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第十九話 女神の横っ面を張り倒せ ⑤

「我々とグラス教官のチームで模擬(もぎ)戦闘をやるって……本気ですか?」


 航宙研修二日目の早朝。

 泥の様な眠りから目覚めた蓮は、憂鬱(ゆううつ)そうな顔をしている達也に思わず問い返してしまった。

 この降って湧いたかの様な話に戸惑っているのは彼だけではない。

 再検定組全員が同じ想いを(いだ)いているのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。


 昨夜の会議の内容を()(つま)んで説明した達也は、艦長以下研修の採点官が詩織達に対して高い評価と好意的な見解を示してくれた事を伝えた。

 今日まで積み重ねてきた努力と、それによって(つちか)われた実力が認められたと知った教え子達は、皆で喜びを分かち合ったのである。

 彼らの(はしゃ)ぎっぷりに苦笑いしながらも、達也は咳払いしてから説明を続けた。


「しかし、グラス教官やその他複数の教官から異議申し立てがあってね……自分達が出す課題をクリアーしない限り、お前達の復学を断固として阻止(そし)すると息巻いて艦長や幕僚達を(あき)れさせてな……」


 苦々しい表情でそう吐き捨てる達也に代わり、選択肢は別にもあるのだとクレアが説明する。


「貴方達の正式な復学については、本艦の艦長が責任をもって統合作戦本部を説得して下さるとの確約を得ていますので、これ以上意味のない模擬戦などに付き合う必要はありません」


 彼女の言い分は正論であり、ジェフリーらの理不尽な言い掛かりを、真に受ける必要がないのは明らかだ。

 それが理屈としては正しいと全員が理解はしているが、どうにも釈然(しゃくぜん)としない教え子達は一様に考え込んでしまう。


「でも……どうしてグラス教官達は、僕らを目の(かたき)にするんだろう?」


 何気なく神鷹が口にした疑問が、静まりかえった室内に妙に大きく響く。


「確かにな……如月と神鷹にそっぽを向かれたにしても、あまりにも陰湿(いんしつ)執拗(しつよう)すぎるんじゃないか?」


 ヨハンが小首を(かし)げながら相槌(あいづち)を打つと、今度は志保がケラケラと笑いながら噴飯物(ふんぱんもの)の憶測を披露(ひろう)して、その場の全員を唖然とさせたのだ。


「それだけじゃないわ。白銀教官が来て以来、美味(おい)しいところは全部彼に持っていかれて、学校長や現場の上級士官からの信頼を根こそぎ奪われてしまったのよ? (しか)も、下心丸だしで(ねら)っていたクレアまで横から()(さら)われたんですものねぇ~。あの馬鹿の中で《白銀達也=怨敵》という図式が形成されても不思議じゃないわ」


 その言に顔を()()らせた達也とクレアが(とが)めるかの様に志保を(にら)んだのだが、彼女は何処吹く風とばかりに知らん顔を決めこむ。

 対照的に教え子達は『なるほどね……』と妙に納得した顔をしていたが、そんな中にあって詩織だけが(すが)めた双眸(そうぼう)を達也に向け、辛辣(しんらつ)な言葉を叩きつけた。


「つまり……私達がこんなシンドイ境遇(きょうぐう)に置かれて苦労しているのは、白銀教官が原因という訳なのですか? ふ~~ん。ほぉ~~ん。へえぇ~~ッ?」


 変な口調で感嘆詞を畳み掛ける詩織の目は明らかに達也を責めており、他の教え子達も右に(なら)えとばかりに半眼攻撃を開始。

 流石(さすが)にその(はり)(むしろ)状態に耐えられなかった達也は、強い調子で己の正統性を主張するしかなかったのである。


「仕方がないだろうっ! あの馬鹿より俺の方が優秀なんだから。妄執(もうしゅう)とも言える執念だけは立派だが、(ゆが)み過ぎていて友達にはしたくないタイプだし、お互いに理解し合えるような仲には絶対になれないッ!」

