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第十九話 女神の横っ面を張り倒せ ⑥

『両艦とも模擬戦を開始せよッ!』


 メインスクリーンに点滅していたカウント表示がゼロになるのと同時に、検定官の号令がブリッジに響いた。

 それを待ちかねたように、詩織は勢い込んで命令を下す。


「両舷前進強速! 艦尾ブースタも全基全力運転っ! (かじ)()(まま)で敵艦の左舷を同高位で突っ切るわよッ!」


 その命令が下されるや(いな)や、軽護衛艦は(はじ)かれたように飛び出し、敵艦目掛けて急加速する。

 これに動揺を見せたのはジェフリー指揮下の教官連中だった。

 経験の浅い候補生達ならば優勢な火力を恐れ、デブリ帯を盾にするべく開始早々に退避行動を行う(はず)と予想していただけに、猛然と突撃して来る彼らの奇襲に面食らって統率を乱したのだ。


狼狽(うろた)えるなぁ! 飛んで火にいる夏の虫ではないかッ! 撃ち落とせぇ!」


 目を血走らせて大喝(だいかつ)するジェフリーとは対照的に、他の教官たちの反応は(きわ)めて緩慢(かんまん)であり、反撃すら儘ならない有り様だった。


(反応が(にぶ)いっ! その無駄に高い鼻っ柱を叩き折らせて貰いますよッ!)


 敵艦からの迎撃はなく、まんまと奇襲が成功したとほくそ笑む詩織は、間髪入れずに攻撃命令を下す。


「左舷砲撃戦用意ッ! 全砲門斉射ァ──ッ!!」


 艦同士が同位で交差する反抗戦に()いて、先手を取ったのは候補生組だった。

 前部二基の合計四門のビーム連装砲が立て続けに斉射され、敵重護衛艦の左舷に派手なエフェクトを咲き散らし、初撃が全弾命中した事実を知らしめる。

 訓練時の命中判定を視認しやすくするための模擬エネルギー弾なのだが、意外に使い勝手が良いと現場での評価は高い。

 しかし、意表を衝いた開幕速攻は図に当たったものの、軽護衛艦の火力では敵艦のエネルギーシールドを破砕(はさい)できず、即座にほぼ無傷との判定が下された。


「おのれッ! クズ共が(はしゃ)ぎおって! 戦闘のイロハも知らぬ()(こぼ)れ共がっ! 自分達の無謀(むぼう)さを後悔するがいいッ!」


 至近距離で擦れ違う敵艦に向け、憎悪の炎を(たぎ)らせるジェフリーが吠えた。

 同時に重護衛艦の後部三番、並びに四番主砲が、高速で遠ざかってゆく敵を補足し撃破せんと火を噴く。

 だが、詩織指揮する軽護衛艦は常軌(じょうき)(いっ)した操艦を敢行(かんこう)し、戦況を見守る大人達を驚倒させるのだった。


面舵(おもかじ)一杯ッ! 急速転舵(きゅうそくてんだ)ッ! 全員衝撃に(そな)えよッ!!」


 敵の砲撃と同時に大きく面舵(おもかじ)を切って、右舷側に拡がっているデブリ帯に艦首から突っ込んだのだから、現役士官らが驚くのも無理はないだろう。

 だが、その無謀とも言える操艦が功を奏し、砲撃は軽護衛艦の艦尾後方を通過、周囲のデブリ群に命中し、(むな)しくも一瞬でその光量を消滅させたのである。


「えぇ──いッ! 忌々(いまいま)しいクズ共めが! 追え──ッ! 貧弱(ひんじゃく)なデブリなどは盾にもならないと教えてやるッ!」


 ジェフリーのヒステリックな命令に追い立てられるかのように、重護衛艦もその艦首を急反転させて追撃戦に移行するのだった。


              ◇◆◇◆◇


「いやはや……あの娘は思い切った操艦をするなぁ。だが悪くはない。敵の出鼻を(くじ)く見事な先制攻撃だったじゃないか?」


 嬉々として歓声を上げる艦長とは裏腹に、同意を求められた副長以下の幕僚は唖然(あぜん)とするか、渋い顔をしているか、反応は(おおむ)ねその二つに分かれている。

 どちらにしても、先手必勝とばかりに開幕速攻を狙った戦法を軽挙妄動(けいきょもうどう)に過ぎると断じたか、大切な戦闘艦艇をデブリ帯に突っ込ませた、荒っぽい操艦に対する非難だったかの違いであり、好意的な反応だとは()(がた)い。


