閑話 南校舎の話5
ゾンビの足はそこまで速いものではない。
レベルアップ前のゾンビは、ある程度生前の身体能力が反映される。しかし、老人といえど走れないことはないらしく、どういうわけかある程度一般男性レベルまで引き上げられるそうだ。
まぁつまりは、レベル1のゾンビは一般人の域を出ることはない。
要はレベルさえ勝っていれば、そこまで逃げるのには困らないということだ。
そういうわけで一応護身用にバットを持ってきたが、追いつかれることはおそらくない……。
まず、手始めに体育館近くのゾンビの気を引き、その後学校中を周り、次々とゾンビをトレインしていく。
こうして今、50匹を超えそうなゾンビが全力で俺に追いつこうとしている。
だが、流し気味に走るだけで逃げ続けられる。まぁこれは、運良くレベルアップ済みのゾンビが他にいなかったおかげなのだが……。
俺を食おうと、口々に吠えるゾンビ。
これだけ音を立てていれば、学校中のゾンビが集まってくるはずだ。
そして、それは幹也たちからゾンビを遠ざける事になる。
なにかの拍子にゾンビが校舎に向かってはいけないので、俺は血走ったゾンビを引き連れたまま運動場に移動する。
ちなみに運動場は、南校舎のさらに南に位置している。
この広い運動場ならば、ゾンビを引き付けつつ逃げ続けることができそうだ。
あとは、幹也たちが体育館から食料を運び出してくれるまで逃げ続けるだけである。
俺は運動場の周りに沿って走り続ける。
やはりゾンビは知能が低いのか、普通に追ってくるばかりで、囲んで追い込むとかという発想はないようだ。
ゾンビの軍団が血走って俺を食べようと追ってくる様に、以前なら恐怖を感じていたことだろう。
だが、驚異的な身体能力を手にして、そのスピードが俺に追いつけるものではないとわかった今、あまり恐怖は感じない。
確かステータスには、精神力という項目があったはずだから、それが影響しているのかもしれないが……。
そういえば、まだ自分のステータスをきちんと見たことはない。
どうも、レベルアップした時にしか見れないらしい。不便だ。
そんなことを思いながら、ひたすらゾンビから逃げ続ける。
その時、前方に少し大きめの石が落ちているのに気がついた。
当然俺は避けて通るが、後ろのゾンビは俺に気を取られて気がつかなかったらしく……。
石に足を引っ掛けた先頭のゾンビが、勢いよく転倒する。
後に続くゾンビのうち何体かは、転倒したゾンビに足を引っ掛けて転んでしまうが、ほとんどのゾンビはその転んだゾンビを踏みつけて追いかけてくる。
やはり、俺しか眼中にないのだろう。
その時、集団から三体のゾンビが飛び出した。
その三体はレベルアップ済みの俺でも看過することのできないスピードで、瞬く間に後ろの集団を引き離し、俺の後を追ってくる。
「まさか!?今のでレベルアップしたのか?」
原因は、先ほどの転倒だろうか。
転倒したゾンビは、後続に踏まれまくっていた。おそらく無事では済まない。
要するに、意図せず仲間割れさせてしまったわけだ。
普通の戦いなら仲間割れさせてもいいが、レベルというシステムがある以上、それは悪手だ。
俺はスピードを上げる。
今までの速さだと、すぐに追いつかれるからだ。
割と本気で走らないと捕まってしまう。
今まで、余裕があったのはレベルで勝っていたからだ。
清にも聞いていたが、ゾンビの体力は無限大。現にレベルアップしていないゾンビでさえ、さっきからスピードが衰える様子もない。
俺は本気で走っていたわけじゃないから、まだまだ体力は有り余っているが、ゾンビは俺を喰おうと全力で走っていたはずである。よって、ゾンビには疲労という概念がないと予想できる。
ということで、ゾンビがレベルアップし、割と本気で走らなければならなくなった現状は相当危険だ。