「わぁっ!? 速攻で開き直ったぞ! (しか)も、自分の方が優秀だと堂々と自慢しているぜ!?」


 ヨハンが珍しくツッコミ役をやれば、蓮と詩織が容赦ない追撃をかける。


(ひど)すぎるよなぁ……完全拒絶だよ? この場面だけ見れば絶対に白銀教官の方が悪役だよな」

「なに言ってるのよ! 普段から私達を散々虐待(ぎゃくたい)しているじゃないッ! 絶対に白銀教官は悪の大王に違いないわ」


 その散々な物言いに流石(さすが)の達也も業を煮やしたのか、怒声を放って彼らの決断を(うなが)すのだった。


「ごちゃごちゃと五月蠅(うるさ)いよッッ! 模擬戦を受けるのか辞退するのか、はっきりしやがれっ! このお調子者共がっ!!」


 大人げない達也に対するクレアの評価が、少しだけ下がったのは言うまでもないだろう。


            ◇◆◇◆◇


 結局、教え子達はジェフリーらとの模擬戦を受けて立つと決めた。


「だって……後になって『逃げたお陰で落第を(まぬが)れた』なんて言われたら腹だたしいですからね! それに、尊敬する教官を馬鹿にされては黙っていられません」


 何のメリットもない選択をした理由を教え子達に問うと、リーダー格である詩織が答えを返す。

 照れ臭そうに頬を赤くしてはにかむ彼女と同様に、相好を崩す教え子たちの人の()さに、達也は苦笑いするしかなかった。


 ジェフリーらは乗艦に重巡航護衛艦(重巡クラス)を選択して、護衛戦闘機隊も最大の二十機を配備した結果、仲間の教官だけでは艦の運行すら儘ならず、助っ人として艦隊所属の下士官やパイロットの助力を得て何とか陣容を整えた。

 それに対して艦長に抜擢(ばってき)された詩織は、軽巡航護衛艦(軽巡クラス)を選択して周囲を驚かせたのである。

 その理由は明快であり、戦闘機隊の蓮を除いた残りの十九名でギリギリ運用できる艦艇が、これしかなかったからに他ならない。

 つまり、教官達とは対照的に、詩織は助っ人の必要性を認めなかったのだ。


 当然ながら、艦隊付きの参謀達からは無謀な思い上がりでは、との批判も上がったが、周囲からの声など気にもしない詩織は、それらの声を()えて無視した。

 しかし、現役士官らの助力を乞う代わりに、銀河連邦軍の正規パイロットであるアイラを助っ人として入隊させる事だけは、強行に主張して譲らなかった。

 そこには彼女なりの思惑が透けて見えたが、幸いにもその要望は問題なく了承されたのである。

 それでも蓮とアイラの二機で、現役のパイロットが駆る二十機を相手にするのは無謀(むぼう)(きわ)まりないと周囲は(かしま)しい。


「随分と大胆な選択をしたものだな……如月?」

「実績のある現役の諸先輩方とはいえ、面識もない上に実力を把握(はあく)する時間もありません。ヘルプをお願いしても、(かえ)って連携(れんけい)が乱れるのでは……と。ならば、訓練で苦楽を共にした仲間だけの方が良いと思ったのです」


 教え子の答えを聞いて満足そうに頷く達也。

 その好意的な反応に詩織も安堵して胸を撫で下ろした。

 強がってはいても、そこは実戦経験の無い候補生であるが(ゆえ)に、格上相手の戦闘に自信を持って(のぞ)めというのは、やはり(こく)なのかもしれない。


 軽く咳払(せきばら)いして整列するよう(うなが)すと、教え子達の雰囲気が一変した。

 整然として姿勢を正す彼らの表情からは、敢然(かんぜん)とした覚悟と熱意が見て取れる。

 数え切れないほどの戦場で(まみ)えた戦士の表情を彼らが見せてくれた事が嬉しく、同時に驚嘆している自分に気付いた達也は感慨を(いだ)かずにはいられなかった。


(こいつらもこんな面構えができるようになったか……まだまだ半人前だと思っていたんだがな……)


