第二十二話 日雇い提督は仁愛を得て英雄になる? ⑦
「バック大統領……年貢の納め時です。栄えある統合政府首席として、引き際ぐらいは潔くされては何如ですか?」
敢えて慇懃な物言いで下した断罪の言葉は、曲りなりにも最高権力者にまで上り詰めた男に対する達也なりの贐だった。
しかし、そんな計らいを解さない愚昧な男は、恥知らずにも己の正当性を声高に叫んで足掻き続ける。
「ちがう、ちがうッ! こんな物は私を陥れる為に捏造された映像に決まっているではないかッ! この私ほど地球と人類の為に身を粉にして尽くして来た人間はいないのだぞッ! 今回の決定も責任逃れに終始するばかりの議会に代わって、已むなくッ、真に已むなくッ! 断腸の想いで決断したのだ。それこそが指導者の責務ではないかッ!」
民衆の心を掴むに足る熱弁だと思っているのは本人ばかり。
醜く歪んだ狂相も相俟って、放送を見ている人々には言い逃れに終始している様にしか見えず、却って不快感を煽る結果になってしまう。
当然だが、それは相対している達也も例外ではない。
「やかましいッ! この期に及んで見苦しいにも程があるッ! どれだけ指導者にあるまじき醜態を晒せば気が済むんだッ!?」
人々の心情を代弁する怒気を含んだ大音声が、未練がましい大統領の言葉を断ち切った。
怒りに駆られて声の主を睨みつけたバックだったが、その険しい表情を目の当りにすれば、気圧されして後退るしかない。
「花道ぐらいは用意してやろうと考えた私が馬鹿だったよ。黙って聞いていれば、心にもない戯言をペラペラ、ペラペラとっ……貴方を信じ、支持してくれた国民に恥ずかしいとは思わないのかッ!?」
「なっ、何を言うかぁ~~わ、私は、私はっ! 本気で地球人類の幸福を……」
激怒する達也の圧力に屈してか、大統領の言葉が掠れて震える。
「ほう? そうかい……ならば聞くが、あなたも一国の指導者だったんだ、潜在的な仮想敵国であるバイナ軍の総戦力位は把握していた筈だよな?」
この質問に大統領の顔が不自然な程に蒼褪めたのを見た民衆は、その理由が分からずに小首を傾げる者が大半だった。
堅く唇を引き結んで動揺した顔を背ける大統領を、達也は容赦なく糾弾する。
「バイナ軍の総艦艇数は七百隻強というのが、銀河連邦軍をはじめ周辺宙域の惑星国家の常識だ。地球統合軍も同じ情報を共有していた筈だし、それをあなたに報告しなかったなど常識的に在り得ない……それにも拘わらず、押し寄せて来た艦艇は一千隻ときたもんだ。差引き三百隻は何処から湧いて出た戦力なのでしょうねぇ?大統領閣下」
「し、知らんッ! わ、私はそんな事は知らんぞッッ!」
明らかに狼狽して取り乱すバック大統領の姿に、民衆の疑念は更に膨らんだ。
「知らない筈がないだろう! そもそもグランローデン帝国はこんな陳腐な猿芝居に加担するほど迂闊ではないッ。帝国艦隊を戦力に計算できなかったあなた方は、在ろう事か周辺宙域で屯する海賊を戦力とする非道な行為を思いついたのだッ! 違うと言うのならば、自らの潔白と併せて証明してみせろっ!」
不審なまでに狼狽し表情を歪める大統領の様子が、達也の指摘の正しさを証明しているようなものだった。
「何の見返りもなく協力する海賊などいる筈もない……とはいえバイナや帝国が褒賞を支払う筈もないッ。とどのつまり、あの海賊どもを手駒にする代償として、土星と木星で懸命に働く同胞達を人身御供にしたのだ! 口先で美辞麗句を並べておきながら、平然と同胞を人買いに売り飛ばす裏切り行為を犯した……貴方は史上最低最悪の大統領だッ!」
激しい糾弾に晒されながらも、懸命に逃げ道を探るバックだが、続けて浴びせられた言葉によって、全ての逃げ道が閉ざされた事を理解せざるを得なかった。
「貴方達が画策した謀略の証拠は、全てのマスメディアと地球の司法省に送付済みだ。因みに情報の出所は、銀河に名を馳せた我が銀河連邦軍情報局。如何に声高に捏造だと主張した所で、データーの正当性は揺るぎはしない。最早これまでと観念するんだな」
先日空港の待機ロビーで、カフェスタンドの店員に変装し接触して来た情報局のクラウス・リューグナーから渡されたモノこそが、五年前の事件から始まった一連の騒動の全てが記録されたメモリー媒体だったのである。
当然の事ながら、その中には既に暴露された情報映像を含む陰謀の証拠も完璧に揃っており、悪足掻きを続ける小悪党の息の根を止めるには充分な代物だ。
(お、おのれぇ~~あと少しッ! あと少しで大望を果たせたのにぃぃ!)
