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第二十二話 日雇い提督は仁愛を得て英雄になる? ⑧

 (わず)か二か月という短い間だったが、銀河連邦軍の軍人でありながら、さも当然の様な顔をして教鞭(きょうべん)を執っていた臨時教官の白銀達也は、良くも悪くも候補生達の耳目(じもく)を引く存在だった。

 それ(ゆえ)に彼の正体が方面域の一つをを統括する銀河連邦軍司令官だったと知った教え子達の驚きは並大抵ではなく、その狼狽ぶりは一目瞭然だった。


 だが、敵将との舌戦(ぜっせん)佳境(かきょう)に入りスクリーンから目を離せないせいか、彼の正体に対する真偽を積極的に論じ合う者は誰もいない。

 (もっと)も、今はそれ所ではないと言うのが、彼らの本音なのかも知れないが……。

 とはいえ、彼らの顔には将官用の晴れがましい軍服を(まと)っている元教官に対し、畏敬(いけい)の念が滲んでいるのがありありと見て取れ、クレアは(わず)かばかりの当惑を覚えずにはいられなかった。


(見事な奇襲攻撃で候補生達の心を鷲掴(わしづか)みにしたわね……貴方は階級などで評価されるのは不満かもしれない。でも、この子達も何時(いつ)かは気付いてくれるわ。本当に大切なのは何かという事に……)


 今後候補生達が達也の想いを理解してくれる様にと願わずにはいられないクレアだったが、思わぬ方面から矢玉が飛んで来て窮地に立たされてしまう。

 何時の間にか志保が身体を()り寄せて来たかと思えば、嫌味とドスが効いた低い声で(ささや)くのだ。


「どういう事よ? こんな面白いネタを隠していたなんて、アンタ本当に友達甲斐のない腐れ縁よね?」


 彼女の端正な表情は確かに笑顔と呼べるものだが、目だけは異様に冷めており、それが何を意味するのか付き合いの長いクレアは嫌というほど身に染みている。


(ま、まずい……()け者にされたと勘違いして本気で怒ってるわ)


 誤解して変に()ねられては、御機嫌を取るのに一苦労させられるのは目に見えている為、クレアは(わざ)と不満げに頬を(ふく)らませ固い声を取り繕って見せた。


「それは誤解よ。私だって数日前に聞かされたばかりだもの。(いま)だに何が真実なのか分からなくて戸惑っているのに、そんな言い方はないんじゃないの?」


 何となく釈然とはしないが、根本的な部分で親友の言葉が嘘ではないのを敏感に感じ取った志保は、極まり悪そうに苦笑いして謝罪を返す。


「そう……変に疑ったりして悪かったわね。ごめん。でも状況は厳しいわよ?」

「分かっているわ。でも、取り乱して彼の重荷になるのは嫌……私はあの人を信じている……だから何も恐れるものはないわ」


 そう言い切って微笑む親友の決意を見せ付けられた志保は、安堵すると同時に、心の片隅に芽生えた嫉妬心を自覚して再度苦笑い。


(愛する人を一途に信じられるクレアを(うらや)ましいと思うなんてねぇ……私もヤキが廻ったかな。しおらしい女なんて柄じゃないでしょうに)


 互いに顔を見合わせて小さく笑い合ったのと同時に候補生達からどよめきの声が上がり、食堂の空気が大きく震えた。

 それは、両将の舌戦が終わったのと同時に戦端が開かれ、注視する画面を激しい砲火が紅く染めたからだ。


           ◇◆◇◆◇


 味方の前衛艦隊の砲撃は苛烈(かれつ)を極め、膨大な量のビームが漆黒の宙空を切り裂き敵艦隊を圧倒している。

 それらの大半が、立ち(ふさ)がる銀河連邦艦隊の前面域に集中しているのだが、戦端が開かれたばかりの今は相手の防御シールドも頑強さを保っており、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)という訳にはいかない。


