第二十二話 日雇い提督は仁愛を得て英雄になる? ⑩
「通信士。グリーンベルに繋いでくれ……それと他の艦にも私の話が伝わるように回線をオープンに」
緊張が高まる艦橋にあって、それでも達也は極めて冷静だった。
だからこそ過酷な迎撃戦に入る前に、損害を受けた護衛艦は元より、他の僚艦が無謀な真似をしない様に釘を刺すのを忘れなかったのだ。
直ぐに回線が繋がり、護衛艦グリーンベルの艦橋がメインスクリーンに映し出される。
観測員からの報告では、敵無人機の攻撃で被弾し機関部に重篤な損害を被ったとの事だったが……。
「被害状況はどうなっている? 他の僚艦に対し救援要請を出しているのか?」
壮年の艦長は敬礼をしたまま達也の質問に答える。
「はっ! 左右の機関区に同時に被弾し、現在航行不能状態です。既に退艦命令を出しました。レボスが救援の為に接舷しておりますので、移乗は負傷者を優先して行っております……司令ッ! お預かりした艦をむざむざ沈める不様を御詫びいたします。どうか御許し下さい!」
そう言って詫びる艦長の表情には、強い自責の念が滲んでいるのが手に取る様に分かった。
責任感が強く部下想い。
傭兵から正規兵としてガリュード艦隊に配属された時、何かと面倒を見てくれた先達でもある。
そして、乗艦を沈めるという失態を甘受できる男ではないというのも良く知っていた。
だから、達也は語気を強め、敢えて厳しい口調で命令したのだ。
「敵の弾は外れて味方の弾だけが当たる様な都合の良い戦場は映画の中にしか存在しない! だから艦の事は気にしなくて良い!」
そして、一呼吸おいてから譲れない信念をぶつけたのである。
「いいか! 絶対に艦と共に沈むなどという馬鹿な真似はするな! そんな責任の取り方は絶対に認めないッ。我々軍人は生きていてこその脅威だと胸に刻めッ! 死んだ人間は無辜の民を誰一人救う事はできないし、悪党から恐れられもしない。だから安易に死を選ぶのは許さない! 最後まで生き抜いて職責を全うせよ!」
グリーンベルの艦長は一瞬だけ沈痛な面持ちをしたが、その言葉を噛み締めるかの様に何度か頷いて応諾した。
「了解しました! 生存者を全員退艦させた後、艦長以下艦橋士官も速やかに退艦致します」
「それで良いっ。後は移乗した艦で協力し、対空戦闘を継続せよ」
必要な事を言い終えて通信を切ろうとした時、件の艦長が目元に優しげな笑みを浮かべて言葉を継ぎ足した。
「提督。何時の間にかオヤジさんそっくりになってきましたね……先程の貴方は、往年のガリュード閣下とダブって見えましたよ」
そして、言うだけ言うや、さっさと通信を切ってしまったのである。
尊敬して已まない嘗ての上官に似て来たと言われれば、決して嫌な気はしなかったが、エレオノーラを筆頭に周囲の幕僚達の意地の悪い笑みを見れば、素直に喜ぶのは気恥ずかしい。
「馬鹿言ってんじゃないよ……あんな爺さんと一緒にされちゃ迷惑だ」
だから態と悪態をつき、赤くなったと自覚する顔を背けたのだ。
勿論、そんな我らが司令官の性格などお見通しの面々は、武士の情けとばかりに見て見ぬ振りをするのだった。
◇◆◇◆◇
彼方此方で悲鳴が上がる大食堂は、騒然とした空気で満たされていた。
意表を衝いた航空戦隊の奇襲と、護衛艦群が見せた瞠目に値する高速近接戦闘によってバイナ連合軍を一気に突き崩し、見事に形勢を逆転させた白銀艦隊の手並みに拍手喝采していた候補生らの表情が、一瞬で悲痛なものへと暗転する。
今や戦場は混沌としており、謎の戦力の介入でバイナ連合軍どころか白銀艦隊にも被害が出始めているのだから、それも仕方がないだろう。
「まっ、不味いよ……カメラ映像では見えにくいけれど、あれは小型無人機による攻撃だ」
「でもよ、それならウィルスで対処できるじゃねぇか? 何でバイナの連中も教官の艦隊も一方的に被害を被っているんだよ?」
土星の開発公団に常駐している報道機関の無人カメラでは、これ以上戦場に近づけないからか、鮮明な映像を期待するのは難しいようだ。
そんな中、正確に戦場の情勢を看破してみせた神鷹にヨハンが喰って掛かる。
「それは分からないけれど……既存のウィルスじゃ効果がないんだ……きっと」
だが、そう自信なさげに答える彼も痛苦に満ちた顔でスクリーンを見つめるしかなかった。
「大丈夫よ……きっと大丈夫……だって白銀達也だもん……私達の教官だもん……私達に生き残れって言ったもんっ!」
胸の前で手を握り合わせ、祈るような視線をスクリーンに向ける詩織が、半泣きになりながらそう呟く。
しかし、蓮だけは険しい表情で唇を引き結び、食い入る様な視線をスクリーンに釘付けにして微動だにしない。
そんな教え子達の後ろから戦況を見守っているクレアもまた、心臓を押し潰されそうな不安と懸命に戦っていた。
(しっかりしなさいッ! 私が信じなくて誰が達也さんを信じてあげると言うの? 一番苦しいのは私じゃない……あの戦場で全力を尽くしている全ての将兵なのだから。私にできるのは達也さんを信じる事だけなのよッ!)