憤懣やる方ない大統領にできたのは、内心で盛大に舌打ちをし自分を貶めた男を睨みつける事だけだった。
だが、対する達也はそんな視線には斟酌もせず、今度はひどく冷めた声音で哀れな裏切り者に最後の言葉を贈ったのである。
「私は軍人だ。貴方を逮捕し裁く権限は持ち合わせてはいない。だからこれ以上の追及はしないが、逃れる術はないよ……今度こそ潔く司直の手にその身を委ねるがいい。そして、己が犯した罪の重さを黄泉路の果てで噛み締めるがいいさ」
その言葉を最後にして、大統領執務室の全てのスクリーンが役目を終えたと言わんばかりに沈黙した。
それを機に現実に引き戻されたバック大統領は、この期に及んで尚、見苦しくも足掻こうとする。
(身を隠すしかない。幸いこの大統領府までは銀河連邦の奴らの手は届くまい! 専用機で地球を出て……教団の施設にでも身を寄せれば再起も可能だ!)
急いで脱出する必要に迫られて、執務室を飛び出そうとドアに向って駆け出した大統領だったが、彼の逃亡劇が成功する事はなかった。
出入り口まであと数歩という所で前触れもなくドアが開け放たれたかと思えば、複数の男達が執務室に雪崩れ込んで来て彼の行く手を阻んだのだ。
「な、何だッ!? 貴様らは? 此処は大統領府だぞッ! 誰の許可を得て入って来たのかッ? 狼藉は許さんぞッ!」
困惑しながらも精一杯の虚勢を張るバック大統領に、乱入して来た男達の先頭に立つ体躯の良い青年が、状況にそぐわない笑顔を浮かべて来訪の目的を告げた。
「我々はGPO(銀河警察機構)特別捜査官であります。ドナルド・バック大統領閣下。あなたには騒乱幇助と利敵行為の嫌疑が掛かっており、連邦評議会より資格停止の上で拘禁せよとの命令が出ております。潔くなさるならば問題はありませんが、逃亡を図った場合は射殺しても良いとの許可も出ておりますので……どうか、御賢察の程をお願いします」
無機質な声で告げられた最終宣告に耳朶を揺さ振られたバックの脳裏に、不本意な未来予想図が過ぎる。
読み上げられた罪状を取っ掛かりにして情報を精査され、そう遠くない内に反乱の首謀者として裁かれる自分の姿を幻視した哀れな権力者は、両膝から崩れ落ちるや、床に突っ伏して慟哭するしかなかったのである。
◇◆◇◆◇
バック大統領の背任行為が白日の下に晒されたとはいえ、それで太陽系に生きる人類にとっての危機が去った訳ではない。
一千隻という圧倒的な戦力を誇るバイナ・海賊連合軍は、臨戦態勢を整え、攻撃開始命令を今や遅しと待ち構えているのだ。
「やはり、欲深なだけの政治屋は使い物にならないのぅ……ふっふふ、白銀達也といったかな? バックを排除した手並みは実に鮮やかだった。それに五年前の奴の失態にまで言及したという事は、君は今回の襲撃を事前に予想していたのかね?」
スクリーン越しに相対しているベイ総司令官からそう問われた達也は、苦笑いしながら両肩を竦めて見せた。
「私を疎ましく思う人間は多くてね……今回の人事が発令された段階で陸でもない事になるという予感はあったさ。おまけに地球の立ち位置とシグナス教団の暗躍を考えれば、侵略を予測するのはそう難しくはない。しかし、本来ならば味方である筈の大統領が敵という状況は些か具合が悪い。だから一網打尽を狙った方が効率が良かろうと、わざと素知らぬフリをしていたのさ」
事件の背景を知らない者には分かり辛い台詞だが、今回の銀河連邦軍西部方面域編成計画を、ユリウス派の情報員を通じて事前に入手していたベイ総司令官には、納得のいく話だった。
