行き来したごく一部のみなんだが。
本日到着したのはギルガルド王国という中堅国家の南に位置する地方都市グリーンウッドという場所で、農業の盛んな地だ。
他に人里から離れた森林には素材価値の高い魔物が多く、街からのアクセスは少々悪いが冒険者もそれなりにいる。
ギルガルドは俺が転生して始めてやってきたアーランド王国とは海を隔てて3週間の航海分の距離がある。
俺はアーランド王国をホームタウンにしていたので、ギルガルドの詳細な地理に大してはあまり詳しくはない。
ただ、国の行政の仕組みがアーランドとほとんど変わらないので旅をするにあたっての不便がなかったぐらいか。
この地方の領主グリーンウッド卿は質実剛健かつ温厚な性格で、農業の保護に意欲的な人物だ。
贅沢とは無縁で税も安いので庶民の尊敬を集めている。
グリーンウッドの家紋、貴族の地位を示すエンブレムは牛の顔を中心に麦の穂が添えられた牧歌的なデザインだ。
彼の人望をやっかんだ他の貴族がグリーンウッド卿をエンブレムと彼ののんびりとした気性を蔑んで『緑の牛』と馬鹿にしているのだが、本人はこの呼び名をいたく気に入ってしまい、自ら『緑の牛』と触れて回った結果、民にとってより象徴的な存在となり、名声を高めるという皮肉な顛末となっていた。
領主の性格が領民にも影響を及ぼしているのか、ティアナとその家族をはじめとした親切な人が多く、治安もいい。
食糧生産も安定しているので、ここ10年ほどは食い詰めた流民が増加してきており、それに伴い、各種産業も増えつつある。
当然娼館もだ。
ED治ったら最初に行きたかったんだがなあ……
今行ったら客どころか、面接受けにきた村娘だと思われてしまう。
この世界では娼館を利用できる歳も娼婦になれる歳も基本的に16歳から。
永遠の14歳の俺にはお近づきになれなくなってしまった。
年齢が3桁4桁が当たり前の種族は法律的にどうなっているのか疑問だ。
昔、ある町の娼館の主が常連の俺にぜひオススメしたいという女の子がいて、承諾したら見た目10歳ぐらいのエルフの娘が出てきたことがある。
心配になって年齢を聞いたら200歳オーバー。
合法らしいのだが、ロリコンでなかった俺は抱きはしなかった。
酒の相手をしてもらっただけだ。
娘はヤりたがって積極的にアプローチしてきたのはヤバかったな。
見た目はあどけないのに、熟練した手管とのギャップに陥落させられそうになったわ。
エルフめっちゃ恐い…………
……おっと、俺の都合で話が脱線どころか複線ドリフトしてたな、すまない。
とにかく辺境でありながら領主の堅実な経営のおかげで発展著しい土地なのだ。
地理や世情に関してはとりあえずこんな感じで締めくくらせてもらう。
当分はこの街のギルドで新規の冒険者登録をし、魔法の練習を兼ねつつ日銭を稼いでいこうと思う。
今日までの数日間旅の仲間だったバーク達とは街の門で別れた。
ワイバーンの素材についてはポルトガさんが買い取り、後日俺達に頭割りで現金が支払われることになっている。
総額900万G。
1人150万Gとかなりの高額になる。
出回ることの少ない希少な素材のため、皮や甲殻は武具だけでなく、貴婦人のバッグやドレスの素材、果てはインテリアにまで需要があるという。
ワイバーンは普段山に生息しているため、Aランクの冒険者はキツい登山をしてまで狩りたがらない。
供給が追いついていない品なのである。
肉も珍味とされているのだが、バーベキューをした感想を言わせてもらうと、ただの硬い鶏肉みたいなもんだった。
ワニや蛇なんかの爬虫類が鶏肉の味に近いと言われているから同じ爬虫類?のワイバーンも似た味になってもおかしくないと思う。
いや、鶏肉は上等すぎる例えかもしれん。
なんつーか、消しゴムみたいな味だったな。
消しゴム食ったことあるのかよ!?とツッコミたくなるだろうが、誰もが幼い頃ゴムの味をテイスティングしたことぐらいあると思うので、あくまで幼少期の経験から導きだしただけた。
