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4話 旅は道連れ世は情け

 第一村人発見。

 森を抜け、草原をひたすら駆け抜けた先に、村を発見した。

 日が落ちる前に到着できて安堵する。

 野生の馬とレースしてぶっちぎってやったぜ。

 異世界公道最速理論。アリだな。

 速いは正義だということを確信する。

 前のステータスは回避よりも相手の攻撃を受け止めた上でカウンターを入れる戦闘スタイルだったからな。

 こちらから撹乱して相手の隙を作れるようになったのは大きい。

 そういや日本にいた頃、ゲームでも最初のキャラクターは毎回攻撃力と素早さに重きを置いた育成をしていた。

 メーカーもユーザーの傾向というのが分かっていて、大概はそういうキャラクターが活躍できるように調整してるってのもある。

 ゲームに限らず漫画やアニメでも火力と素早さに極振りしたキャラクターはイケメンが多く人気を博しやすい。

 俺も例外ではないので、高耐久マッチョよりも素早さ特化型になれたのは素直に嬉しかった。


 ……ん?

 なんか忘れてるな……?

 村人だ!村人!

 そうそう、俺今アポ無し旅の真っ最中。

 ちょうど畑での仕事を終えて帰宅しようとする村娘に声をかける。


「こんにちは、お嬢さん。旅人なんだが、この村に泊れるところってあるかな?」


 実は男の時にこの村で1泊しているので宿屋があることは知っているのだが、村人にとっては初の来訪者には違いないので挨拶をしておく。

 人間関係の希薄な都会はともかく村のような狭いコミュニティなら挨拶は大事だ。

 不審者扱いされぬよう紳士でいなければならない。

 今は淑女か。


「えーと、キミは……?」

 振り向いた村娘は垢抜けない素朴な感じの村娘だ。17、8ぐらいか。薄くそばかすが散っていて、そこもまたチャームポイント。

 都会の娘も悪くないけど、こういう素材の味そのものの娘も実によい。

 明らかに子供体型の俺に旅人と言われて戸惑っているようだ。

 護衛を連れている様子もなく、剣を腰に帯びているものの、軽装なので違和感を覚えるのも無理はない。

 普通に冒険者ってことで通すか。


「ああ、辺境からやってきた冒険者でね、1泊させていただきたいんだが」

 フードから頭を出しつつ答える。


「俺はアスカ。お嬢さんは?」

「私はティアナ。って、キミ、女の子だったの!?あなたのような子が冒険者なんて危ないじゃない!」

「待ってくれ、お嬢さん。俺は子供じゃない。エルフの血をひいてるから見た目よりずっと年をくってるんだ。もう35年冒険者をやってる」


 エルフなのは大嘘だが、3倍近く年上なのは間違いないので説得力はあると思う。


「あ……耳の形。ごめんね、じゃなくてごめんなさいね。早合点してしまって」

「いやいや、子供扱いされるのは慣れているから気にしていないよ。

 それより差し支えなければ村を案内してもらえないだろうか?」


 そう言って村娘の手にいくらかのゴールドを握らせる。


「そんな、村の案内なんかでお代なんていらないわ、いらないですよ」


 ティアナは握らせたゴールドを俺に返してきた。自分だけ得をしては村の中の人間関係に軋轢を生む可能性があるためだろう。

 親切だし、さっぱりとした性格のいい娘だ。

「無理して丁寧に話さなくても構わない。フランクに話してくれた方がこちらも助かる」

「そうですか。それなら宿屋まで案内するわね。アスカちゃん♪」


 そうして、ティアナの後についていきながら村内を移動する。

 軽い世間話をちょっとしただけだったが、彼女とは大分打ち解けた。

 子供の見た目は警戒心を解くには効果覿面だな。

 前はどちらかというと強面だったから野盗と勘違いされたことが……。

 見た目の良し悪しも一長一短か。


「ここが宿屋よ。今日は大きな行商さんが納品と買い付けに来ているからいつもより賑やかね。

 騒がしいのが嫌なら私の家に泊っていく?お父さんとお母さんも反対しないと思うし、何より私がアスカちゃんを気に入っちゃった」


 うーん、ありがたい申し出なんだがどうするか。

