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王子様と薬師(ファンタジー?)

 イライザは裏山に木の実や薬草を採りに入ってみれば、唐突の雷雨に遭いしばらく足止めをくったのだ。採った薬草の中には早くにでも処方してしまいたい物もあったというのに、このままでは使い物にならなくなってしまうかもしれないとすら思っていた。

 出がけに干してきた薬草もこれではもう一度乾燥し直さなければならないし、他にも外に出していたものは色々と被害を受けていそうだと痛くなりそうな頭を押さえる。

「納品が遅れるじゃない……」

 元々薬師として生計を立てていたイライザだったが、薬の調合と似ていると料理にも興味を持ち今では食堂兼薬屋という奇妙な店で生計を立てている。薬の方の評判もだが料理の評判もよくてイライザの住む街を通り王都と地方を行き来する旅人たちはイライザの店に必ず立ち寄っていた。

 旅には腹ごしらえもだが、いざという時のために薬も必要となり次に街に訪れるまでに薬を用意しておいて欲しいなんて注文はよく受けるし、処方に時間のかからないものや在庫があるものはその場で注文を貰って売っている。今回、薬草を採りに来たのも、出がけに薬草を干してきたのも受注生産分の薬の為だ。少しぐらいの遅れならと言ってくれているが、それはイライザの職人としてのプライドが許さなくて発注者がイライザの店を訪ねて来る時には万全の状態で待っておきたかった。

「……しばらく食堂を休めば、でもそれじゃぁ」

 と、ぶつぶつといかにして今日降られた雨によるロスを取り戻そうかと頭の中で計画を練り始める。そんなことをしていると、今までで一番の稲光が視界を真っ白に染めて、そのあと間髪をおかず雷鳴がとどろく。ちょっとやそっとの雷ぐらいでは驚くことはないが、ここまで大きな音には思わず身体が反応してしまって短い悲鳴も漏れる。

「こ、これは……どっかに落ちたのかしら」

 僅かにだったが地面が揺れた気がした。もし、今の雷で街の人に被害が出ていたら医者もだがイライザも駆り出されるはずだ。大きな街だから医者はそれ相応の数がいるのだが、軽い傷であればイライザの薬で処置すれば済むし、傷薬、火傷薬なんかの日常で多用する薬はストックを大量に作っているからそれを軽傷者に回して、医者は医者の手が必要な程の怪我人の手当てに回れるからだった。

 イライザの作れる薬の中には大怪我にも効くぐらいの薬もあるのだが、それは高価すぎて街の人たちがおいそれと手を出すことはできない。イライザも慈善事業として薬師をしているわけではないからそんな高価な薬をそうそう作りはしないし、頼まれても材料を集めることがまず難しかった。

 緊急時には信頼のおける医者に対して家の中に入って薬を持ちだしていいと言ってあるから大丈夫だろうけれど、それでも心配なものは心配だ。早くこの雨がやまないかと空を見上げれば降り始めよりも空が明るくなっていた。

 それからしばらくして雷も次第に遠のいてゆき、雨も小ぶりとなり街に帰れると意気揚々と雨宿りをしていた岩陰から出る。

「家に帰ったら絶対にお風呂入るんだから」

 すぐさま岩陰に逃げ込んだが唐突に振ってきた雨の雨脚は強くてぐっしょりと濡れている。そして時間と共に体温を奪われていて山の中を歩いていた時には暑さすら感じていたのに今では寒い。

 お風呂を沸かして、身体を温める為にスープを作ってと、家に帰ってからすぐの行動を考える。

「……ん?」

 視界の端に、自然界には見ない色を見つけた気がしてその方向へ近づいてみれば人が一人倒れていた。あの雨でぬかるんだ地面にうつぶせに倒れる姿、それ以前にもどこか変な道でも通ってきたのかと思うぐらい葉や枝がどこかしこについている。

 焦げてはいないけれど、まさか先ほどのあの雷に打たれたのかと駆けよって呼びかけてみるが全く反応がない。見つけてしまったからには放置することもできなくて、警備兵に報告をしなければならないだろうし、どういう状況で見つけただとかの説明も必要になってくる。

「ちょっ、大丈夫ですか、生きてますよね」

 意識も無く雨に打たれ続けていたのだろう、体温は冷え切っていて兎に角脈だ脈と、首筋に指先を触れさせて生死を確認した。とりあえず、指先に感じる脈拍にほっと胸をなでおろすと次はどうやって運ぶかだ。

 山はほぼ下山してきているからあとは街に戻るだけなのだが、先ほどの雨だ誰かが道を歩いていることは期待できない、だからといってイライザ一人で運ぶには荷が重い。誰かを呼びに行くにしても時間がかかるし、ここまで体温が下がっていてはこれいじょうこの環境に置いておきたくは無いし、どうにかしなければという思いばかりが募る。

 意識を失っている人の装いは簡素ではあるが上質そうな布地を使っていて、髪の色も貴族たちに多い金髪。下手に扱えば怒りを買いそうだが、このまま放置していても怒りを買うだろう。

「……行けるとこまで、行こう」

 運が良ければ警備兵の目に止まるだろう。駄目だったら大声をあげて助けを呼ぼう。そう考えて、どうにかして肩に担ぎふらふらとしながら街を目指す。


 その後、顔見知りに途中であい、事情を説明してイライザの家に運ぶのを手伝って貰い、よく食堂を利用してくれる人だったから、こんど店に来た時には何かおまけをしようとお礼を述べて見送った。

