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第二十二話 日雇い提督は仁愛を得て英雄になる? ⑥

(かなえ)の軽重を問う】という(ことわざ)がある。

 故事を引き合いに出して(くわ)しく説明するまでもなく、権力者の力量を疑ったり、推し量ったりするという意味で頻繁(ひんぱん)に使われる有名な言葉だ。


 まさに今、その力量を問われている二人の権力者が、衆人環視(しゅうじんかんし)の下で鼎の軽重を問われていた。

 その両名とは、言わずと知れた地球統合政府大統領ドナルド・バックと、バイナ共和国軍総司令官マーレン・ベイ元帥に他ならない。

 己が策謀を成就(じょうじゅ)するべく共謀した二人は、銀河連邦の勢力圏から太陽系を離脱させてグランローデン帝国の支配下におき、()いては教団の勢力拡大の為の橋頭保(きょうとうほ)とするべく暗躍(あんやく)して来た。

 そして、その目論見(もくろみ)は彼らの思惑通りに進み、地球人類のみが不利益を(こうむ)る形で成就される寸前まで漕ぎつけたのだが、気紛れな運命の女神はそんな幕切れを良しとはしなかったのである。

 彼らが渇望(かつぼう)する至福(しふく)の瞬間に『待った』をかける者の登場で、二人が思い描いた物語は予期せぬ方向へとその(かじ)を切るのだった。


           ※※※


 驕慢(きょうまん)欺瞞(ぎまん)に満ちたやり取りのクライマックスに堂々と割り込み、二人の元首を『サル』呼ばわりした上、会談そのものを猿芝居だと面罵(めんば)した第三の男の登場に、バック大統領とベイ元帥は憤怒(ふんぬ)に顔を(ゆが)めた。

 自分達より年下の若輩者から『サル』と揶揄(やゆ)されれば、(いきどお)らない人間は居ないだろうし、曲がりなりにも主権国家の指導者を自負する者ならば尚更(なおさら)だろう。


 だが、こういう時にこそ指導者は【(かなえ)の軽重を問われる】のだ。

 彼らが描いたシナリオは、実に単純明快なものでしかない。

 たとえ国家としての体と主権を失い艱難辛苦(かんなんしんく)の道を歩むとしても、太陽系に生きる人類の命を優先させたバック大統領の崇高(すうこう)な決断と、その想いに感銘(かんめい)し、大幅な譲歩を決意する敵軍総帥ベイ総司令官……。

 この陳腐(ちんぷ)な三文芝居を最後まで演じ通してこそ、この計画は完遂され教団の野望が成就されるのだ。


 しかし、常日頃から自分の力量を過信して他人を見下し、傲慢(ごうまん)な振る舞いに明け暮れてきた両者の沸点(ふってん)は当然の(ごと)くに低い。

 予期せぬ乱入者からの嘲笑を、咄嗟(とっさ)のアドリブで(しの)ぐという腹芸も持ち合わせていないのでは、彼らが致命的な失策を犯すのは(すで)に確約されたようなものだ。

 そして、舞台上では、御約束通りの展開が繰り広げられるのだった。


「おのれェェッ! その無礼な口を今すぐ閉じよォッ!」

「偉大なるグランローデン帝国の傑物たる我に対し何たる妄言をッ! 今更許しを()うても手遅れであるぞッ!」


 先ほどまでの()(つくろ)った悲痛な表情や慈愛に満ちた微笑みは、一体全体何だったのか?

 嚇怒(かくど)して(みにく)(ゆが)めた顔を(あらわ)にする二人の姿を目の当たりにした人々は、『これは茶番劇ではないのか?』と薄々ながらも気付き始めてしまう。

 彼らが()き散らす品性を感じさせない怒声は聞く者に不快感を与え、先程までのやり取りの中にも、(ぬぐ)いきれない胡散臭(うさんくさ)さがあるのでは、との疑念を持つ者達は、その数を急速に増やすのだった。


