閑話 南校舎の話6
お久しぶりです。相当、間が空きましたが閑話南校舎編6話目の投稿です。
一応、次からは本編に戻れるかと思いますので、是非ともご付き合いください。
「ハァ……ハァ……」
俺はどのくらい走り続けているのだろうか。
レベルアップ済みを2体含んだゾンビ集団からの逃走劇は困難を極めた。
武器を奪われ、対抗手段が無くなったことに対する恐怖心。そして、レベルアップによって足が速くなった二体のゾンビ。
それらは、俺の体力を確実に削っていった。
焦りと恐怖心で頭がうまく回らず、細かいミスを繰り返す。
何度、ゾンビに捕まえられそうになったことか。
もはや、ゾンビを一ヶ所に引きつけつつ逃げるという作戦は機能しておらず、そんな余裕はどこにもない。
レベルアップ済みゾンビから逃げるので精一杯だ。
フェイントで左右に揺さぶることによって、なんとか捕まることだけは避けている。もう単純な足の速さで勝負できるだけの体力は残っていない。
俺が好き勝手に逃げるせいで、その他のレベル1ゾンビ集団は、運動場内にばらけてしまっている。
それらが、俺の逃げ場所を制限していることにより、余計に逃げづらくなる。
おそらく、保ってあと数分か。
「幹也早くしてくれ……!」
俺はゾンビに悟られぬように、南校舎の屋上を見る。
どうやら、合図はまだのようだ。
それでも俺は幹也達を信じて逃げ続ける。
体力の限界がくるまで、全力を尽くす。
こんなところで捕まるわけにはいかない、こんなところで……
「クソッ!!」
いつの間にか俺はゾンビに囲まれていた。
左右からレベルアップ済みのゾンビ。前後にはレベル1ゾンビ軍団。見事な包囲網の完成だ。
一体どれくらいの時間走っているのだろう。
頭が酸欠で回らなくなり、意識も朦朧としてきた。
ーーもう十分頑張ったんじゃないか
そんな考えが頭をよぎる。
時間稼ぎの役割は十分に果たした。
あとは幹也達がうまくやってくれるだろう。
もうそろそろ楽になっても……
『和、諦めないで!!!』
俺が逃げることを諦めて、目を閉じようとしたその時。校庭にそんな声が響いた。
この声は間違いなく幹也のものだ。
俺はその声が発せられたであろう南の校舎の屋上を見る。
そこには国と学校を象徴する旗、つまり国旗と校旗が高々と掲げられていた。まさに国旗校旗掲揚。そしてこれは、食料の確保が終わったという合図だ。
ゾンビ達に目を戻す。
皆、声のあった屋上を見ている。だが、そこには幹也の姿はない。おそらくもう隠れているのだろう。
とにかくゾンビ達には隙が出来た。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
俺はゾンビ達が屋上へと気を取られている隙に、包囲網を抜け出す。
すぐにゾンビ達も気がついて俺を追いかけ始めるが、俺は既に5メートルほどの距離を稼いでいた。
まずは体育館の方へと向かう。
何せ、このまま校舎に戻るわけにはいかない。
まずはゾンビを撒く。
体力の限界も近いが、最後の力を振り絞って走る。
剣道部の子が、先生達が、幹也が俺を待っている。
ここで捕まるわけにはいかない!