(つまり銀河連邦軍の上層部は、この白銀達也という男を我々の手で葬らせる為に情報を故意に漏洩させて侵攻を促したのか……その思惑に乗せられたバックや教団は愚かという他はないが、我がバイナには関係のない話だ)
計画が露見し、共謀者であるバック大統領を失ったとはいえ、自軍の方が有利であるのに変わりはない。
そう現状を分析したベイは、口角を吊り上げて不敵な笑みを零す。
「成程ね……若いのに随分と世慣れているじゃないか。しかし、バックを退けても状況は何も変わりはしない。こちらの戦力に対してそちらは圧倒的に寡兵……地球統合軍が混乱から立ち直る前に勝負は着くだろう。この日があるのを予測しておきながら、戦力を分散配備した君の戦略ミスだよ」
その指摘は至極尤もだと言えるだろう。
一千対五十の戦力差でぶつかり合えば、銀河連邦軍艦隊が一瞬のうちに磨り潰されるのは火を見るよりも明らかだ。
ふたりのやり取りを固唾を呑んで見守っている全ての人々が、その凄惨な結末を想像して悲嘆に暮れるのは当然だし、敗戦の憂き目を見る地球人類に降り懸かる未曾有の悪夢を思えば、絶望するなと言う方が無茶なのかもしれない。
しかし、そんな暗澹たる状況の中でさえ、達也の表情からは欠片ほどの悲壮感すら窺えず、寧ろ、その口元には不敵な笑みすら浮かんでいた。
そして、絶体絶命の危地にあるとは思えない、落ち着いた声音で嘯いたのだ。
「仕方がないだろう? 人の足を引っ張ろうとする連中を騙すには、手元に過剰な戦力を残す訳にはいかなかったのでね」
「ふんっ! この状況も計算通りだと言いたいのかね? 強がりにしても芸がない言い種だな。どう足搔こうとも、我々に蹂躙されて滅び去る以外に君達の未来はないのだからなッ!」
勝ち誇るベイ総司令官の物言いに多くの人々が臍を嚙んだ瞬間、己の末路を断じられた銀河連邦軍司令官は、心外だと言わんばかりに痛烈な言葉を叩き返した。
「気分良く酔っぱらっている所を申し訳ないが、話の前提が間違ているよ。蹂躙されて滅ぶのはお前達の方だよッ! 何の断りもなく人様の庭先に土足で踏み込んでおいて、まさか只で済むとは思っていないよな?」
強烈な怒気を含んだ言葉に打たれたベイ総司令官は、腹の底から込み上げてくる感情に煽られる儘に応酬した。
「よ、世迷い事を言うなぁッ! 圧倒的な戦力差を目の当りにして気でも狂ったのかッ? それとも貴様は戦況判断もできない愚物だったかッ!?」
「人を無能呼ばわりしないで貰おうか。私は至って正気だよ。実は二か月程の短い間だったが、身分を偽って地球統合軍の士官学校教官を務めていてね……」
ベイ総司令官が険しい顔で睨みつけてくるが、達也は委細構わずに喋り続ける。
「そこで教え子達に強く言い聞かせた事がある……『身を護る術もない人々の盾となり剣となって悪しき者と戦うのが軍人であり、その一点に於いて強大な力を行使する事を許されているのだ』とね」
その譲れない信念を貫く事に躊躇いはない。
だから、達也は口調を強くして啖呵を切ったのだ。
「彼らの前で大言壮語を吐いた以上、実践して証明するのが教官の務めだろう? そうでなければ、どの面晒して教え子達の前に出られるというんだ?」
その不遜な物言いに嚇怒したベイ総司令官は、表情を赤くして声を荒げた。
「今更恰好をつけられる状況だと本気で思っているのかッ!? 根拠のない精神論ではどうにもなりはしない! 我らは一千隻の戦闘艦艇を有しているのだぞッ!」
「それがどうした? 千が万でも答えは変わらないさ。お前達の理不尽な暴力から同盟国の人々を護るのが我々の使命だ! そして、重ねて言うが、この場で滅びるのはお前達の方だよ……命が惜しい者は今の内に武装解除の上で投降したまえ」