そう自分を叱咤し、気持ちを奮い立たせた瞬間だった。
一段と甲高い悲鳴が上がり、それは瞬く間に他の候補生達に伝播して動揺に拍車がかかる。
スクリーンには前線で奮戦する銀河連邦軍旗艦が被弾し、赤い炎を吹き出す光景が映し出されていた。
◇◆◇◆◇
「右舷艦首装甲中破。隔壁閉鎖します!」
「敵の主兵装の攻撃力が想定より高いッ! この儘では船体表面の対物理シールドが持ちませんッ!」
「ヴァルキューレ残存機七十八。直掩ティルファング隊が奮戦するも依然六割以上が健在です」
各担当士官から齎される矢継ぎ早の報告に、エレオノーラは全力での対処を余儀なくされていた。
「ダメージコントロール急げっ。艦内の生命維持機能以外の余剰エネルギーは全て物理シールドに廻しなさい! 敵の母艦は潰したから、無人機の活動限界まで耐え抜けば私達の勝ちよッ!」
(アイラが真っ先に母艦群を叩いてくれたお蔭で何とか凌げているけれど、敵味方見境なく攻撃してくるだけに厄介極まりないわね……開発局の馬鹿共が性能諸元を公表していないせいで、活動限界も判然としないっ! 私の気休め程度の叱咤で何時まで士気を維持できるか……)
動揺を押し隠して冷静に指揮を執ってはいるが、防戦一方という状況に苛立ち、閉鎖的な気質の味方技術省に対して心の中で呪詛を吐き散らす。
第一次攻撃隊から選りすぐった三十名のエースパイロットが迎撃に掛かりっきりになっているが、無人機の利点である高機動の前に、有人機は圧倒的に不利な戦いを強いられ、苦戦を余儀なくされている。
シルフィードも常時三十機近いヴァルキューレの攻撃に曝されており、対空戦闘の効果は極めて限定的で、時間の経過に比して損害ばかりが増えて行く。
高性能艦を有し高い練度を誇る白銀艦隊でもこのあり様なのだ、司令部を失ったバイナ連合軍の惨状には目に余るものがあった。
指揮官不在の艦隊では味方同士で連携して反撃に転じるのも難しく、一方的に蹂躙されるしかない。
シルフィードが前面に立ち敵を引きつけていなければ、とっくに壊滅状態に追い込まれていても不思議ではなかっただろう。
(この期に及んで敵の心配までするなんてねぇ……お人好しの達也らしいと言えばそれまでだけれど……今回だけは凶と出たかな)
胸に秘めたエレオノーラのボヤキは、数分前の達也と参謀達のやり取りに起因している。
バイナ艦隊に群がる無人機群だけでも、艦首陽電子砲で諸共に一掃するべきだと進言する参謀達の意見具申に、達也は頑として首を縦に振らなかった。
『確かに彼らは敵だが……今や指揮官を失い、統制もとれないまま撃破される時を待つ者達だ……自軍が有利になるからと彼らを見捨て、あまつさえ囮に使うような真似をして勝ったとしても、誰にその行為を誇れるというのか? 両親や兄弟に、そして妻や子供達に、お前らは胸を張れるのか?』
司令官専用のシートに座ったまま清閑な佇まいを崩さない達也のその問いには、反論を許さない強い決意が秘められていた。
この言葉で全員が奮起し、現在も厳しい防衛戦を耐えているのは僥倖だといえるが、艦隊を預かる司令官としては些か青臭いのではないか……。
そう嘆息したエレオノーラだったが、それは決して非難ではなかった。
(でも、それが達也だものね……安心したわ。久しぶりに一緒に戦って、あの頃と変わらないアンタでいてくれた。もしも参謀達の進言を受け入れて、己が身可愛さにバイナ残存艦隊を見捨てていたら、私は階級章を叩きつけて自室で不貞寝していたでしょうね)
達也自身に自覚はないだろうが、エレオノーラは彼こそ天性の人誑しだと信じて疑っていない。
軍人としての才覚や能力もずば抜けてはいるが、彼の周囲に人が絶えない理由は、それだけではないのだ。
そうでなければ、軍人でもないアナスタシアやヒルデガルドをはじめ、各界でも名の知れた人々が助力を惜しまない理由が説明できない。