 幕僚を代表して副長がその点を指摘すると、艦長は武骨な顔に意地の悪い笑みを浮かべ、隣で苦笑いしている達也に言葉を振った。


「君の教え子達は随分(ずいぶん)と巧妙な挑発戦を仕掛けたねぇ~。うちの参謀達ですら無謀な突撃だと断じる位だから、教官組に対する目眩(めくら)ましとしては、及第点(きゅうだいてん)をやれるのではないかね?」

「艦長にそう言って戴いたと知れば、アイツらも喜ぶでしょう。貴重な戦力である艦艇を傷つけた行為は御詫(おわび)びするしかありませんが……デブリの密度が薄い場所を狙って突破を仕掛けておりますので、実質的な被害は(きわ)めて軽微(けいび)だと思われます」


 その返答を吟味した副長は、(ようや)く再検定組の意図を理解して思わず(うな)った。


「ま、まさか!? 事前に戦域に広がるデブリ帯を調べていた……? そうか! 戦果は期待できないまでも、相手を自分たちの土俵に引き込む為の挑発だったのですね? 火力で(おと)る彼らが勝利するには、敵艦の防御シールドが弱体化するまで、相手に高機動を()いてエネルギーを消費させるしかない。その為の開幕速攻だったのか……」

「はい。()()えず彼らの目論見(もくろみ)は成功したと言えるでしょう。しかし、重護衛艦の優勢(ゆうせい)な火力を(しの)ぎながら、最後まで無傷で追撃戦の標的を演じられるか(いな)か……それが勝負を分ける(かぎ)になるでしょうね」


 そう断言した達也は、再び視線をスクリーンへと戻した。


            ◇◆◇◆◇


 詩織たちが懸命に戦っているのと時を同じくして、隣接するエリアでは両陣営の航空隊同士の制宙戦闘が繰り広げられていた。


(悪いねっ! いただきッッ!)


 軽くトリガーを引き絞るや、胴体下のガンポットが砲声し眼前を逃げ惑う敵機に模擬弾(もぎだん)が吸い込まれていく。

 それは敵機に着弾した途端、派手なエフェクトを()()らして撃墜判定と()すのだが、アイラはそんな物には目もくれずに、次の標的を求めて機首を(めぐ)らせた。


(敵航空戦力の殲滅(せんめつ)か足止めが詩織からのオーダー……十倍の敵相手に気安く言ってくれるわっ!)


 デブリ帯の陰から飛びだした敵機が右上方から一気に急降下し、アイラ機に襲い掛かる。

 撃墜したッ! そう確信したパイロットだったが、次の瞬間には驚愕(きょうがく)して顔を(ゆが)めざるを得なかった。

 スコープのど真ん中に捕捉(ほそく)していたはずの敵機が()き消えたかと思えば、降って湧いた様に背後に出現したのだから、その反応も当然だろう。

 慌てて全力で回避を(こころ)みるが、(すで)に手遅れであり、雨霰(あめあられ)の如き模擬弾の洗礼を受けてしまう。

 そして、機体を揺さ振ったその衝撃によって、彼のミッションは終了した。


(これで五機……蓮の奴は……まさか墜とされたりしてないでしょうね?)


 周囲に敵がいないのを確認しながら友軍機の行方(ゆくえ)を捜したアイラは、下方で混戦を演じている集団を視認して口角を吊り上げるや、間髪入れずに操縦桿を引き倒しスロットルを全開に叩き込んだ。


「こ、こいつ本当に訓練生なのかよッ! 聞いてねえぞっ! こんなに戦えるなんてぇッッ!」


 懸命に回避を続ける味方パイロットの悲鳴がレシーバーを震わせたのと同時に、その機体は光の奔流に包まれて戦場離脱を強要されてしまう。

 艦隊付きの航空戦隊を(ひき)いる隊長は舌打ちし、仲間を墜とした敵機目掛(めが)けて機銃弾を撃ち込むが、相手は(たく)みなロール運動で回避するや、連続で鋭角ターンを駆使して素早く反撃に転じた。

 戦闘開始時に二十機だった味方は、(すで)に八機にまでその数を減らしており、相手の助っ人が銀河連邦軍のエース格だというハンデを差し引いても、十倍の戦力差なら楽に勝てる……。