 そんな当然の帰結にさえ思い(いた)らない道化師(ピエロ)達は鼻息を荒くし、血走った双眸で乱入して来た男を(にら)みつけるのみだ。

 だが、その醜態を目の当りにした人々が(いだ)いた疑念は確信へと変わり、猜疑心(さいぎしん)を募らせている事に気付けない彼らは、正に滑稽だと言う他はないだろう。


 自分の仕掛けた挑発が功を奏したとはいえ、バック大統領とベイ総司令官のあまりのポンコツ振りに、乱入者は呆れ果て嘆息するしかなかった。


(こんな単細胞相手に真剣に策を()った俺って……あぁ~ぁ、嫌だ嫌だ……馬鹿の相手なんかするもんじゃないな)


 それでも、この三文芝居の幕は早急に降ろさなければならない。

 そう気を取り直した男は、張り子の(かなえ)同然に軽々しい指導者らへ、憐憫(れんびん)の情を含んだ視線を向けて口を開いた。


傑物(けつぶつ)が聞いて呆れるぞ? どんだけ耐性がないんだ? お前達が気分良く演じていた猿芝居も、役者が大根では台無しだと分かっているのか?」


 そう面罵(めんば)された二人が、自らの失態に気付いた時は(すで)に手遅れだった。

 彼らの変貌ぶりを目の当りにした人々は、今回の騒動が大統領自作自演の茶番劇だったのだと気付いたのである。

 だが、自分らの失態は棚に上げ、邪魔者に対する憤激に顔を赤く染める二人に、その青年は不敵な笑みを浮かべて問うたのだ。


「帝国も教団も人材が枯渇(こかつ)しているのかね? まあ、猿芝居は此処(ここ)で終幕だ。この先の脚本は私が書いてやろう……(ちな)みにお前達の役処は、馬鹿に御似合(おにあ)いの悪党役なのだが、文句は言わないでくれよ?」


 その台詞は自尊心の(かたまり)の様な二人には我慢ならない挑発であり、バック大統領とベイ総司令官は両眼を血走らせ(そろ)って怒声を上げるのだった。


「「生意気な若造がぁッ! 名を名乗れェェッ!」」


 この時、スクリーンに映る青年が一瞬だけ嫌そうに口元を(ゆが)めたのが後々までの語り草になるのだが……それはまた別の話である。


             ◇◆◇◆◇


【伏龍大食堂】

 スクリーンに映し出されている乱入者は、食堂に居並ぶ候補生達にとっては非常に馴染(なじ)みのある人物だった。

 しかしながら、現実と己の認識が大きく乖離(かいり)している場合、自分の方が間違っているのではないかと疑ってしまうのが人間の常だ。

 それ(ゆえ)に候補生達は、目の前の事象を素直に受け入れられずに戸惑うしかなかったのである。


「あ、あれ……教官?」 

「まっ、まっさかぁ~~で、でも、でも……」

「いっ、いや……しかし、どう見ても……いや、でもなぁ~~」

「何かの間違いか……さもなきゃ夢だよ……きっと……」


 食堂の彼方此方(あちらこちら)で候補生同士が疑問符を頭上に点灯させながら(ささや)き合い、次第にその喧騒は大きなざわめきへと変化していく。

 確かにスクリーンの中の青年は、候補生達が見知った人物のように見える。

 だが、彼が着用している衣服が如何(いか)なるものか知るからこそ、その高貴な軍服を(まと)う人物の正体に確信が持てないのだ。


 襟元から(のぞ)く軍服は、佐官以上が着用する漆黒の第一種軍装であるが、その上に(まと)っているのは、右胸部分を黒い生地で(おお)った以外は、目にも鮮やかな真紅で統一された膝上までのロングコート。

 (しか)も、コートの襟元や胸元には黄金仕立ての銀河連邦軍徽章と、同じく金ピカの階級章が彼の身分を主張し、それを念押しする様に右胸の漆黒の布地の上には特殊な金糸で編み込まれた三本セットの黄金飾緒(しょくしょ)が弧を描いているのだ。


 この飾緒(しょくしょ)は昔から各国の軍隊で参謀職や幕僚らが着用していたものだが、五百年ほど前に高位将官の身分を簡単に示すのに都合が良いという理由から、銀河連邦軍准将以上の将官にしか着用が認められないモノになっていた。

 当然ながら、連邦に所属する国々の各国軍にも同様のルールが強要されており、色違いであれ何であれ、飾緒(しょくしょ)の使用は厳しく禁じられている。


 貴族主義の根底に流れる、行き過ぎた特権意識の成せる技とはいえ、混成部隊が主になる銀河連邦軍に()いては、自然と連邦軍将官を上にたてる空気が醸成(じょうせい)され、不要な揉め事の解消には一定の効果があった。