 現在銀河系全域で稼働している航宙艦の全てが、主兵装や補助兵装に強力な光学兵器を採用している。

 ミサイルをはじめとする誘導兵器は、次々に開発される強力な新型ジャミング・システムによって命中精度に著しい齟齬(そご)(きた)し、派手な戦果を期待できる代物ではなかった。

 それ(ゆえ)、必然的にビーム兵器による近距離での砲撃戦が戦場の主流となり、肉体的にも精神的にも将兵に過度の負担を強いているのが実情だ。

 全く同じ理由で戦闘機同士の戦いが過去帰りし、前近代的な格闘戦(ドッグファイト)中心の戦術を余儀なくされているように、艦隊戦も近距離での撃ち合いを想定した兵装を装備せざるを得ない状況に(おちい)っている。

 だからこそ搭載火器の性能云々(うんぬん)よりも、純粋に戦力の物量差が勝負の帰趨(きすう)を決する大きな要因となっているのだ。


 その単純な理屈を妄信(もうしん)したベイ総司令官は、圧倒的に優勢な自軍戦力による集中攻撃を選択していた。

 所謂(いわゆる)、強引な力押しによる波状攻撃で一気に銀河連邦艦隊を殲滅(せんめつ)しようと目論(もくろ)んだのだが……。


「ぬうぅ~ッ、身を寄せ合ってシールドを重ねて防御に徹するとはッ! 先程までの大言壮語(たいげんそうご)何処(どこ)へ行ったッ!」


 (ろく)に反撃もせず、亀の様に(ちぢこ)こまって微動だにしない銀河連邦艦隊に向けて罵声を飛ばすベイ総司令は、本国を急襲されるという想定外の事態に心中穏やかではいられなかった。


(統合軍の航宙艦隊が混乱から立ち直る前に火星と月の基地を掌握(しょうあく)すれば、地球は丸裸同然だ……バックが失脚したとはいえ、日和見(ひよりみ)しかできない腰抜け政府ならば必ず降伏する筈だ)


 そう確信してはいても、本国が抗戦継続している間に勝利を確定させなければ、所詮(しょせん)は絵に描いた餅になってしまう。

 今回の侵攻を無意味なものにしない為にも、口先だけの寡兵(かへい)相手に手古摺(てこず)る訳にはいかないのだ。


(ろく)に反撃もできない臆病者共相手に何をグズグズしておるのか! 全艦隊前進し奴らを一気に吞み潰してしまえ! 前衛艦隊は砲火を絶やすな、距離を詰めれば、奴らのシールドが如何(いか)に強固とはいえ物の数ではないわぁッ!」


 ここが勝負所だと断を下したベイ総司令官が怒声を放つや、その命令を待ち侘びたかの様に全艦艇が我先にと進撃を開始した。

 その中にあって海賊艦隊は正面の銀河連邦軍艦隊には目もくれず、左右に迂回(うかい)して土星のコロニー群を目指し船脚を上げる。

 彼らの目的は金品や物資の略奪、そして公団で働く地球人の捕獲以外にはない。

 奴隷として、医学用のモルモットや臓器バンクのサンプルとして闇市場では引く手あまたの生きた人間こそが、海賊達にとっては最高の得物なのだ。


 味方艦隊が怒涛(どとう)の攻勢に出たのを見て勝利を確信したベイ総司令だったが、この戦いの直前に情報を持ち込んで来た銀河連邦軍密使の言葉を思い出していた。


(そういえば、あの白銀という男は姑息(こそく)な策を好んで使うと言っておったな……。現状を(かんが)みれば左右の小岩塊群に伏兵を(ひそ)ませるぐらいしか手はあるまいが……)


 如何(いか)なる策を講じようとも、主力隊以上の戦力を有する伏兵など有り得ないが、今は僅かばかりの(つまず)きも許されないと考えを改めたベイ総司令官は、語気を強めて命令した。


