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第二十二話 日雇い提督は仁愛を得て英雄になる? ⑤

『銀河連邦評議会の身勝手な思惑に振り回された挙句(あげく)、我々地球人類が血を流すなど、私は断固として認めないッ! 今こそ我々は過去の間違った選択を正し、真の栄光へと続く道を選ぼうではないかッ!』


 よもやの降伏勧告受諾(じゅだく)というバック大統領の決断は、大半の地球人類にとって、正に青天(せいてん)霹靂(へきれき)といえる出来事だった。

 その衝撃が如何(いか)ほどだったかといえば、演説以降、全てのメディアや情報媒体がこのニュース一色で染まり、降伏勧告からバック大統領の受諾演説に(いた)る経緯が、繰り返し放映され続けている事からも分かるだろう。

 しかし、大統領ならびに統合政府に対する怒りの声は激しさを増す一方だというのに、肝心要(かんじんかなめ)の統合軍が機能していないという事実は、その厳しい舌鋒(ぜっぽう)(にぶ)らせるに充分な効果を発揮している。

 その結果、大統領らの無知蒙昧(むちもうまい)な決定を翻意(ほんい)させるには(いた)っていなかった。


 何よりも今回の大統領裁定によるダメージを最悪の形で(こうむ)ったのは、地球統合軍に他ならないだろう。

 大統領の意向に賛同する多数の士官や下士官達が決起し、連邦派も中立派も御構いなしに拘禁(こうきん)するという暴挙に(およ)んだ為、軍内は現在も混乱の直中(ただなか)にある。

 火星と月面の両宇宙軍基地はもとより、地上の主だった基地も、司令官や幕僚が解任された上で身柄を拘束され、極めて短時間で統合軍は反連邦派の指揮の下、粛々(しゅくしゅく)と武装解除が行われたのだ。


 地球を護る剣と盾を封印する事で、バック大統領は政府方針に対して異を唱える勢力の気勢をも()いだのである。


             ◇◆◇◆◇


 軍上層部が混乱を極めれば、それは必然的に系列の各組織にも伝播(でんぱ)する。

 士官学校伏龍も例外ではなく、幕僚本部からは『全ての授業と活動を中止し待機せよ』という命令が一方的に下されていた。

 学校長以下、幹部士官らも状況の確認に奔走(ほんそう)するが、各メディアから拡散される情報以上のものは掴めず、生徒らの焦燥感は(つの)るばかりだ。


『土星と木星の独立公社代表は共同で声明を発表し、地球政府の決定に対し激しい怒りと非難を(あらわ)にしています。最悪の場合、各々の自警艦隊を(もっ)て最後まで抵抗するとの悲壮な覚悟を示して……』


 食事時はとうに過ぎているにも(かか)わらず、大食堂には大勢の候補生達が押しかけてごった返していた。

 三台の大型スクリーンの前には候補生達の人集(ひとだか)りができており、人気の女性アナウンサーが痛哭(つうこく)に満ちた表情で語るニュースに見入っている。

 しかし、そこには数日前までの高揚感に満ちた熱気は欠片(かけら)もなく、学年を問わず(ほと)んどの候補生達が、何処(どこ)かシラケた感情に包まれているようにも見えた。


「情けないにも程があるぜ! 絶望して腑抜(ふぬ)けになってる場合かよ? やらなきゃならない事は(いく)らでもあるだろうに!?」


 周囲を見渡すヨハンが忌々(いまいま)しそうに愚痴を(こぼ)せば、溜息交じりに頭を振った神鷹が(いさ)める。


「仕方がないさ……白銀教官の御配慮でリブラが貸与(たいよ)されて、充実した訓練ができると意気込んだ矢先にこのザマだからね。(しか)も、自分達が任官する軍が消滅の危機となれば、誰だって絶望もするよ……」

「それもこれも、あのバカ大統領が全部悪いんじゃないッ!『過去の間違った選択を正せ』って綺麗事口にしておいて、結局は大国に寄生して生き残ろうって魂胆が見え見えよッ! (しか)も、尻尾を振って()り寄る相手が銀河連邦からグランローデン帝国に代わるだけじゃないッ? 何が『真の栄光に続く道を選ぼう』よ! そんなのは『隷属(れいぞく)へ続く道』の間違いに決まっているでしょうにッ!!」


