第二十二話 日雇い提督は仁愛を得て英雄になる? ①
地球統合宇宙軍の総司令部と本部基地は月面のルナシティーにあるが、航宙艦隊の主力が駐留しているのは火星基地である。
保有している戦力は大小合わせて航宙戦闘艦が三百隻弱、航空戦力が統合軍全体で三千機余り、宇宙軍だけならば一千機程度の規模だ。
『地球全体でこの程度?』と疑問に思うかもしれないが、国力や経済力を無視しては、軍隊という組織が成り立たないのは自明の理だ。
財政状況を鑑みながら、政府と関係各省が折衝した結果が現在の戦力数であり、中堅クラスの独立国家の保有戦力としては至極妥当な数字だろう。
護衛艦一隻に費やされる年間の必要経費は、補修やメンテナンス、日常的な訓練や主要任務に掛かる燃料費や武器弾薬代、そして、乗員の人件費に至るまで多岐に亘っているが、国家財政にとって大きな負担であるのは間違いない。
だからこそ、一大スぺクタルの娯楽映画の様に、宇宙空間を埋め尽くす大艦隊など、現実的には夢のまた夢でしかないのだ。
そんな中で唯一の例外が銀河連邦宇宙軍であり、その保有戦力は百万隻を超えると言われている。
しかしながら、彼らはその性質上、広大な銀河系の全ての重要地域を護らなければならず、常に戦力を分散させておく必要もあってか、地域別の駐留艦隊の規模は決して大きなものではない。
また、地球統合軍が急進的な膨張を必要としなかったのは、太陽系内で採取される鉱産資源に特殊鉱石がないという実情が絡んでいる。
ありふれた鉱石が得物では、海賊行為というリスクに見合うだけの稼ぎを得るのが難しい為、積極的に太陽系に進出する無頼漢は極々稀だった。
そんな事情もあり、軍備拡張や装備の強化計画はその必要性が認められず、等閑にされたまま放置されて来たのである。
この様に、ひどく中途半端な環境に置かれた組織は総じて活力を失い、所属する人間の士気やモラルを著しく低下させてしまうのが常だ。
それは、規律を重んじる軍といえど例外ではなかった。
※※※
レーダー管制官のレイズ・ランド少尉は、半月前に配属されたばかりの新人士官であり、太陽系外周域に多数配備されている無人哨戒衛星を駆使し、不審な船舶や無許可で侵入してくる他国籍艦船の有無を監視するのが彼の仕事だ。
極めて重要な任務ではあるが、ここ数年は全くと言っていいほど何の問題も起こってはおらず、ずっと座った儘レーダースクリーンとのにらめっこに終始するのが常であり、緊張感とは無縁の物足らない日々を甘受していた。
今日も代わり映えしない任務に辟易しながらも、口煩い上官の手前もあり真剣な素振りを装いスクリーンを凝視していたが、それは、真面目に任務を遂行する新人士官という役柄を演じているに過ぎず、実際には補給課の女性士官との甘い交際の算段で脳内はピンク色に染まっていた。
と、その時だ。
自席のスクリーンには、哨戒衛星の位置情報を表す複数の光点が投影されていたのだが、突如として、その全ての光点が消失したのである。
経験が浅く未熟なランド少尉は、三機の哨戒衛星が同時にロストする様な重大事が起こった等とは考えもせず、単に電波障害によって一時的に捕捉できなくなったのだと、呑気にもそう考えてしまった。
しかし、三十秒、六十秒と時間が経過しても、位置情報が復旧する気配はない。
同じ哨戒衛星から別の情報を取得しているオペレーターからも不審な声が漏れたのを機に、彼はマニュアルに沿って衛星の存在確認を行った。
だが、衛星機能との再接続を何度行ってもデーターリンクが回復しなかった為、漸く異変に気付いたランド少尉は困惑を露にしたのである。
管制センター指揮官からも罵声を浴びせられた新米少尉は、パニック寸前になりながらも懸命にコンソールパネルを操作した。
その甲斐あってか、リンクが途絶える寸前に哨戒衛星から送られて来たデーターの解析に成功したランド少尉だったが、その映像データーを見るや否や、一転して双眸を見開き、短い悲鳴を漏らしてシートから転げ落ちたのだ。
指揮官や周囲の同僚たちが訝し気な表情を浮かべ、床に尻餅をつく彼を見たのと同時に、大型スクリーンには冥王星をバックに展開する大艦隊の威容が映し出され、その場に居た全ての者が度肝を抜かれてしまう。
そして、全周波帯を使った強制通信が太陽系を席巻したのである。
『我々はバイナ共和国並びに有志連合による派遣艦隊であるッ! 地球統合政府に対し勧告する。速やかに主権を放棄し、地球を含む太陽系全ての権限を我らに移譲すべしッ! この要求が聞き入れられない場合は、武威を以て言葉の代わりとする用意があるッ! 諸君らの賢明な判断に期待する』
