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第十九話 女神の横っ面を張り倒せ ②

 ()しくも二つの士官学校が相争う形で実施されている航宙研修は、欧州最優秀校の(ほま)れ高いブリュンヒルデの候補生達が、その実力を遺憾(いかん)なく発揮して現役士官らを(うな)らせていた。

 だが、それと同時に格下と見られていた伏龍にも、刮目(かつもく)すべき者達が少なからず存在するのを、彼らは驚きと共に知ったのである。


          ◇◆◇◆◇


「「いけえぇ────ッッ! ヨハァ─ンッッ!!」」


 背後から投げ掛けられる蓮と詩織のエールが耳朶(じだ)に響く。

 素手による格闘戦。レスリングに酷似しているが、勝敗は関節技を決めて相手をギブアップさせるか、戦闘不能にした方が勝ちという明快なルールの親善試合。


 ヨハンの相手はブリュンヒルデの最上級生であり、この競技で欧州チャンピオンの肩書を持つ強者だ。

 二人の体格を比べても相手の方がひと回りは大きく、筋骨隆々の偉丈夫(いじょうふ)だけに、その威圧感は半端ない。

 加えて俊敏(しゅんびん)さを(あわ)せ持ったテクニシャンでもあり、背後をとりに行ったヨハンを巧みなテクニックで翻弄(ほんろう)し、反撃に転じる試合巧者でもあった。


(図体の割に瞬発力はあるが所詮(しょせん)それだけだ……短気で技が雑すぎだぜ! 適当にいなしておけば自滅してくれるタイプだから、(かえ)ってあしらい(やす)い)


 これが、チャンプのヨハン評である。

 (おおむ)ねその通りであり、さすがは欧州を制した実力者だと称賛されて(しか)るべきなのだが、その評価は甘過ぎた。

 彼はその判断ミスを自らの敗北を(もっ)て知る事になる。

 ヨハンは短気なのではない……()()()なのだ。

 上手く背後をつけたと思った瞬間、()いつくばるように地に伏せ、寝技に逃げてしまう相手に手を焼くヨハンは、溜まりに溜まった鬱憤(うっぷん)苛立(いらだ)ちを募らせていた。


(欧州チャンプが聞いて呆れるぜ! 地に()うだけのカエル野郎がッッ!)


 憤怒に顔を紅潮させたヨハンは、またも逃げを打つ相手の腰を素早く(とら)える。

 一方チャンプは横の動きで体を入れ替えるつもりが腰をホールドされて選択肢を潰されてしまい、舌打ちせざるを得なかった。


(まあいいっ! ならば、足をとって、ツッ──うわぁッ!?)


 その刹那(せつな)の間に自分に何が起こったのか、彼は理解できなかっただろう。

 床に触れていた両手が、(むな)しくもその感触を喪失(そうしつ)した瞬間、高速で流れる映像の(ごと)く視界が(ゆが)んで見えた。

 そして、それが、彼が知覚できた全てだったのである。


 空中で綺麗な弧を描いた巨躯(きょく)が、無防備のまま後頭部からマット敷きの床へ叩きつけられた時点で勝敗は決した。

 巨漢の相手をモノともせずにスープレックスで投げ捨てたヨハンは、身体を躍らせるようにして回転させるや、失神したチャンプの片腕をとって形ばかりの関節技を決め、勝利を確定させて雄叫びを上げたのである。


 大番狂わせを目の当りにしたブリュンヒルデの面々は呆然と立ち尽くし、ヨハンを称える伏龍候補生達の(はじ)けるような歓声が武道場に響き渡った。


「ぶっこ抜きジャーマンスープレックス……って……プロレス技じゃないか」


 蓮は呆れて(つぶ)くが、喜色に顔を染めた詩織は、溌溂(はつらつ)とした声で物騒な台詞を言い放つのだった。


「この際なんでもいいわよ! 勝てば官軍ッ! この調子で私達もガンガン攻めて行くわよぉ──ッ!」


            ◇◆◇◆◇


 詩織の激励が効いたわけではないだろうが、ヨハンの勝利を境にして潮目が変化し、彼ら落第組の背中を押す追い風が吹き始める。


 射撃訓練場で採点官を務めていた初老の大佐は、ブリュンヒルデ候補生の技量の高さに感嘆せざるを得なかった。


(ライフルと拳銃でばらつきは出るが、最高平均点が九十点ならば、候補生としては群を抜いて優秀だな)