 ここのところ酒を飲めていなかったので、宿屋に入りたいのも事実。

 あと行商が気になるな。

 もし明日街へ出発するなら混ぜてもらいたいと思っている。

 一人旅は野盗に目をつけられやすい。

 それが幼い少女なら尚更カモだ。

 もちろん連中程度ならいくらでも返り討ちにできるが、いちいち相手をするのもめんどい。

 それに野盗は金目のものを持っている可能性が低い。

 金がないから追剥をしているか、拠点に補完しているためだ。

 同じ労力なら魔物を狩った方が素材が金になる分まだマシと言える。

 賞金首でもない限り、人間の死体に商品価値は皆無だ。

 確実に帰りたいしな。

 商人と交渉だけでもさせてもらおう。


「ちょっと聞きたいんだが、今日来てる行商は明日街に帰るのか?」

「多分そうだと思うわよ。村で買いつけた農作物を街で販売しているそうだから」

「なら話だけでもさせてもらってもいいか?」

「私もついていくわ。女将さんにおすそ分けするつもりだったし」


 ティアナは片手に抱えている野菜の入ったカゴを持ち上げて言った。



 宿屋に入るとすぐにいくつかのテーブル席とカウンター席が並んでいるのが見えた。

 テーブル席には5人の冒険者風の男女が酒を飲んでいて、カウンター席には防具を帯びていない、柔和そうな顔立ちをした商人風の男がパンをかじっている。

 商人風の男の隣に腰かけ、軽く会釈をする。

 男も如才なく会釈を返してきたが、相手が少女だと分かった瞬間目を丸くした。

 俺はカウンターにいる店主の親父に酒を注文する。


「親父、こちらの方にエールを1杯」

 カウンターに硬貨を置くと親父は黙って男の前にエールを注いだ木製のジョッキを置く。


「失礼、どこかでお会いしましたか?」

「いや、初対面だ。行商人が来ていると聞いてな。あんたが商人で間違いないか?」

「ええ、私がそうです。ポルトガと申します」

「俺はアスカだ。実はあんたに折り入って頼みがあるんだが、もし明日街に帰るならついていってもいいか?

 もちろん金は払う」

「確かに私達は明日街に帰るつもりですが……契約外の話ですからね。護衛の冒険者の同意があれば私は構いませんよ。

 では、エール分の働きはしましょうか」


 商人は席を立つとテーブル席の男女に声をかけた。


「皆さん、こちらの方を街までの道中に加えたという思いますが、いかがでしょうか?道中の護衛代は出してくれるそうです」

「ああ、報酬が出るなら構わないぜ。オレはリーダーのバークだ。よろしくな嬢ちゃん。オレ達は全員Cランクの冒険者だから大船に乗ったつもりでいてくれ」

 腰に片手斧を吊った戦士風の男が最初に挨拶する。

「こちらこそよろしく頼む」

「アタシはキッドだニャ。よろしくニャ」

 ティアナと同じぐらいの年だろう。癖っ毛が特徴的な猫耳族の少女が自己紹介する。

 音を立てにくい簡素なズボンに皮の胸当てと、夜目に優れ、気配を殺すことに長けた種族の特性から考えて斥候職だろう。

「ワシは魔術師のローガンじゃ。よろしくの」

 こちらは老人だ。体は細身だが腰は曲がっていない。白く長い眉に覆われた眼光は鋭い。

 俺の目からして研究よりも実戦派の魔術師と見た。

 屁理屈をこねるしか脳のないもやし野郎よりも断然信用のおけるタイプだ。

「拙者は槍使いのグレンでござる。よろしくお頼み申す」

 武士みたいな口調だが、声が若い。20代半ばぐらいだろうか?リザードマンの青年が丁寧に頭を下げた。

「わたくしはセレナと申します。ご覧の通りプリーストですわ。お体が優れなくなりましたら、わたくしが看護いたしますね」

 お淑やかな声や言葉遣いとは裏腹にセレナさんは本日戦ったオーガや日本で言う金剛力士像のような体つきの女性だ。

 僧衣を押し上げるバストは豊かで圧巻の一言だが、それ以上に筋肉の盛り上がった太い腕や腹筋のシックスバック、太ももの形がくっきり浮き出ている。

 俺の知り合いといい、プリーストというのは男も女もゴリマッチョにならなければならない戒律でも存在するのだろうか。

 彼らが崇拝しているのは神ではなくて筋肉じゃないのか?

