総帥見参っ!
俺は今、白い割烹着を着て直立不動でキッチンにいる。そして左頬に痛々しい手形を付けた、ナイスミドルの男性がまるで親の仇かのよう目線をもってして睨んでくる。怖い。
「お父様? 後輩君を威嚇するのはやめて下さいませんか?」
三条先輩にたしなめられ、渋々俺から目線を外す男性。そう先程から大人気なく高校生に殺気を全開で放ってきているのは、三条先輩のお父様だ。
頬に浮かぶ赤く腫れた手形が気にはなるが、その姿からは明らかに大物のオーラが漂う御仁。下手な芸能人よりもよっぽど貫禄がある。
当時の料亭のお客さんにも、芸能界や政界の方がよくよくいらっしゃったけれども、それらの方と比べても群を抜いてある。肌に感じるオーラのようなものがある。
「まさかみくが部屋に男を連れこむとはな……。よかろう、この儂、自ら見定めてやるわっ!」
何か非常に熱いものを叩きつけられた。もう棒立ちになる以外に、どんなリアクションをしたらいいのか分からない。
どうやら俺が三条先輩の彼氏扱いになっているようだ……。でも安心して下さい。実態はサークルの部長と部員の関係ですから。
鬼気迫るお顔を向けてくるお父様が熱弁する中、三条先輩は席を立つや、俺とお揃いの割烹着に袖を通していた。
「み、みく? な、何を……」
「何って、私も後輩君と一緒にお料理をするつもりですが?」
「すみません、許して下さい」
先ほどまでのオーラは消え失せ、綺麗な九十度のお辞儀をするお父様。これぞまさしく因果応報、以前作ったとされる炭料理の時にちゃんと注意しないからですよ?
「そ、そもそも儂が確かめたいのはそこの男がいかがな者かだ! だからみくは料理しなくていいんだよ? むしろする必要がないって言うか……その、お願い、やめて……欲しい……」
どんどん尻すぼみに……。三条先輩の機嫌を損ねずに何とかして料理を作らせまいと奮闘してるのが見てとれる。
「さ、後輩君、今日は何を作るのかしら? 五月蠅いお父様は無視して、今日もお料理を作りましょう♪」
「なにその猫なで声!? そんなの最近パパには一切……おのれ、若造ぉぉうぉぉぉぉお!!!」
咆哮よ……。そしてどうして俺を睨むのさ……。とりあえずさっさと料理を作ってこの場から逃げ出すしかない。
「さ、三条先輩? 親御さんも申しておりますし、ここは俺だけで……」
「誰がお義父様だっ!?」
そんなこと言ってませんよね? この人、財閥を築き上げた先見の明もある凄い人なんだろうけど、娘の事になると前が見えてなさ過ぎじゃないか?
結局、三条先輩はブー垂れながらも料理は作らないことになった。料サーでは別段変わったことではなく、デフォだけどね。
ちなみにお父様は胸を撫でおろしていたが。でもちゃんと本当の事を言った方がいいと思うよ?
ただ、改めて用意された食材を見ると、どれも一級品なのが見て取れた。この家は常にこれだけの食材をキープしているのか? もしくは一声かければ高レベルの食材が集まる仕組みがあるのかもしれない。おそるべし、三条家!
「ん? これは……そっか、もうそんな時期か」
目に留まった食材があった。いかつい顔と口の細長い魚……鱧があった。
「おいおい、その食材はちと荷が重過ぎないか? 大人しくチャーハンかオムライスでも作ればよかろう?」
桶に入った鱧を眺めてると、皮肉たっぷりの声が飛んできた。だが俺自身はそれほど気にしていない。だって見た目が高校生なんだから。でも隣の三条先輩はそうでもなかったようだ。
「パパっ! いい加減にしてもらえるかしら!? 分かったわ! 今から後輩君には私とパパの分の料理も作ってもらうわ! そしてもし、パパの舌を唸らせたら私達のことを認めてもらうわよ!?」
「ふはは、何を言い出すかと思えば高校生の作る料理で私の舌を唸らす? ふはは、よかろう! 父親として、いや、この三条財閥総帥の名に懸けて誓おうではないか!」
なんか親子で楽しそうにやりあっているが、とりあえずお父様の分も作らなければならなくなったらしい。
で、三条財閥ってなに? 総帥とは?
