5話 山もオチも意味もない話 多分
「そういや嬢ちゃんっていくらでヤラせてくれんの?」
街に向かう道中の野営で最低野郎が笑えないジョークをのたまった。
ここ数日間、勝つつもりあるんかい!とツッコミたくなるような非武装のゴブリンの集団や、連携をとるつもりが欠片も見られない個々の食欲優先のハウンドウルフの群れに襲われたぐらいでぶっちゃけ退屈だった。
人は暇を持て余すと退屈を殺すためロクでもないことを考える。
このバカが今しがた発した愚かな発言はその筆頭だった。
俺は象でも失神させるつもりの力加減でバークに腹パンを入れた。
「え?なんだって?聞こえなかったぞ」
突発性難聴系主人公を装って煽りの追い打ちを食らわせてやる。
俺の言葉が聞こえているのかいないのか。
バークは見ているこちらが気の毒になるくらい顔を青くして呼吸困難を起こし、腹を押さえてうずくまった。
パクパクと金魚のように動かした口は『聞こえてるじゃねえか』と言っているように見えた。
ひきつった顔が徐々に土気色に染まっていく。
バカはその辺の茂みに駆け込むと盛大に嘔吐した。
吐くだけで済むとはゴキブリ並の生命力である。
「ひでえな嬢ちゃん!オレはちゃんと金は払うって言ったじゃねえか!
額なら言い値を飲んだっていいんだぜ」
「バカタレ。俺は娼婦じゃない。女なら余所を当たるんだな。
それに額の交渉はいくら商売女が相手でも最低限口説いてからやるもんだ」
人生の、男としての先輩として忠告してやる。
「お、おう……まるで実際に女を買ったことがあるような言い方だな。
で、口説いたらヤラせてくれんの?」
「んなわけないだろアホか!ロリコンで女心も分からないとか救いようのないバカだなお前は!!」
「じゃあなんで女一人で街に行くつもりだったんだよ。
田舎出身の娘は大概出稼ぎで娼婦になるのが多いじゃねえか。
嬢ちゃんぐらい別嬪ならそのクチだと思ったのによ。
店が決まったら常連になろうと思ってたんだがなあ……
そうか!これはお貴族さまがやりたがる駆け引きってやつなんだな?
何度か何もしないで金だけを落としていくと、信用が得られてプレイができるようになる高級娼館のシステムだな?
ならいくらでも稼いでやろうじゃねえか。そうすりゃグフ、グヘヘ……ゲッヘッヘッヘ」
見るに堪えない気持ちの悪い表情で笑うバーク。
こいつの中で俺はどのような汚され方をしているのか。
不覚にも娼館でこのロリコンの相手をする自分を想像して寒気を覚えた。
「さっきから聞いていれば、やめなさいよ。子供相手にみっともない」
ポルトガさんが常識人らしく窘める。
「ポルトガさんの仰る通りですわ。バークさん、貴方の発言は目に余ります。
先日、神の教えを説いたばかりでしたよね。
Yesロリータ、Noタッチと」
「は、はぃぃ……」
そんなアホらしい教義あったか?
セレナはこの世界で最も信者の多い宗教、慈愛の女神アイリスに仕えるプリーストのはずなんだが。
まあ、教会にすら足を運ばない俺に知らない教義のひとつふたつあったところで何もおかしくはないか。
俺をこの世界に送り出した神だって、人の運命のピーピングが趣味なんてふざけた野郎だった。
神という連中はどこかしら頭のネジがぶっとんでいるに違いない。
「幼い少女とは見守るもの。愛を囁いて育むのは良いでしょう。
ですが、彼女達を己の欲望で汚そうとする行為。それだけは断じて許しません。
神罰の代行者として、現世に蔓延る不浄を討ち滅ぼして差し上げますわ!」
「よ、よせセレナ!冗談だよな?あああ、アイリス様、ディベラ様、アカトシュ様~~とにかくお助けえぇぇ!!」
バークの背後に回ったセレナはすかさず羽交い締めにする。
大女との身長差で踵が宙に浮いた。
バークはもがいて腕から逃れようとするが、びくともしない。
そのままチョークスリーパーをかけられて、元気にバタついていた足はすぐに脱力してプラリと垂れ下がった。
今際の際、セレナさんの爆乳を背中越しに味わえたのだからこの世に未練はなかっただろうよ。
地面に泡を吹いて転がったバークの顔は女神アイリスの慈悲によるものか、安らかだった。
殴りたいこの笑顔。
「やれやれ、若いもんは元気でうらやましいの」
薬草を乳鉢ですり潰す手を止めないでローガンが言う。
「拙者は武人。女人に興味などござらん」
事の成り行きを瞑想に没頭して我関せずだったグレンが一人ごちた。
「ニャー、そう言いながらグレンはアスカのことチラチラ見てたニャ。
グレンはムッツリニャ」
「な、何を、拙者は見ておらぬぞ!アスカ殿のフードの隙間から覗く首筋など!断じて見ておらぬ!」
やけにピンポイントなチラ見だな!?性癖を暴露しているのも同然だぞ!