 軍人になって十四年の間、眼前の教え子達と同じ表情を浮かべた大勢の仲間達と共に戦場を駆けて来た。

 激戦を生き残って今も共に戦う者もいれば、戦場にその命を散らし、先に()ってしまった者もおり、たとえ道が分かれたとしても、達也にとって彼らは全員が大切な戦友に違いはない。

 そして、初めて受け持った教え子達を、彼らと同じ存在だと認識したからこそ、心の底から勝たせてやりたいと渇望(かつぼう)したのだ。


 模擬戦開始まで残り五時間。

 取得した戦力を有効に機能させる戦術を()る等の下準備は多く、残された時間を無駄にはできない。

 実際にジェフリー達は選択した護衛艦に乗艦し、(すで)に艦隊を離れて別宙域で訓練を行っている。

 乗員同士の意思の疎通(そつう)という点では有利な教え子達も、乗艦の性能を把握(はあく)する(かたわ)らで、作戦の詳細を確認しなければならないのだから、時間は一分でも惜しいに違いない。

 だから、達也は指導などは一切せずに、彼らを激励(げきれい)鼓舞(こぶ)する事に専念した。


「小型艦の利点は速度を生かした突撃戦法にある……と、敵さんも勘違いしてくれたに違いない……戦闘は人間がやるモノだ。虚実(きょじつ)()り交ぜた駆け引きに勝った者が生き残る……そうだろう、如月?」


 達也の意味深な台詞に他のメンバーが戸惑う中、詩織のみが(かす)かに口角を吊り上げ、不敵な笑みを(もつ)って肯定の意を示す。


「ふふ……艦長が理解しているのならばそれでいい。『()を知りて(おのれ)を知れば百戦殆うからず』この言葉の意味を熟知している今のお前達が、どれだけ成長したのかを、(かつ)ての教官殿達に存分に見せつけてやれ!」


 達也と詩織のやり取りは理解できないまでも、教官の(げき)を受けた教え子達は内に秘めた闘志を燃やし戦意を高めていく。

 その想いの消えない内に彼らは一斉に乗艦に向けて駆け出すのだった。


「おい、アイラ、真宮寺。ちょっと来い」


 教え子達の背中を見送った達也は、航空戦の作戦を伝授するべく呼び寄せた二人に、周囲には気付かれないように重要な命令を告げたのである。


             ◇◆◇◆◇


 五時間程度の時はあっという間に過ぎ去り、運命の決戦が目前に迫る。

 今は副長から模擬戦闘の舞台に指定された宙域の説明と、それぞれの艦の兵装について説明が執り行われていた。

 戦闘宙域には多数のデブリ帯や、土星本星からの各種影響を受ける危険なゾーンもある反面、複数の艦艇が向かい合える無障害の宙域もある。

 自艦に有利な地形を選び、如何(いか)なる戦略を駆使するかが勝敗を分ける鍵になり、それぞれの艦長の指揮能力が問われるのは明白だ。


 ブリッジの艦長席に座る詩織は、緊張と不安の中で開始の時を待っていた。


(見苦しい真似は皆の士気を下げるだけ……冷静に……落ち着いて……)


 平静を(よそお)いながらも、高鳴る鼓動(こどう)を懸命に抑えていた時だった。

 何を思ったのか、注意事項の最中だというのに、相手の指揮官であるジェフリー自らが通信を送って来たのだ。


「どうやって艦隊の幕僚に()びを売ったかはしらないが、キサマらのような劣等生が落第を(まぬが)れるなど、あってはならないのだッ! 下賤(げせん)な指導者に学んだキサマらなどクズ同然の存在だと、この私が証明してやるっ!」


 メインスクリーンに映し出された(かつ)ての教官の顔は、一種の狂気に似た危うさを(はら)んでおり、見るに()えない醜悪さだった。

 (しか)も、()えある統合軍士官として品性の欠片(かけら)もないその高圧的な物言いが、人生経験の浅い候補生達にとっては、相当なプレッシャーだったのは想像に難くない。