 そう戦局を楽観視(らっかんし)していた隊長は、自分の甘さを()いる他はなかった。


『相手の片割れは未熟な士官候補生。(しか)も、飛行訓練を開始して間がないヒナ同然です! 容易(たやす)(ひね)り潰しましょう!』


 そうお気楽に大口を叩いていた教官連中は、()りにも()って、その未熟な候補生相手に真っ先に叩き墜とされるという醜態(しゅうたい)(さら)し、(すで)に戦場から退場している。


(何がヒナ同然の訓練生だッ! こいつは手強(てごわ)いぜぇ……二十年、いや、三十年に一人出るかどうかのパイロットになれる逸材(いつざい)だ)


 真宮寺 蓮という候補生の素質を認め、その才能に瞠目(どうもく)しながらも、任官もしていない候補生に好き勝手にさせるのは先任士官としての矜持(きょうじ)が許さない。

 そんな主の想いに応えるかの様に愛機のエンジンが咆哮(ほうこう)を上げるが、劣勢に(おちい)った戦況を挽回(ばんかい)するには、時すでに遅かった様だ。

 蓮の機体に()(すが)ったものの、直上から乱入して来たアイラ機の急襲に阻まれてしまい、先任士官の意地を見せるチャンスを逸してしまう。

 そして、その後彼らが攻勢に転ずる機会は永遠に訪れなかったのである。


            ◇◆◇◆◇


「真宮寺機より入電!『敵航空戦力の無力化に成功』以上ですッ!」


 歓喜する管制オペレーターの報告を聞いた詩織は、思わず右拳を握り締めて(ひか)え目ながらもガッツポーズを決めていた。

 最大の懸案事項だった敵の航空戦力を殲滅(せんめつ)せしめたという事実は、彼女達にとって大きなアドバンテージに他ならない。

 アイラが助っ人として加入してくれているとはいえ、十倍の戦力を相手取っての戦果は見事と言う他はなく、詩織は心からの感謝をふたりへ捧げるのだった。

 そして、この瞬間に作戦の成功を、()いては自分達の勝利を確信する。


「私達も負けていられないわよ! 敵航空戦力の脅威(きょうい)は消失し、これで進路を(ふさ)がれる心配はなくなったわ! 一気に勝負を決めるわよッ!」

「「「アイ・アイ・サ────ッッ!!」」」


 神鷹を筆頭にメインブリッジの仲間達が大声で了承の意を返す。


「敵艦の位置は?」

「右舷四時方向、距離二十でルートFから本艦を高速で追尾しています! 主砲による砲撃を繰り返していますが、デブリの壁に(はば)まれて有効判定は出ていません」


 詩織はほくそ笑むや、矢継(やつ)(ばや)に指示を出した。


「取り舵いっぱぁーぃッ! 反転してルートDに侵入するわよ! 目的地点まではエンジン出力を八十%に抑え、エネルギーの欠乏を偽装(ぎそう)せよッ!」

「了解ッ! 反転しルートDに侵入っ! 出力を八十%に抑えて直進する! 目標地点まで七分ジャストだ。如月艦長っ!」


 温厚な神鷹からは想像もできない大音声がブリッジに響き、いやが上にも仲間達の緊張を高めていく。

 一方、候補生達を追尾するジェフリー艦は……。


「見ろぉ! 馬鹿共が(しび)れを切らせて迷路の出口に向かったぞ! ルートDの北と東側は演習空域外だ! 奴らはデブリ帯の切れ目から左に進路を()るしか道はないッ! 追撃を中止して反転百八十度! 出口で待ち伏せて、奴らがデブリ帯を出て来た所を全砲門の集中砲火で(ほうむ)るのだッ! グズグズするな! のろま共ぉッ!」


