第60話 ずっとお友だち *
へお電の電停に、ちょうどへおちゃんラッピング車両がやってきた。
「これ、四十二分に着くよ」
自慢げに柚香は話す。へおちゃんが帰ったときと同じ時刻の電車だ。
へおちゃんを描いた路面電車は動き出す。二人は並んで座った。康介が窓を覗く。
「今日も満月じゃないかな」
「あれ、そうかも」
くっきりとした丸い月が見える。よく晴れた夜空に、柚香はあのときもこのくらい雲がなかったらもっと楽だったのになと思う。
予定通り、森林公園に着いた。
「康介とへおちゃんが林に隠れていたのを、熊かと思ってびっくりしたんだからね」などと柚香は康介に話す。
二人は手をつないで、約束の場所まで歩くのだった。
この間と同じく、七時になった途端、宇宙船がすうっとやってきた。赤い光が薄れていき、音もなく降りてくる。
「へおちゃん!」
二人は銀色に輝く宇宙船に向かって走り出した。
やがて宇宙船は着陸し、扉が静かに開く。三人の異星人が降りてきた。
へおちゃんは柚香と康介を見つけると、すぐにもふもふした体を揺らしながら駆けてきた。
「へおちゃん!」
「へおおおおっ!」
懐かしい声と同時に、柚香はへおちゃんと抱き合う。
柔らかくてふわふわしたへおちゃんのぬくもりが、確かにここにある。
「へおちゃん、また会えて嬉しいよ」
「へおちゃん、会えてよかった」
「へおおっ」
へおちゃんの潤んだ瞳に、二人と同じ気持ちが映っている。
「変わりないね、へおちゃん」
柚香の言葉に、康介は頷く。
「一か月しか経ってないからな」
「へおへお」
へおちゃんもにっこりして頷く。
本当に早く会えて、よかったと思う。もしかして、忘れ物をしたおかげなのかもしれないけど。
へおちゃんの両親はお辞儀をした。
「この間はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。あの、これへおちゃんの……」
康介はボードを差し出す。すると、へおちゃんのお父さんは受け取らずに話した。
「すみませんね、使い方をお伝えできなくて。まずは小さく畳む方法をお教えしましょう」
「えっ、はい」
二人とも渡すだけだと思っていたので、意外だった。
へおちゃんのお父さんの説明を聞いて、康介が操作する。五十センチ四方あったボードは、見る間に三センチ程度の立方体の箱になった。
「これでコンパクトになりましたから、持っていてくださいね」
「あの、そちらで持って帰るんじゃ……?」
「お二人に持っていていただこうと思います」
予想外の言葉に、柚香も康介も目をぱちくりさせる。
「地球に忘れたことを相談しましたが、日本語で限られた使用をするなら、と許可をもらいました。漢字なども使えるはずです」
「でも、これ、地球で使っても本当に平気なんですか。他の文明に干渉するとか何とか、この間聞いた気がしますけど」
柚香が尋ねる。
「承認を得たんですよ。わたしたちは複数の銀河系を旅して、いくつかの文明と接触しています。わたしたちのような星間移動のできる文明同士で、どの文明とどの程度コンタクトをとるべきか決めているのです」
「そうですか」
柚香は急な大きな話に、返事をするのがやっとだ。
地球のなかのほんの小さなへお町からすれば、別世界の話だと思う。
「この辺りの銀河系の文明として、地球はわりと典型的なタイプなんです」
「え、そうなんですか」
今度は康介が意外そうに言葉を口にした。
自分たちとしては、個性的で素晴らしいとか思いたいところだが、似たような発達をしている文明が他の星にもあるそうだ。平凡だと言われたようで、柚香も何となく気落ちする。
けれど、凶暴な宇宙人に自分たちが指定されることはないと思えば、それはそれでほっとするような。
「そろそろ地球の皆さんにも、わたしたちをはじめとする宇宙の様々な星や文明について知っていただくことになっています。数十年前から、その予定でわたしたちや他の星の人たちが動いているのです」
「ええっ、そうなんですか」
大型スケールの話が急にこちらに近づいてきて、柚香も康介も驚いた。
「今の時点では、地球の政府や機関に少しずつ接しているところなんです。わたしたちがこういった接触をしている文明は、他にもいくつかあるんですよ」
「はあ、そうですか」
二人ともなかなか話についていけない。
「わたしたち夫婦は、実はこうした異星文明に関わる仕事をしています」
どうやら宇宙文明連合といった異星人の文明間で話し合う場があるらしい。仕事といっても決まった報酬などはなく、社会的貢献として手伝っているという意味合いのようだ。
「このたびは地球で大変お世話になりました。うちの子は、お二人が仲良く協力してくれたので楽しかったと言っています。せっかく地球のかたと親しくなる機会があったのですから、地球文明を推薦させていただきました。それで、他の同じような文明より優先して介入することに決まりました」
「え?」
何だか異星人の文明とか遠い話のわりに、自分たちのことも言われている気がしてきた。
へおちゃんのお父さんは柔和な表情を見せた。
「わたしたちの星では、地球の皆さんとの交流を歓迎しています。おそらく地球の暦で二、三年のうちに地球に住む人々もわたしたちの存在を知るようになるはずです。そのときに、またうちの子がすぐ遊びに来られるように、ボードを持っていていただけませんか」
