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第二十話 銀河の片隅で ①

 教官職を拝命している現役の高級士官が、()りにも()って航宙研修中の模擬戦の最中(さなか)に候補生らが乗った艦艇を実弾で攻撃したという不祥事は、統合軍幕僚本部を震撼させた。

 万が一にもマスメディア等に情報が漏洩(ろうえい)すれば統合軍の体面に大きな傷を残し、その威信が()らぐのは()けられないだろう。

 また、軍への管理能力を政府が問われるのは必定であり、これらの難題を回避するために関係者らへ箝口令(かんこうれい)()いた軍上層部は、事件の後始末に明け暮れる羽目に(おちい)ったのである。


 一方で研修に参加した候補生達も同様の処置を強要されたばかりか、予定を繰り上げて研修三日目の早朝には地球への帰還を命じられた。

 しかし、その複雑な心中を反映してか、伏龍から参加した候補生の中には顔色が(すぐ)れない者が多く見られ、帰りのシャトル内の空気も終始重苦しい雰囲気に支配されたかの様だった。


「人間的にも教官としても問題が多い男だったけれど、あれでも将来を嘱望(しょくぼう)されたエリートだったからね……それなりの実績があってコネもある。今の三年生の中には、あの男の伝手(つて)頼みで任官を狙っていた子達も大勢いたから……」


 シャトルの後方の座席に陣取った志保が、隣のクレアにだけ聞こえる様に(ささや)く。


「そうね……任官云々(うんぬん)を論じるのはまだ先とはいえ……不安を覚える候補生は多いでしょうね。それにしても……」


 志保の話を肯定しながらもクレアの脳裏に浮かぶのは、拘束(こうそく)されて護送艦に連行される時に垣間見(かいまみ)た、ジェフリー・グラスの変わり果てた姿だ。

 精悍(せいかん)な二枚目と持て(はや)された容姿は見る影もなく、狂気を(あらわ)にし充血した双眸を大きく見開き、意味不明の呪詛(じゅそ)を吐き散らしながら高笑いを繰り返す姿は、いっそ哀れでさえあった。


「……怨嗟(えんさ)の情に囚われて、自分を見失ってしまうなんて……」


 クレアの(つぶや)きを耳にした志保は、両肩を(すく)めて素っ気ない台詞を返す。


「誰が悪いわけでもないわ……あの男の腐った性根が招いた結果だもの。同情する価値もない……あんたも早く忘れてしまいなさい」


 冷たい言い方かもしれないが、志保の言う通りだとクレアは思った。

 白銀達也とジェフリー・グラス……水と油のような二人が出会ったことが不幸だったのか?

 達也がジェフリーに対して含む所がなかったのは、誰の目にも明らかだった。

 候補生達に対する接し方や指導方法に()いて見解に相違があったとしても、個人的理由で(うら)(つら)みを(いだ)いていたわけではないのだ。


(いったい何処(どこ)で道を間違えたのかしら? 理解し合えてさえいれば……きっと、良いライバルとして候補生達の良い手本になったでしょうに)


 今更時が戻る筈もない……。

 そんな詮無(せんな)い想いを追い出す様に小さく(かぶり)を振ったクレアは、志保とは反対側の隣席でうたた寝をしている達也に身体を寄せ、そっと(まぶた)を閉じるのだった。


           ◇◆◇◆◇


 航宙研修に参加する達也やアイラと別れたラインハルトとエレオノーラは、一足早く土星の衛星アトラスにある銀河連邦宇宙軍基地に帰還していた。

 とはいえ、ラインハルトは達也に代わって太陽系内艦隊以外の全ての部隊を指揮しなければならないので、必要な打ち合わせを済ませたら、直ぐに此処(ここ)を発たなければならない。

 そのため基地内の各部署を精力的に廻っては、最終的な合意を形成して意志の疎通(そつう)を確実なものにしていた。


此処(ここ)に残す戦力は白銀艦隊の最強部隊だ。ヒルデガルド殿下から融通して戴いた()()も、実戦での効果を充分に期待できる代物(しろもの)。問題はユリウス・クルデーレ大将が、余計な策を仕掛けて来るか(いな)かだが……)


 エレオノーラと最後の打ち合わせをして、ついでに達也に伝言を頼もうと思ったラインハルトは、宇宙港の地下にある工廠(こうしょう)を兼ねたドッグに足を運んだ。

 近日中に出撃がある(むね)は全ての部下に伝達済みであり、艦や装備の最終点検に奔走(ほんそう)している兵士らの様子からは、良い意味での緊張感が感じられる。


 そんな中で彼が目を止めたのは、無重力状態で宙に浮いたまま顔を着き合わせて口論しているヒルデガルドとエレオノーラの姿だった。

 飄々(ひょうひょう)としていながらも、ふてぶてしい頑固者だと認知されている似た者同士のふたりだが、それにしては随分と剣呑な雰囲気を漂わせており、彼は何事かと小首をかしげてしまう。

