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第十七話 教え子達は奮起する ③

 エレオノーラに対する達也の人物評が如何(いか)正鵠(せいこく)を射ていたか、訓練開始早々に教え子達は思い知らされる事になった。

 所謂(いわゆる)『外道の鬼……』の件だ。


「昨日は顔見せ程度だったけれど、今日からは、たっぷりと可愛がってあげるから楽しみにしていなさい。正念場まで残り(わず)か二週間しかないのだから、泣き言などは一切聞かないからそのつもりで……全員訓練で死ぬ覚悟をしておくように」


 詩織、神鷹、ヨハンを前にしたエレオノーラが、眼鏡の奥の瞳に怜悧な光を宿して底冷えする様な声で言い放てば……。


「今日は銀河連邦軍の新米兵士用のヴァーチャル・カリキュラムを使い、艦隊行動や戦闘時の心得を複数のパターンを検証しながら体感してもらう……土曜日だから午後は補習で三時間、体感的には午前と午後を合わせて、二十時間以上のマラソン訓練になるから、各自気を引き締めるように」


 その端整な顔に微笑みを浮かべ、もはや訓練とは呼べないレベルのシゴキを強要するラインハルトの言葉に、新規加入十六名の候補生達の顔が露骨(ろこつ)に引き()ったのは見間違えではないだろう。

 結局夕方まで厳しい……いや、訓練と呼ぶには余りにも(むご)い、罵倒三昧(ざんまい)の地獄を体験した教え子達は、生気の欠片(かけら)までも(しぼ)り尽くされて帰路につく羽目になったのである。


            ◇◆◇◆◇


 まるで幽鬼の葬列の(ごと)き重い足取りの候補生達の中にあって、自らの不甲斐(ふがい)なさに気落ちする詩織の憔悴しきった様子は、いっそ哀れでさえあった。

 思い出されるのは優等生を自負していた彼女にして、これまでに経験したこともない叱責と罵倒の雨霰(あめあられ)に他ならない。


『反応が遅いッ! 回避運動にいちいち逡巡していて、艦長が務まると思っているのっ!?』

『オペレーターからの報告をちゃんと聞いていたのッ!? その場に止まる敵などいる筈がないでしょうッ! 敵の行動予測ができないでどうやって指揮を執る気なのッ! もっと真面目にやりなさいッ!』

『操舵手と砲雷撃指揮官以外は全てSランクの担当者設定なのよ! それなのに、こんな無様(ぶざま)な指揮しか執れないの? やめッ! 最初からやり直しなさい!』

『貴女、今まで何を学んで来たのっ? これで首席だったなんて呆れてモノが言えないわ……このまま落第した方が貴女の為にもいいんじゃないの?』


 人変わりしたようなエレオノーラの罵声に何度打ちのめされたか……。


(自分では、もっと上手く出来るつもりでいたのに……難易度が少し上がっただけで、こんな不甲斐(ふがい)ないざまを晒すなんて……なんて未熟……)


 学年首席の自負も何もかもを木っ端微塵に打ち砕かれたのは、今の詩織にとって自分の存在そのものを完全否定されたに等しかった。

 それは神鷹もヨハンも同様であり、如何(いか)(おのれ)が未熟かを思い知らされたふたりも、すっかり意気消沈している。


『もう無理だと思った者は明日から此処(ここ)に来る必要はありません。学校側の決定に従って、荷物を(まと)めてお家に帰りなさい……力も意志も持ち合わせていない者に、軍人たる資格はないわ……よく考えて自分で決めなさい。以上!』


 解散時に冷然とした声で告げられた言葉が、今も頭の中で木霊(こだま)している。

 悔しさと歯痒(はがゆ)さに自然と双眸に熱いものが滲み、疲労も相俟(あいま)って足取りまでもが重くなっていく。

 詩織はいつしか列から離れて、路傍(ろぼう)草叢(くさむら)にへたり込んでしまった。

 両膝を抱えて顔を埋めると、(こぼ)れ落ちる涙と共にネガティブな思考ばかりが頭の中を駆け巡る。


「……なんで、あんなに罵倒されなきゃならないのよ……こんな惨めな思いをするぐらいなら……いっそ……」


 そんな弱音が唇から漏れた時、振動を(とも)なう(かす)かな音を耳朶(じだ)(とら)えた。


 航空機のエンジン音だと分かって顔を上げると、落陽に赤く染まる西の空に二機の機影があるのに気付く。

 それがパイロット専従として訓練を命じられた蓮と、指導教官の達也のものなのは直ぐに分かったが、胸の中に芽生えた疑問に困惑し、怪訝な表情を浮かべるしかなかった。


(朝からずっと? こっ、こんな時間まで飛んでいたなんて……)