「第二陣は前衛艦隊の上下左右に陣形を拡げ、周囲のデブリ帯や岩塊群に徹底的に砲撃を加えよッ! 敵の伏兵が(ひそ)んでいる可能性が大であるッ!」


 これで相手の意図を(くじ)いたと確信した彼は、前方のあらゆる障害物を()ぎ払っていく自軍の砲火の(きら)めきに陶然(とうぜん)とした表情で見入るのだった。


            ※※※


「本艦を中心に上手くシールドを重ねなさいッ! (ようや)()れた敵が動き出してくれたわ。もう少しの辛抱(しんぼう)よッ!」


 視界を埋め尽くすエネルギー弾が、暴風雪のような(つぶて)となってビームシールドに叩きつけられる中、エレオノーラは平然とした顔で指示を出す。

 最強といわれる銀河連邦軍の装備でなければ、とっくに艦隊に被害が出ていてもおかしくない程の猛攻を、僚艦と協力しながらシールドを重ね合わせて強度を(おぎな)い辛うじて(しの)いでいる。

 しかし、敵艦隊が前進を始めた今、両艦隊の距離が縮まってビーム兵器の威力が増し、シールドが効力を失うのは時間の問題だった。

 そんな不利な状況下にあっても艦長であるエレオノーラ以下、艦橋に勤務している幕僚や士官達に動揺する素振(そぶ)りは見られない。

 それは付き従う僚艦も同じで、敵の猛攻に晒されながらも陣形を維持して微動(びどう)だにしなかった。

 それもこれも、彼らが信頼する艦隊司令官が、誰よりも悠然(ゆうぜん)と構えているからに他ならないのだが……。


「おやぁ? 前衛艦隊に続く後続部隊が周囲の岩塊群に砲撃を始めたな……何かの(まじな)いの(たぐい)か?」


 その信任厚い司令官の達也が不思議そうな声で(つぶや)くや、意地の悪い笑みを浮かべたエレオノーラが揶揄(からか)う。


「どうせクルデーレ大将(あた)りから『あいつは姑息(こそく)な手段を好む。伏兵による奇襲は大好物だから注意しろッ!』とでも吹き込まれているんじゃないのぉ?」


 達也が嫌そうな顔をすると、艦橋の彼方此方(あちらこちら)からドッと笑い声が()き起こる。


()えて否定はしないがねぇ……敵を圧倒できる大戦力があれば、俺だってもっと楽な戦術を選択するさ」


 苦笑いを浮かべてそうボヤく達也は、戦況を注視したまま言葉を続ける。


「この二年間、『日雇い提督』に甘んじたお陰で、敵の(きょ)を衝かなければ勝てない戦場ばかりを渡り歩かされたからなぁ……でも、あの鼻持ちならない見栄っ張り(クルデーレ)には感謝するべきかな。随分と人を(だま)すのが上手くなった、と我ながら感心するよ」


 自虐的な台詞を口にしたのと同時に待ち望んでいた報告が届く。


「敵艦隊前衛部隊最終ラインを突破しました! 後続も逐次(ちくじ)設定エリアに侵入しつつあります!」

「左右に散った海賊艦隊はどうか?」

「想定通り我が艦隊を迂回(うかい)するコースで、一路土星宙域を目指しております!」


 オペレーターの報告に達也が小さく頷いたのを合図に雰囲気を一変させた艦橋は、戦意という名の熱気で満たされていく。


「さあっ! やっと暴れられるわよ! 提督お得意の姑息(こそく)な奇襲が成功したら一気に反撃に移るからねッ! パーティに遅れて恥を(さら)すんじゃないわよッ!」


 エレオノーラ艦長の檄と腹に響く応諾の歓声が艦橋に響き渡る。

 いよいよ戦意が満ちた部下達を頼もしく思いながらも、彼女が口にした『得意の姑息な奇襲』という部分には、大いなる不満を覚える達也だった。


              ※※※


 白銀艦隊航空隊指揮官の一人であるラルフ・ビンセント中佐は、元傭兵団団長という異色の経歴の持ち主であり、アイラ・ビンセント少尉の父親でもある。

 二年前までは軍属になるのを嫌い、銀河連邦軍と雇用契約を交わして戦場を渡り歩く傭兵団を(ひき)いていたのだが、当時、准将になりたての達也の下で戦って以来、この若き司令官にすっかり惚れ込んでしまい、希望者のみを引き連れて銀河連邦軍に入隊したという変わり者だ。