 (ちな)みに、准将と少将は金鎖が一本。中将は二本。大将は全て三本、元帥が四本で大元帥のみが五本と決められている。


 つまりこれらの事実から推測するに、会談に乱入して来た人間が、銀河連邦宇宙軍の大将閣下であるのは、誰の目にも明らかだった。

 そこまでは理解できても、その()えある銀河連邦軍大将閣下と、候補生達が知る白銀達也が同一人物であると認識するのは困難であるらしい。


 しかし、そんな懊悩(おうのう)は、同時にスクリーンを指差した蓮、詩織、神鷹、ヨハンの驚愕を色濃く含んだ大音声で吹き飛ばされてしまった。


「「「「し、白銀きょうかぁぁんッッ!?」」」」


 達也を一番良く知る彼らが(そろ)ってその正体を看破したものだから、他の候補生達が(いだ)いた疑念も迷いも一瞬で吹き飛んでしまい、食堂から発生した熱気は学校中に伝播(でんぱ)し、爆発的な喚声(かんせい)が校舎を揺らしたのである。


            ◇◆◇◆◇


 化けの皮が()がれた大統領と総司令官から誰何(すいか)された達也は、この気恥ずかしいだけのお約束な展開を教え子達も見ているのだと思い(いた)り、居たたまれない気分に(さいな)まれてしまう。


(くそっ! 絶対に如月や真宮寺は爆笑しているに違いないぞ……あと遠藤教官と秋江もだ。今度会った時に何を言われるか……あぁ嫌だ嫌だ……)


 拷問に等しい羞恥責めを受ける未来を想像して溜息が(こぼ)れそうになるが、問われて(こた)えないわけにもいかず、これは通過儀礼だと自分に言い聞かせて口を開く。


「これは失礼いたしました。私は銀河連邦宇宙軍・西部方面域最高司令官を拝命しております白銀達也大将であります。とはいえ、名を覚えて戴く必要はありませんよ……顔を会わせる機会は二度とないでしょうからね」


 自己紹介を終えた達也の言を受けたバック大統領とベイ総司令官は、目を()いてこの不遜な男を(にら)みつけた。

 (はな)から葬ると決めていた相手に振り回されたとなれば、耐え難い屈辱が怒りとなって身体を駆け巡るのも仕方がないだろう。


「おのれぇ──ッ! 何処(どこ)までも無礼な物言いッ、キサマの様な若造が総司令官だとは何の冗談だッ!?」


 しかし、顔面を紅潮させ罵倒の限りを尽くすバック大統領とは裏腹に、ベイ総司令官は冷静さを取り戻し思考を巡らせた。


(あの若さで八大方面域の一角を(にな)う総司令官だと? 銀河連邦軍情報局から送られて来た情報には、あの男の詳細なプロフィールはなかったが……ここはバックに任せて様子見に徹した方が良いようだな)


 流石(さすが)に軍事政権の長として一国を牛耳ってきた男である。

 いとも容易く仲間を捨て駒にした非情さは指導者たる為政者のものであり、彼が選択した答えはまさに正解だったと言う他はなかった。

 何故(なぜ)ならば、それまで柔和な表情を浮かべていた達也の顔から一切の感情が抜け落ち、上級将官たる軍人の顔に変貌するや、冷然とした声音でバック大統領に問い掛けたからである。


「ドナルド・バック大統領……今回の猿芝居の背景は(すで)に調査済みです。大人しく罪を認めては如何(いかが)ですか?」

「背景だとぉ~~何を世迷い事を言っておるのかッ!? 若造めが!」


 野望に()りつかれ、己が陰謀の成就(じょうじゅ)に絶対の自信を持つバック大統領は、若造と見下す相手の勧告を鼻先で笑い飛ばした。

 しかし、達也は表情を変えもせす淡々(たんたん)と追及の手を強めていく。


「シグナス教団と深い(つな)がりがあるのは(すで)に承知している……版図拡大の為に地球を欲した教団の意向を受けたあなたは、野党党首だった五年前に、銀河連邦と帝国まで巻き込んだ陰謀を仕掛けた。忘れたとは言わせませんよ? 地球オリジナルを(うた)った新造戦闘艦群が不慮の遭遇戦で失われ、二千八百五十六名の乗員が犠牲になった……あの事件ですよ」