 度を越した長時間の飛行訓練に驚き、蓮の身を案じた詩織は慌てて立ち上がるや、滑走路目指して駆け出す。

 小型の管制塔の一階を駆け抜けて滑走路に飛びだした詩織が見たのは、(すで)に着陸した二機の練習機に取り付く整備兵と、その横で達也から訓示を受けている幼馴染の姿だった。


 だが、詩織はその光景を目の当たりにするや、息を呑んで立ち尽くしてしまう。

 平然としている達也とは対照的に、蓮は立っているのが精一杯だと一目で分かるほど疲労困憊(ひろうこんぱい)しており、いつ失神してもおかしくない状態だったからだ。

 反射的に駆け寄ろうとした詩織だが、達也の口からでた言葉に驚き、足が(すく)んで一歩も動けなくなった。


「真宮寺。今日は何回死んだか分かっているか? 朝から八時間の訓練で連続出撃回数は七回。俺の機体に()(すが)るどころか、撃墜された回数は百回以上……正直なところ期待外れと言うしかないな」

「…………」


 達也の嘲笑に蓮は何も言葉を返せず、無言を貫いている。

 いや……その問いに返事をしたくても、すでに力尽きていて答えを返せなかったという方が正解だった。

 それを証明するかのように、糸が切れたマリオネットの(ごと)く両膝から崩れ落ちた蓮は、そのまま冷たい滑走路に倒れ伏したのである。


「れっ、蓮ッッ!?」


 詩織は悲鳴を上げて駆け寄るや、横たわる幼馴染の上半身をその腕に抱き、身体に異常がないか確認したが、気を失っているだけだと分かって胸を撫で下ろす。

 しかし、そんな安堵を台無しにする嘲弄(ちょうろう)が浴びせられ、詩織は反射的に険しい視線を達也へと向けていた。


「やれやれ……飛行時間が少ないとはいえ、この程度の連続出撃で失神するなんて甘ったれているな……如月。真宮寺が目覚めたら伝えておいてくれ、やる気がないのなら、さっさと退校届をだせとね」


 ()しくも、エレオノーラの叱責と同様の無慈悲(むじひ)な言葉に打ちのめされた詩織は、心の中で何かが崩れていくのを感じて激昂(げきこう)してしまう。

 気が付けば意識を失っている蓮の頭を両腕で抱き締め、憎悪にも似た激情を宿した目で達也を(にら)慟哭(どうこく)していた。


「どうしてっ! なんで、そんなに(ひど)い事を言うのですか!? 私達が未熟なのはよく分かっています! だから、だからこそ! 一生懸命頑張っているのにッ! それを、それを……悪しざまに(ののし)って何が楽しいのですかッ!?」


 (すで)にふたりに背を向けて歩きだしていた達也は、足を止めて振り向くや、冷徹な視線で教え子を睥睨(へいげい)して問い返す。


「訓練生、いや、軍人が事に当たって全力を尽くすのは当たり前だ……そんな事を誇る暇があるのなら己の不甲斐(ふがい)なさを恥じろ……その未熟さが、仲間や大切な部下を、そして我々が護らねばならない大勢の人々を死に追いやってしまうのだから。お前達は、それを本当に理解しているのか?」


 その問いに打ちのめされた詩織は、何も言い返せないどころか、真面(まとも)に達也の顔も見れずに(うつむ)くしかなかった。


「教官や上官から罵倒されて流す(くや)し涙と、(おのれ)の未熟さが原因で大勢の人々を死なせて悔やむ慟哭(どうこく)の涙……どちらがマシかなんて考えるまでもなかろう?」