 指揮能力も高く操縦技量は天下一品。

 (しか)も、真紅の髪の毛と同じく、その鼻から下の顔半分を覆い尽くす赤髭が絶妙なバランスで愛くるしさを演出しており、部下からの信頼と人気は高かった。

 (もっと)も、本人はその評価に(いちじる)しく不満な様だったが……。


(だが、大したモノが開発されたものだ……敵さんの方が圧倒的に優勢とはいえ、彼らには同情せずにはいられないな)


 眼下で(うごめ)く敵艦隊が全くの無警戒でその姿を(さら)け出しているのを目の当りにすれば、天才発明家を敵に廻した彼らの運命を哀れだと思うしかなかった。


(ミラージュ・コート……か。ヒルデガルド殿下の発明品と聞いているが、こんなものが当たり前に戦場に投入されたら、戦闘のスタイルが一変してしまうぞ)


 ラルフ中佐が危惧(きぐ)するのも当然で、彼の機体に(ほどこ)されている特殊塗料ミラージュ・コートの効果は絶大だ。

 現在使用されている、ありとあらゆる電子機器のレーダー波を吸収無効化して、光学迷彩機能により機体を周囲の風景に同化させ不可視化するというトンデモ機能まで有した代物である。

 これにより敵は、レーダーによる各種探知機はおろか肉眼による視認すらもできず、無防備にその姿を晒す獲物と成り果ててしまうのだ。

 ()えて欠点を上げるのならば、エンジンを稼働(かどう)させる事により熱源探知に引っ掛かるのと、短時間しか目くらましの効果が持続しないという二点だが、伏兵として奇襲攻撃を行うには何ら問題はない。


 敵は遮蔽物(しゃへいぶつ)でもある岩塊群やデブリ帯を虱潰(しらみつぶ)しに砲撃してはいるが、彼らを狙う大鷲の群れは(はる)か頭上でその獰猛(どうもう)な爪を研いで待ち構えており、今や遅しと獲物(えもの)(おど)り掛かる瞬間を()()びていた。

 そして敵前衛艦隊が眼下を通過し、旗艦を含む敵主力艦隊がその姿を(さら)け出した刹那(せつな)

 ラルフ中佐は舌舐めずりしながら無線封止を解除して雄叫びを上げたのである。


全部隊攻撃開始ッ!(コンバットオープン!) 各個に目標敵戦力を殲滅(せんめつ)せよッ! 第二波の連中に得物を残す必要はないッ! 徹底的にぶっ叩けッ!」


 大喝(だいかつ)と同時に愛機の心臓が吠えて機体は一気に加速する。

 そして間髪入れず操縦桿を倒して急降下を開始。

 電光照準器の中心には敵旗艦がその巨体を無防備に晒し、沈めて下さいと言わんばかりだった。

 疾風迅雷(しっぷうじんらい)と称される程に統率のとれた攻撃隊は、彼に続いて(かく)(みの)を脱ぎ捨てて、猛禽(もうきん)の群れの(ごと)く眼下の獲物に襲い掛かる。