「後輩君! ハンバーガーはまた今度でいいから本気出しちゃいなさい! でもいい!? もし万が一パパの舌を唸らせることが出来なかったら、家に学校に有る事、無い事、織り交ぜて親告するからねっ!?」
「ちょっ!? ある事ならまだしもない事まではやめてくれませんか!?」
「じゃあ、今日の件を学校で言いふらすわ!」
「全身全霊を込めて調理させていただきます」
プライドなんて簡単に捨て、簡単に頭を垂れた。おそらくむにぃ~の件を指しているのだろう。確かにそれはあった事でしたね……。
やっぱり家にバレるのが一番怖いな……。厳密に言うならば、親父やお袋よりも雪からの仕打ちが怖い。きっと『この、スケベ兄貴!』とか言われてお尻が四つに割られてしまう未来が見える。
それに学校は学校で学校で変態の烙印を押され、今後一切女子に話しかけてもらえなくなる可能性がある。
こうなったら全ては保身の為! 見せてあげましょう、俺の今までの修業の成果を!
「俺が作るのは……牡丹鱧にします!」
牡丹鱧……旬の食材、鱧を使った椀物。初夏から盛夏にかけての定番かつ、和食では外すことの出来無い料理だ。そして作るのに【骨切り】という技術が必須料理でもあり、難易度の高い椀物でもある。
とはいえ慣れないハンバーガーを作るよりは自信はある。
「牡丹鱧? あの京料理の代表的な椀物のか? おいおい、いくばくか料理が出来るようだが、見よう見真似で出来るような料理じゃないぞ? 身の丈というものを知っているのか、なあ少年よ?」
鬼の首を取ったような表情を向けてくるお父様……。少々高校生をいじめ過ぎではないだろうか。普通のメンタルの高校生ならとっくに泣いてますよ?
ちなみに俺が煽られているのに腹が立ったのか、お隣のJKは鬼の形相を実の父親に向けているが。
綺麗なお顔をしていらっしゃるので、怒るとより冷たく感じる。きっと前世は雪女さんをしていたに違いない。
「ははっ……辛うじて作り方は知っていますのでご安心を。鱧は今が旬ですからね。それじゃ早速、調理に取り掛からせていただきますね」
謙遜を織り交ぜながらお答えしておいた。実際はもう気が狂う程に調理した経験がありますけどね。
それはもう、現実のみにとどまらず、夢の中でさえも骨切りするぐらいには追い込まれていましたから。そしていつもそばには料理長の罵声が……ごほん、叱咤激励が脳内再生余裕です。
つまり牡丹鱧と言えば骨切りの技術に尽きる。これの出来によって椀の中での牡丹の咲き具合が大きく変わる。
早速鱧の身を開き、包丁を身に乗せて一定の間隔で落とした。これにより小骨が多い鱧をそのまま食せるようになる。先人の知恵の結晶である。
とはいえ、この骨切りの技術がこれまた習得するのに時間がかかる。弱ければ骨が絶てず、強ければ皮ごと切り落としてしまう。この辺りの加減が難しい料理と言われる所以である。
隣に居る三条先輩も、俺が本気で料理している事を感じ取ってくれており、熱いまなざしを送り続けてくれてる。
JKにそこまで見つめられるとちょっと緊張するんですけど? あとデケぇも気になるんですよぉ……。
いかんいかん。集中集中! 雑念をまとって調理してたら食材に失礼だ。
「ふぅ……」
骨切りを終わらせ、出汁を作り、湯引きした鱧を落とした。椀の中には綺麗な白牡丹が咲いていた。
今日もいい出来だ。
「……え? 君、高校生だよね?」
三条財閥の総帥様が目を見開いて質問してきた。まあ明らかに動きはベテランの板前さんのものだったと思う。
「はい、高校一年になります。さあ、どうぞお召し上がり下さい」
先程の雪女よろしくの冷酷なお顔は何処へやら、今は打って変わってドヤ顔が凄い。まるで自分が作ったかのようである。
「う、うむ……。美味い……」
「パパ? 聞こえないよ? もっと大きな声で」
「美味い! 一流の料亭で出てきてもおかしくない味だった! み、認めよう! 三条財閥の総帥に二言は……二言はないぃぃ……」
めっちゃ尻すぼみだった。まあ、認められたのならなによりである。
「じゃあこれからは俺と三条先輩を、同じ学校に通うサークル仲間だと認めて下さいね?」
「……え? それでいいの?」
総帥に『お前マジか?』という目で見られた。三条先輩も同じ目をしていた。やっぱ親子だな、そっくりだ。
「ちょ、ちょっと後輩君!? パパに認めてもらうのってそんなに簡単じゃないのよ!? 一体何を言って——」
「ふははっ、よかろう少年よ! 三条財閥総帥の名において、君をみくのサークル仲間として認めようじゃないか!」
「ども」
ぺこりと頭を下げておいた。これにて一件落着だな。
「後輩くぅん? ちょっといいかしらぁぁぁ?」
安心したのもつかの間、大変ご立腹な様子で胸倉を掴まれた……。初めて三条先輩が怖いと思った瞬間だった。