 達也はそれ以上は何も言わずにその場を去った。

 それは、これ以上クドクド説明しなくても、詩織ならば自分の真意を理解してくれると信じたからに他ならない。


(くや)しさに唇を噛んだ時の歯痒(はがゆ)さも、叱責され罵倒された時の屈辱も、(いず)れお前達の血肉になって生かされる日が来る。大いに挫折(ざせつ)し、大いに泣けば良いさ。流した涙の分だけ、人は強くなれるのだから……)


 言葉にはしなかったエールがいつか教え子達の心に届く様にと、達也は祈らずにいられなかった。


             ◇◆◇◆◇


「ただいまぁ~~今、帰ったよ」


 訓練の報告会と派遣艦隊首脳部としての意見交換を終え、リブラ最上階区に戻ったのは十九時を少し過ぎた頃だった。


「わあぁ~~お帰りなさぁ~~いっ! お父さん!」


 パタパタと駆けて来て飛びついてくるさくらを軽々と抱きとめて苦笑いする達也は、満面に笑みを浮かべた少女を(たしな)める。


「さくらぁ~~少しお転婆が過ぎるのではないかな? 女の子はもう少しお(しと)やかにするものだよ?」

「えぇ~だって、だってぇ! お父さんに抱っこされると、とぉ~~っても温かくてぇ~嬉しくてぇ~~さくら幸せなんだもん!」


 悪びれもせず、えへへと笑いながら首に抱きつく少女には勝てないと(あきら)め、そのまま高位士官専用の食堂に足を運ぶ。


「ただいま帰りました……(せま)い場所で不自由をかけて申し訳ないね」


 声を掛けると、簡易キッチンで夕飯の支度をしていたクレアが振り向き、優しい微笑みで迎えてくれた。


「お帰りなさい……遅くまで御苦労様でした……それと御心配には(およ)びませんよ。調理器具はひと通り(そろ)っていますし……それにあと一日か二日の辛抱(しんぼう)ですもの」


 さくらからは死角になっているのを幸いとばかりに、歩み寄って来たクレアの 唇に軽くキス。

 驚く彼女の表情は()ぐに照れた困り顔へと変化する。

 そんな恋人が可愛らしくもあり、愛おしくもあり……。


「もうっ……毎度毎度そんな悪戯(いたずら)で私を困らせて、何が嬉しいのかしら?」

「とんでもない。だけど、ついね……君の恥ずかしそうな顔が可愛くて……」


 ポロリと本音を口にした途端、にっこり微笑んだクレアに、わき腹を思いっきり(つね)られて悶絶したのは、誰にも言えないふたりだけの秘密だ。


 皆で夕食を楽しんだ達也は、さくらとティグルを連れて左舷後部にある下士官用の大浴場で疲れを(いや)した。

 入浴後は、いつも通りにさくら相手にゲームだお絵描きだと奮戦し、やがて睡魔に負けて船を()ぎだした少女をベッドに運んでやる。

 そして横に(もぐ)り込んできた幼竜共々夢の世界に旅立つのを見送るのが、達也にとってはささやかで大切な日課に他ならない。


 暫しの間、さくらのあどけない寝顔を堪能(たんのう)していた達也は、腰を上げてユリアの治療カプセルが移されている艦長室へと足を運ぶ。

 すると、そこには(すで)に先客がいた。


「今夜も(そば)に付いていてあげるのかい?」


 昨夜、長ソファーを持ち込んだクレアは、ユリアが眠るカプセルに()()う様にして寝泊まりしているのだ。


「ユリアとの約束ですもの……この()が目覚めた時、真っ先に抱き締めてあげるのは私ですよ……これだけは達也さんにも、さくらにも(ゆず)れないわ」

「おいおい。別に邪魔したりはしないさ。でも、余り無理はしないでくれよ。ここ数日は慣れない環境と厄介事(やっかいごと)が重なって疲れただろう? 気持ちは分かるけれど、少しでも寝て身体を休めておいた方がいい」


 隣に腰を降ろした達也の気遣いが嬉しくて、恋人の腕に自分のそれを(から)め笑顔で感謝の言葉を返す。


「ありがとう達也さん。でも、新しい娘ができるのだと思うと、あれこれと考えて興奮してしまって……横になっても眠れないの。うふふっ、可笑(おか)しいでしょう? まるで遠足前の子供みたい……」