 一部の者を除いて知り得る筈がない秘中の秘を暴露(ばくろ)された大統領は、不意を衝かれて言葉に詰まってしまう。

 それが、(かえ)って放送を注視している人々の猜疑心(さいぎしん)(あお)る結果になるのだが、今の彼には、そこまで考慮する余裕はなかった。


「本来であれば、その事件に()って暴露される筈の銀河連邦のスキャンダルを理由にして、政権中枢の政治家や目障(めざわ)りな軍人を、一気に追い落とす手筈だったのに、検証不能な程に新造艦群が破壊された所為(せい)で、あなたの目論見(もくろみ)も水の泡になったのは覚えておられますか?」


 まるでその目で見て来たかの(ごと)く陰謀の経緯を暴露(ばくろ)する達也。

 厳しい糾弾(きゅうだん)に狼狽を強くするバック大統領は、反論もままならなくなっていく。


「しかし、思惑が外れたあなたは、その後に相次いだ軍人や官僚の不審死をも利用して政府与党を追及し、三年前の選挙で政権を奪取した……後は自分の基盤を固めながら来るべきチャンスを待つ。そして、今回の銀河連邦の西部方面域駐留艦隊の大幅な再編を好機と(とら)えて、バイナ軍と結託して地球を売り飛ばす算段をした……そうですね? 大統領閣下?」


 何もかもを見透(みす)かされて追い詰められたバック大統領だったが、精一杯の虚勢を張り言葉を荒げて反論する。


出鱈目(でたらめ)をほざくなぁ! 捏造(ねつぞう)だぁッ! これは私を(おとしい)れる為の陰謀であるッ! 地球の同胞よッ(だま)されてはならないッ! そもそも、銀河連邦が艦隊を縮小したが為に、我が地球は侵略を受けたのだッ! 五年前のあの事件すら連邦の仕業に違いないッ! 私は天地神明に誓って地球人類の未来を(うれ)いてぇ…………」


『これで五年前の失態の穴は埋められようて……のうバック大統領?』


 両の眼を血走らせて自身の潔白を訴えるバック大統領の言葉は、低い愉悦(ゆえつ)を含んだ老人のしゃがれた声によって(さえぎ)られてしまった。

 先程までスクリーンに映し出されていた映像は、薄暗い室内で三人の男達が密談を重ねるモノに代わっており、豪奢(ごうしゃ)な司祭服に小柄な体躯(たいく)を包んだ老人が問えば、恐懼(きょうく)したバック大統領が(こうべ)()れて(かしこ)まる様が鮮明な映像で晒されていた。


『そう(いじ)めて下さいますなランド枢機卿様……貴方様の仰る通り今度こそ太陽系の全てを供物として教団に奉げましょうぞ。地球と其処(そこ)に生きるムシケラ同然の人類もでございます』


 大統領の言葉に続いて、残ったもう一人の男が口元を(ゆが)めて追随(ついずい)する。


『貴殿の崇高(すうこう)な働きを、グランローデン帝国は高く評価しておりますぞ……地球は連邦の西部方面域を切り崩す橋頭保(きょうとうほ)としても絶好の存在ですからな。併合した上は対連邦の前線基地として八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をして貰わねば……』


 聞くに()えない暴言を吐いた男の顔も、(すで)に馴染み深い顔として聴衆に認知されている。

 バイナ軍ベイ総司令官という名前で……。


 バック大統領もベイ総司令官も狼狽せずにはいられなかった。

 今流れている映像は一ヶ月ほどまえに、深夜の大統領執務室に()いて交わされた密談そのものだったからである。

 シグナス教枢機卿の一人であり、太陽系攻略の指導者だったランド司教を招き、今回の謀略の打ち合わせをした秘密会議が暴露されているのだから、狼狽しない方がどうかしている。


 そして、不都合な展開に言葉を失い進退窮(しんたいきわ)まったバック大統領へ引導を渡すべく、達也は断罪の言葉を突きつけるのだった。

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[一言] >馬鹿の相手なんかするもんじゃないな その馬鹿こそ時には恐ろしいが……同意するぜ。
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