 それもその筈で、真剣な表情のエレオノーラがヒルデガルドを問い詰めているという珍しい光景だけに、彼が(いぶか)しむのも仕方がなかった。


「殿下っ! そんな物言いをされては困ります。私もこの艦の艦長として、事情も分からずに黙認する訳にはいきませんわ!」

「説明しても無駄なものは無駄なのさぁ。先々を見込んで手を付けただけで、今はただのガラクタだよん!」


 耳に届いた話の内容だけでは何を言い争っているのか理解できないラインハルトは、仲裁するべくふたりの間に割って入る。


「おいおい、エレンも殿下も何を言い争っているんだい? 精強な部下たちでさえ脅えて目を白黒させているじゃないか?」


 気安い間柄とはいえ、艦隊副司令官自らの仲裁を無碍(むげ)にはできず、エレオノーラは渋々ながらも怒りを収めたが、それでも憤然(ふんぜん)とした表情のまま事情を説明した。


「あれを見てよ……私の艦……なんか変でしょう?」

「変だって? う~~ん……」


 エレオノーラが指揮する艦は言わずと知れた艦隊旗艦でもあり、総司令官である達也も坐乗(ざじょう)する高速弩級戦艦である。

 最新鋭ではないが、使い勝手が良いと評判のトリスタン級最後の艦で、就航してからまだ三年しか経っていない新品同然の代物だ。


「あれ? そう言えば、艦の両舷がやや(ふく)らんだみたいな……新しい装甲でも追加したのかい?」


 目聡(めざ)く異変を見つけたのは大したものだと言えるが、その見当外れの指摘には、エレオノーラもヒルデガルドも失望の溜息を漏らさざるを得なかった。

 二人の冷たい反応に狼狽(ろうばい)するラインハルトが何か言う前に、髪の毛をガシガシと掻くヒルデガルドが根負けして白旗をあげる。


「分かったよん! 丁度良い機会かもしれないね。実は君達にも話があったんだ。艦長室に場所を移さないかい?」


 ラインハルトとエレオノーラに(いな)やはなく、三人は艦内へと移動するべく歩き出すのだった。


            ◇◆◇◆◇


「エレン。君のご賢察の通り今回追加装備したシステムは迎撃用の新兵装だよ……でも現状では、システムを稼働させられる人間は一人しかいないんだよん」

「インターセプト用の近接兵器? (しか)も使える人間が一人だけとはどういうことですか? いえ、それ以前に……その人間は誰なんですか?」


 不信感を(あらわ)にしてエレオノーラが矢継ぎ早に質問するが、ヒルデガルドは彼女の質問には答えず、眼前のふたりへ険しい視線を向けた。

 達也を含め長年の親交がある(ゆえ)に普段はフランクに接しているが、彼女は七聖国の一つファーレン王国の次期女王候補筆頭なのだ。

 その視線には時として大国の指導者ですら黙らせる威圧感があり、彼女がこの顔をした時には立場を改める必要がある、そうふたりは(わきま)えていた。


「分かりましたわ……殿下。これ以上の詮索(せんさく)はしないでおきます……直ぐに飲み物を用意させますから、どうぞソファーでお(くつろ)ぎ下さい」


 結局エレオノーラが当番の従卒に命じて紅茶とお茶菓子の用意を整えさせ、彼らが退出するまでヒルデガルドは目を閉じたまま一言も喋らなかった。

 普段の彼女からは想像し難い様子に、何か重大な話があるのだと判断したふたりは姿勢を正す。


仰々(ぎょうぎょう)しく勿体(もったい)ぶって悪かったね……だが、君達には知っておいて貰いたかったんだ。そして覚悟も確かめておきたかったのさ」


 そう切り出したヒルデガルドが続けて語った話は、まさしく彼らにとって青天(せいてん)霹靂(へきれき)ものの一大事だった。

 七聖国が支配する最高評議会に()いて、達也の功績に対し【神将】の称号を与えるべくアナスタシアとヒルデガルドが画策しており、近日中に辺境で勃発(ぼっぱつ)するであろう騒乱を如何(いか)に収拾させるかで、正式な授与が決定する手筈(てはず)になっている……。

 そう聞かされたラインハルトは沈痛な面持ちを浮かべ、説明を終えたヒルデガルドに率直に問うた。


「アナスタシア様と殿下は、達也と我々に銀河連邦評議会……()いては銀河連邦軍と敵対する道を選べと仰るのですか?」

「正面切って敵対する必要はないさぁ……しかし、軍も銀河連邦評議会の一組織に過ぎない以上、手柄を盾にして達也を三役の一角に送り込んだとしても、それで 組織がどうなるわけでもあるまい? 頑迷(がんめい)な組織を改革するには内部からでは限界がある……改革の風は常に外から吹いて来るモノさ。外圧こそが組織を変革させる特効薬なんだよん」


 ヒルデガルドの言い分は(もっと)もだ、とラインハルトも認めざるを得ない。

 仮に達也を航宙艦隊幕僚本部総長に押し上げたとしても、その後は軍令部と軍政部の妖怪総長達を相手に丁々発止(ちょうちょうはっし)の駆け引きを繰り広げ、勝ちを(ひろ)うという難事を成し遂げなければならないのだ。