口元に小さな笑みを浮かべるエレオノーラが戦況に意識を戻すや、それまで泰然としていた達也が立ち上がって敢然と言い放った。
「このまま攻撃を回避し続けるのは不可能だ。艦を停止させて脚を止め、正面から迎え撃つしかあるまい。護衛艦群は一隻撃破されたとはいえ、幸いにも数隻が小破程度の損害を受けただけで健在だ。本艦の周囲に砲撃を敢行させれば、群がる敵機に多少の効果はあるだろう」
いつ来るか分からないタイムアップを待つという選択肢を捨て、あくまで敵を殲滅する道を達也は選んだのだ。
だったら自分も覚悟を決めるべきだ、とエレオノーラも腹を括る。
「俺は予備のティルファングで出撃する。この場での仕事はもう何もないからな」
だが、次に飛び出したこの言には思わず怒鳴り返していた。
「馬鹿な事を言わないでッ! アンタは司令官なのよッ!? 持ち場を離れていいわけがないでしょうがッ! 然もティルファングで出る? 実戦から離れてどんだけ経っているのか分かっているの?」
もの凄い剣幕で捲し立てる艦長に驚いた幕僚たちも事情を知るや、口々に達也を諫めようとしたが……。
「これは命令だ。反論は聞かない。今までにやって来た事を今日もやる。それだけさ。艦は任せたぞ。沈めるなよ。エレン?」
強権を発動した挙句に挑発まで口にした達也は、さっさと背を向けて艦橋を飛び出していく。
地団駄を踏んだエレオノーラは、身勝手な司令官の背中に盛大な罵声を叩きつけるのだった。
「この私がそんな不様な真似をする訳がないでしょ──がッ! アンタこそ鈍った腕を曝して恥を掻かないようにしなさいよッ! 万が一にも撃墜なんかされたら、一生笑い者にしてあげるんだからねッ!」
その素直じゃないエールを背に受けた達也は、振り返らずに一度だけ右手を上げ彼女の想いに応えたのである。
◇◆◇◆◇
「だめぇぇ────ッ! お父さんを、いじめちゃだめなのぉぉッ!」
白銀家のリビングに、両目に涙を溜めたさくらの悲鳴が響く。
戦場を映し出す不鮮明なTV画面に見入る少女は、最前線で奮闘する銀河連邦軍旗艦が被弾する度に癇癪を起こして泣き叫ぶのだ。
「大丈夫だよッ! 達也は……パパさんは銀河系で一番強い軍人なんだ! あんなオモチャに負ける訳がないッ!」
ティグルがさくらを宥めるものの効果はなく、グスッ、グスッ、と鼻を啜る少女は一向に泣き止む気配はない。
唯一無言で画面を注視しているのはユリアだが、胸の中は焦燥感に搔き乱されており、できる事ならば、今すぐにでも画面に飛び込んで達也の下に駆け付けたいと切望していた。
※※※
『本気で言っているのかい? 思念操作の迎撃兵器を達也の船に装備して欲しいって? あれは君にとって忌むべき存在だろうに?』
食事目当てで自宅を訪ねて来たヒルデガルドに、二人きりになったのを見計らって懇願したのだが、当然ながら彼女はその願いに渋い顔をした。
しかし、ユリアは毅然と自分の想いを告げ、ヒルデガルドを説得したのだ。
それは、自分にとって一番大切な者を護りたいという一念に他ならず、最後にはヒルデガルドも承知してくれたのである。
希望通りの兵装を装備したと連絡を貰ったのはつい先日であり、ユリアは心からの謝意を伝えたばかりだった。
※※※
(こんな事態になるなんて……密航してでもお父様について行けばよかった)
空港で別れる前に決断していれば……。
そんな後悔は尽きないが、今更時間が戻る訳でもない。
(私の力では今のお父様に思念波を届けるのは不可能だわ。遠すぎる上にお父様の居場所も分からない……これではシステムを起動させられない)
こんな肝心な時に何の役にも立てず、ユリアは無力な自分が情けなくて臍を噛む思いだったが、次の瞬間に耳朶を打った声に胸を衝かれて顔を上げていた。
「だからぁッ! だめなのぉ────ッ! お父さん困ってるんだからぁ!」