俺が好きだった異世界転生ものの話ではドラゴン肉は非常に美味だと表現されていたので、現実を見せられて少々複雑な気持ちになった。
貴族様は味を楽しむのではなく己の社会的ステータスを人様にひけらかすためにこの旨くも不味くもない肉を食べているのだろう。
見栄を張るのも大変だな。
……ワイバーンの話はこのくらいでいいか。
別れの際、ポルトガさんの店舗とバーク達が拠点にしている一軒家(セレナは教会の宿舎住まい)の住所を教えてもらった。
暇な時に顔を出してもいいだろう。
当分はこの街で暮らすつもりなのだから信用の置ける知り合いは必要だ。
さて、これから滞在する宿を探すとするか。
街の中心部のギルドや商店が並ぶあたりは便利だろうが、騒がしいし、宿泊代も高めだ。
貯金の5000万Gを失ったので、無駄遣いは控えたい。
郊外の宿屋なら静かで価格も勉強してくれているだろう。
方針を決定した俺は街の喧騒から離れ、様々な民族が露店を営む通りを抜けていく。
香ばしい匂いを立てる肉料理やスープを売る屋台が並び、中には工芸品の他、武器防具を売る露店商までいる。
宿探しは別に急いでいないのでおのぼりさんになったつもりで時おり足を止めながら売り物を見ていく。
最初に気になったのは商売道具である武器だ。
今回の冒険でショートソードはボロボロの死に体、レイピアは折れてしまった。
インファイトで戦える武器は狭い場所で戦うのに必須なので予備を含めていくつか持っておきたい。
以前はアイテムボックスの容量不足で予備の武器を持つ余裕がなかったので武器種も汎用性重視だった。
槍や曲剣、大斧、カタール、ボウガン。
レギュラーで使ったことのない武器は色々ある。
駆け出しの頃貯めた金で新しい武器選ぶのはゲームみたいでワクワクしたものだ。
年をとった今でもそう感じるあたり、少年の心を失っていないのかもな。
今日はめぼしいものは見当たらないのでまた明日も見ていくか。
おニューの武器は惜しみ無く披露しますので今後の俺の血沸き肉踊るアクションシーンにご期待ください。
それとそうだ。
服の代えもいるぞ。
俺は未だに魔人族の遺跡で見つけたよれよれの服を身に付けているのである。
着心地のいいものがほしいところだ。
周囲に溶け込めるよう、町娘に見える服も必要か?
……女になって数日で女装はレベル高えぞオイ
しかし、ソーシャルステルスってやつは重要だ。
争いに巻き込まれる確率もグンと減るだろう。
俺は人里で自由を満喫したいのだ。
化け物としか言いようがない能力のせいで手配などされたくはないからな。
それに女が女物の服を着て何が悪い?
悪くないだろ?
じゃあノーマルだ。俺は一周回って逆にノーマルなんだ。
よくよく考えれば、美少女ってかなりのチートだよな?
美少女の妹を見てたから分かる。
イケメン達が群がり頭を垂れ、友達がおこぼれにあずかろうと列をなす。
悩み事があれば、誰もが真剣に耳を傾ける。
小腹が空けば黙っていても心のこもった供物が寄進されてくる。
逆にバレンタインで義理チョコをふるまおうものなら男たちは感涙に咽び泣き、永遠の忠誠を誓うだろう。
正に神か王様のような地位を得られるのが美少女というものなのだ。
妹から憐れみでもらったチョコはモテない俺のプライドをひどく傷つけたので、欲しいという連中を集めてオークションで出品したところ、3万円の値がついた。
俺はこの時、大金が転がり込んできたことよりむしろ戦慄していた。
原価300円のチョコも100倍の価値に変えるミダスの手を美少女は持っているのだと。
美少女とは物の本質をねじ曲げ、世界を狂わせる兵器なのである。
その3万円を俺はなぜか使う気になれず、ベッドの下のエロ本に挟んだまま放置してある。
俺がいなくなってから、発見されただろうか?