 その数は実に千機にも(およ)ぶ大編隊であり、彼らの攻撃が白銀艦隊の反撃を告げる狼煙(のろし)となったのだ。


             ※※※


 バイナ軍艦艇の全てのレーダー手が驚愕に顔を(ゆが)め、悲鳴に等しい声を上げたのは(ほと)んど同時だった。


「て、敵機来襲ゥ────ッ!? 艦隊直上──ッ、突っ込んで来るッ!」


 レーダー手が狼狽を(あらわ)にするのも()むを得ないだろう。

 彼らは決して油断して警戒を(おこた)っていた訳ではない。

 それどころか、職責を果たそうと懸命に任務に没頭していたのだから。

 だが、何の反応も示していなかったレーダースクリーンが、瞬時に多数の敵影で埋め尽くされてしまえば驚倒するしかなく、即応しろという方が(こく)であろう。


 けたたましい緊急警報が鳴り響く中、発せられたその金切り声に対応できた艦は一隻たりとも存在しなかった。

 回避や対空戦闘を命じる暇もなくミサイルが着弾して、激しい衝撃に艦が大きく揺さぶられる。


「な、何事だッ!? いったい何が起こったのだッ」


 爆撃による激しい衝撃によってシートから転げ落ちたベイ総司令が、動揺も(あらわ)に声を荒げるが、艦長以下幕僚達にもその質問の答えを持ち合わせてはいない。

 何よりも味方は大混乱に(おちい)っており、原因の追及などをしている余裕は彼らにもなかったのである。


「上部装甲大破ッ! 第三十五から四十六ブロックは隔壁全閉鎖せよッ!」

「左舷対空砲群壊滅ッ! 直下の五十七,五十八ブロックで火災発生ッ!」

「機関室被弾ッ! 右舷メインエンジン危険域まで圧力上昇ッ!」

「主砲一番二番共に大破沈黙ッ、復旧の目途は立ちませんッ!」


 次々に耳朶に飛び込んでくる悲報を受けたベイ総司令は、ヨロヨロと立ち上がり呆然とした面持ちで目の前の惨状を見るしかない。


「前衛艦隊旗艦スローフ爆沈ッ! 他の先行艦も被害は甚大(じんだい)ッ、艦隊行動に支障が出ておりますッ!」

「両翼を進撃中の同胞艦隊(海賊艦隊)も、被弾艦多数により大混乱をきたしていますッ!」


 周囲三百六十度の光景を余す所なく映し出しているスクリーンを見れば、現在の自軍の惨状は一目瞭然だった。

 前衛艦隊の足が止まった為に後続艦隊は進路を(ふさ)がれた格好になり、被弾大破した僚艦を(かわ)そうとして他の艦に衝突する味方が後を絶たない。

 不幸中の幸いか、不意打ちを仕掛けて来た敵航空部隊は投弾を終え、(すで)に機首を返して退避に掛かっており、取り敢えず敵航空戦力の脅威は遠のいたと言える。

 しかし、混乱の極みのベイ総司令はそれを喜べるような状態ではなかった。


(馬鹿なッ! こんな馬鹿な事が……いったい何処(どこ)にこれだけの航空戦力が?)


 呆然となる中で浮かんだその疑問の答えは得られないが、それでも指揮官として状況を打破し戦況を改善せねばならない。

 彼は奮起するや敢然(かんぜん)と命令を下した。


「何をしておるかッ、狼狽(うろた)える前に後衛艦隊の各空母艦載機隊を出撃させて直掩(ちょくえん)に当たらせろッ! その間に態勢を立て直すのだッ!」


 しかし、腹心の参謀長から返って来た言葉は無情なものだった。


「だ、駄目です! 二十隻の航宙母艦は全て爆沈したか、大破炎上中であります。後続艦隊への攻撃は空母群だけに集中したようであります!」


 敵対する銀河連邦軍旗艦は弩級戦艦だが、他の五十隻は重巡クラスの護衛艦ばかりと(あなど)り、航空隊を出し惜しみしたベイ総司令の判断ミスだと言わざるを得ないだろう。

 それでも艦隊の全てが被害を受けた訳ではなく、無傷で戦力を維持している艦も半数以上は存在しているのだ。

 (あきら)めるには早過ぎる、と司令官以下幕僚は判断した。


「艦隊を再編せよぉっ! 行動可能な全艦を以て作戦を続行するッ! 寡兵(かへい)の敵にこれ以上の策はない! 敵航空戦隊が再度爆装して引き返して来る前に敵の本隊を叩くッ!」