複数の爆発がシルフィード周辺で煌めいた瞬間さくらが叫んだのだが、その痛々しい絶叫に何か不自然なものを感じたユリアは、妹の両肩を掴んで声を荒げた。
「さくらっ! お父様のいらっしゃる場所が分かるのッ!?」
自分でも荒唐無稽な考えだとユリアは思ったが、姉の剣幕にも怯みもせず、涙をいっぱいに溜めた漆黒の双眸に力を宿したさくらは、大きく頷いて言い切る。
「わかるよぉっ! さくらには見えるんだもんッ! お父さんが困っているんだもんッ!」
さくらには秘められた不思議な力があるとユリアは確信していた。
それは、他でもない彼女自身の経験から導き出された答えでもある。
さくらの意志下に宿っていた時、常人には感知できる筈のない思念体である自分の存在を察知し、執拗に接触を試みたばかりか、遂には意思の疎通を果した事実がその理由だ。
ならば、賭けてみる価値は充分にある……。
ユリアはそう決断するや、さくらと目線を合わせて諭すかの様に訊ねた。
「さくら……お父さんを虐める悪い奴らをやっつけたい?」
姉のその言葉に小さな唇をきゅっと引き結んださくらは、柳眉を吊り上げて大きく頷く。
「たすけたいッ! 達也お父さんをたすけたいよぉぉ!」
ユリアは微笑んでから、真剣な眼差しの妹の額に自分のそれを触れ合わせて懇願した。
「それじゃぁ、お父様の姿を思い浮かべるのよ……さくらの力でお父様の姿を私に見せてくれたら、私達の想いはきっと叶うわ。だからお願い! あなたの力を私に貸して頂戴っ!」
幼いさくらに姉の言葉の意味など分かる筈もない。
だが、大好きなお父さんを助ける為だというユリアの想いは自分と同じなのだと知って、さくらは精一杯の気持ちを一番大切な人に向けて解き放つのだった。
◇◆◇◆◇
パイロットスーツに着替えて格納庫に駆け込んだ達也を、完全装備のティルファングが出迎える。
「用意がいいじゃないか。助かるよ」
乱戦の最中にあって手が足りない中、普段は偵察機や連絡シャトルの整備を専門としている整備士達が全力で仕上げてくれた機体だ。
達也が素直に礼を言うと、揶揄う様な声が背中に投げ掛けられた。
「そろそろ焦れて、我儘を言い出す頃だと思ってね……私が用意させておいたよ。どうせ止めても聞かないだろうし?」
振り返れば意地の悪い笑みを浮かべたアイラが立っており、彼女の背後には先日譲ったばかりの元愛機が、出撃準備を終えて静かなエンジン音を響かせていた。
見れば激戦の名残らしく、機体の数か所に被弾の後が散見される上に、彼女自身も次が三度目の出撃となるからか疲労の色は隠しようもない。
「誰が我儘を言ったか? それより折角譲った機体を穴だらけにしちまうとはな。今日はもう休んでいた方がいいんじゃないか?」
彼女の体調に不安を感じ、軽口を叩いて待機するように促したのだが、アイラは頭を振って拒否するや逆に発破を掛けて来た。
「出撃するのに支障はないわ。戦場で戦士の魂を天上に導く《戦乙女》だか何だか知らないけれど本家本元の《死神》は私達の方よ? 名前騙りの紛い物に本家一号と二号の力を見せ付けてやろうじゃないの!」
その言い種に呆れ目を瞬かせた達也は、頼もしいのか馬鹿なのか真剣に悩んでしまい、思わず問い返していた。
「何だよ、その一号と二号っていうのは?」
よほど怪訝な顔をしていたのだろう、アイラは一瞬キョトンとしたかと思えば、急に『そんな事も知らないの?』とでも言いたげな顔で目を眇めて宣う。
「あれぇ? そんなんじゃパパ失格よ。ほら、子供向けの人気ヒーローアクション番組なんかでさ、長期休暇のときに過去の主人公が勢ぞろいして大暴れする特番があるじゃない? あれ子供達に大人気なのよ。だから私達も《シルバーゴースト》一号と二号って事で……これぐらい常識だよ? 知らないとさくらちゃん達に呆れられちゃうよ?」