俺は、ポケットのお守りを握る。
おそらく清が使っていたであろう箒の破片を綺麗に削ったものだ。
それを握った瞬間、急に力が湧いてきた。
今までの疲れが嘘のように吹っ飛び、どこまでも走れそうな気がしてくる。
先ほどとは一転、力強く地面を蹴って俺は体育館裏に着く。まずはゾンビを撒かないといけない。
レベル1のゾンビは普通に走っていれば、勝手に距離が開いて見失ってくれるだろう。
問題はレベルアップ済みの二体のゾンビだ。
俺は、扉全開の体育館に侵入し、その扉を閉めて鍵をかける。
ゾンビたちは、体育館に入ろうとドンドンと扉を叩くが、さすがにあのゾンビたちでは扉を壊すことはできないだろう。
というか直ぐ隣に開いている扉があるんだが、やはりゾンビ達の知能はさほど高くないようだ。
まぁ、すぐに気づいて入ってくると思うが、少しでも時間が稼げればいい。
俺は、入ってきたのと反対側の扉から外に出てそのまま南校舎に向かった。
やはり、体育館裏にゾンビ達を集めることには成功したらしく、周辺にゾンビは見かけない。
俺は南校舎に着く。チラッと後方を見ると、レベルアップ済みゾンビ二体を先頭にゾンビ軍団が体育館に入るところであった。
どうやら、気づかれたらしい。
俺は南校舎に入り、急いで階段を駆け上がる。
すると二階に上がってすぐのところに、幹也達が待機していた。
「和、無事でよかった!」
「いいから、まずは防火扉を閉めないと。すぐにゾンビが来るぞ」
「あ、うん。そうだね」
という会話の間に、臼井先生と剣道部の子が防火扉を閉めてくれていた。
防火扉はものの10秒ほどで完全に閉じられて、それは今回の食糧補給作戦が成功した瞬間だった。
☆☆☆
「フゥ〜。危なかったなぁ……」
思わず声が漏れる。
自分で言い出した作戦だが、ここまでキツいと思わなかった。いや、まだゾンビたちのレベルアップさえなければ、楽に終わっていたのだろう。
まさか、あんな形で仲間割れさせてしまうなんて思いもしなかった。
ゾンビを倒せばレベルアップというのは、俺たちもゾンビも変わらないということをもっと強く意識しておかなければいけなかったのだ。
いや、もしかするとゾンビだけではないかもしれない。
人間を倒しても同様にレベルアップが起こるとしたら……
俺は、そこまで考えて思考を放棄する。
今は、目の前の問題を片付けていくしかないのだ。
そう、目の前……
俺の目の前では、臼井先生が深々と頭を下げていた。
「すまなかった!先生という立場にありながら、生徒をこんなに危険な目に合わせて……もう先生失格だ。本当は僕が囮になるべきだったんだ」
「そんな、頭を上げてください」
俺が慌ててそういうが、先生の頭は下がったままである。
「いや、生徒を囮に使って自分は安全に食料を取りに行く。そんな先生は先生じゃない!もうこうなったら、僕が外のゾンビを全部やっつけてくるよ!」
「いや、ちょっと待ってください。とにかく、落ち着いて」
箒槍を持ち、防火扉を開けて外に飛び出しそうになる先生を羽交い締めにする。
さすがに、幹也や剣道部の子もまずいと思ったのか、防火扉が開かないように押さえてくれている。
先生も拘束を抜け出そうと必死でもがいているようだが、レベルアップ済みの俺の力に勝てるわけがない。
臼井先生はしばらくもがいた後、諦めたように脱力した。
俺は、そんな先生に声をかける。
「先生、自分を責めないでください。今回はたまたま囮に一番適任だったのが俺だったというだけの話です。先生は何も悪くありません」
「それでも!生徒を危険な目に合わせるなんて……いや、少し冷静じゃなかったようだ。すまなかった」
「だから、謝らないでください。そんな過ぎたことより、今は食糧について話し合いましょう。何せ、先生には場を仕切るという重要な仕事があるんですから」
俺の言葉を聞いて、肩の荷が下りたのか、先生の表情が少し和らいだ。
幹也と剣道部の子も謝ろうとしているが、俺はそれを手で制する。
そもそも、囮作戦を言い出したのは俺だし、囮に立候補したのも俺なのだ。勝手に危険な目に遭って、それで謝られるのは何か違う。
「そうだね。とにかく、食糧のことも含めてこれからのことについてもう一度話し合おう。幹也、三階にいる子を二階に集めてきてくれ」
「わかりました!」
臼井先生が手を叩いて言う。
それに対して、幹也は明るい返事をして階段を登って行く。
とにかく、臼井先生も俺の言いたいことは分かってくれたらしい。
さて、問題はこれからだな。
食糧の配分、北校舎のこと、あとは脱出のこと。
話し合うことはたくさんある。
俺は日もとっくに沈んでしまった空を見ながら、これからのことに想いを馳せていた。