 彼らの先行きが楽しみだと考えていると、右端の射撃ブース付近からどよめきが起き、それは瞬時に大きな歓声へと変わる。

 何事かと視線をやったその先では、別の採点官が呆然とした顔で判定を読み上げるところだった。


「伏龍所属……皇 神鷹! ライフル、拳銃共に満点っ!!」


 何の冗談かと思い我が耳を(うたが)った大佐は、スクリーンに拡大されて映し出されたターゲットを見て絶句してしまう。

 各種目の標的全てが中心部分に集中して銃弾の(あと)(きざ)まれており、(しか)も、ミスは皆無(かいむ)なのだから、驚くなと言う方が無理だろう。


「おいおい……今年の候補生はバケモノ揃いなのかい?」


 仲間に祝福され照れて微笑む童顔の候補生を見た大佐は、感嘆の吐息を漏らして(うな)るのだった。


             ◇◆◇◆◇


 今回の航宙研修を担当した艦隊は、指定訓練域である土星宙域に転移を完了させるや、早々に航空戦隊指揮官を目指す候補生達の検定を開始した。

 とはいえ、必須訓練科目が多岐(たき)(わた)る士官候補生達は訓練飛行に当てられる時間も短く、パイロット専従の兵士たちより操縦技量が大きく(おと)るのは()むを得ないという理由から、本格的な実技検定は免除されている。

 その代わりと言ってはなんだが、現役パイロットが操縦する機体の後席に座り、デブリ周辺での機動飛行を体験するのが彼らに課せられた検定内容だった。


 しかし、広範囲に(およ)ぶ障害物を回避しながらの高速飛行は、大気圏内重力下での飛行訓練よりも難易度が高く、一歩間違えば機体を損壊させかねないリスクを含んでいる。

 それはパイロットにも相応(そうおう)の危険が(およ)ぶ可能性を示唆(しさ)しており、あまつさえ飛行時間が少ない指揮官候補の彼らにとっては、恐怖を(いだ)くに足るプログラムだと言わざるを得ない。


 それでも、日夜訓練を重ねている現役パイロットならば、そんな事態に(おちい)る確率は極めて低く、それ(ゆえ)(わざ)とデブリ帯を(かす)めるように飛行しては、後席の候補生に過度のプレッシャーを掛けるという行為が、暗黙の了解の下に認められていた。

 将来の編隊指揮官候補達に(かつ)を入れる。

 担当パイロットは、そのつもりだったのだが……。


「うわぁぁ~~ッ! 土星をこんなに間近で見たのは初めてですッ! 圧倒されるなぁ……中尉もそう思われませんか?」


 レシーバーを(ふる)わせる快活な声音(こわね)に、操縦している先任士官は大いに思惑を外されてゲンナリするしかなかった。

 まだ二十三歳と若いこの中尉は、艦隊の防空戦隊所属のパイロットの中でも五本の指に入ると評価されている凄腕であり、彼自身もそう自負して(はばか)らないエースの一人だが、その卓抜した操縦術も後席で(はしゃ)ぐ候補生には通用しないらしい。


 航宙研修に()ける航空士官検定は、戦闘機パイロットの過酷さを体験させるのに最も適した方法として推奨(すいしょう)されていた。

 事実、(すで)に二十名程の士官候補生が検定を終了しているが、半分以上が医務室に送られており、(かろ)うじてそうはならなかった者達も、真っ青な顔で床に座り込んでいる。

 これが、極々普通の士官候補生の反応なのだが……。


「これだけのデブリを上手く活用できれば、近接戦闘の際には大いに役立ちますよね? 中尉殿は何か有効なテクニックを御存知ですか?」


 高速機動中であるにも(かか)わらず微塵も恐れた様子はなく、呑気な顔で平然と(のたま)う真宮寺 蓮という候補生は、明らかに異質だと中尉は判断せざるを得なかった。

 大小様々な破片が密集する場所ギリギリを見切って飛んでいるにも(かか)わらず、 この候補生は悲鳴を上げる所か顔色一つ変えないのだから、一体全体どうなっているのかと呆れる他はない。


 本日彼が担当した候補生は蓮で四人目。

 先に訓練を終えた候補生達は全員がブリュンヒルデの者達だったが、一人の例外もなく訓練開始十分以内に失神し、(あわ)れ医務室直行と相成(あいな)っている。


 それなのに、こいつときたら……。

 練磨した己の操縦技術が虚仮(こけ)にされているのだと判断せざる得なかった中尉は、検定中の規約に反して蓮に問い掛けていた。


「君は感覚が鈍いのかい? それとも恐怖を感じない体質なのかな?」

「へっ? い、いやいやいや! そんな特異体質ではありませんよっ! いきなり失礼じゃありませんか中尉殿?」


 慌てて否定する(あた)りは至極(しごく)真面(まとも)な反応だと思いった中尉は質問を続ける。


「変な物言いで悪いとは思ったんだが……これでもかなり強引にデブリ帯ギリギリの位置を攻めて飛んでいるつもりなんだ。だが、君は一向に動じる気配がないからね……俺の操縦がヌルいのかと思い、少々(へこ)んでいるのさ」


 思い掛けない試験官の言葉に驚いた蓮は慌てて謝罪した。


「もっ、申し訳ありませんでしたっ! 決して中尉殿の操縦を軽んじているのではありません、本当ですっ!」


 試験官である彼の機嫌を(そこ)ねては(まず)いと(あせ)った蓮は、平然としていられた理由を馬鹿正直に告白したのである。


「実は自分を教導してくれた教官が鬼なんです! 『急降下爆撃を敢行(かんこう)する』とか突然言い出した挙句(あげく)に、重力下高度五千メートルから、六十度以上の角度で海面に向けて突入するんですよぉ……何度海に突っ込んだと思ったか。機体を引き起こす時に尾翼に海水を(かぶ)るなんて当たり前だし。俺が悲鳴を上げるのを楽しんでいるのだから尚更(なおさら)性質(たち)が悪い……ですから、あれに比べたらこの程度は……あははは」