脱力ものの言い種だが、彼女にとって達也と同じ戦場を飛ぶのは予てからの念願だとラルフから聞かされていたので、それが叶って燥いでいるのだと分かってしまい怒るに怒れない。
だから、それ以上は余計なお節介だと思い説得を諦めた達也は、軽く彼女の頭を叩いてぶっきらぼうに言い放った。
「出撃前に馬鹿言ってんじゃないよっ! いいか? 二号を名乗りたいのなら俺から離れるんじゃないぞ。ましてや俺よりも先に墜とされたりしたら絶対に許さないからなッ! 最優先命令だ厳守しろッ!」
痛くもない頭を押さえたアイラは、ペロっと舌先を出して嬉しそうに微笑む。
「さあっ、出撃だッ!」
ふたりが素早くコックピットに乗り込むのと同時に、機体は自動でカタパルトにセットされて射出口へと移動していく。
「機動性で勝負をするのは難しいよ。でも比較的横の動きが悪いから、そこを衝くしかないと思う。射撃に至っては一号お得意の勘頼みしかないわね」
「一号はよせ……それで何機墜とした?」
「やっと三機よ。親父は五機墜としたけど、重兵装のミサイルポッドを至近距離から全弾発射するという無茶をして、それだけ」
「それでも仕留めているだけ大したもんだ。艦の対空銃座の弾はかすりもしないし、大口径のビーム砲やミサイルは牽制ぐらいにしか使えない」
短い会話の途中最終チェックが終了したとのサインがパネルに表示される。
「アイラ決して無理はするなよ! シルバーゴーストリーダー出るぞッ!」
「了解ッ! 続いてシルバーゴースト二番機! いきますッ!」
スロットルを全開に叩き込むと同時に電磁カタパルトが作動し、二機のティルファングは鎖から解き放たれた闘犬の如き勢いで漆黒の宙空に飛び出した。
眼前を横ぎったヴァルキューレが達也を獲物と見定め、有り得ないタイミングで鋭角ターンを決める。
そのまま加速して敵機の側面に回り込むのが、搭載されたAIの必勝パターンなのだが、達也の技量の前には児戯に等しいレベルでしかなかった。
ターンを決めた瞬間に三十㎜バルカン砲の弾丸を雨霰と浴びた黒衣の未亡人は、儚くも宙空で爆散して果てる。
「ふんっ! 調整が不十分な様だな……確かに横運動のキレが悪い」
現役の腕利きパイロット達が散々手古摺っている高性能無人機を、いとも容易く撃墜しておいて、物足らないと言わんばかりの達也にアイラは渋い顔。
「たっ、確かにそうは言ったけどさぁ~~蠅でも叩くように簡単に撃墜されると、現役の立場ってもんが……」
アイラが呆れてボヤく間に更にもう一機……今度は一瞬の隙を衝いてヴァルキューレの背後を捉え撃墜して見せた。
然も、たった一分にも満たないこの戦闘で、達也は敵の唯一の欠点を看破したのだから驚く他はない。
「こちらシルバーゴーストリーダー白銀だ! 生存全機に告ぐッ! 敵無人機は我々の攻撃を回避する際。必ず最も障害物が少ない方向に転進する! その習性を逆手にとってデブリ帯や岩礁地帯に誘引し、逃げ場を先読みして敵が回避する瞬間に叩き墜とせッ!」
救援に駆け付けた三十機の味方も、既にその数を半数にまで減じている。
苦境と言える厳しい状況にあって、達也自らが戦場に出て攻略法を看破した事実は、彼らの闘志を奮い立たせるに充分な効果を発揮した。
「白銀長官ばかりに良い格好をさせるなッ!」
ラルフ中佐の叱咤を境にして味方の動きが良くなるが、敵機の撃破数が増えたとはいえ、不利な戦況を覆すまでには至らない。
ヴァルキューレの残機は未だにティルファング隊の四倍ほどもあり、対応し切れない敵機が防戦一方のシルフィードや護衛艦群に群がっては、その研ぎ澄まされた牙を容赦なく突き立てているのだ。
四機目のヴァルキューレを撃墜した達也は、自艦隊の惨状に唇を噛むしかなく、司令官として最後の決断をせざるを得なかった。
(残念だがこれ以上の防戦継続は不可能だ……敵無人機の性能を甘く見た俺の失態だっ! くそッ!)