 しかし、その命令は遅きに失した。


「敵艦隊に動きありッ! 陣形を(ととの)えて一斉に突撃して来ますッッ!」


 恐怖を滲ませたオペレーターの悲鳴が艦橋に響き渡たり、ベイ総司令の顔は驚愕に(ゆが)むのだった。


             ◇◆◇◆◇


「ば、馬鹿なっ……こんな馬鹿な事がッ!」


 アスピディスケ・ベースでも、ベイ総司令と同様に(うめ)き声を上げて歯ぎしりしている人物がいる。

 それは言わずと知れたユリウス・クルデーレ大将だ。


 バイナ連合艦隊が一斉に進撃を開始した時には、宿敵白銀達也の最期を確信して派手な哄笑(こうしょう)を上げた彼だったが、今や戦況は一変してしまい、何処(どこ)にもぶつけようがない怒りを持て余していた。

 そんなクルデーレとは違い、両老元帥は泰然(たいぜん)とした姿勢を崩してはいない。


「ふん……少数で悠然(ゆうぜん)と構えておる敵に伏兵があるなど兵法の初歩であろうに」


 エンペラドル軍令部総長が嘆息しながら(うそぶ)けば、


「仕方がなかろうて……航空隊が突然降って湧いたのはヒルデガルド殿下の仕業じゃな。あの御方は白銀贔屓(びいき)で一貫しておるからのう……なんぞ新兵器でも供与したのじゃろうよ」


 とモナルキア軍政部総長が真相を看破(かんぱ)してみせる。


「航空戦力は分散配備した各部隊から引き抜いて隠しておいたのだろう。一旦配備しておいて、任務と(いつわ)って出航させて(ひそ)かに太陽系に引き返させるか……単純だが上手い手だな」

「部下に調べさせたが、白銀麾下(きか)の千五百隻のうち航宙母艦は二十%を占めておるそうじゃよ。そこから二十や三十の母艦を引き抜いて隠し置くなど存外に容易(たやす)い事だったろうて……のう? クルデーレ?」


 両元帥の会話からは老人特有の飄々(ひょうひょう)とした穏やかさが感じられたが、名前を呼ばれて振り向いたクルデーレは、凍てつく様な恐怖を覚えて震え上がらずにはいられなかった。

 それは、彼らの双眸が(たとえ)えようもなく冷たい光を放っていたからであり、それが死刑宣告に等しいものだと直感で理解したが故の結果だ。

 彼は自分が今の地位に居られるのが、誰の力によるものか良く知っている。

 だからこそ、この両老元帥を怒らせようものならば、容易(たやす)く全てを失うのも熟知していた。


「そんな事も知らずに白銀を抹殺(まっさつ)などとは……やれやれじゃ……」

「そう責めるものではない……所詮(しょせん)は、白銀の方が一枚も二枚も上手だっただけであろうよ……。で? これでお前の策とやらは打ち止めなのかね?」


 モナルキア元帥が呆れて嘆息すれば、それを(なだ)めながらエンペラドル元帥が冷淡な声で問う。


「もっ、申し訳ございませんッ! この失態は必ず(つぐな)って御覧に入れますぅッ! どうか、どうかッ! 今一度機会をお与え下さいッ!」


 恥も外聞もなく両膝を床について平伏したクルデーレは懸命に許しを()うたのだが、二人は顔を見合わせて皮肉げに口元を(ゆが)めただけで、()えて何も言わずに眼前に這いつくばる無能な男を見下ろすのみだった。

 それは、これからもう一波乱起こる舞台の結果次第では、この男の使い道が残されているかもしれない……そう考えたからでもある。


 そして、その悪魔の(ごと)き波乱を顕現(けんげん)させる為に、手元に忍ばせておいた情報端末を操作したエンペラドル元帥は、それが起動したのを確認して喜悦に(ゆが)んだ笑みを浮かべるのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いや、野生に戻るとかの問題ではなくてですね、せっかく持って生まれたスキルが鈍ってしまうのは勿体ないという意味でして。 [一言] ついに開戦か。 映像で見たいものです。
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