 珍しく無言でスクリーンを凝視していた詩織が突然キレた。

 相当に鬱憤(うっぷん)が溜まっていたのか、怒気を放って一気に(まく)し立てた後も荒い呼吸を抑えられないでいる。


 しかし、普段ならば学年首席の詩織が何かを言えば、周囲もそれなりに反応するものだが、今日に限っては微塵(みじん)も効果はなく、誰も彼もが言葉を失った儘だった。

 すると、(いきどお)る彼女の肩をポンと軽く叩いた蓮が、落ち着くように(うなが)す。

 自分が暴走しかけると、何時(いつ)もさり気なく気遣ってくれる幼馴染みの暖かい手の感触を得た詩織は、(ようや)く冷静さを取り戻した。


「ご、ごめん……熱くなりすぎたわ……」

「いいさ。こんな事態になるなんて誰も思ってなかったからね……でも、どうして極端な決定が(まか)り通ったんだろう? 少ないとはいえ銀河連邦宇宙軍の駐留艦隊と併せれば、三百隻以上の戦力が確保出来た筈なのに……」


 蓮が疑問を口にすれば、ヨハンと詩織も頷いて同調する。


「確かにな……三倍強の戦力差とはいえ、銀河連邦軍艦艇の突出した性能を考えれば、決して戦えないという程でもないだろう?」

「そうなのよね……戦力の多寡(たか)は重要だと白銀教官に散々教わったけれど、それが全てではないとも教わったわ。『戦闘は所詮(しょせん)人間がやるモノだから、確定したものなど何もない』、教官は常々そう仰っていたわ」


 早々に降伏を受諾(じゅだく)した今回の決定に疑問を(いだ)いたのは、この二人だけではなかったが、その真意を詮索する時間は残されていなかった。


『たった今。政府談話が発表され、間もなくドナルド・バック大統領とバイナ共和国軍司令官との会談が行われるとの事です! 侵略軍は(すで)に土星宙域に到達しており、その威容を見せ付けるかのように布陣しています。(なお)、銀河連邦軍駐留艦隊は(わず)か五十一隻の陣容でデブリ帯を盾にして陣取っており、バイナ共和国軍艦隊を、正面から迎え撃つ姿勢を崩しておりません……』


 女性アナウンサーの声からは、圧倒的寡兵(かへい)の銀河連邦艦隊に対する期待感は微塵(みじん)も感じられず、(むし)ろ深い諦念(ていねん)すら(うかが)える。

 現在まで銀河連邦軍は全く声明を発してはいない。

 同盟軍である統合軍の背信行為(はいしんこうい)にも、統合政府の不可解な降伏受諾(じゅだく)にも不気味な沈黙を貫いた儘だ。

 だが、それは戦意を保持している訳ではなくて、体裁を取り繕った上で逃げ出す機を(うかが)っているが(ゆえ)の沈黙に過ぎない……。

 そんな穿(うが)った見方をする者が大多数を占めているのも事実なのだ。


 しかし、『白銀教官は今回の侵略を予期していたのではないか?』という疑念を捨てきれない蓮は、現状の銀河連邦軍艦隊の真意に思いを巡らせた。


(やはり、何らかの策がある? もしくは伏兵を用意しているのか?)