リザードマンは顔色が分かりにくいのだが、明らかに狼狽しているのが見てとれる。
こいつも俺のことをそういう目で見ていたとは。
忘れてたぜ。男特有のエロ感知センサーってやつをよ。
「アスカ、気をつけるニャ。
真面目そうな男ほど常にスケベなことを考えているものニャ」
その法則は男歴50年の俺もよく知ってる。
ボーイズトークで馬鹿な下ネタで笑う連中を見下した目で見てるヤツとかな。
分かるよ。
本当は混じりたいんだろ?
思いの丈を語りたくてしょうがないんだろ?
内に抱えた倒錯的な想いをよ。
知ってるんだぜ、お前がいつも読んでる分厚いカバーに覆われたその文庫本。
青少年がギリギリ購入を許されるラブコメ小説だってことをな。
「グレン、いい加減に罪を認めるニャ。乙女の尊厳は安くないニャ。
謝罪してウチとアスカに1000Gずつよこすニャ」
「拙者は……修行中の身の分際で……色に負けてしまうとは……!!
なんと!不甲斐ないことか!己を律することもできないなど!
おぉ、おおおおーーーー……!!!!」
グレンは酒など飲んでもいないのに泣き崩れた。
……なんつーか、愉快な奴らだな。
俺の知り合いの冒険者は1名を除けばドライな冒険者がほとんどだったが、こいつらは種族も年齢もバラバラなのに仲がいい。
こういう仲間がいたら俺の若い頃の冒険も楽しかったろうな。
力ばかりを追い求めてきた俺には彼らが眩しく見えた。
皆それぞれ俺にないものを持っているものだ。
憧憬の念を覚えずにはいられない。
俺?別にボッチだったわけじゃないぞ!
たまたま出会いがなかっただけなんだからなっ!
決して女の子ばかりのパーティに声をかけまくってすげなくされてたわけじゃないからなっ!
ほんとだぞ!
にぎやかな空気もやがて終わり、夜明けと共に俺達は移動を再開する。
ポルトガさんによると今日中には街に到着するそうで、久しぶりに妻子の顔が見られると気を緩めている。
ここまで来ると魔物もほとんど徘徊しておらず安全だと聞かされていたが、俺は何かに狙われているような気配を感じた。
これはチートでも何でもなく、長年戦ってきた経験と勘によるもの。
感覚器官に魔力を通して意識を集中する。
全方位に気配を探っていくと大きな羽ばたきに似た振動を感知した。
音源に視線をやるとこちらに向かって飛んでくる巨体。
それをマサイの民族顔負けの視力で余すことなく捉えた。
「来る」
「来るって何が?」
俺のポツリと漏らした言葉にバークが誰何する。
やがて、誰の目にも小さな点ぐらいに見える段階になった頃、
知覚に優れたキッドが大声を上げた。
「みんな気をつけるニャ!ワイバーンニャ!こっちに真っ直ぐ向かってきてるニャ!」
「マジかよ!?
ポルトガさん、ワイバーンはオレ達では無理だ。荷物は諦めて逃げるしかねえ!」
「やむを得ないですね。
分かりました。バークさん指揮をお願いします」
馬車に繋がれた荷車を慌ただしく外そうとするポルトガさん。
村で買いつけた食料にワイバーンが夢中になっている間に逃げ出そうという算段のようだ。
「なあ、バーク。俺はここに残るよ」
「嬢ちゃん何を馬鹿言ってやがる!ワイバーンの餌になるのがオチだぞ!」
「大丈夫だ。問題ない。
俺はワイバーンどころかドラゴンを狩ったことがある」
「なんだってぇ!?」
俺の淡々とした言葉にバークは目をひんむいた。