 泥で汚れた顔や手足を拭いて、濡れた洋服も脱がして簡易の服に着替えさせる。傷は額に大きなこぶが出来ているぐらいであとは小さな擦り傷程度だから手当てはそう必要ないかと傷薬だけを塗っておく。少しほこり臭かったが、無いよりましだろうと厚手の布団をかけて相手の顔をじっとのぞきこんだ。

 綺麗な金髪に、傷ついているが白い肌、壁に掛けてある服やはりいい布地を使った物で縫製も装飾も綺麗に仕上げられている。これは、身分ある人なのだろうと改めて思う。そういえば、今隣国からみえている王太子も美しい金髪に、珍しい紫水晶の様な目をしていると噂されていたなと思いだし視線を移すと、薬がつきそうになっている前髪に気付き前髪をかきあげようとした手を掴まれ驚いて相手の顔を見れば先ほど思い描いた紫水晶の様な双眸がイライザを映していた。


*****


「助けていただいたのに失礼なことをした、申し訳ない」

 この男……イシュメルは目覚めた時、イライザを暗殺者か何かと勘違いをし床に沈めたのだ。唐突にそんな行動を取られて驚き半分怒り半分を覚えていたが、人となりを聞けばそういった行動にでたこともうなずける。

 そう、イシュメルは隣国から招かれこの国を訪れている王太子その人なのだ。

「いえ、お気になさらないでください。目が覚めて知らない場所にいたら誰でも驚かれますし」

「しかし、それでは私の気がおさまりません」

 ただただ権力を振りかざすだけの高慢ちきなお貴族さまとは違うようだと、目の前のイシュメルを見て思う。確かに怒りを感じたことは事実だが、それでもすぐにイライザの言葉を信じてくれたしこうして心からの謝罪をしてくれている、それだけで十分なのだ。

「でしたら、治療費を払っていただければそれで十分です」

 治療費といっても使った傷薬は僅かであるし、王族からしてみればスズメの涙ほどの金額だろう。だが、誰にも平等にをもっとうとしているイライザにしてみれば相手が平民であろうが王族であろうが請求する治療費は同じにしているだけであって、それ以上を貰うつもりはない。

「私は薬師です。目の前に怪我をした人がいれば手をさしのべる……それは当然のことです」

 納得しかねるそんな表情をしているイシュメルを見てイライザは苦笑した。

「そして、相手が誰であれ同等の治療をしますし、報酬も同等の物をとそう考えているのです」

 そのことで貴族に目をつけられたこともあるし、性質の悪い流れ者に食いものにされたこともある。それでも、イライザはその信念を曲げることはしなかった。まっすぐとイシュメルの紫の瞳を見つめれば、彼は目を逸らすことなくじっとイライザの目を見つめ返してくる。そして、しばらくするとイシュメルの方が笑った。

「……そう、ですか。分かりました」

 イシュメルの国の王族である証はこの紫の瞳だ。全てを見透かす様な透明度の高いその目にみつめられると大抵は相手が折れるといわれている。イシュメルの目もここ数代のなかで最も澄んだ瞳と言われるほど王族の色を表していて、ここまで誰かと見つめあったことはなかった。

「私はしばらくの間この国に滞在します。もしまたこの街を訪れることがあれば、貴方を訪ねても構わないでしょうか」

 王族の目を見ても平気な娘、髪は少し赤味のある茶、顔のつくりは綺麗な方だが美を競い合っている貴族の中に入れば埋もれてしまうだろう。だが、その中でイシュメルの目を見つめ返してきた常盤緑の双眸は今まであった誰よりも綺麗だと思った。

「……」

 イライザはため息を吐く。

 雨も降りぬかるんだ地面にうつぶせに倒れ呼びかけにも答えることが無くてまさか死体を見つけてしまったのかと青ざめたことは内緒だ。ただ気を失っているだけなのか、外傷でもあるのかと調べてしまったのは哀しいかな職業柄の癖だといってもいい。そして、手当てが出来そうな相手を獣の出没がよく報告されている裏山に捨て置くことはできずにつれて帰ってきて手当てをしたが……まさかこんなどこかの物語にでも出てきそうな展開いらなかったと。

 断れるものなら断りたいが、平民風情が王族の申し出を断ったとなれば処罰されても文句は言えないだろう。先ほどのイシュメルの様子を見ていれば断っても本人事態はそうですかとその場は引きそうだが、周りが何をいうかわからない。

「迷惑、だろうか」

 これが、今までイライザのであった貴族たちのように高慢ちきで自分の意見しか言わないで、相手の話を聞かなくて勝手に話を進める様な相手であれば良かったのにとそう思う。ちらりとイシュメルの顔を窺えば不安げな顔をしてイライザを見ていた。

「いえ、おもてなしすることも出来ない様な場所ですから……それでも宜しければ是非お越しくださいませ」

 断れることなら断りたかった、けれど相手が王族であるという以上にあの不安そうに揺れる瞳を見ていたくなかった。



*****


 その後、滞在期間中度々イライザの元を訪れる隣国の王太子の姿が目撃された。当初は皆驚きもしたが、せっせと通うイシュメルの姿に皆絆され仕舞にはイライザがいるいないからどこにいるという情報すらもたらされるようになっていた。

 滞在期間後もイシュメルの訪問は続いて、何時かイライザも絆され隣国へ嫁ぐのではないかという噂すら流れ、それを否定しない王太子や隣国に噂は現実味を増し、最後には……

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