切れ間のない敵の波状攻撃を受け、シルフィードばかりか護衛艦群の中にも被弾する艦艇が増え、その傷は急速に拡大している。
このままでは撃破される味方が出るのは避けられず、ジリ貧に追い込まれるのは火を見るよりも明らかであり、一刻も早く戦場から離脱する必要があった。
敵とはいえバイナ軍の生存艦を見捨てるのには忸怩たる思いはある。
しかし、それは味方の艦隊や部下の命を擦り潰してまで執着する事ではない。
(俺は銀河連邦軍の司令官だ……部下の命に可能な限り配慮する義務がある)
そう自分に言い聞かせた達也が、蟠る無念を押し殺して撤退命令を出そうとした刹那。
『おとうさぁぁんッ! おとうさぁぁぁんッ! さくらに気付いてよぉッ!』
切断されていた回線が急に繋がったかの様に、愛娘の切羽詰まった叫び声が脳内に響き渡って仰天させられた。
「なっ、なにっ? さ、さくら……さくらなのかいッ??」
『わあぁッ! やったぁ──ッ! お父さんだっ! お父さんにさくらの声が届いたよぉぉ!』
何が起こっているのか理解できずに達也が混乱していると、歓声を上げるさくらに代わって今度はユリアの声が頭に響く。
『よく頑張ったわ! さくらっ! 後は私に任せて頂戴っ!』
それがユリアの声だと理解した達也は、この謎の現象が彼女の思念波によるものだと察し、声を荒げない様に愛娘を諫めようとしたのだが……。
「ユリア。悪いが今はとても取り込んでいてね。すまないが……」
『分かっています。中継で状況は理解しています……だから、さくらの力を借りてお父様の精神に直接コンタクトを取ったのです』
父親の言葉を強引に遮るなど普段のユリアからは想像できないが、達也が言葉を詰まらせたのを幸いとばかりに、愛娘は一気に捲し立てた。
『お父さま時間がありません。どうか何も仰らずに私の思念波を受け入れて下さい! そうすれば最後の封印が解けて新しい兵器が使えるようになると、ヒルデガルド殿下が仰っておられました。この窮地を切り抜けるには、これしか手段がないのですッ! だから封印を解く承諾を下さい!』
ユリアの悲痛な懇願……。
ヒルデガルド殿下……。
思念波と封印……。
そしてエレオノーラから報告を受けた正体不明の新兵器……。
複数のキーワードが積み重なって一つの形を成し、ユリアのやろうとしている事に気付いた達也は血相を変えて声を荒げた。
「馬鹿な事を考えるんじゃないッ! 君を苦しめた、あの忌まわしい力を使うなど言語道断だッ! 過去の亡霊に縛られては駄目だ。ユリアっ!」
嘗て異能を持っていたが故に理不尽に命を奪われ、【フォーリン・エンジェル・マリオネット】という機械の一部にされた不幸な少女がいた。
母親以外の全ての人間に疎まれ、虐げられ続けた幼子が、どんな気持ちで絶望と諦念しかない人生を生きて来たのか?