 (せま)いデブリ帯に()ける(らち)の明かない追跡劇に苛立(いらだ)ちを(つの)らせていたジェフリーは、詩織が()いた種に飛び附いた。

 そして艦の重装甲にものをいわせ、岩塊を(はじ)き飛ばして艦首を反転させたのだ。

 当然ながら、その動きは詩織達も把握(はあく)していた。


「艦長っ! 敵艦反転っ! ルートFを全力で引き返していきますッ! 五分後には本艦進行中の回廊(かいろう)出口に先回りされてしまいますっ!」


 このまま艦を進めれば、敵が手ぐすねを引いて待ち受ける虎口に、自ら飛び込む羽目になる。

 詩織は小さく息を吐いてから、操艦席の神鷹とCICのヨハンに最後の指示……いや、願いを伝えた。


「神鷹。ヨハン。次に私が命令を下して本艦がアクションを起こしたら、その先は一瞬の勝機を(とら)えるか(いな)かの正念場になるわ……私が命令を伝える(ひま)はないから、操艦と攻撃はあなた達に(まか)せる……だからお願いッ! 私達を勝たせてッ!」


 相手の損耗(そんもう)を誘う為に懸命に艦の指揮を()り、(あまつさ)え自艦の損害は極力抑えるという離れ業を成し遂げた上で、最後に最大の見せ場を演出して見せた詩織。

 この素晴らしい仲間からの懇願(こんがん)をどうして断れようか……。


(まか)せてよ! 如月艦長ッ! 絶対にドンピシャの位置に艦をコントロールしてみせるからッ!」

「おうよッ! 一発も外さねえから安心しろってッ! 口先だけの馬鹿野郎どもの目を覚ます派手な花火をぶち込んでやるぜ!」


 自分の様な未熟な指揮官を信じ、迷わず即応してくれた二人の気持ちがただただ嬉しくて、詩織は(うる)みかけた目頭を利き腕で乱暴に(ぬぐ)うや、軍帽の(つば)をクイッと 引き寄せて(げき)を飛ばす。


「後は私達全員で勝利を掴むだけよッッ! いっくよぉぉッ!」


 仲間たちの応諾(おうだく)の叫びが響く中、詩織は(はや)る心を抑えて勝機をを見極めるべく、全神経を集中させるのだった。


【艦隊旗艦・ブリッジ】


「「「あっ、あぁ~~~」」」


 模擬戦闘中の両艦が転舵(てんだ)したことにより、膠着気味(こうちゃくぎみ)だった戦況が大きく教官側に傾いたのは誰の目にも明らかだった。

 同時にブリッジの其処彼処(そこかしこ)から溜息にも似た吐息が(こぼ)れる。


 ブリュンヒルデや伏龍の教官達は露骨(ろこつ)(はしゃ)ぎはしないものの、面子(めんつ)と体裁を守れたと安堵(あんど)している者がほとんどだった。

 (もっと)も、クレアや志保から冷凍光線もかくやという極寒の視線で(にら)まれ、身を小さくする者が後を絶たなかったが……。


 そんな彼らとは対照的に艦隊勤務の士官たちは、教官とはいえ現役の軍人を敵に廻して良く健闘したと、候補生達を()めそやす者が多かった。

 しかし、そんな中で副長だけは無念さを隠そうともせず、拳を握り締めて(うめ)いてしまう。


「う~~ん……あそこで取り舵とは……右に転舵(てんだ)して層の厚いデブリ群を盾代わりにすれば、時間切れの引き分けも夢ではなかったのに……」


 残念そうに(つぶや)く彼の台詞を耳にした志保も、その美麗な顔を憤懣(ふんまん)(ゆが)め、無念を滲ませた罵倒を吐き捨てた。


「そもそも艦の性能差があり過ぎじゃない。機関も火力も段違いの差があるのよ! この場合使用する艦艇は逆になるのが当たり前なのに、それを恥ずかしげもなく! 教官たる者が自分に有利な条件で勝負に勝って何を(ほこ)れるというのよ?」


 志保の言い分は(もっと)もだが、今更の話でもある。

 何とか状況を打開する手立てはないかと思案を(めぐ)らせるクレアだったが、妙案は浮かばず沈黙せざるを得ない。

 すると、それまで静観していた達也が、含み笑いを漏らしながら弾んだ声を上げて周囲を驚かせた。


「まったく如月の奴め……これだけの諸先輩方を手玉にとるなんて大したもんじゃないか。エレンが戦友と持ち上げたのは、(あなが)ちリップサービスだけではなかったんだな」


 欠片(かけら)ほどの悲嘆もない愉快(ゆかい)そうな言がブリッジに響く。

 その台詞を発した人物へ皆の視線が集まるが、その言葉の意味を図りかねる彼らは、(いぶか)しげな表情で達也を見つめるしかなかったのである。

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