傍受された通信がそのまま室内に流れ、高圧的な恫喝を受けた地球統合軍は混乱を極め、それは、瞬く間に太陽系に生きる全人類を捲き込んでいくのだった。
◇◆◇◆◇
侵略軍からの降伏勧告があったとの報告を旗艦シルフィードの長官公室で受けた達也は、ただちに司令部全幕僚を作戦会議室に召集した。
「さて……月替わり早々に動くと思っていたのだが、結局三日遅れとなった。このズレは何を意味しているのかな?」
会議の冒頭に発せられた総司令官からの問いに、作戦参謀をはじめ幕僚が口々に意見を述べるのだが、余りにも情報が少なすぎて想像に頼る部分が大きく、曖昧な物言いに終始してしまう。
そんな中で思案顔のエレオノーラが、憶測とはいえ興味深い意見を口にした。
「クルデーレ大将辺りが、何かヤバイモノでも仕込んだんじゃないかしら? 海賊連中を焚き付け、今回の騒乱に引っ張り込んだのも彼なのでしょう?」
成程と頷く幕僚が数人いたが、ヤバイモノというピースが具体的に何を指すのか分からない為に、完全な同意には至らない。
しかし、達也だけは口元を綻ばせて満足げに頷いた。
「さすがエレン。良い所を攻めるね。だが、火元はエンペラドル元帥かモナルキア元帥のどちらか……もしくは両方だろうな。所詮クルデーレ大将はあの二人の操り人形に過ぎない。然も、今回はやり過ぎた感が強い。情報局がどう動くかは分からないが、尻に火がついているのは間違いないだろう」
銀河連邦宇宙軍三巨頭の一角が粛清される……。
大胆な達也の予想に古参の幕僚までもが息を呑んだ。
「あの妖怪達も分かっている筈さ……クルデーレ大将は俺に対する敵愾心に固執し過ぎてしまった。これ以上、彼に馬鹿な真似をされると自分達にも火の粉が飛んで来かねないとね……」
「つまり我々を葬り去るついでに、不都合な事案の一切合切を彼一人に背負わせ、人身御供にする気満々ってわけだ……あのクソ爺共は?」
忌々しげに舌打ちするエレオノーラ。
「筋書はそんな所だろう……だが、それは我々にとっても好機であるのに違いはない。万難を排して敵を殲滅するよう、諸君の奮戦を期待する」
傍迷惑なサプライズについては、その時の状況に応じて対処すると決めて議論は打ち切られた。
「それで……敵艦隊の土星宙域への到達予定時刻はどれ位かな?」
情報参謀が資料に目を通しながら詳細を報告する。
「つい十分前に敵の全艦艇が冥王星宙域に転移終了した模様です。尚、最後の一艦が転移を終えたのと同時に、周辺宙域に点在する三十五の転移ゲートにトラブルが同時発生して現在稼働を停止しております……復旧の目途はたっておりません」
「ふんっ! 想定通りか……とすると土星到着は明日の今頃……午前十時頃と見るのが妥当な線かな?」
「御明察であります。敵は地球統合政府に対して、主権譲渡のタイムリミットとして二十四時間の猶予を与えると言っております。具体的には『我が艦隊が土星宙域到達と同時に返答をされたし。それ以上の譲歩はしない』との内容でした」
その報告を聞いた達也は、不敵な笑みを浮かべて嘯いた。
「これは舐められたものだな。土星には我々が駐留していると知った上での大見得ならば、自分達が如何に愚かしい妄言を吐き散らしたのか……骨の髄まで教えてやらねばなるまいな」
その言葉を受けた各参謀や艦長達も、口角を吊り上げて闘志を露わにする。
何時もと変わらない彼らの様子に満足した達也は、時計を一瞥して時間を確認するや、声を改めて命令を下した。
「我が艦隊は明朝六:〇〇に出撃。予定の作戦宙域にて敵艦隊を迎撃する。複数の敵の哨戒機が此方の動向を探っているだろうが、これらは土星宙域に敵艦隊が侵入する前に全て排除するよう分遣艦隊に通達。一機も撃ち洩らすなと厳命せよ!」
力と熱を含んだ司令官の言葉に部下達の顔つきが一変し、全員が一糸乱れぬ敬礼を返す。
「各艦の最終点検を急げ。特に各種シールドとシステムは念入りにな……それから航空参謀は特殊部隊の最終チェックも頼む」
答礼しながら最後の命令を伝える達也は、これまで何度も経験した戦闘前の重圧を感じながらも、不思議と落ち着いていられた。
今の自分は地球に帰還する前とは違う……。
愛しい家族を得て、妻や子供たちの想いを常に身近に感じるのだから……。
掛け替えのない大切な家族を護る為ならば、何も恐れるものはない。
その想いを胸に刻んで、達也は戦いへの決意を新たにするのだった。