その残酷な境遇を思った時、達也は深い悲しみと激しい怒りを覚えずにはいられなかった。
話を聞いただけの自分でもそうなのだから、ユリアの苦悶は如何ほどだったのか察するに余りある。
だから、そんな唾棄すべき記憶を想起させるような真似を、断じて愛娘にさせてはならない。
その一念で猛反対する達也だったが、不意に温かい何かが胸の内に流れ込むのを感じれば、言葉を呑み込まざるを得なかった。
何故ならば、それはユリアの喜びに満ちた感謝の思念に他ならないからだ。
『ありがとう。私は本当に幸せ者です。でもねお父様……私が本当に恐れているのは、お父様やお母様……さくらやティグルを喪う事なのです。それに比べれば過去の苦しみなど如何ほどのものがありましょう?』
「しかしっ! だからと言ってッ!?」
『お願いしますお父様……私をユリアと名前で呼んでくれて、笑顔で受け入れてくれたお仲間の方々を! そして誰よりも大切なお父様を私に護らせて下さい!』
彼女の思念からは、愛する人々を護りたいという強い願いが溢れている。
それは達也とて同じだし、誰も好き好んで大切な部下達を死地に送りたい訳ではないのだ。
しかし、ユリアに無理をさせ、万が一にも不測の事態を招いたら、愛娘の幸せを無にする様な事になったら……。
思考は千々に乱れて葛藤は深まるばかり……。
しかし、刻々と過ぎて行く時間と比例して状況は悪化の一途を辿っており、逡巡する暇はなかった。
だから、達也は一つだけユリアに訊ねたのだ。
「正直に答えてくれ……その力を使った場合、君の命や精神に重篤な事態を及ぼす危険はあるのだろうか? もしも、万が一があるのならば絶対に認められない! 私は君の父親でいたいし、君の犠牲の上に生かされる人生なんか真っ平御免だよ。どうなんだい?」
その切実な願いに対する答えは、達也の胸の内に宿ったユリアの思念が、喜びの感情と共に伝えてくれた。
『嬉しいです! お父様にそこまで想って戴いて。ユリアは貴方の娘になれて本当に幸せです。どうか御心配なく……私はこれからもお父様とお母様。そしてさくらやティグルと生きて行くつもりですから!』
その愛娘の言葉には、確固たる自信と希望が満ちており、達也は自分の非力さに臍を嚙みながらも、断腸の思いで決断するしかなかった。
「分かった……君の言う通りにしよう。どうか私に力を貸しておくれ」
達也の懇願が引鉄となりユリアの思念が大きく膨らんだかと思えば、その想いが一気に漆黒の宙空に解放されていく。
『ありがとうございます。大好きです! お父さま!』
心底嬉しそうなユリアの思念が達也の思念と同化して一つになった瞬間、シルフィードの船体が淡い光を放ち、その真の姿を顕現させるのだった。
※※※
防戦一方の苦境の中で、全乗組員は死力を尽くして奮戦を続けている。
しかし、その健闘も虚しく損害ばかりが増え、かなり際どい状況にまで追い詰められていた。
そんな戦況を鑑みて此処が限界だと判断したエレオノーラは、撤退を進言すべく意見具申しようとしたが、それは狼狽したオペレーターの声で遮られてしまう。
「艦のエネルギー管理システムが勝手に切り替わりますッ!? シールドに廻されていた分が全て別の……こ、これはっ、正体不明のシステムが起動しましたッ!」
正体不明……。
この言葉だけでエレオノーラは、それが何であるのか正確に看破した。
(なるほどね……これがヒルデガルド殿下が言っていた迎撃システムに違いないわ。突然起動した理由は判らないけれど、現状を打破できる可能性は高い)
あのマッドサイエンティストが役にも立たないモノを作る筈がない。
その一点に勝機を賭けたエレオノーラは最後の檄を飛ばす。
「そのまま起動させて構わないわッ! 全艦へ通達。潮目が変わるわよ。あと少しだけ辛抱なさいッ!」
その艦長の言葉を待ち侘びていたかの様に、舷側に取り付けられたバルジの表層部分にある小ハッチが一斉に解放されるや、まるで得物を見つけた猟犬の如き物体が勢い良く飛び出した。
その数、実に百機。
この直径一メートル程の球体こそが、嘗てグランローデン帝国で研究されていた、精神感応波によって動く迎撃用のビーム・ディフェンダーであり、ヒルデガルドによって改修された完成品だった。
当初はユリアを実験体とし開発が進められていたのだが、彼女は終始非協力的であり、結局何の成果も得られない儘に計画は頓挫したという経緯がある。