 (しか)も、結果がどう転ぶかは、予測が難しいというのが偽らざる本音でもある。


 だが一方で【神将】の称号を受けた者は様々な恩恵を受けるとも聞くが、連邦軍内にあっては名誉職の意味合いが強く、御飾(おかざ)り同然の(あつか)いに甘んじねばならないという現実がある。

 それでも、この奇策をアナスタシアとヒルデガルドが推し進めるのは、権力闘争から距離を置く事で、独自勢力を形成する道が開ける可能性が生まれるという点を重視したからに他ならない。

 多大な困難は伴うが、現在の銀河連邦の在り方に不満を(いだ)く勢力を糾合(きゅうごう)できれば、専横を欲しい儘にする貴族閥に対抗する事も夢ではないだろう。


 どちらに転んでもイバラの道を行くのであれば、少しでも大きな可能性が残されている方が良いに決まっている……。

 ラインハルトがそう算盤(そろばん)(はじ)いたのと同時にエレオノーラが口角を吊り上げて、ヒルデガルドに彼女自身の覚悟を問うた。


「私は艦隊旗艦を預かる艦長ですから……地獄に堕ちる司令官を見捨てて自分だけ逃げる……なんて選択肢はありませんが、貴女方(あなたがた)はどうなさる御積りですか?」


 鋭いその視線の先では、これまた傲慢(ごうまん)なまでの微笑みを浮かべるヒルデガルドの姿がある。


「ふふん……どうせ長くて退屈な人生さ……君らに付き合ってもボクにとっては泡沫(うたかた)の夢だよ。でもね、何も知らずに神輿(みこし)にされる(あわ)れな男の為にも力を出し惜しむつもりはないさ……それはシアも同じだろう。(もっと)も、彼女は身内の事情で達也に(たく)したい願いがあるみたいだけどねぇ~~」


 最後は意味深な言葉だったが、アナスタシアとヒルデガルドの決意を知ったラインハルトとエレオノーラは計画の修正を躊躇(ためら)わなかった。

 三人で予想される問題点を検討してプランを練り直し、当然の(ごと)く達也には内密にして計画を進めると決めたのだ。

 事前に話をすれば、駄々(だだ)()ねるのは必至だと意見が一致したからである。


「そう言えば達也の奴。作戦前にちゃんとクレアに正体を告白するかしら? 身分の秘匿(ひとく)は義務とはいっても、婚約者にまで隠さなくてもいいでしょうにねぇ」


 一通りの打ち合わせが終わった時、思い出したようにエレオノーラが愚痴(ぐち)(こぼ)せば、苦笑いするラインハルトが、この場にいない親友を擁護(ようご)した。


生真面目(きまじめ)な男だからね……それにクレアさんも良くできた女性だから、その程度で目くじらを立てたりはしないだろう?」


 すると突然憤慨しだしたヒルデガルドが、欲望を(あらわ)にして大絶叫を放った。


「そーなんだよッ! あんなに素晴らしい女性が達也と結婚するなんて、銀河史上最大の悪夢だよ! 人類にとっての大損失だよ! 彼女はボクのバトラーとして、その手腕を存分に振るうべき逸材(いつざい)なのにぃ~~子供達をダシにし、彼女を好いように(もてあそ)んで我がものにするなんてぇッ! 許さないぞぉッ!」


 呆れ顔のエレオノーラは正確にヒルデガルドの本心を見抜き、言わなくてもいい事を口走ってしまう。


「バトラーではなくて、シェフとして欲しかったんでしょう?」


 その瞬間、首を高速回転させたヒルデガルドがエレオノーラを視線でロックオンするや、彼女目掛けて脱兎(だっと)(ごと)き勢いで突貫した。


「そーなんだよぉ~~ぅッ! 彼女の料理ほど美味(おい)しい物は銀河系中探しても滅多に口にできないというのにぃッ! それを達也の奴は毎日、毎日、毎日ぃぃッ! こん畜生ぉぉ! こうなったら達也をさっさと生贄(いけにえ)に差し出して、ボクはGPOも何もかも放り出して白銀家に居候(いそうろう)してやるんだあぁぁ──ッ!」


 欲求不満を爆発させ、物騒な台詞を(わめ)き散らす駄々っ子……。

 (しか)も、一転して号泣モードに突入したとあっては、傍迷惑(はためいわく)以外の何物でもない。

 ヒルデガルドの涙と(よだれ)で軍服をグショグショにされたエレオノーラは、思いっきり嫌な顔をして親友に助けを求めようとしたのだが……。

 いつの間にか、ラインハルトの姿は忽然(こつぜん)と消え失せているではないか……。


「ラっ、ライ……あん畜生ォッ!? 逃げやがったわねェェッッ! 今度会ったら唯じゃおかないからねぇぇ──ッ!」


 エレオノーラの悲鳴が(むな)しくも響き渡る中、災害に見舞われた艦長を助けようとする者は一人もいなかったのである……。

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