まさに一歩も引かず真正面から迎え撃つと宣言した達也の言葉は、絶望に暗澹としていた人々の心に、希望という名の灯火を燈す。
その意に反し、まさかの降伏勧告を叩きつけられた連合軍は、総司令官を筆頭に怒り心頭に発して戦意を剥き出しにするのだった。
「おのれぇ~~ッッ! せめてもの情けにと好きに言わせておけば図に乗りおってぇ─ッ! 貴様らの戦力が各地に分散しているのは筒抜けなのだッ! 時間を稼いで援軍を待つ腹積もりだろうが、周辺の転移ゲートは我々の工作で数日間は使い物にはならないッ! これが厳然たる事実だッ!」
激昂して一気に捲し立てるベイ総司令官だったが、不意に妙な事に気づいて眉を顰めてしまう。
銀河連邦艦隊にとって現状は絶望的な状況である筈なのに、相手の司令官は薄ら笑いを浮かべ、まるで憐れむような視線を此方へ向けているではないか。
根拠のない余裕を見せる相手の態度に、ベイ総司令は得体の知れない不安が胸の中に込み上げて来て思わず口籠ってしまう。
すると彼の狼狽ぶりを嘲笑うかのように、達也が口を開いた。
「一つだけ忠告しておいてやろう。我が国には、『逆もまた真なり』という諺がある。何故この場に援軍が来ない事ばかりを得意げに吹聴するのだ? 裏を返せば、お前達の本拠地に異変が起きても直ぐには戻れない……そう考えるのが優秀な指揮官というものじゃないのかな?」
「なっ、何をぉ~~~」
その言葉を理解するよりも早く、計ったようなタイミングで緊急通信のコールが鳴り響き、驚愕の報告が通信士から伝えられた。
「たっ、大変ですッ閣下ッ! ほ、本国がッ、バイナ星が、連邦宇宙軍三個艦隊によって侵攻を受けておりますッ! 基地司令官閣下より至急救援を請うとの緊急伝でありますッッ!」
「なっ、何だとぉッ! そんな馬鹿なぁぁッ!?」
想定外の事態に狼狽したのはバイナ軍だけではなく、邪な目的のために参戦した海賊連合にも激しい動揺が走る。
元々彼らは小さな海賊集団の寄せ集めであり、GPOや各国の司直の監視が行き届かない暗礁宙域や辺境惑星にアジトを構え、周辺宙域で海賊行為を働く小規模な集団ばかりだ。
その全てのアジトに対し、銀河連邦艦隊が攻撃を仕掛けて来たとの報告が入り、瞬く間に艦隊中に動揺が伝播する。
元より個別戦力で銀河連邦軍艦隊と戦うなど自殺行為に他ならない弱小海賊であるから、空のアジトが制圧されるのは火を見るよりも明らかだった。
「まっ、まさか……我々が転移ゲートに細工するのも織り込み済みだったと言うのかぁッ!?」
初めてベイ総司令官の顔に恐懼の色が浮かび、まるで気味が悪いモノを見る視線を達也に向ける。
「さてね……そこまで答えてやる義理は私にはないよ。ただ確かなのは、お前達には帰る場所がなくなったという事さ……黄泉路への片道切符は私がくれてやる! 己の不運を嘆きながら迷わず冥府に逝くがいいッ!」
お決まりの断罪の台詞を口にした達也が不敵に口角を吊り上げたのを見て、ベイ総司令は恐怖にその表情を歪めて雄叫びを上げた。
「生意気を言うなぁッ若造がぁッ! 構わんッ全艦攻撃開始ぃぃッ! 海賊艦隊は土星と木星に進撃せよ! 我が軍は身の程知らずの銀河連邦軍艦隊を一蹴し一気に火星と月の軍施設を奪取するッ! 太陽系を人質にとれば、奴らは我らの拠点には手出しできなくなるッ! 全軍ッ、突撃せよ──ッ!」
圧倒的に有利な状況に在りながらも、一転して窮地に追い込まれたバイナ・海賊連合軍は、司令官の檄に呼応して一気呵成に侵攻を開始する。
時に新西暦二百二十五年六月初旬。
後の世の史家に【土星宙域の奇跡】と称賛される戦いの幕が切って落とされたのだった。