 その言葉の端々に、如何(いか)にユリアを大切に想っているかが(うかが)い知れて達也は素直に嬉しいと思ってしまう。

 すると今まで(はしゃ)いでいたクレアが、急に(うつむ)き加減に顔を伏せて申し訳なさそうに(たず)ねてきた。


「あの……昨夜はあなたの意見も確認せずに、私の一存で殿下の申し出を引き受けてしまって……ごめんなさい。気分を悪くなさったでしょう?」


 その(うれ)いを帯びた表情に身構えた達也だったが、肩透(かたす)かしを喰った気分で口元を(ほころ)ばせてしまう。


「なんだ……随分と深刻な顔をするから何事かと思えば……」

「だって、あの時の達也さん……凄く険しい顔をなさっていたから……」


 恐縮して肩を落とすクレアの様子に、昨夜のヒルデガルドの態度が重なった。

 昨夜、ユリアが目覚めた後の処置について説明を受けた最中に、クレアとさくらは『研究に協力して貰えないか』とヒルデガルドから懇願されたのだ。


『クレア君とさくらちゃん……二人の体組織と血液のサンプルを定期的に採取させて貰えないだろうか? 勿論(もちろん)君達の秘密は守るし、ボク以外に研究内容やデーターを漏らす様な真似は断じてしないと誓うから』


 それは、長命種と短命種の間に生まれた、銀河史上唯一の子供であるさくらと、母体であるクレアの臨床(りんしょう)研究をさせて欲しいという懇願(こんがん)だった。

 生殖(せいしょく)機能の退化という問題は、長命種の人類に共通した懸案事項でもある。

 その繁栄に関わる悩みを解消する手懸かりが得られるかもしれないのだ。

 その悲願を抱えるヒルデガルドの気持ちは充分に理解できたのだが……達也は忌避感(きひかん)を覚えて葛藤(かっとう)せざるを得なかった。


 だが、自他共に認める傲岸不遜(ごうがんふそん)を地でいくヒルデガルドが腰を折って深々と頭を下げた以上、心情的には無下(むげ)にもできない。

 とは言え、最愛の女性と自分の娘になる少女を、研究材料にするのは躊躇(ためら)われ、渋い顔をしたのを見られてしまったのだろう。

 結局達也が懊悩(おうのう)している間に、クレアが申し出を承服したために、なし崩し的に話が(まと)まってしまったのだが、歓声を上げる殿下の台詞が秀逸だった。


『一ヶ月に一度は訪ねてくるからねぇ~~また美味(おい)しいモノを食べさせておくれよぉ! うっほほ──いッッ!』


 (すで)に目的が別のモノにすり替わっているのが明白なヒルデガルドには、呆れるしかなかったのだが……。


「不本意だった……という訳じゃない。ただ……君やさくらが、いつまでも過去に縛られて嫌な思いをするのではないか、と少し心配だっただけだよ」


 達也の本心を知ったクレアは、ホッと一息ついて嬉しそうに微笑んだ。


「それだったらいいの……だって、私にもさくらにも達也さんが、いいえ、新しい家族が(そば)に居てくれるから何も怖いものはありません。それに私は今とっても幸せですもの……だから他の人々が幸福になる為の役に立てるのであれば……私も協力したいと思ったの」


 見惚(みほ)れるような笑みを浮かべた最愛の女性が自分の意志で言い切ったのだから、これ以上あれこれ言うのは野暮(やぼ)だと思い達也は腰を上げた。


「君の思う通りにすればいいさ。俺はいつでも協力するから……ただし無理だけはしないでくれ。さくらやユリアにとって、君は掛け替えのない存在なのだから……それから風邪をひかないように気を付けて。それじゃぁ、おやすみ」