 とんでもない話を聞かされた中尉は、見当外れの(いきどお)りなどは雲散霧消(うんさんむしょう)してしまい、(むし)ろ、この候補生に対して深い同情を覚えずにはいられなかった。


(急降下爆撃で突入角が六十度以上だってぇ? 体感的には垂直急降下をしているようなもんだぞ……くわばらくわばら、死んでもやりたくはないな)


 続けざまに蓮の口から語られる過酷な訓練の数々に戦慄(せんりつ)した中尉は、己では到底(およ)ばないであろう彼の教官に畏怖(いふ)せざるを得ない。


(そんな無茶でハードな鍛え方をされれば、この程度の飛行訓練はお遊び同然だよなぁ……変に勘繰(かんぐ)って悪い事をしたな……)


 中尉はそう反省してから、まだ恐縮している蓮に今度は明るい声でエールを送ったのである。


()い上がって来いよ! いつか同じ部隊で戦いたいもんだ。楽しみにしているぜルーキー!」

「はいっ! 了解であります中尉殿!」


 軍人として先輩にあたる人から激励されたのが(たま)らなく嬉しくて、蓮は力強い応諾(おうだく)の言葉を返すのだった。


           ◇◆◇◆◇


 航宙研修に()ける花形検定といえば、艦長や幕僚が見守る中で行われるブリッジでの模擬シミュレーションと相場が決まっている。

 複数の候補生らがチームを組んで役割分担し、与えられた課題をクリアーする事で総合的な評価が下される厳しいものだ。

 何よりもメンバーのチームワークが試される難易度の高いものであり、この結果が今後の進路へ少なからず影響を与えるという話は皆が周知する所だった。


(さすがにブリュンヒルデの候補生達は良く(きた)えられている……しかし欲を言えばキリは無いが、無難に(まと)まりすぎていて面白味(おもしろみ)がない……その辺りが欠点かもしれないな)


 午後からずっと戦闘艦橋に()めている艦長は、欧州最優秀校の候補生達をそんな風に評した。

 教本に忠実で何でもソツなくこなすが、意外性に乏しく、未知の状況に直面すると対応が大きく遅れる候補生が目立つ……その点が不満だった。


(フム……任官し現場に出てから経験を積めばいいのだろうが、臨機応変(りんきおうへん)な対応は必須(ひっすう)という意識だけでも植え付けておけば良いものを……)


 そんな思いを押し殺して訓練を注視していた艦長に、副長がそっと耳打ちする。


「艦長。次が例の落第組のメンバーです。艦長役は如月詩織候補生。その他十六名が各部署を担当します」


 副長の言葉に無言で頷いた艦長は、詩織らが敬礼して配置に着くのを確認してから、訓練の進行役である電探担当士官に合図を送った。

 シミュレーション内容を艦長自らが指定したのだ。

 詩織らに課せられたのは、ブリュンヒルデのチームにも出した難易度Aランクの戦闘オペレーションであり、敵艦隊殲滅(せんめつ)が重要な目的として指定されている。


 (ちな)みにブリュンヒルデチームは、成績上位者のみで構成されたグループで(いど)み、堅実な戦闘ぶりを披露し、突発的なアクシデントにも見事に対応して見せた。

 しかし、艦長は彼らの結果に物足りなさを感じてもいたのだ。

 だからこそ、問題の落第組のメンバーに同じオペレーションを課せば、その真贋(しんがん)を見極められるかもしれないと考えたのである。


(さてさて。ジェフリー・グラス大尉の目が正しいのか(いな)か、間もなく結果は出るだろう……せいぜい楽しませてくれよ候補生諸君)


「右舷前方二時方向と、左舷九時方向より進行して来る敵を撃破するのが優先任務となる。時間経過とともに変化する戦況に留意されたし! 敵重巡洋艦クラス二隻が接近中! これを撃破せよ! ミッションスタート!」


 電探担当士官の状況説明が開始の合図となり、同時に詩織は双眸を見開いて命令を下した。


「さあっ! これまで積み重ねて来た訓練の成果を見せ付けてやるわよッ!」 


 艦長以下幕僚部の思惑も、傲慢(ごうまん)でいけ好かない教官達の悪意も関係ない……。

 自分達が望む未来を手に入れるために、詩織は(はや)る心を(おさ)えて刻一刻と変化する戦況へ意識を集中させるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんて爽快感! こうなるだろう、こうなってほしいという読者の希望を完璧にかなえてくれる、桜華さまの筆さばきの見事さよ。 詩織さんはじめ、みんなかっこいいー。ジェフリーはほとんど悪代官に見え…
[一言] あとがきの活動報告が、投稿じゃなくて投降してしまっていますよ。
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