家庭教師の先生、来たる
部屋の掃除機がけ良し、ころころローラー良し、空気の入れ替え良し。
帰宅後、急いで掃除を行い、指差し確認までして気合を入れて部屋の最終チェックを終えると、約束の時間まであと少しとなっていた。
「なんか緊張するなぁ……」
落ち着かずにそわそわしていると、家のチャイムが鳴った。どうやらいらっしゃったみたいだ。早速玄関の方に向かうと、既にお袋が対応していた。
家庭教師の先生は女性だった。年齢的には二十代前半ぐらいだと思う。
白いシャツに黒のタイトスカートが似合っており、後ろでまとめた栗色の髪に、少しブラウンがかった瞳とゆるふわな愛らしい雰囲気が特徴の——
「「ああっ!!」」
思わずお互い声を上げ、家庭教師の先生と声を揃えて指を差しあった。
玄関でお袋と話をしていたのは、見覚えがあり過ぎる女性であった。そう、ハラ減り系ミュージシャンのあやかさんだったのだ。
意味が分からない。家庭教師を頼んだ筈なのに、何故ミュージシャンが派遣されたのだろうか……。
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「こんな偶然ってあるんだね……。確かに伺う先の苗字が修君と一緒だからまさかとは思ったけど、そのまさかのまさかだったなんて」
「はい、俺もびっくりですよ。世間は狭いものですね」
部屋へと案内して世間話を交えつつ、今後のプランを打ち合わせることになった。どうやらあやかさん、家庭教師のバイトをしているらしい。まさかこんな副業を隠していたとは……。
「音楽するのにも、なにかとお金がかかるからね。じゃあ、無駄話はこの辺りにして、中学生の問題から復習し直す感じでいいかな?」
「あっ、はい。宜しくお願いします」
あやか先生はどこかのJKと違って、非常に分かりやすく丁寧に今後の内容を説明してくれた。この分だと授業も期待出来そうだ。
「じゃあ徐々にペースを上げて、出来るだけ早く今の授業に追いつけるようにしようね。大丈夫、あやか先生に任せなさい♪」
にしてもゆるふわな雰囲気はあるものの、普段の音楽をしている姿と違って妙に大人びて見える。やはり服装のせいだろうか。ちょっとした就活生に見えるもんな。
「ん~? どうしたの? お姉さんに見惚れちゃった? 私もちゃんとした格好すればそれなりでしょ?」
それなりどころか百点満点だと思います。女性教師、万歳です。
「はは、あやかさんは可愛いですし、どんな格好でもお似合いですよ。じゃあ授業始める前にちょっと飲み物だけ取ってきますね」
「あ、ありがと……何気に可愛いって言われちった。それにまさかの出会い、こ、これって……」
「ん? なにかおっしゃいましたか?」
「な、何でもないよ!?」
妙にニコニコするあやかさんが気になるところではあったけども、部屋を出てリビングに向かった。
「母さん、悪いけどもお茶の準備を——」
「ふふ、お義母様ったら……あら? 修さん、お邪魔させていただいてますわよ」
何故かリビングでお袋と談笑している三条先輩が居た。そしていつもの猫かぶり名前呼びと来た……。
目をこすってもう一度見返すも、やはり三条先輩が居た。何かの錯覚かとも思ったが、あのサイズは早々はお目にかかれないので本人に間違いはないと思う。
間違いなく三条みく先輩、その人だ。なぜ来た? そしてなぜ招き入れた、お袋よ。
「はいはい、お茶ね。それにしても可愛いらしい先生で良かったわね~」
そんな俺の心の葛藤などつゆ知らず、お茶の準備をしながら笑顔で地雷を設置していくお袋。その時、咄嗟に三条先輩を見たのだが……。
「っち……女性なのね。しかも可愛い……」
いま悪い顔して舌打ちしましたね? 清楚系美少女JKらしからぬ挙動ですね。てか三条先輩も知っている方だから。
「あの……三条先輩? どうしてここに——」
「家の前でちょろちょろしてたから入れてあげた」
ソファーの裏側、死角になっていた場所から声が上がった。犯人はお前か、雪……。
三条先輩の手土産だろうか、高級そうなお菓子を抱えながらひょっこり顔を出す雪。どうやら今日は塾はお休みの日らしい。
てか雪、高級菓子で買収されてんじゃねえか。貴様が諸悪の根元か。
「でも雪ちゃんも気になるでしょ? 家庭教師の先生がどんな人なのか」
「それよりもお菓子の味の方が気になる……。ねえこれも食べていい?」
更に新しいお菓子が掲げられた。一体何個持ってきてくれたの?
「え、ええ。好きなだけ食べてね。今度はもっと違う物を沢山持ってくるから」
「むふっ……大いに期待。ちょくちょく来てね」
なんかうちの妹と微妙に仲が良くなっている気がするんだが……。しかしあの雪を飼い慣らすとは。
「すみません、お手洗いをお借りしたいのですが……」
そんな渦中の人がリビングに顔を出してきた。
三条先輩は目を点にしてフリーズさせ、雪は『むっぐぐ……これも美味しい。やばい、これはやめられない止まらない』と口ごもっていた。
もはや家庭教師の先生よりもお菓子の方が重要らしい。
「あら? 修君の彼女ちゃんじゃない」
「あ、あやかさん!? ど、どうしてここに!?」
「えへへ、私、音楽していない時はこうして家庭教師のバイトしてるの。まさかの偶然で修君の家庭教師になったんだ。あ、こう見えても結構評判はいいんだよ?」
程よいサイズの胸を突き出し、どや顔してきた。お姉さんキャラが幼い挙動を取る……。ギャップ萌えで、ますます可愛らしさに拍車がかかりますね。
「……やっぱり家庭教師は禁止! 塾……そう、塾にしなさい!」
「ええっ!? だ、だめだよ!? 三条さん、このバイト無くなると私、本気で飢えちゃうよぉ!! 今月もかつかつでこの一週間はもやし生活なんだよ!?」
「一週間もやし!? もっと栄養のある物を食べて下さい!!」
自分が家庭教師を推した癖にあやかさんを見るなり手の平を返ししてきた。てかもやしが生命線って……本気でまともな物食ってないじゃないですか。
「修? あんたって罪な男よねぇ。だんだんパパに似てきたわね」
この修羅場において平常運行を続けるお袋。流石は歳の功である。だが親父に似てるとは? 親子だから見た目は似てて当たり前かも知れないが……。ともあれ、一回目の人生では言われなかった事だな。
今週末に親父も帰って来るし、アテでも作ってやって久々に話でもするかな……。とりま、今後あやかさんが来た際には晩ご飯も食べていってもらおう……。