「達也さんも訓練でお疲れなのですから、早くお休みになってくださいね」


 見送ろうと立ち上がったクレアは優しく抱き寄せられて唇を重ねられたが、今度は自分からも積極的に求めた。

 (しば)しの甘いくちづけを楽しんでから、名残惜しそうに身体を離した達也を微笑みで見送ってから、再びソファーに腰を降ろす。

 そして、カプセルの硬質ガラスをそっと(てのひら)()で、中で明滅する我が娘に語り掛けるように(つぶや)いた。


「みんなが貴女(ユリア)を待っているわ……だから、何も心配はいらないからね……」


 その想いが届いたのか、明滅する光が殊更(ことさら)に強くなったような気がする。

 それが彼女の返事だと感じたクレアは、思わず顔を(ほころ)ばせるのだった。


            ◇◆◇◆◇


 いつの間に眠ってしまったのか、肩口に当たる夜気の冷たさに、クレアは身体を震わせて目を()ました。


(あれ……この部屋こんなに暗かったかしら……)


 覚醒(かくせい)していない頭でそう考えた刹那(せつな)、室内の暗さの理由に思い(いた)って、クレアは息を呑んでしまう。

 それは目の前の医療カプセルが沈黙しているからに他ならない。


 ユリアの命の(ともしび)(ごと)く明滅を繰り返していたのに、その色が失われたが為に、周囲が暗闇に閉ざされているのだ。

 その闇が少女の死を告げているかの様に思ったクレアが、狼狽(ろうばい)して立ち上がった瞬間だった。

 カプセルのガラスカバーがゆっくりと開放されて、その中の培養液(ばいようえき)に満たされた器から上半身を起こす影がひとつ……、

 クレアの瞳が大きく見開かれた。


 そこはとても温かい場所だった。

 液体に包まれているにも(かか)わらず、(おぼ)れる心配はなくて呼吸も苦しくはない。

 それどころか、心地良い安らぎと至福に満たされた空間……。

 まるで母の胎内で眠る赤子の(ごと)き幸福感にユリアは包まれていた。

 いつまでもこの場所に留まっていたいと思う反面、私には帰らなければならない場所がある……。

 そう自分の背中を押す強い想いも感じていた。


(生まれてからずっと辛い事しかなかった……(うと)まれ、(さげす)まれ……涙などはとうの昔に()れ果ててしまったのに……そんな私に帰る場所?)


 思い出したくもない過去が脳裏に浮かんで、胸の(あた)りが苦しくなる。

 だからその苦痛から逃れたくて、思考を放棄(ほうき)し心地良い環境に身も心も(ゆだ)ねようとした時だった……。


『みんなが貴女(ユリア)を待っているわ……だから、何も心配はいらないからね……』


 忘れてはならない声だった……。

 手放してはならない想いがあった……。

 そして(たが)えてはならない約束があった……。

 そう思い(いた)った瞬間、ユリアの中で膨大(ぼうだい)な光の奔流(ほんりゅう)が渦巻き、身体中の細胞が目覚めていくのを知覚する。


(あぁ……私には帰れる場所がある……待っていてくれる人達がいる……)


 歓喜に心が(はや)り、再会の時が待ち遠しくて、動かない身体がじれったい……。

 そんな焦燥感に(さいな)まれる時間が長かったのか、短かったのか……。

 意識が覚醒するのと同時に自分を(おお)っていた何かが開いていくのが分かった。

 ゆっくりと上半身を起こせばそこは溶液の中だったらしく、粘着性のある液体が肌を伝い落ちる感覚と空気の冷たさが相俟(あいま)って、ユリアは裸体を震わせてしまう。


「さ、寒い……」


 思わず唇から声が漏れ、己の両腕で自らを抱こうとしたその刹那(せつな)……。


「おかえりなさい……ユリア」


 優しい声音と共に少女は待ち望んでいた温もりに包まれた。


 相手が誰かなんて考えるまでもない……。

 自分が目覚めた時に、最初に抱き締めてあげると約束してくれた女性(ひと)……。

 闇の中に(うずくま)っていた自分を光の中に引き上げてくれた女性(ひと)……。

 歓喜の涙を(あふ)れさせたユリアは、その女性(ひと)の名を口にするのに何の躊躇(ためら)いもなかった。


「た、ただいま……ただいま帰りました……クレアお母さまぁ……」


 そして、自分の腕でクレアの肢体を抱き締め、その慈愛に包まれる幸せを心ゆくまで噛み締めるのだった。

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[一言] 敢えて言わせてもらおう。 二度目の誕生日、おめでとう!!
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