 そうは思いながらも確信が持てずに口籠(くちごも)っていると、聞き慣れた美しい声が耳に飛び込んで来た。


「アンタの旦那は、あの艦隊にいるのね?」

「仕方がないわ。彼は自分だけ安全な場所に居て、仲間だけを危険な目に遭わせるなんてできない人ですもの……」

「それは分かるけどさぁ……独り身なら兎も角、今はアンタも子供達も居るんだから、もう少し要領良く立ち廻っても罰は当たらないんじゃないの?」

「いいのよ……大丈夫だから。私も子供達も、あの人を信じているもの」


 蓮達四人が振り向くと、そこには何時(いつ)の間に来ていたのか、クレアと志保が並んで話をしている姿があった。

 何処(どこ)となく気恥ずかしそうな仕種(しぐさ)のクレアに対し、志保は嫉妬(しっと)と呆れが混同した非常に嫌な顔をしている。


「へーへー御馳走さまですぅ~~! すっかり人変わりしたわね、アンタ。君達も恋人ができたからって、この女みたいになっちゃ駄目よ!? 友達なくすからね」


 如何(いか)にも『私は人生の先輩よ!』、そう得意顔で忠告する志保。

 だが、教え子四人にはそれがただの負け惜しみにしか聞こえず、(そろ)って声にできない想いを胸の中で(つぶや)いてしまう。


(((( やっぱり、独り身は寂しいんだ……))))


 その憐憫(れんびん)の情は彼らの神妙な顔つきによって誤魔化され、志保には気付かれずに済んだのだが、揶揄された方は収まらなかった様で……。


「もうっ! 教え子達の前で変な事を言わないの……恥ずかしいじゃない」


 その美しい顔に朱を差すクレアが心外だと言わんばかりに抗議したのである。

 すると、我に返った詩織が耳にしたばかりの重大事について質問した。


「あの連邦軍艦隊に白銀教官が配属されているというのは本当ですか?」


 そうあって欲しくない、と考えていた心情が()けて見えるほどに、彼女の顔には不安が色濃く滲み出ている。

 そんな教え子を安堵させる為に、クレアは詩織の両肩に軽く手を置いて微笑んで見せた。


「そう彼から聞いているわ。でもね、そんな顔をしては駄目よ。だって達也さんは私に約束してくれたもの。『必ず帰って来るから待っていてくれ』……そう言ってくれた。だから、何も心配する必要はないわ」


 一言一言噛み締めるように(さと)してくれるクレアからは、殊更(ことさら)に気負うような風情も、強大な敵に対する恐れも感じられない。

 ただ、彼女の微笑みの中で強い光を宿す双眸の存在に気づいた詩織は、達也への深い愛情を感じざるを得なかった。


(心の底から信頼しているんだわ……白銀教官ならば、この程度の荒事で死んだりはしないと)


 詩織だけではなく蓮や神鷹、そしてヨハンからも、感激を(あらわ)にした視線を向けられて、クレアは気恥ずかしくなってしまう。


 全く不安がないと言えば……やはりそれは嘘になるだろう。

 だが、弱い自分を捨てて強くなろうと決めたのだ。

 彼の隣に立って共に歩いて行くと決めたのだ。

 だからこそ、達也の言葉を受け入れ、何があっても信じると決意したのだ。

 大切な人を(うしな)(なげ)き悲しむだけのクレア・ローズバンクは、もう何処(どこ)にも存在しない。

 今ここに存在するのは、白銀達也という伴侶の隣に並び立つ……そう決心した、白銀クレアなのだから。


「どうやら始まるみたいよ……」


 教え子と共通の想いを得たのと同時に、志保の固い声音が耳に届いた。

 大食堂に(つど)っている者の視線がスクリーンに釘付けになる中、ドナルド・バック大統領とバイナ共和国軍事政権指導者であり遠征艦隊を直率する最高司令官である元帥が、二分割された画面上で対峙するように映し出される。

 誰もが想像し得ないクライマックスへ向けて、事態は坂道を転げ落ちるかの(ごと)く急変するのだった。


             ◇◆◇◆◇


『同胞の血を流さずに事態を収拾するには無条件降伏するしかないと決断し、此処(ここ)に地球の主権を放棄して貴国に従うと誓いましょう』

『大統領閣下の大いなる御英断に敬意を表しますぞ! 我々とて、今後同胞として手を取り合っていく仲間を殺戮(さつりく)の対象にしたいわけではないのですから!』


 滑稽(こっけい)極まりない……言葉にすればそれだけで言い表せる地球とバイナの両指導者の会談は、芝居じみた予定調和から始まった。

 美辞麗句(びじれいく)を尽くして、地球人類が(いだ)く侵略者への警戒感や、今後に対する不安を払拭(ふっしょく)したかったのだろうが……。

 如何(いかん)せん、二人の風貌と言葉からはある種の胡散臭(うさんくさ)さしか感じられず、(かえ)って人々の不安を(あお)るばかりだった。


「こんな三文芝居を見せられるとはねぇ……呆れて反論する気にもなれないわよ。いっそ『今日からこの星は俺様のモノだぁ~~黙って言う事をききやがれェッ!』って開き直った方が、分かり(やす)くて良いんじゃないの?」