「今回の査定結果など関係ないッ! 無能なキサマらは何処(どこ)までいっても無能なのだと、この私が証明してやろうッ! エリートたる私の経歴に泥を塗った事を一生後悔させてやるッ!」


 身体を揺らして哄笑(こうしょう)するその様は正に異常だと形容する他はなく、鼻っぱしらの強いヨハンですら背筋に冷たいものを感じて身震いした程だった。

 しかし、詩織はジェフリーに秘かに感謝していたのだ。

 それは、迷いも不安も、己の足枷(あしかせ)になろうとしていた何もかもが、身体の奥から吹き出した怒りの熱波で焼き尽くされてしまい、逆に戦意を高揚させる結果になったからに他ならない。


(大恩ある白銀教官を下賤(げせん)(あざけ)り、私の大切な仲間を劣等生、クズ、無能と決めつけた貴方を私は絶対に許さないッ!)


 (まなじり)を決した詩織は、(かつ)ての教官へ鮮やかな啖呵(たんか)を叩きつけた。


「大の男が戦う前にピーチクパーチク(さえず)るなんて、余りにみっともないんじゃありませんか? 私達は貴方に押された理不尽な烙印(らくいん)を貴方を倒して()(はら)ってみせるわッ! 私達を高が候補生と(あなど)った浅慮を、死ぬほど後悔させてあげるっ! その醜い顔を泣きっ面に変えてあげるから、さっさと掛かって来なさいッッ!」


 詩織の挑発に嚇怒(かくど)し醜悪な顔を更に歪めて罵声を発しようとしたジェフリーだったが、艦隊司令部に両艦の通信を強制的にカットされてしまい舌戦は終了する。


 その司令部からは特にお(とが)めの言葉は無く、模擬戦開始までのカウントダウンがスクリーンに転映されるのみだった。

 少々品が無かったかなと詩織が苦笑いした刹那(せつな)、CICで指揮を執るヨハンからの叱咤激励が飛び込み耳朶を打つ。


「さあっ! 行こうか艦長ッッ! 存分に暴れてやろうぜッ!」


 それを皮切りに仲間達から次々に威勢(いせい)の良いエールが投げ掛けられ、最後に神鷹が操舵席から右手をサムズアップさせて、仲間全員の熱い想いを代弁するかのように叫んだ。


「艦長! 僕達も君と気持ちは同じだ。僕らを不当に(おとし)めたグラス教官をぶっ飛ばして、未来をこの手に取り戻そうッッ!」


 仲間達も自分同様に戦意を(たぎ)らせてこの一戦に(のぞ)んでいるのだと知った詩織は、艦長として最低限度の仕事を果たせた事に満足感を得ながらも、本番に向けて気を引き締めた。

 そして、秘かに(ふところ)に忍ばせていたものを取りだす。

 それは、エレオノーラから(たく)された、(つば)広の第二種軍装の軍帽だった。

 今の自分にこれを(かぶ)る資格がないのは、誰よりも彼女自身が承知している。

 だがそれでも、仲間全員と運命を共にするこの一戦に勝利し、自分達の存在意義を証明する為には欠かせないアイテムだと思ったのだ。


 年数を経てやや草臥(くたび)れた軍帽を(かぶ)った詩織は、背筋を伸ばし毅然(きぜん)とした声で仲間全員に向けて言い放った。


「相手は私達を見縊(みくび)っているわ。まずは予定通りというところね。火力に(おと)る私達が勝つには、教官が(おっしゃ)られていたように虚実(きょじつ)を織り交ぜて戦うしかない。作戦は予定通りだけど最初の挑発は派手にやるわよ。ふっふっふっ……白銀教官の度肝も抜けたら最高なんだけどな」


 詩織が仲間に意図を伝えると、全員が意地の悪い笑みを浮かべて一瞬で心を一つにする。

 詩織はこの素晴らしい仲間達に巡り合えた幸運を神に感謝した。


 自らの未来を切り開かんとする戦いの幕が切って落とされるまで、残された時間は(わず)か十秒だけとなっていた……。

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[一言] 帽子が様になるのは、一人前の証拠だ――仮面ラ○ダースカルの台詞を改変
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