 隣のテーブルに立てかけてあるグレートメイスは恐らく彼女のものだろう。

 火力兼タンクの役割を果たしつつ、回復や支援魔法で味方の指揮も向上させる……。

 この人がパーティで一番のチートの代表格だろうな。

 バランスのよいパーティーだ。商人の人選の堅実さが窺える。


「話はまとまったようですね。では明日の早朝この宿の食堂で待ち合わせをしましょうか。料金の交渉につきましては…………」



 ――――そんなわけで明日からの旅の道連れが決まったのであった。



「よかったね。一緒に行ってくれる人が見つかって」 

「ティアナが行商がいることを教えてくれたおかげさ。そうだ、今晩ティアナの家にお世話になっても?」

「大歓迎よ。さあ行きましょ。大したものは出ないけど、腕によりをかけるからね。お母さんが」

「そこは言葉だけでも『私が』と言わないと嫁のもらい手がないぞ」

「アハハ、よく言われる」


 仲良くおしゃべりしながら歩いていると、お世話になる家が見えてきた。

 軒先で薪を割る男性とパンの種ををこねている女性がいる。

 ティアナの両親だろう。


「ただいまお父さんお母さん」

「おかえりティアナ。おや、隣の女の子は?」

「この子はアスカちゃん。こう見えて冒険者なのよ。ねえ、お父さん。アスカちゃんを一晩だけ家で泊めてもいい?」

「ああ、いいよ。旅人さん、狭い家だけどゆっくりしていってくれ」

「世話になってしまってすまない。ほんのお礼の気持ちなんだが、どうか受け取って欲しい」


 アイテムボックスからオーガの犠牲者となった鹿の死体を下ろす。

 首を落として既に血抜きの処理は済ませてある。


「立派な牡鹿だね。ありがとう。私達だけでは食べきれないから村のみんなにお裾分けしても構わないかな?」

「好きにしてくれ」



 ――――

 しょっぱいだけで獣臭い携帯食料の干し肉に慣れきった俺にとって鹿肉の煮込み料理をはじめ、手間のかかった家庭料理の数々は味わい深いものだった。

 それだけじゃない。よくしゃべるティアナに、落ち着いた性格の御両親の団らんに巻き込まれて、久しぶりに俺にも家族がいたんだということを思い出させた。

 何の因果か遠くに来ちまったもんだな……


 食事の片づけを手伝わせてもらい、後は寝る段階になったのだが、

「アスカちゃん一緒に寝ましょ」

 ティアナが一つしかないベッドを指して言った。

 何?誘ってんのこの娘。

 俺にとって女性と同衾するっていうのはアレしかないわけで。

 んなわけないか。見た目の年齢差で子供扱いされてるし、姉妹もいないようだから、ガールズトークみたいなことがしたいんだろう。

「俺は床で大丈夫だ。野宿には慣れてる。屋根があるだけでもありがたいもんさ」

「だめよ。お客様を床で寝かせるなんてことできません。

 それに明日から旅になるんでしょ?しっかり寝て体力を回復しておかないと」

 ……しょうがないな。世話になっている以上。家主の言うことは聞くもんだろう。

 男だったらやばいんだが、今の俺は女だ。問題ない。

「分かったよ。寝相については保障しないからな」

「毛布を剥がれちゃったらアスカちゃんで暖をとるわよ」

 そうかい。俺は湯たんぽ代わりかい。ちゃっかりしてんな。


 並んで布団に入って目をつむる。

「ねえ、アスカちゃん」

「何だ」

「アスカちゃんは何歳で冒険者になったの?」

「15の時だな。冒険者になりたいならやめといた方がいいぞ。

 あれはどこにも行く場所がない奴か、夢に命を賭けられる大馬鹿野郎がなるもんだ」

「アスカちゃんは……ごめん、聞いていいことじゃなかったね。忘れて」

「謝らなくていい。別に隠すようなことでもないからな。俺は両方だよ。根無し草の大馬鹿野郎さ。戦うしか能がなかったしな」