へおちゃんが遊びに来る際の連絡手段として、ボードがこちらに必要なのだ。
「はい。ボードを預かって、待ってます」
柚香と康介は嬉しくなって、力強く返事をした。
そのあと、へおちゃんのお母さんから着ぐるみを渡された。
「いつお返ししようかと考えたのですが、なるべく早い方がいいかと思いまして。ボードに連絡を入れてみたのですが、つながらなくて近くまで来てみました」
「すみません、気がつかなくて」
柚香が謝ると、異星人のお母さんは首を横に振った。
「いえいえ、そもそもうちの子が忘れたのですから。こちらこそすみませんでした。地球のどなたかに渡そうかとも考えたのですが、皆さんお忙しそうなので。とりあえず火星辺りに置いておいて、取りに来ていただこうかと思いました」
「か、火星……」
柚香も康介も呆然とする。
「でも、考えてみると皆さんは、まだなかなか火星まで来られないようですから、それも無理かと。どのようにしようかと迷っていたところに、ちょうど連絡があってよかったです」
「それは、よかったです」
二人とも安堵する。
それにしても、あっさりいくつもの銀河を越える異星人と、月へ行くのもやっとの地球人では差が大きすぎて、申し訳ない。
「わたしたちは、常に友人を求めているんですよ」
へおちゃんのお母さんは察してくれる。
「わたしたちの文明は、地球の皆さんからすれば、進んでいて安定しているかもしれません。しかし、安定が停滞につながり、衰退していく文明が数多くあります。常に新しい人々と文明とのふれあいが必要なのです」
へおちゃんのお母さんは、へおちゃんと目を合わせてにこりと笑ってから、続けた。
「わたしたちにとっても宇宙は広くて、ちょうどわたしたちが必要としている文明には、簡単には出会えません。未熟過ぎることもあれば、コミュニケーションの取りづらい種族もあります。その点、地球の皆さんはやや文明程度は低いかもしれませんが、充分良好な関係が築けると判断しています。これまでのケースから考えても、お互いによりよく発展できると思っています」
「そうですか……」
柚香にはスケールが大きすぎて、めまいがしそうな話である。
「あの、地球の文明はよくあるものみたいな話ですけど、地球の人が特に変わっているところとかってないんですか」
康介が妙な質問をする。どうも自分たちが典型的と言われたのが引っかかったらしい。
「そうですね、地球の人が特に珍しい点と言えば……」
へおちゃんのお父さんがちょっと考え込む。そんなに少ないとはがっかりなような。
「今思いついたのは外見上の話になってしまいますが、全身が毛に覆われていない点ですかね。多くの種族はわたしたちのように毛がたくさんですから」
「ええええっ」
柚香も康介も驚く。
もしかして、宇宙にはかわいいもふもふ異星人の種族がいっぱいいるってこと?
柚香はほんわかした気分になる。想像するだけで、癒される……!
康介と二人で、しばし妄想してしまうのだった。
へおちゃんのお母さんはにこやかに話しかけてきた。
「数年後には、またぜひお会いしましょう」
柚香は答える。
「はい、ぜひ。ボードに連絡くださるの、待っていますから」
「これから先も、家族ぐるみでお付き合いいただけたらと思います」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
へおちゃんの両親と二人は互いにぺこぺこと頭を下げた。
このときへおちゃんの両親は、どうも将来の二人に対しても家族ぐるみで、と言ったらしい。そのことに柚香と康介が気づくのは、もう少しあとの話である。
「へおっ」
へおちゃんが二人に声をかける。
「また会いに来いよ。そのうち本当に観光旅行に連れて行けるかもしれないぞ」
康介がへおちゃんの頭を撫でる。
すると「へおへおおっ」とへおちゃんが話した。
「何、練習したって? 何を練習したんだ?」
どうやらテレパシーで康介に何か伝えてきたようだ。
「柚香、へおちゃんが何か練習してきたって言ってるよ」
「何、へおちゃん?」
柚香も促すと、へおちゃんは大きく息を吸ってから、二人に向かって話した。
「じゅじゅか、こーけ、おろもだち」
「えええええっ」
「しゃべった。しゃべったあ」
二人とも、まさかの練習にびっくりした。
「お友だちって言ってくれたんだな、すごいな」
「一か月で日本語が喋れるようになるなんて」
「へおへおへおっ」
得意げに話す声はやっぱり元のままで、練習したのはそれだけだったみたいだが。
「すごいね、へおちゃん」
褒めると保護者気分が甦り、柚香は楽しくなる。
数年後には、へおちゃんたち異星人と普通に接することもできるようになるかもしれない。へお町が、宇宙に最初に姉妹都市を持つ自治体になるかどうかは微妙だが。
とにもかくにも、ゆるキャラとして活躍してくれた異星人との友好は、これからのようだ。
着ぐるみ役ではないけれど、何よりもまたへおちゃんと会えるのが嬉しい。
柚香はへおちゃんのもふもふの手をとって、握る。
「へおちゃん、ずっとお友だち」
「へおへおっ」
へおちゃんは楽しそうに声を上げ、うるうるとした瞳を輝かせた。
最後までお付き合いくださいましたこと、心より感謝申し上げます。
初めての長編でしたが、皆様のおかげでここまで来ることができました。
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