エロ本なんてそのまま捨てられてしまったかもしれないが、もし見つけたなら家計の足しにでもして欲しい。俺が日本で生涯始めて稼いだ唯一の金なのだから。
ん?今日はおかしな方向にばかり話が向かうな。
俺の悪い癖だ。
つまり妹観察日記から導き出される結論は美少女は存在するだけでチート。
その恩恵を生かさないなんてあり得なくね?
民家の窓に映る自分の顔を覗き込む。
俺超かわええ!!!!
こんな美少女がおしゃれしないとか世界の損失じゃね!?
モテたいとかチーレムとかどうでもいいわ!
明日呉服屋巡りすっぞ!ギルドなんて後だ後!
決して楽しみにしているわけじゃないぞ!?
美少女の義務だ、そう義務だから俺は女装するんだからな!?
ノブリスオブリージュ!
この体に聞きたいことがあるから女装するんだからな!?
そこを間違えないように!!
「ねー、そこの可愛いお嬢ちゃん、ウチのお店見ていかない?
お安くするよ」
「ひゃ、ひゃい!!」
妄想に没頭していて完全に油断していたので、唐突に背後から話しかけられ、声が裏返ってしまった。
「おおー、声も可愛いわね」
俺の反応にニコニコと微笑む露店の主は妖艶な雰囲気を漂わせる美女だった。
胸元の空いた紺のドレスが実にセクシー。
白い乳房に一点の黒子がアクセントになっていて目が吸い寄せられてしまう。
ブルネットの長髪は鴉の濡れ羽のように艶やかで、ヘアアイロンが存在しない世界なのに、綺麗な弧を描く巻き髪を実現している。
形の良い切れ長の瞳に紅いルージュの引かれた唇は生唾ものの美しさだ。
「ね、天使ちゃん、いいもの揃えてるから見ていかない?」
俺が息を飲んで黙っていると、美女が再び声をかけてきた。
天使ぃ?
「お、俺のこと?」
「そうよ、貴女よ。特別に安くしてあげるからどう?」
彼女に促されて品揃えを見てみる。
櫛やヘアブラシ、指輪やネックレス、イヤリングなど女性の身の回りに使う品ばかりだ。
この女性は恐らく夜は水商売をしているのだろう。
売り物は間違いなく男性からの贈り物だ。
俺のチョコオークションと同様の発想をする猛者がこの世界にもいた。
どうしよっかなー?
俺、可愛いお嬢ちゃん。天使ちゃんなんだって?
こんな美女から言われたら嬉しくない?
彼女のセールストークに踊らされていると思うが、勧められるまま、メイクを施され、髪飾りをつけられていく。
「どうぞ、見てごらんなさい」
向けられた手鏡の中の自分を確認すると、それはもう、ロリコンが興奮して全裸で崖に飛び込みたくなるような天上の美少女がいた。
「これが、俺……?」
「そーよ。花街一の売れっ娘どころか、この国のお姫様になれるわね」
可愛い!!
自分を飾るのってこんなに楽しいもんなのか!?
今ならうちのオカンの無駄な努力も馬鹿にしようとは思わない。
妹がメイク小物のために親に小遣いをせびる理由が理解できた。
これが『女の悦び』か……
いいだろう、極めてやりたくなったぜ……
「お姉さん」
「何?気に入ったものでもあったかな?」
「ここにあるもの全部ください!!」
お姉さんは俺の勢いにしばしポカンとしていたが、うっとりするぐらい艶然と微笑んで言った。
「毎度あり」
商売道具より先に贅沢品に手を出す美少女冒険者がここに誕生した。