さらに、速いゾンビから逃げるあまり、その他大勢のゾンビを引き離しすぎないようにも気をつけなければならない。
何かの拍子で幹也達の方に向かわれたら、この作戦はおじゃんになる。
徐々に体力が削られていく。
元々、サッカー部で鍛えた体力には自信があり、レベルアップでさらに磨きがかかったため、正直いつまでも走れる気がしていた。
だが、本気で走らねば食われるというプレッシャー。
さらに、後ろにいる集団のゾンビの気を引くことも忘れてはいけない。
考えることが増え、精神力とともに体力も削られ、完全に余裕が消えた。
もしかすると、俺はまだゾンビを舐めていたのかもしれない。
最初の戦闘は確かに危なかったが、レベルアップしたから大丈夫だろうと心の中では思っていた。
この作戦を提案したのがいい証拠だ。
学校中のゾンビを相手に逃げ切れるなんて本気で思っていたのだ。
レベルアップ済みのゾンビが他にもたくさんいて、もしかすると俺より足が早いゾンビもたくさんいたかもしれないのに。
そんな可能性に思い至らなかったほど、俺はレベルアップで浮かれていたのか?
次第に三体のゾンビとの距離が詰まってくる。
本気で走っているはずなのに、なかなか引き離せなくなってきた。
俺を喰おうと血走って追いかけてくるゾンビ達。
先ほどは、たいして恐怖にも感じなかったその光景が、今は何よりも恐ろしいものに見える。
まるで檻の中の猛獣が脱走して追いかけてきた気分だ。
非常にまずい。
せめてレベルアップした三体だけでもなんとかしなければ。
「やはりやるしかないのか……?」
右手には、万が一戦闘になった時のために持ってきた金属バット。
どうせ交戦するならば、出来るだけ早い方がいいだろう。戦闘に使える体力が減ってしまう前にだ。
俺はバットを握りしめて、覚悟を決める。
すぐあとに迫るゾンビの位置を確認したあと、前を向いたままバットだけを振るう。
その瞬間、何かを潰したような感触が伝わった。
おそらくこれであと二体。
初の戦闘では何度も殴らないといけなかったが、レベルアップのおかげか、一撃でカタをつけることができた。
残りの二体は少し警戒して、一定距離を保ちつつ追ってくる。
だからと言って、このまま逃げていてもジリ貧でしかない。
すぐに切り返して、もう一体の方に向かう。
そして同じように頭に向けてバットを振るう。
今度は両腕で止められたようで、脳を潰すには至らない。
だが、確実に骨を砕いたような感触があった。これで両腕は使い物にならないだろう。
そう思い、とりあえず右に迫った残りの一体のゾンビの対処をしようとしたところで、あることに気がつく。
なぜだかバットが動かない。
それがゾンビにバットを掴まれたからだと俺が認識する頃には、右からは残りの一体が、周囲にはレベル1のゾンビが迫っていた。
「やばい!」
思わずそう叫び、とっさにバットを手放す。
武器を取り返していては、その隙に他のゾンビにやられてしまう。
俺は逃げることを優先に考え、左側のゾンビの群れを越すように跳んだ。
さっきから散々体を動かして慣らしてきたので、今更この身体能力に戸惑いはない。
包囲網を抜け出し、再び逃走劇が始まる。
腕の骨を砕かれたはずのゾンビは、何事もなかったかのように起き上がり、バットを持ったまま追いかけてくる。
最悪だ。唯一の対抗手段である武器を奪われた。
対して、成果はゾンビ一体だけ。レベルアップもしなかった。
状況はむしろ悪化したと言っていい。
素手で戦う度胸などないし、何より近づくと噛まれるリスクがある。
もう、逃げるという選択肢しか残っていなかった。
これからはこれぐらいの更新頻度がデフォになりそうです。お待たせしますが申し訳ありません。