 しかめっ面の志保が(うそぶ)くが、周囲の候補生達は苦笑いすら返す気になれないほど落胆しており、重苦しい空気が充満した室内は息苦しさを覚える有様だった。


 議会の総意で決定を一任された最高指導者が、主権を放棄して敵に隷属(れいぞく)を誓った以上、地球人類が歩む未来は決して明るくはないと誰もが理解している。

 また、士官候補生である自分達の未来も、決して安閑(あんかん)としていられるものではなく、グランローデン帝国の先兵として戦場で()(つぶ)される過酷な運命が待ち受けていると考えざるを得ない。


 しかし、そんな悲惨な未来よりも辛い現実が、今まさに彼らの眼前で繰り広げられようとしているのだ。


『しかしながらッ! 尊大極まる銀河連邦の走狗(そうく)である銀河連邦艦隊に与える慈悲(じひ)は持ち合わせてはいないッ!』


 バイナ共和国軍総司令官が拳を振り上げて力説すれば、バック大統領も同調して声を荒げる。


『それは我が地球とて同じだッ! 搾取(さくしゅ)され続け、尊厳を踏み(にじ)られてきた悲惨な歴史を我々は決して忘れない! 今こそッ! 傲慢(ごうまん)な支配によって銀河系を蹂躙(じゅうりん)する銀河連邦に鉄槌(てっつい)をッ!』


 盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいとは正にこの事だと、候補生達は忸怩(じくじ)たる思いに唇を噛むしかなかった。

 自分達が所属する軍隊が一方的に同盟を破棄(はき)し、一言の相談もなしにその義務を放棄した上で、圧倒的多数の敵軍の前に友軍を生贄(いけにえ)として差し出したのだ。

 (たと)え、それが自分達の決断ではなかったとしても、この先『卑怯者』のレッテルを張られ、恥知らずな軍隊と揶揄(やゆ)され続けるのかと思えば、悲嘆(ひたん)して項垂(うなだ)れる者が続出するのも()むを得なかった。


 しかし、それ以上に残酷な通過儀礼(つうかぎれい)が眼前で繰り広げられるのを、彼らは甘受しなければならないのだ。

 圧倒的寡兵(かへい)の銀河連邦軍艦隊が、二十倍の敵に蹂躙(じゅうりん)されて消滅するのは逃れようもない現実だ……。

 そう、誰もが思った時だった。


 バイナ最高司令官やドナルド・バック大統領ではない、全くの別人が唐突に会談に割り込むや、その声は電波に乗って太陽系中に伝播(でんぱ)したのである。


滑稽(こっけい)(きわ)まるとは正に貴方達の事だ。道化(ピエロ)が何を言うかと好きに言わせておけば、身勝手な妄言をグダグダと……やはり役者がおサルさんでは、猿芝居以上のものを期待するのは無理だったようだな』


 その声に真っ先に反応したのは蓮、詩織、神鷹、ヨハンの四人だった。

 椅子を蹴立(けた)てて立ち上がった彼らが眼を見開いてスクリーンを凝視したのと同時に、それまで二分割だった画面が三分割に切り替わるや、三人目の登場人物がその姿を現す。


 新たに舞台に現れた人物の容貌を目の当りにした候補生達は、全員が鳩が豆鉄砲を食ったような(ほう)けた顔を晒したが、それはほんの一瞬の事であり直ぐにどよめきへと変化していく。

 そして、遂には大きな歓声となって大食堂を震わせるのだった。

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