そんな忌まわしきこの兵器の開発をユリアがヒルデガルドに懇願したのは、軍人として死と隣り合わせの達也の身を護りたいという一念に他ならなかった。
その切なる想いが、さくらの力を借りて結実する。
長距離を移動する推進力はないものの、無重力下であれば、六基のスラスターを自在に駆使して漆黒の宙空を駆け巡る。
そして八門の発射口から撃ち出されるビーム・バレットで正確に敵を仕留める、高性能迎撃システムが解き放たれたのだ。
無人機という点は互角でも、ヴァルキューレより更に小型で小回りが利き、敵を捕捉した瞬間には対応するビームがたちどころに火を噴く。
猛威を振るっていた【黒衣の未亡人】は一機、また一機と爆散して漆黒の宇宙に呑まれて消え行くしかなかった。
結局新兵器の活躍に勢いづいた達也ら航空隊の活躍もあって、被害を拡大させる前に全てのヴァルキューレを始末し、辛うじて戦闘を終結させたのである。
「ユリアッ? 聞こえるかい? 私の声が聞こえるなら返事をしなさい!」
胸を締め付けられるような息苦しさを感じながらも達也が懸命に呼びかけると、喜色を滲ませた思念が返って来た。
『はいっ。お父様っ! 見事な勝利……おめでとうございます』
「そんな事はどうでもいいッ! 身体は大丈夫かい? 気分は悪くないかい!? あ~~兎に角。直ぐにクレアに帰宅するように連絡するから……」
日頃は泰然としている達也が、完全に狼狽えて矢継ぎ早に捲し立てる様子が可笑しかったのか、ユリアは含み笑いを漏らしてしまう。
『大袈裟ですお父様。ヒルデガルド殿下の開発された物は完璧でした。過度の負担が掛かるようなものではありませんわ』
その温かい思念から察するに、愛娘が嘘を言っていないと理解した達也は大きく息を吐き出し、安堵して身体をシートに沈めたのである。
「良かった……本当に良かったよ。でもくれぐれも気を付けて……少しでも具合が悪ければ必ずクレアに言うように。いいね?」
『分かりました。お父様こそ御身体を大切にして下さいね……お帰りを皆でお待ちしていますから』
『おとうさぁ~~んっ! 早く帰って来てねぇ。さくらも待ってるよぉ!』
さくらの明るい声での懇願を最後に身体を包んでいた温もりが消える。
周囲を見渡せば、既に戦場の喧騒は終息へ向かいつつあり、直ぐにエレオノーラから通信が入った。
『無事だったみたいね。今回ばかりはトンデモ兵器を仕込んでくれたヒルデガルド殿下に感謝しなきゃね……んっ、どうしたのよ? 惚けるなんてアンタらしくないじゃない?』
ユリアの無事が確認できて安堵した為か、ひどく腑抜けた顔を晒していたらしく、まるで薄気味悪いモノを見る様な視線を向けられてしまう。
しかし、そんな彼女の言葉に斟酌する余裕のない達也は、力ない声で自嘲気味に呟くしかなかった。
「本当に俺は駄目人間だよ。誰かに助けて貰わなきゃ何もできやしない……それだけならまだしも、大切な娘を危険な目に遭わせてしまった。父親としても失格だな俺は……」
落ち込んで愚痴を零している姿など初めて見たエレオノーラは戸惑ったが、その物言いから窮地を救ってくれたのはユリアだと思い至る。
だから、彼女は態と呆れた様な顔をして言ってやったのだ。
『今更何を言ってんだか? アンタはその儘でいいのよ。不出来な部分は必ず誰かが補ってくれる……大切なのはね、アンタの力になりたいって物好きが大勢いるって事。だから堂々と甘えちゃいなさいよ。一言だけでいいわ……『ありがとう』と言ってやれば、それだけで皆も充分満足なんだからね』
珍しくも照れ臭そうな顔をし、微笑んでそう励ましてくれるエレオノーラの様子に目を丸くしたのだが……。
『さっさと帰って来なさいよ! 事後処理が大変なんだからね!』
一転して怒った様な物言いで捲し立てたかと思えば、一方的に通信を切ってしまったのである。
彼女の叱咤を受けた達也は苦笑いしながらも、気持ちを切り替えて柔らかい吐息を漏らした。
(そうだな感傷に浸るのはまだ早い……だから、出来るだけ早く片付けて帰ろう。俺を待っていてくれる家族の所へ)
その大切な者達の姿はここからは見えないが、達也は地球の方角に一度だけ視線を投げてから機首をシルフィードに向けるのだった。
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