「冒険者って魔物だけじゃなくて、時には人とも戦うんでしょ?怖くないの?」

「そりゃあ怖いに決まってる。誰だって死にたくないんだ。

 虚勢でも張っておかないと。逃げたしたくなるからな。

 恐怖を感じないヤツはただのイカレだ。そういうのは長生きできん」

「すごいんだね。アスカちゃんは。おとぎ話で魔王と戦った勇者様みたい」

 勇者ぁ?俺みたいな俗物が勇者だったら、世の冒険者(クズ)どもはみんな英雄様だ。

「話を聞いてなかったのか?俺みたいな大馬鹿野郎のどこが勇者なんだよ。人助けだって依頼を通して報酬が支払われるからやってるんだぜ」

「それでも、怖くても誰かのために命を張れるってすごいよ。私には真似できないもの」

 誰かのためにね……

 ケツの青い新人だって今時そんな殊勝な奴珍しいってのに。

 まあ、戦う理由は人それぞれあってもいいか。

 過去に俺が受けたクエストの受注人数が定員に達していたところを『報酬はいただきません』と強引に追加で参加してきたプリーストのおっさんがいたが、あれはあれで俗な理由なので例外ではない。

 あいつだけは理解できない。したくない。

 閉じていた目を開けるとティアナはキラキラと目を輝かせてこちらを見ている。

 完全に美化されてしまっているな……か弱い少女の外見が現実感を損なっているのだろう。

 乙女の夢を進んで壊すほど俺も野暮じゃないし、いいか。



「ねえ、アスカちゃんとこうして一緒に寝てると私、妹ができたみたい」

 今度は話題を変えてきた。

「……そうか」

 俺、今年で50歳なんだけどな?

 親子ほども年が離れてるんだが。

 妹か……

「それなら俺には血の繋がった妹がいたよ。」

「へー、アスカちゃんの妹ならきっと可愛い子なんだろうなあ」

 確かにギリフツメンだった俺と違って妹は美少女だったな。

 性別こそ違うものの同じ両親から産まれていて格差を感じたものだ。

 今では俺の方が美人かな?日本とこの世界の時の流れが同じか分からないが、35年も経ったらあいつも立派なおばちゃんだろう。

 はっはっは、俺の勝ちだマイシスター。

 俺の若さと美しさを羨むがいい。

 心の中で勝ち誇ってみる。

 ……むなしいだけだった。


「あんまり似てはいなかったな。もう会えないから比較もできないが」

「もう会えないって……ごめんね。辛いこと思い出させちゃった?」

 それはないな。ホームシックなんて感覚、とうの昔に無くした。

 日本の家族のことなんてきっかけがなければ思いだすこともなかった。

「気にしなくていい。死に別れでも喧嘩別れをしたわけでもない。俺が冒険したいと思ったから故郷を出た。それだけのことさ」

 俺が発言するとティアナは俺に抱きついてきた。

 柔らけえ!ティアナって結構着痩せするんだな!?

「な、なんばしよっと!?」

 女に抱擁されるのこんなに気持ちよかったか!?

 一年間ご無沙汰だったせいで魂が童貞に戻っているため、声がどもってしまう。


「アスカちゃんが寂しそうだったからついぎゅっとしたくなっちゃった。今晩だけでも私達家族だと思って甘えてくれていいからね」

「左様ですか……」

 ティアナは優しいな。今日会ったばかりの旅人に同情してくれるとは。人の心の機微に聡い、いい娘だ。

 そう思えば、欲情するというよりも安心感がやってくる。

 真に人肌がもたらす温もりを感じた俺はやがて微睡みに沈んでいった。

 転移魔法が使えるようになったらたまにこの村へ顔を出すのいいなと考えながら。


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